ぼくのはじまり 35
- 峠の途中で -
北海道の冬は寒い。
夜ともなれば空気はキンと冷え、私のまわりを巨大な氷点下のベールが両手を広げて覆い被さっているような感覚を覚える。
そして曇りや雪が降る日よりも満点の星空の日のほうが寒い。
寒さというより、冷たさが身に染みる。
その日、私は深夜に移動していた。
20年前のオンボロ営業車で札幌から帯広市へ移動していた。
明日の朝に帯広市にいればよかったので、ホテルへの到着は遅くても構わないのだった。
札幌でゆっくりしていて移動を開始したのは夜の9時頃か。
まだ高速道路が出来ていないころだから時間はかかった。
冬道は気をつけなければならない。
アイスバーンの怖さは経験しないとわからないだろう。
「ツルッ」と滑って、あらぬ方向へ車が滑り、ハンドルをどうやっても制御が利かず冷汗をかく。
深夜1時の『日勝峠』。 難所で有名だ。
しかし、私は数えきれないほど、この峠は走っているので緊張感は比較的少ない。むしろカーブの大きさや、その先にある景色もすべて頭に入っているほどだった。
真っ暗な空。
大きく輝く満月。
散りばめられた無数の星。
「外はものすごい寒さになっているだろうなあァ」咥え煙草の私は思っていた。
峠の頂を過ぎて勾配がきついと言われる帯広側を下っていた。
急ぐことも無かったのでカセットテープを聞きながら比較的のんびりと...。
何合目かに下ったところ、目の前に大きなダンプカーが現れた。
「久しぶりに車に出会ったな。チャンスがあれば追い越しをかけよう。」と。
道はアイスバーンでツルツルだから無理はしない。
子供じゃないからね。
その時、ダンプカーの荷台から小さな欠片が転げ落ちた。
「石だ!」
そのライターほどの大きさの石はこぼれ落ち、アイスバーンの道路で大きく跳ねかえり私の車のフロントガラスに向かって勢いよく飛んできた。
「ビシッツ!」
一瞬にして目の前が白くなった。
石が当たった点を中心にフロントガラス全面がクモの巣のようにヒビが入った。
まるで映画のワンシーンのように。
(ホントにこんなふうになるんだあ!うぎゃ~!)
慌てふためきハンドルを切り損ねないように何とか路肩に停車。
ダンプカーはそんな出来事に気が付くことなくそのまま軽快に下山していった。
誰も行き交うこともない峠の中腹で茫然。
前が見えないので仕方なくフロントガラスのちょうど顔の前にあたる部分を拳で軽く殴ってみた。
クモの巣状のガラスは力をほとんど加えなくとも「バラバラ」と30cm四方くらいに穴があいた。
そこから冷たい冷たい空気が入ってくる。
私は後ろに放り投げていたオーバーを着込み、マフラーをして、手袋をはめて、ここから約40km近く先にある帯広の街を目指した。
悲しい出来事はまだ続く。
車が凸凹の道路で小さく上下に跳ねるたびに「バラバラ」っと先ほど開けた穴の周りのガラスが小さな破片となってこぼれ落ちる。
最初は寒いので小さな穴を開けて、顔を近づけて視界を確保しながら走っていたが、段々とその穴は時間と共に大きくなっていった。
バラッ バラッ と...
峠を下り終わった頃にはすっかり、フロントガラスのほとんどは小さな小さなガラスの破片となって私の体の周りや、車内の床やシートの上にバラ撒かれた様に。
完全に「オープンカー状態」!
いくら車のヒーターを「強」にしたところで全く意味がない。
外は間違いなく氷点下。 きっと-10℃以下であることはは確実だ。
真冬の深夜の日勝峠の麓だもの!
そんな冷気の中に放り出されたようなものだった。
そこを "風を切って" 走るのだ。
冗談じゃない!夏でもないのに!
吹雪でないことが唯一の救いだったかもしれない。
帯広まであと30km。
早くホテルに着いて熱いお風呂に入りたい!
(温泉大浴場付きホテルだったの)
急げば時速60kmのスピードで氷点下の冷気が顔に体にダイレクトに容赦なく突き刺さる。
寒さがつらいのでユルユル走ればまだまだ時間がかかる。
「死にそうだ...」
マフラーを顔にグルグル巻いてもあまり意味がなかった。
マフラーがなかったらと思うとゾッとする。
ようやく市街地に。
体はこわばり、目はギンギン。
手も体も感覚がなくなってきている。
信号待ちで止まった、反対車線の車の若者たちがこちらを指さして笑っている。ああ、笑うがいいさ。
今の私にはそんなこと、もうどうでもいいのだ。
君たちにかまっている暇などないのだ。
横に並んだ深夜のタクシーが私を見て「ギョッ」とする。
そのあと、「クスっ」と笑いながら走り去る。
ほうほうの体でホテルに到着。
車から貴重品等を運び出しフロントへ。
(オープンカー状態だからね)
冷えて冷えて顔は真っ赤。 手は凍えてガチガチ。 体はブルブル。
まるで雪山で遭難したよう。
「いらっしゃいませ。 や、や 柳田さん。 どうしたんですか!!」
つらかった思い出。
少しは涼しくなりました?
ホントの話です。
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