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ぼくのはじまり 23

【ぼくのはじまり】

~フルートを吹く人~

今から20年も昔の頃、製薬会社の営業(プロパーと呼ばれていた)だった
私は道東地区の担当者だった。
広範囲を移動しながらの生活は大変と言えば大変だが、のんびりと言えば
のんびりした時間が流れていたと言えるだろう。

何時でも何処でも出なければならない携帯電話も無い時代。
毎日の営業報告を細かくパソコンで報告する事も無い時代。
ポケットベルが唯一の"お目付け役"だった頃...

私たち製薬会社の営業は医師の診察終了後や昼休み、夕方、夜に
面談し自社の薬の情報を提供するのが生業。

その地方都市で1、2の大きな総合病院は科や医師によって面談方法が異なる。
たまたまその日、私は目的の医師と面談を終えたあと、普段
あまり通らない昼下がりの外来廊下を歩いていた。

診察を終えた外来は午後の診察が始まるまでのしばらくの間
ひっそりと静まり返る。
ふと、耳を澄ますと、外来診察室の奥の奥から綺麗なメロディが聞こえる。
「誰かがラジオでも聴いているのか?」足を止めて聴いていた。

どうやらそれはラジオではなく誰かがフルートを吹いているようだ。
外来診察室と言っても堅固な扉で仕切られている訳ではない。
カーテンや薄い扉があるだけだ。

何気なく中を覗くと、いつも厳しくて評判の「麻酔科部長」。
ピンと背筋を伸ばして、目を軽く閉じ、少しだけ体を揺らしながら
涼やかにフルートでメロディを奏でている。
日頃の医療に対する厳格な姿勢の部長の意外な一面を見た。

毎日の緊張をこうして、時折、ひと気の無い診察室の奥でフルートを
吹きながら「静」と「動」を切り替えているということを僕はその時
初めて知った。


とある町立病院。

核になる都市から車で2時間近く走らなければ到着しない町。
途中の町立病院で予想以上に時間がかかってしまった私はその町に
ようやく着いた時には営業マンと医師との面談時間が終了していた。
「せっかくここまで来たのに...残念。」
取り合えず医局の前まで行ってみた。

外科部長が一人、机に向って作業をしている。

「ん?誰?」外科部長は私に気が付いた。
「あっ!すみません。時間、過ぎちゃいました。」
「おお、いいぞ。入っておいで。」

部長は誰もいなくなった医局でただ一人、紙で「鶴」を折っていた。
それもキャラメルの包み紙程度の小さな紙で。
消しゴム程度の大きさの「鶴」がいくつも部長の机の上に。

「先生、これって...」
「私たち外科医は手先の器用さが人の命を左右することがある。
 このような地方の町では手術件数はそれほど多くはないんだ。
 だからこそ時間があれば鶴を折ったりして、常に指先の訓練を
 して緊張感を与えているんだよ。」

ここでも、ある医師の違う一面を見た。

2008年現在、若い医師は地方の勤務を敬遠する傾向にある。
地方都市では最新の医療を学ぶ機会が少ないというのも理由の一つ。
大都市で3年医療に従事するのと地方都市での3年ではインプットされる
医療知識に各段の差が付くという。

問題が存在するのは否めない。

でも、20年前に出会った医師達は素敵だった。
そんな思い出。

 時代が人を変えるのか
 人が時代を変えるのか


(2008年12月25日)

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