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ぼくのはじまり 20

ぼくのはじまり 20

~生と死の狭間に近く~

私のような製薬会社の営業は直接的に患者と接することは殆ど無い。

病院にしろ医院にしろ、Dr.と面談できる時間に訪問し名刺を出して外来、若しくは医局などでお会いする事になる。その場合、患者と接することはほとんど無いに等しいのである。
病院内で患者とすれ違う程度である。
外来で診察終了後に面談してくださるDr.や開業医のDr.に会う時に、患者と同じ空間に居ることはあるがそれも所詮、近くに座ったりするというだけのことである。

私達は、エンドユーザー(この場合、患者)の事を知ることが少ない。 Dr.から間接的に「君の会社のあの薬、いいねえ。効果あるよ。患者も喜んでいたよ。」程度に評価をきくことがあり、その言葉が嬉しくて生き甲斐でもあった。

しかし、そんなことを言っても、悲しいことに病院には「死」という結果が付いてまわる。
懸命の努力や貪欲なまでの"生"への欲求があっても叶わぬことがある。
そのようなことが大きな病院の中で繰り返されていることにあまり関心を奪われることなく当たり前のように、そして毎日のように営業のために足を運んでいるのだった。

20年近くの昔。
ある時、親しいDr.が当直の日、医局で深夜まで話し込み、すっかり遅くなったことがあった。
「それではそろそろホテルに帰ります。」とDr.へ告げ、私は一人、とぼとぼと玄関へ向かって歩いていた。病院内の廊下の照明は薄暗くなり、シンと静まり返った廊下をコツコツと。「昼間は賑やかな病棟も深夜ともなると静かなんだな。少し怖いくらいだな。」などと思いながら歩いているとひとつだけ明るい病室があり、煌々と明かりが廊下まで溢れていた。「はて?」と思いながらその病室の前を通りかかった時に何気なく部屋の中へ目がいった。ベッドに横たわる老人。その傍らで「お父さん、死んじゃいやだあ!」と泣き叫ぶ女性。老人の体にしがみつきながら泣いている男性。そしてまわりで涙を流して泣いている人々...。
まさしく臨終のときであったようだ。

「そうなんだ、ここは病院なんだ。」 
あらためて自分の仕事を考え直した時だった。

ある老人病院を訪問したとき。
私たち業者は裏玄関から出入りするように言われていた。
小さな裏玄関を入り業者用のスリッパに履き替えて院内へ入ろうとしたとき前方からストレッチャーを押しながら数名の人々がやってきた。押しているのは知っている看護師。その横にはいつも面談しているDr.。そして患者の身内だろう。ストレッチャーに寝ている人の顔には白い布が被せられていた。 裏玄関には迎えの車が来ていて、まわりの人々は手を合わせ、神妙な面持ちで深く頭をさげ、小さな鐘を鳴らしたあと、死に至った老人は病院を出て行った。

「そうなんだ、ここは病院なんだ。」 
自分の仕事場を考え直した時だった。


 たかが薬...?
 されど薬...?

私たちは自分の会社の薬を実際に処方されている患者のことをほとんど知らない。 
知る由もない。 知る術もない。


  多くの患者が救われますように...
  そんな孤高な精神で...

  私たちは「死」に近いところで仕事をしている。


(2008年09月18日)

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