ぼくのはじまり 19
~無くなるんだ~
20年前に担当していた釧路市。
港町特有の風の匂いがする街。
朝もやの中で目を覚まし夜霧に眠る街。
製薬会社営業マンの殆んどが札幌に家があるので釧路担当者はJRや飛行機で釧路へやってきて1週間のホテル暮らしが定番だった。
当時は「宿泊経費1日○○○○円」と規定されているパターンが多くその金額範囲内のホテルに泊まれば問題はない。
安ホテルに泊まれば差額はちょっとしたお小遣い。
酒飲みにはたまらなく魅力的な設定だった。
いくつもある釧路市内の宿泊施設。
それなりのビジネスホテルから、駅裏の安ホテル、和風旅館まで...
私はもちろん「駅裏の安ホテル」。
浮いた出張旅費でちょっと駅裏の居酒屋でなんていう暮らし。
6社ほどの製薬会社が常宿としていたそのホテルは宿泊費が安い分、当時から建物は古くお世辞にも「素敵・快適」とは言えなかった。
(20年前で!)
建物自体は昭和初期の洋館風の作りで絨毯敷きのロビーや廊下には得たいの知れない油絵が整然かつ無秩序に飾られていた。
風呂は共同風呂。
大きな家族風呂という雰囲気を醸し出していて、必ず大量の「バスクリン」が投入されていた。
刺激臭に近い芳香とどぎついほどの緑色のお湯を私たちは使っていた。
ベッドはスプリングが強すぎて身体を横たえると「ギギギ...」と悲鳴を上げる。寝返りを打てば「ギシギシ」と文句をたれる。
仲間で夜の繁華街へ繰り出し、深夜に酔って帰れば玄関は施錠されていて、私たちは庭にある非常階段を「ミシミシ」と這い登り2階の非常扉からホテルへ侵入(?)。
フロントに並べられている自分の鍵をむんずと握り締め、軽く挨拶をしてそれぞれの部屋へ。
無理を言い。
無茶をして。
おおらかに許され。
心地よく過ごせて。
今年の10月でホテルを閉めると風の便りに聞こえてきた。
今でも数社の製薬会社が常宿として利用しているとの話も。
ああ、当時の支配人はどうしているのか。
フロント係りをしていた娘はどうしたか。
あのホテルは、これからどうなるのか。
浅き夢みし
時の流れ
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