ぼくのはじまり 8
~ホテル~
...副題「ぶしゅるるる...」
まだまだ、23年前の話さ。
先輩について仕事を見習う「先輩同行」は続いていた。
札幌市内にみんな住んでいて担当地域によって、日帰りだったり、
場合によっては、遠方の町に連泊しながらの営業活動。
次は、旭川・網走地区を担当している先輩との同行だった。
あまり大手ではなく中堅の下くらいの規模の当社は
移動はもっぱら「営業車」。
さすがにその頃は、他の会社は普通の「乗用車」だったが、
何とも当社は「バン」だった!(悲)
朝、会社で待ち合わせをしてまずはご挨拶。
「今日は宜しくお願い致します。」
「おお、こちらこそ。」
先輩は、体格もよく出っ張った腹をゆすりながら
のそのそと歩いてきた。(年は35歳くらいだったか?)
「お前はさ、車の運転は得意なのか?」
「はい。」
「普段は何に乗ってる?」
「私は、カローラレビン1600GTアペックスツインカムに乗ってます。」
「ふ~ん。知らないなァ。」
「(先輩!車のこと知らないんじゃないですか!)」
「じゃあ、たっぷり運転させてやるよ。
まずは、旭川へ向かいなさい。」
「(え~、いきなり?)はい。わかりました。」
旭川は今でこそ高速道路が通じているが、当時はたしか
そんなに遠くまで高速道路はまだ無かったような...。
「俺さ、昨日、飲みすぎてよ。 具合が悪いんだ。
旭川に着いたら起こしてくれよな!」
そう言うと先輩はあっという間に座席を倒し、ひとつ
大きな背伸びをしたあと両手を頭の後ろに回し
一瞬で眠りに落ちていった。
「(そりゃないぜ、先輩!)」
ものの数分で不謹慎にも先輩は大きなイビキをかき始めた。
それが大音量。 驚くほどの。
押しては返す荒れた海のように、時にはやく、時に遅く。
時々は呼吸が止まってしまう。
「(そりゃないぜ、先輩!気になるぜ!)」
気が付いたら、先輩は太っているせいか、何回かに一度、
「ぶしゅるるる...」と唇を震わせながら息を吐く。
まさしく、漫画に書いてある効果音のように「ぶしゅるるる...」という。
口から「ぶしゅるるる...」という活字が出てくるようだ。
「(そりゃないぜ、先輩!)」
旭川に数時間の地獄を通り抜け到着した。
先輩は大きな背伸びをして、「ああ、気持ちいい」と言い放った!
こちらは大変な思いをしていたというのに。
先輩を起しては気の毒だと配慮してラジオも音楽も聞かずに
ひたすら運転に没頭していたのだ。
「ぶしゅるるる...」のリズムにのたうちながら。
地獄はこれだけではなかった!
当時の私たちはホテルの宿泊代(出張費)は、定額制になっており
1泊すると8000円か9000円くらい貰えたんだったかな。
(金額はさだかではないが)
つまり、安いホテルに泊まればその差額はちょっとしたお小遣いに
なる訳だ。
安ホテルに泊まれば居酒屋代くらい浮くんだな。
「今日は、安いホテルを取ってあるからな。」
「はい。有難う御座います。」
「それもさ、シングルで取るより、ツインの部屋のほうが
一人当たりの宿泊代は安いだろ?
だから今日はツインで同じ部屋にしておいたから。」
きゃあ~~~!!
何が悲しくてこの先輩と同じ部屋で枕を並べなくてはならないのだ。
神に捨てられたか!
ホテルに到着後、早速 近くの居酒屋へ。
先輩は食べる食べる、飲む飲む、語る語る。
上機嫌だったな。
「もう一軒、行くぞ!」真っ赤な顔の先輩は「何とか会館」という
怪しいビルの奥にあるお安いスナックに連れて行ってくれた。
8トラックのカラオケをガチャンとデッキに差し込んで歌詞本をベラベラ
とめくりながら演歌をがなっていた記憶がある。
千鳥足で歩く先輩をそっと支えながらホテルへ。
ようやく服を脱ぎ、隣あわせのベッドへ潜り込む。
安いホテルのカーテンはしっかり閉まらず夜の星が隙間から見える。
「はあ~。疲れたなァ。ゆっくり休むか...。」
その刹那、隣りから一瞬、「ぶしゅるるる...」と、聞えた気がした。
まさか、まだ3分も経っていない。
耳を澄ませば間違いなく「ぶしゅるるる...」。
「ああああ、しまった。先輩に先に寝られた!!」
どんどん大きくなる「ぶしゅるるる...」
短い間隔でしきりと「ぶしゅるるる...」
ああ、今日は眠れないのかな...
窓の外に見える満月が妙にきれいだな。
そんな23年前。
安ホテルの思い出。
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