山本さんが現在手がけている仕事、あるいはこれからの仕事の、山本さんの特色はどういったものなのでしょうか
はい。まあ~あえて言うなら「地域共存スタイル」ですかね。
仕事をしていて感じるのは自分の仕事も「地域経済の一部」なんだということです。
僕に仕事をいただくと次に地元の工務店に仕事が行って、それから大工、鳶(とび)、土工、鉄筋、型枠、左官、塗装、家具、(長くてごめんなさい/笑い)建具(窓.ドア)、設備屋、電気屋、建材屋、地元商店、社寺、保険業、登記代行といった地域全体に少しずつお金が落ちます。(ふう~っ)そんな意味で今の僕のやり方だと「地域共存」なくしては成り立ちません。そんなふうにみんなで支えあった後、ぐるっと巡ってまた僕のところに紹介や依頼に姿を変えて戻ってくるようになるといいなと。人づきあいと仕事の地域循環みたいな。(笑)
ああ、なるほどそうですね~
大手ハウスメーカーの住宅はCMが上手で買いやすいかもしれないけど、お金の大部分は東京の本社に落ちる仕組みです。建築本来の姿である地産地消には程遠い。お金持ちの方だと、ハウスメーカー以外にもいろんな選択肢がありますよね。でも建築って本来は各人なりの普請事(注:1)なわけだから、「低予算=無理」ではありません。豊かな人は豊かなりに、厳しい人はそれなりに内容を加減すれば家は建ちますし、ハウスメーカーが住宅の主な供給元になる以前はむしろそっちが普通でした。ただ木造住宅なんかはその加減の部分を建築士ではなく主に大工さんがやっていましたけど
今、北海道の経済は良くないですから、高所得者は少ないですよね。
そのような地域経済の現状もあって、あえて今のスタンスで仕事をされているということですね
はいそうです。
ニュースで知ったのですが、今は日本の労働者の3人に1人がいわゆるパート。サラリーマンの年収は企業とは裏腹に毎年下降続きだそうです。一説には平均年収360万円の時代に入っているとも聞きます。さらに、年金不安やら、少子高齢化で増税もということになると、マイホームに今までのような月10万以上のローンは組めませんよね。組んで半分の5,6万で長期35年返済が世の中の普通になる。サラリーマンも地域の自営業も厳しい時代。でも本来両者は需要と供給の関係にあるわけだから僕が上手に結びつける工夫をすれば逆に、ビジネスチャンスかなと思います
あ~、そういうことか
先ほどの話しに戻りますけど、なぜ経済のことをもっと勉強しておけばよかったと思ったかというとそういう理由もあります。
僕なんかが知るよしもない、どんな力学で経済が動いているのかということは、建築の本を読んだりいくら図面を書いてもわからないんです。それがわからないから、「お金のないお客さんだな」とか「せこいこと言う人だな」とか勘違いしてしまう。でも決してそういうことじゃないわけですよね。社会がどんどん変化している結果なんですから
注文住宅は高いというイメージがあるのですが、例えば札幌で建売住宅を買う資力がある方は、注文住宅を買うことができるということなんですか?
もちろんそうです。
例えばハウスメーカーが取っている単価を考えるなら、設計料を入れた坪単価でも充分に競争できます。ブランド力はあってもコストと中味を比較すると日本の住宅産業は、まだまだ住まい手にとって改善の余地があると思います。
クライアントによくこんな説明をするのですが、「世の中には工業的に作ったほうがいいものとそうでないものがあって前者の代表が車、後者の代表が建築ですと。」やはり世界のトヨタがワールドワイドに何万台と生産してこそカローラがあの値段で買えるわけですから、車は工業的に作ることが理にかなっていると思います。
一方、大手メーカーの家も工業的に大量生産で作っています。でも地域で作るよりもずっと高い。これでは工業化の意味がどこにあるのか疑問です。日本のハウスメーカーはこうした方法を40年以上も続けていますが、いっこうに家は安くなりません。反対に大手になればなるほど価格は高くて、工業的につくらざるを得ない自動車に比べるとずいぶん曖昧に感じます。(笑)
なるほど、それで工業的じゃなくて手工業的となるわけですね
極論すると建築ってコアとなる部分にハイテクは必要ないんです。今はどうしても身の回りにハイテク工業製品が溢れているからイメージが難しいけど、大工さんの技術だって400年前に確立されたものだし、コンクリートなんかローマ時代の発明です、ハイテク製品と違って寿命の長いものをつくるわけだから、すぐに廃れるかもしれない技術はつかえません。むしろずっと後に残る知恵のほうが大切です。北海道であれば雪や風、地震、暑さ、寒さなんかをよく研究してそれに備えるとか、実際に100年長持ちしている建物の理由を研究観察するとか
地域ごとの歴史や気候、地盤に対する知恵の結晶が本来の建築ということですね
はい。そうです。
ですんで建築というのは短期間で全て評価できないんです。
千年経って「ああ、法隆寺は正解だった」と判るし納得もするわけです。
まあ「弊社の○○工法は素晴らしく丈夫ですよ」というのは、言うだけタダなんで。検証のしようもないし。(笑)
ああ、そうか(笑)
丈夫であることはもちろん必要ですけど、その上で、楽しさとかワクワクする感じとか、そういう家を安価で作ることも可能だということなんでしょうか?
ええ、充分に可能ですよ。出来ます。でもそのためには条件がある程度厳しい方がいいですね~。極端でなくある程度ですが~(笑)
はー それはなぜですか?
プロの僕らがよっぽど間取りを考えないと光がうまく入らないとか、そのまま南に窓を付けただけだと隣から覘かれそうとか、要は設計者の苦労が多ければ多いほどそれを解決したときの喜びも大きい。きっとクライアントは図面が早く実現しないかとワクワクすると思いますよ
なるほど
もうひとつは、クライアント側の問題もあります。建築家としての経験で言えば、古い家を新しく建替える場合と新規に土地を購入、新築する場合では圧倒的にクライアントの満足度は前者が高いんです。長年その土地に住んで不便や苦労を知っている分、憂いが晴れたときの喜びも大きいのだと思います。よく家は3軒建てなきゃ良いものはできないなんていいますが、あれはクライアント自身の成長も含めた格言です。けして世の中の大工や設計者の多くがダメで、めったにいい人に出会えないよ、ということではありません。
でもここ最近はぜんぜんダメなのや問題も多いですが~(笑)姉~
ははは、そうですよね~
せっかく楽しさとかワクワク感のお話が出たのでもうすこしそちらのお話をしようと思いますけど、たとえばトキメキとか楽しみとか、まずそういうものがないと、(家を)作ろうとか、住もうとかいう動機が生れないんじゃないでしょうか。ただ育児とか、炊事洗濯とかの機能をよりよく満たすだけの箱ならきっと家ってそれほど面白くないですよね。そんな意味で暮らしや住まう事を学校で子供たちにもっと教えてほしいんです。食育が大切なように住育もあるべきだと思うんです。子供にもっとワクワクしてほしい
ほ~「住育」ですか~。確かに使い勝手は大切だけど中味がそれだけしかない建物であればなんだかつまらないですよね
世界の観光地で人気が高いのはフランスとイタリアだそうで、その理由はまちなみが素適だからなんだそうです。
「家なんて住めればいいや!」っておっしゃる日本人でも、まちの良さはわかるんです。じゃあ、まちの良さって何?というと、この場合何百年も変わらないまちなみのことですよね。あのまちなみは、観光用につくったものではなくて、普通の庶民の生活そのものです。じゃあ日本の場合ハウスメーカーが区画整理した団地を見て、「ああ、ここに観光に来たいな~」って思います?(笑)
同じ庶民のまちなのに、片方はお金を払っても行ってみたくて、もう片方はそんなことぜんぜん思わない。
でも、日本のメーカーがつくるまちなみだって、一流デザイナーが考えたマスプロの最先端のデザインだと思うんです。なぜかは分からないけど、両者の間に決定的な違いがあって日本のまちのほうがねじれているのは分かる。自分が設計をすることでそこに答えがほしいのかな?と自問自答しますね~
うーん言われて見ればそうですね
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 3. 家を建てるというのは「手工業」なんですよ
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