そして98年に独立されるわけですね。
勤め人時代に、もっとこれをやっておけばよかったな、と思うことはありますか
ありますねえ。
建築が通常のアート物と大きく違うのは、実現にはスポンサー、つまり資金を出す人や、その実行力をもつ人との連携が不可欠なんです。
通常と違うというのは、例えば画家の方であれば、最初は自分で画材を買って紙に描くことから始まるわけです。彫刻家であってもそうですが、必ず小さくても「本物を一回自費で創る経験」から入りますよね?
しかし、建築学科の学生はといえば、よほどの人じゃない限り卒業設計で自前で家を建てちゃう人はいないです。(笑)
学生時代を比べると「バーチャルで始まってバーチャルで終わる」というところが他とは決定的に違います
なるほど、そうですよね
ですから、実現にはまず仕事として成り立つ環境づくりが必要なんです。流行の言葉で言うならマネージメント(経営)とコーディネート(全体調整)をもっと学んでおくべきだったと思います。
(建築設計の仕事には)美的センスや技術、法の知識などの他に、人づきあいとか経済の仕組み、どういうところにクライアントがいて、どこからお金が生まれるのかといった感覚も大切になります。
例えば、『建築家が参加してまちおこし』なんて言いますよね。でも実際は「建築家を雇う資金をどうしよう?」とか「そもそも古いものを残すにはどうしてよいか分からない」とか、そういったことにまずクライアントはぶつかります。
ですから、僕ら建築家が入ってすぐ図面が書けるわけではなくて、残すことを支援する世の中のシステム(例:行政支援等)とか、住宅ローンや各制度資金なんかの選択肢を暗中模索することから始まります。要はデザイン以前の基盤整備なのですが、近年はここら辺のニーズを強く感じるようになりました。
もう「設計職人」でやってゆくのは困難ですね。少し寂しいですが(笑い)
はい
そんなこともあって、今は物事をまとめる力をさらに磨きたいと思っています。 しかしこういったことは、いわゆる丁稚奉公的な設計事務所の中では得ることが出来ないですからね
そうかぁ~
特にバフルの頃は、スクラップアンドビルドの時代でしたよね。
それが良いかどうかの判断って当時は誰もわからなかった。結果として、残すべきものをみんな壊してしまったということなんでしょうね
はい。
そういうことですね
設計事務所を退職して独立をされてからは、どのような営業をなさっていたのですか?
札幌で開業したのですが、それまでは大学も就職も13年間旭川だったわけです。
建築業というのは地元密着型の産業なので、ちょっとしたものを直してほしい、見積もりがほしい、知恵を借りたいといったときに、地元の工務店さんや外注業者さんなどの、ブレーンが必ず必要になるわけです。分業の世界ですから。
ところが、こちら(札幌)にポンと帰ってきてさあ仕事をしましょうとなったときに、見積もりひとつ頼むにしてもなじみの工務店ひとつありません。カタログ1冊頼むにしても、代理店ひとつ知りませんでしたから。
今となっては笑い話ですけれど、最初の3,4年は仕事のたくさんある札幌に住みながら、旭川まで営業に行ったものです。(笑)
ああ、そうなんですか
というのは、飛び込みで「設計屋でーす。図面おひとついかがですか~」と言っても、初対面で「じゃあこれ頼むわ...」みたいなことにはなりませんよね。
最初は誰でも以前のつながりから仕事を請けることが多いのですが、つながりがないところから始まりましたから...。
ですから、最初の数年は非常に厳しかったですねー。
とにかく建築関係の図面は全部やりました。細かい部品図とか、アルミの曲げ物の図面とかなんでも(笑)
ということは、いわゆる下請け仕事ということですね
そうそう。
下請けの下請け、といった感じですかね。
当時の笑い話なんですが、独立して間もないころ、下請けの下請けの下請けくらいの仕事で「タイル割り」という図面を書いていたんです。
タイル割りというのは、タイルをキチンと壁面に割り付ける寸法を出す仕事です。
建築の図面を見ながら「なんだこの設計屋、タイルのことも考えないでこんな図面書きやがって」とブツブツいいながら図面を書いていたんです。
でも、どこかで見覚えがあるな~と思ってよくよく見たら、元の事務所で書いた自分の図面だったんですよ(爆笑)
「もっと考えて図面かけよ~」なんて、自分で自分に文句言いながら仕事をしていたのを憶えています
あはは。
そんなこともあったのですか(笑)
初めてオリジナルで家の設計をされたのはいつだったのですか
98年ですね。
幸運にも、独立した次の年に依頼をいただきまして。
99年に完成したY邸です。
旭川で建てまして。それが最初ですね。
今年で独立して10年になるのですが、ありがたいことに住宅に関しては1年に1棟のペースで設計をさせていただいた計算になります。現在10棟、今年は11.12棟目が完成します。
今までスケジュールや予算的に厳しい仕事が多かった反面、自分を表現するチャンスを毎年いただいたということはとても幸運なことだと思います
それらは個人住宅建築依頼のお仕事ですよね
はい。そうです
住宅の場合、一般の方は住宅メーカーに依頼するケースが多いような気がするのですが...。建築家に依頼するという選択肢があるということは、意外と皆さん知らないんじゃないですか?
以前のバブル時代に、公共建築とかビルとか、そういう大きなものを建てるのが建築家の仕事で、個人住宅などの庶民の建物は、地元工務店やハウスメーカーの仕事なんだと...。
なんとなくそんな差別化をされてしまったんですね。それがずーっと今まで来ているように思います
一軒家であっても建築家に依頼する方というのは、凄い大金持ちで大きな邸宅を建てる人なんだろうな、というイメージがあるような気がするのですが...
「ものづくり」というのは、一生懸命やればやるほど手間と時間とお金がかかります。その兼ね合いが非常に難しいところで、当然クライアントにも工期や支払いの限度があります。建築家には一生懸命やってほしい反面、芸術家のように、「いや、それは納得できない」と理想ばかりを追求されても成り立たないわけです。
バブルの時代にスター建築家のような人がもてはやされて、例えばどこそこの企業の社長の別邸を手がけたとか、それが雑誌等で立派なエピソード付きで掲載されたとか...
そこで、ある種の(建築家のイメージの)色が付いてしまったような気がします
そうですね。確かにそんな気がします
「建築家ってそもそも誰のために働くんだろう?」というもっと根本的な問題にそろそろ答えなければならない、そういう時代に来ていると思います。
お金持ちをさらにリッチにするのが建築家なのか、それとももっと違う道があるのか、
そんなことを最近考えます
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 2. 建築家は誰のために働くのか?が問われる時代だと思います
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