札幌では古書店がだんだんとなくなっていく。北海道大学前の通りに、数件頑張っているけれど、どうみてもあまり流行っているとは言い難い雰囲気。たまに覗くと面白いんだけどなあ...。最近では「本の状態」を見て古本を買い取るチェーン店が増えているけど、正直、店内はつまらない。ワクワク感がない。並んでいる本たちもなんだか「やさぐれて」いるぞ。本への愛情があまり感じられないからだろうな。
そこで今回は、世界を見る力と古本屋が関係しているというお話し。

著者寺島実郎氏は、コメンテーターとしてよくテレビ画面に登場するのでご存じの方も多いでしょう。現在の肩書は「日本総合研究所会長」「多摩大学学長」「三井物産戦略研究所会長」など、凄いですね。寺島氏は北海道出身。そのためかどうかはわからないけれど、視点が大陸的でとても広い。
本書も、世界中を飛び回って見聞きしている情報をもとに、日本と世界の向かう先を詳らかにしています。
「時空を超える視界」
「相関という知」
「分散型のネットワーク」
3章を通して「全体知」のあり方を提示。
一貫しているのは視点と思考の柔軟性。「ああ、そういうことだったんだ」と気がつくことがふんだんに書かれている。凝り固まった歴史観の奥にあるものを明確にし、そこから、新しい日米中、3カ国の関係を導き出しています。
そして、第4章「世界を知る力」に古本屋が登場してくる。唐突に思うけれど、読んでみるとナルホド。
大量の情報にアクセスできるようになるにつれ、膨大な情報のなかから筋道を立てて体系化したものの見方や考え方をつくっていくことが、まずます難しくなってきている。メディアも、体系化した情報の提供からはどんどん遠ざかり、ちぎっては投げちぎっては投げで、断片的な情報ばかりと扱うようになってきた。
バラバラな情報と、いかにつき合えば、わたしたち自分なりの世界像~仮説といってもいいだろう~を構築していけるのだろうか。
わたしは、まず古本屋通いをおすすめする。いや、おすすめというよりは不可欠な話だと思っている。(中略)古本屋通いの何がバラバラな情報を統合していく上でのトレーニングになるのかといえば、目当て以外の、それまで意識しなかった、あるいは知らなかった本が同じ棚や近くの棚に並んでいるのを目にし、手に取ることで、わたしたちに思いもかけぬ相関の発見を促すからである。
ちなみに、新刊書店は「売れ筋のものばかりで発見がない」図書館は「検索型アプローチではトレーニングにならない」と、古本屋との違いを説明。
本の前に立って、じっと本を眺めて、手にとって考えることが重要だと書かれています。
本屋の話ばかりしていると、文献だけ読んでいれば世界はつかめる、と勘違いする人が出るかもしれない。わたしは、すでに述べてきたごとく、「世界を知る力」を養うためには、大空から見渡す「鳥の眼」と、しっかりと地面を見つめる「虫の眼」の両方が必要だと考えている。その「虫の眼」を鍛えるのは、なんといってもフィールドワークである。
だから、出張目的で海外に行っても、空港からビジネスの目的地に直行して仕事を終えて「さようなら」などということは、まずしない。(中略)必ずぶらぶらと地元を歩く時間をつくる。無駄といってもいいだろう。しかし「虫の眼」を鍛えるためには、これが大切なのだ。
生身の身体性を有した体験は、ネットを通じてディスプレイに表示される情報とは比較にならないほどの強い印象を、わたしたちの脳に刻み込む。それが、文献では得られない強い問題意識を熟成させる。ただし、それを熟成させていくには、文献の力が必要だ。深い知恵は、フィールドワークと文献の相関のなかでしか生まれないのである。
特定の職業を除き、世界各地を実際に見て回れる人はごく少ないでしょう。しかし、寺島氏が本書で説いているのはあくまでもバランス。世界情勢のみならず、ごく身近な世界のことであっても、深く知れば知るほど「不条理」と向き合うことになる。寺島氏は本書を通して、その不条理と戦うためには、「解説」するのではなく「行動」することだと説いています。
そういう情念をもって世界に向き合うのでなければ、世界を知っても何の意味もないのである。
ディズプレイを見るばかりで頭でっかちになりつつある現代人には、なんとも耳が痛い1冊でした。
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>「検索型アプローチではトレーニングにならない」
なるほど。そこが古本屋と図書館との違いか…
古本屋での宝探しがトレーニングになるということなんだろうね。図書館は、本が探しやすいように環境が整備されているからなあ…。