デビューの頃からン十年読み続けている作家、椎名誠。今回は椎名氏の新作『大きな約束』の紹介です。正・続の2部作品。椎名氏はやたら世界中を駆け回っているルポ作家のイメージが強いけれど(それも正解ではあるけど...)、僕はこのシーナ的「私小説」の各作品が好きです。

椎名作品は大きく分けて3つの世界がある。
・世界中をタフに旅する旅行記
「砂の海」「パタゴニア」など
・摩訶不思議なSFワールド
「アド・バード」「武装島田倉庫」など
・シーナ的私小説
「岳物語」「銀座のカラス」など
私小説といえば、川端康成の『伊豆の踊り子』とか、壇一雄の『火宅の人』とか、文壇の重鎮のわりと重たい作品が思い浮かぶ。ところが椎名誠は、日々の何気ない出来事を「文学」にしてしまう独特の優れた才能がある。
有象無象の人々が日々のくだらない出来事を書き散らかしている<ブログ>を本にまとめたところで、絶対に文学にはならない。当たり前だけど...。
シーナ的私小説は、椎名氏の初期のヒット作「哀愁の町に霧が降るのだ」にその源流がある。彼が20代の頃、友人らと共同生活をしていた怠惰な日常を小説にした作品。
源流はここから二つに分かれる。
ひとつは、椎名氏が業界紙に入社し、編集長となり、やがて作家として独立してゆくまでの一連の作品。「新宿烏森口青春篇」「銀座のカラス」そして、「本の雑誌血風録」などへと続いてゆく。高度成長期の最中、モーレツ社員としてガシガシと働いていたシーナ氏と仲間たちの姿は痛快。
もうひとつは、椎名誠とその家族・友人たちとの日々の出来事を描いた暖かい作品。「岳物語」「菜の花物語」「もう少しむこうの空の下へ」「かえっていく場所」など名作が目白押しだ。
「大きな約束」は、その流れを汲む最新2部作になっている。
椎名氏が「岳物語」を出版したのは1985年。実名で登場する岳くんは、保育園児。
私の息子の名前は岳という。両親ともに山登りが好きだったので、山岳の岳というのを名前にしたんだよ。と、本人にはじめて教えてやったのは保育園に通っているころであった。「ふーん、そうかあ」と、息子はたいして面白くもなさそうな顔ですこしだけうなずいてみせた。(岳物語「きんもくせい」より)
岳少年は、やがてカヌーイストの野田知佑氏をアウトドアの師と仰ぎ、釣りの世界に没頭してゆく。まさにわんぱくな少年期を過ごすことになる。
そして、小説の一節が教科書に載ってしまうほどの評価を受け「続岳物語」へと続いていく。でも椎名氏はその評価に戸惑っていたようだ。
子育て、教育をベースとしにした物語というふうに、一部ではとらえられてしまったのだ。このモノガタリは、そんなものじゃなくて、オヤバカをベースにした、男たちの友情物語のつもりである。(続岳物語 あとがきより)
岳少年の物語は、小学校を卒業すると同時にいったん終了する。シーナ的私小説はその後も続いていくが、岳少年はほとんど登場してこない。それは、家族を小説のテーマにすることについて、私小説ならではの難しい問題があったのだろう。
「岳物語」から25年。本書「大きな約束」に再び岳青年がしばしば登場するようになる。19歳でアメリカに渡り、結婚し、父親となった岳青年。
椎名氏はこの著書の中で、私小説を書いたことから始まった岳少年との確執を初めて明かした。
ある日彼はわたしの部屋に飛び込んできて、その本を床に叩きつけ「こんなことを二度と書くな。いますぐ日本中の本屋からこの本を無くしてくれ」と叫んだ。目に涙があった。(中略)以来そのシリーズを書くのはやめた。(中略)書きたいことだらけの日々だったのだが、彼との約束を守り、わたしはそれ以来何も書いたりしなかった。(大きな約束「アゲハチョウ」より)
この本のタイトルになっている「約束」とは、椎名氏とマゴの風太くんとの「釣りに行く」約束のことである。しかし本当は、「自分のことを二度と書くな」と泣いていた少年岳くんと、父親椎名誠との「約束」=親子の関わりを書いた作品なのだろう。
本書「大きな約束」は、15年間のアメリカ生活にピリオドを打ち、岳ファミリーが日本に帰ってくる空港のシーンで終わる。
風太くんがわたしを見つけた。両手を広げてまたとびはねた。坊主頭だった。風太くんの頬が紅潮している。夜明けのように、そのあたりの風景がぴかぴか光っている。 (大きな約束「湾岸道路」より)
それは四半世紀に渡って続いていた「岳物語」がようやく完結した、そんな思いさえする感動のラストシーンだった。
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