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村上春樹・和田誠『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮社)

<活字のチカラを信じたい>   タケダフミト

こんにちは。タケダです。書評2回目もエッセイですが、編集長、何か...?

毎年、ノーベル賞発表の時期になると、文学賞候補に村上春樹の名があがる。ところが本人はいたって無関心らしい。もともと「権威」とか「賞」などに価値を感じない作家なのだろう。銀座の文壇バーなんて絶対に出入りしていそうもない。
でも、将来本当にノーベル文学賞を受賞したらどうするんだろうな。

私的世界。なのにユニバーサル

村上春樹氏は好き嫌いがはっきり分かれる作家だ。
「なんだか難しくてよくわからない...」
「ああ、あのいやらしい小説ね」
そんな声を聞くこともある。それでいいのだろう。全ての人に好まれる作品なんて、村上氏が一番望んでいないだろう。
少なくともぼくにとっては、新刊が出たとたん、書店で中身を1ページも見ることもなく速攻でレジに持っていく作家の1人だ。いや、そこまではっきりファンだと言えるのはこの作家だけかも。

緻密な文章を書く小説家は、エッセイも面白い。
村上氏の数あるエッセイの中でも「ポートレイト・イン・ジャズ」は秀逸。
和田誠の暖かい肖像画。そして村上氏のジャズミュージシャンへの想いが添えられる。
ジャズなんて全く知らなくたってかまわない。でも、この本を読むと、それだけでジャズがとても好きになるから不思議だ。

例えばこんな一節

『当時ブルーノート・レコードは日本でのプレスを認めなかったので、輸入盤でしか手に入らず、値段は2800円もした(1ドル=360円だった)。なにしろコーヒーが60円で飲めた時代だから、ずいぶんな金額だ。なかなか高校生には手が出せない。だから、1枚のレコードを手に入れると、心をこめて聴いた。ビクターの商標に使われている、蓄音機の中に頭を突っ込んでいる犬みたいに、文字どおり一音一音に深く耳を傾けた。ガールフレンドよりも大事に、とまではいかずとも、負けず劣らずレコードを大事に扱った』

(「ポートレート・イン・ジャズ」ホレス・シルヴァー 本文より)

あるいはこんな一節

『「フォア・アンド・モア」の中でのマイルズの演奏は、深く痛烈である。彼の設定したテンポは異様なばかりに速く、ほとんど喧嘩腰と言ってもいいくらいだ。トニー・ウィリアムズの刻む、白い三日月のように怜悧なリズムを背後に受けながら、マイルズはその魔術の楔を、空間の目につく限りの隙間に容赦なくたたき込んでいく。彼は何も求めず、何も与えない。そこには求められるべき共感もなく、与えるべき癒しもない。そこにあるのは純粋な意味でのひとつの「行為」だけだ』

(同じく マイルズ・デイヴィス 本文より)

ジャズを聴かずとも、アーティストの名前さえ知らずとも、村上氏が綴る「想い」を通して読者はとても幸せな(あるいは哀しい)旅をすることができる。

村上氏は昨年、新聞社へのインタビューでこんなことを語った。

『人というのは、そんなに上とか下とか、前とか後ろとかで決められるものではないんです。それぞれの人には物語があり、その物語の中で生きている。それが人を救うんです。僕の書きたいのはそういう物語。明るい物語ではないけれど、ある暗さの中で共振するものを見出すことで、救われるような物語です』

(2008年北海道新聞 「村上春樹氏に聞く」より抜粋)

村上氏の収入は、海外分が既に国内分を上回っているとのこと。
氏の物語から発する振動が、海外の多くの人たちにも「共振」している事実。ジャズファンとして個人的な想いを書いたこのエッセイでさえ、極めてユニバーサルな物語になっている。
ムラカミハルキを食わず嫌いしている人は、手始めにこの「ポートレート・イン・ジャズ」を読み、そこに「共振」できるかどうか気持ちを量ってみてはどうでしょうか。


(2009年01月22日)

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