札幌には路面電車が走っています。
「4丁目プラザ前~すすきの」の区間を折り返し運転しています。
地下鉄が開通する前は、北24条や琴似まで走っていたと聞いたことがあります。
そんな時代のことを懐かしげに話す人々も、電車は遅いから...と言って、乗ることを敬遠します。
確かに遅い~朝の通勤で電車を利用するようになって最初に感じたことです。
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン
時速30キロで走る電車の速度に慣れるまでには時間がかかりました。
なんだか時代がタイムスリップしたみたいです。
のんびりと窓の外の風景を眺めることが朝の日課となりました。
せわしなく混雑している地下鉄から電車に乗ると、ほっとしている自分がいます。
電車の幅は地下鉄よりも狭いです。
座席は向い合って座るようになっていて、吊革につかまって立っている人がいると、歩くスペースが無くなります。
電車を降りるときに、すみません、すみませんと言って譲り合いながら進むのも慣れっこになりました。
信号待ちで停留所に電車が止まっているときに、電車に乗ろうと走って来る人がいるとドアを開けてくれます。
そして次から次へとドアを開けるものですから、青信号になっても発車できません。
そんな風景も微笑んで見ることができる余裕ができました。
今日は運転手さんの真後ろの座席が空いていたので、そこに座りました。
運転手さんと同じ目線で進行方向の景色を眺めることができます。
巧みにハンドルを動かす運転手さんの姿を眺めていると、男の子が将来は運転手さんになりたいと言う意味が解ったような気がします。
それほど、ハンドル操作は巧みでした。
線路の上を走る路面電車。
線路があるということは走りやすいに決まっていると思い込んでいた自分が間違いでした。
路上駐車している車を追い越すために線路上を車が走る、道路を横切ろうとしている車が線路の上で立ち往生している、大型トラックが寄ってくるなど。
かなり危険に満ちたものでした。
人生も安定したレールが敷かれていると思いきや、会社が倒産したとか病気になったとか、子どもが引きこもりになったとか親の介護だとか。
そんなときのキーワードは立ち止まって待つということ、今の自分を見つめ直してみること、ゆっくりと進むこと。
それはまるで路面電車のような。
その時間はこころを豊かにする時間へと変わり、やがては力強い歩みへと変わります。
生きることに合理化や効率化は必要ありません。
じっくりと人生を味わう、そんなことに想いを馳せながら路面電車に揺られていました。
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今週も優しいコラムをありがとうございます。
路面電車って優雅な乗り物ですね♪
>生きることに合理化や効率化は必要ありません
ホントその通りだと思います!
ですが、私は合理化や効率化を求めてしまいます。
じっくりと人生を味わえるようになりたいものです(*^_^*)
優雅な乗り物・・・いい響き。
ありがとうございます。
そっか、不便とは優雅なことかもしれませんね。
社会全体が忙しく性急で、なんだかその波に乗らないと遅れるような感じです。