高齢者施設のエレベーターに乗ったとき、施設の職員の方と入居者の方が乗ってきました。
入居者の方が職員の方に「今日のうどん美味しかったわ」と笑顔でお話をされました。
その言葉に職員の方もニコニコと笑顔で答えていました。
毎回うどんばかりで飽きたという愚痴をいつも聞かされていた私には、その方の笑顔は輝いて見えました。
歳を重ねるごとに、その人の生き方が表情ににじみ出てきます。
タイタニックという映画があります。
豪華客船タイタニックの沈没をテーマにした映画で、レオナルド・ディカプリオが出演して話題になった映画です。
一番印象に残っているシーンは、音楽隊の方々が演奏を始めるシーンです。
沈没寸前まで演奏していた音楽隊に解散許可が出て一度解散するのですが、一人が演奏を始めると他のメンバーが彼の元に集まり再び演奏を始めるシーンです。
パニック状態で逃げ惑う人々や救命ボートに飛び乗る人々を背景に、優雅な態度で音楽を奏でるシーンは心に響くものがあります。
先日テレビのリモコンでチャンネルをあちこち押していたら、NHKの「課外授業ようこそ先輩」という番組に行き当たりました。
ちょうど瀬戸内寂聴さんが、高校生達と幸福について語り合っている場面でした。
高校生達は、今まで聞いたことのない幸福論を語る寂聴さんに戸惑いながら悩みます。
ある女子高生が質問します。
「なんで自殺したらいけないの?」
それに答える寂聴さん
「いただいた命を、絶ってはいけません」
・・・いただいた命・・・
「でもつらく苦しいときがある」
「神様は乗り越えられない試練は与えないのですよ。私はこの言葉に救われました。」
心理学者フランクルは、このことを「態度価値」と言っています。
創造価値(11月5日号「居場所と出番」)や
体験価値(11月19日号「窓辺から」)が
実現できない状況に置かれたとしても人は、その状況に対してどのような態度をとるかという選択の自由は残されていると。
運命としかいいようのない出来事は次々と起こります。
正直いって、しんどいよ、フランクルさん・・・と言いたくなるほど、押しつぶされそうになるときがあります。
それでも生きる価値はあります。
いただいた命に応えていく、そう命は答えてくれるのを待っている...それに答えていくのが生きるということだと思います。
だから生きていること自体が意味のあることなのです。
こんなことを考えていたら素敵な絵葉書が届きました。
絵葉書に書かれていた言葉は「微笑みから神のあたたかさがこぼれる...」
いつの間にか、施設で出会ったおばあさんの笑顔を思い出していました。
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先日、承認格差社会という単語を知りました。
誰かに承認され、選択の自由がある社会に住む…。
お金があっても、それだけじゃきっと足りないのでしょうね。
承認格差社会という単語を初めて知りました。
グローバリゼーションという言葉とは裏腹に、一人一人が生きている社会は懐が小さくなったのかもしれませんね。
社会の最小単位である家庭、家庭における承認がなおさら必要になることが浮き彫りになっている世の中なんでしょうか。