
久しぶりに自分のコラムを読み返していたら、8月28日にコメントを頂いていました。
ありがとうございます、気がつくのが遅くて、ごめんなさい。
そう思いながら、コメントに返事を書いて投稿すること...1時間。
何回チャレンジしても私の投稿は受け付けては貰えません(涙)
そこで、今回のコラムに書かせて頂くことにしました。
Hさんからのコメントです。
自分はブロッコリーが嫌いです。
「ホンットに美味しいから!」
「騙されたと思って!」
何度も騙されました。
こんな自分にも、ブロッコリーの美味しさが解る時が来るのでしょうか。
意志の力は、ブロッコリーのために使いたくないなぁ...。
何度も騙されて、本当に意志の力は使いたくないですよね。
ブロッコリーが嫌いな人は結構多いです。
嫌いなものは嫌いで大丈夫。
無理に好きになろうと力むと、心のバランスを崩してしまいます。
嫌いだと思いながらブロッコリーを食べることは、車のブレーキとアクセルを同時に踏んでいることと同じで、まったく前には進めません。
食べるというアクセルと、嫌いだというブレーキです。
ブレーキに強い力が働くと車がスピンしてしまうように、騙されたという思いが強くなると更に嫌いになります。
ブロッコリーと聞いただけで、「それ嫌い!」と心がざわめくようであれば、食べないほうが幸せかもしれません。
ブロッコリーと聞いても、「あ~それ嫌いなんだ」と軽く受け流すことが出来たならば、ブロッコリーの食べ頃です。
人は何かに囚われると本質が見えなくなりがちです。
たとえば、黄色いバナナを赤色のメガネで見ると、オレンジ色のバナナに見えるように。
その物事に囚われるということは、心に力が入っていて心が自由でないということになるからです。
ブロッコリーと聞いただけで、心がざわめくようであればブロッコリーに囚われている状態です。
嫌いになる原因はいろいろありますが、過去に食べたとき美味しくなかった、青臭さが苦手、形が嫌い、無理矢理食べさせられた、などなど。
どうしても美味しさが解りたいと思うならば、過去の嫌な経験を手放してみるといいと思います。
それは黄色いバナナを透明なメガネで見るということです。
そうすると、解りたいという好奇心だけになり、自然と意志の力が湧いてくるから大丈夫。
ブロッコリーの本当の美味しさが解るときは、そんなときです。
あ~美味しいブロッコリー食べたいなぁ~
今日は偶然にも、めったに買わないブロッコリーをスーパーで買ってきていました。
このブログ記事を参照しているブログ一覧: ブロッコリー
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://spiritlink.80code.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1989
コメントする