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こころの絵日記

失うということ

自宅への帰り道に、ちょっと遠回りをして10年前に住んでいた所に行ってみました。
住んでいたマンションの隣にあったお洒落なイタリアンのお店には、貸店舗という貼紙が貼ってありました。
いつも冷えたビールを買いに行っていた老舗の酒屋さんがあった場所には、お店が無くなっていて二世帯住宅が建っていました。
殺人事件でニュースになった焼肉屋さんは、更地になっていました。
10年一昔といいますが、なんだか悲しいものです。
思い出が一つ一つ失われていく...。

そんな気持ちの時にマイケルジャクソンさんの訃報を耳にしました。
若い頃、深夜のMTVをいつも見ていました。
今では当たり前のようになったプロモーションビデオですが、音楽と映像が一体となったMTVはその当時の話題でした。
マイケルジャクソンさんの追悼番組で「スリラー」のプロモーションビデオがノーカットで放映されていて、その映像を見た瞬間、初めて見たときの衝撃や驚きがよみがえってきてワクワクしました。

人間の身体の細胞は、人間が生き続けている限り死と再生を繰り返しています。
血液は自動的に入れ替わっていて、一年前の血液は今の私の中には流れていません。
皮膚だって、ツメだって、内臓の組織だって、自動的に死滅して再生しています。
これは生き続けている限り自動的に行われていることであって、「生」の中に「死と再生」を包含していることになります。
そう考えると、人が生きるということは「別れ」と「出会い」の繰り返しであって、「失うこと」は自然なことなんだと理解することができます。
ちょっと理屈っぽくなってしまいました。

でも失うということは、悲しくなったり悔しくなったり怒ったりといろんな感情が湧きあがります。
その感情を否定したり、抑圧したりすると感情がマヒした状態になってしまい、心が不健康になり、人によっては現実生活を送れなくなる場合もあります。
いわゆる心の病になります。
様々な感情が湧き起るのは当たり前で自然なことで、歪んだ心で見つめるのでは無く、その感情と素直に向き合い、囚われた状態を解放していくと、現実を受け入れることができて心が自由になります。
だからといって失われたものや人や出来事を取り戻すことはできません。
それが人間の限界です。

心の健康とは、憎しみ、悲しみ、不安、罪意識のない、幸せと満足がいっぱいの快適なだけの世界ではない。むしろ悲しみを悲しみ、怒りを怒り、恐れを恐れとして感じることのできる世界のことである。(小此木啓吾著「対象喪失」より)

7月1日から札幌市はゴミ有料化になりました。
このことを契機に家の中を整理し、使わなくなったものを処分した家庭も多くあったようで、私も随分と処分しました。
なんだか心が軽くなったような気持ちになったのは私だけではないはずです。


(2009年07月02日)

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