NPO法人こころの郷の代表をしています。
こころの郷は心の健康を支援する団体で、カウンセリング、心理講座、
コラージュ療法ワークショップなどを行っています。
こころが疲れたとき、萎えたとき、元気になりたいとき、立ち寄ってみてください。
座右の銘は「花には水を人には愛を」「失意泰然得意淡然」
えにわ夏のミュージカル2010「星に祈りを」を観に行きました。
むかしむかし、劇団四季のキャッツというミュージカルを観に行って、さっぱり良さがわからないほど、ミュージカル音痴の私だったから、内心ドキドキです。
まずは早めに入場してパンフレットをしっかりと読んで...と心の中で計画を立てて臨みましたが、同行した友人との会話に花が咲き、パンフレットを開くことなく開幕してしまいました。
えにわ夏のミュージカルは、アマチュアの方が演じる市民ミュージカルで、今年は3年目を迎えるようです。
今回「星に祈りを」に出演したのは小学4年生から77歳までの男女です。
最後に役者さんすべてが壇上に上がったのですが、えっこんなに少ない人数だったの?と思うほど、一人何役もこなしていたようです。
東京大田区で町工場を経営する一家(五人姉妹と父母、おばあちゃん、亡くなったおじいちゃん)の一日の物語。
一日の物語といっても奥が深く、五人姉妹がそれぞれ関わる出来事は、現代社会が問題としている出来事でした。
そこから見えるものは、社会問題はどこか遠くの出来事ではなく、日常生活に横たわっているということです。
児童虐待、非行、冷めきった親子関係、引きこもり...ミュージカルの中で上手に(?)絡み合って、さりげなくそして大胆に私たちに迫ってきます。
大人たちの理不尽さに憤りを感じ「大人になりたくない」とつぶやく小学生の末っ子に、「だから子どものままの大人が増えたんだよ」と言う父。
「大人になるとつらいこと以上に幸せなこともあるよ。みんなのお父さんになれたことが幸せだよ」(ちょっとセリフがうろ覚えですが)
こんなふうに親子が向き合っていれば、この子は大人になっても大丈夫、そんなことを思いながら、友だちのような親子関係を目の当たりにした長女が叫んだ言葉を思い出していました。
「友だちにはなれないよ。だって親子だもの!」
家族を中心とした普通の日常生活、その中になんと多くの喜び、感動、感謝、そして幸せが隠れていることか。
子どもの頃に遊んだ「かくれんぼ」のように、そ~と耳を澄ませば、気配を感じることができます。
心を静かにして日常に埋もれている幸せの気配を感じる、そんな時間を持つと心が嬉しくなり、生きていることが幸せになります。
一つ一つの出来事に対して起こる問題は、埋もれてしまった喜び、幸せに気づかせてくれる荒療法かもしれません。
そうは言っても、「金、金、金、金、お金が大事♪」と明るく歌う中学生には、思わず吹き出してしまいましたが。
思いきり楽しませていただき、これでミュージカル音痴克服?
スタッフ、役者さんの皆さんお疲れ様でした。
「あれぇ~水出るの?」
この日は水道管の工事があり、水が止まるので水を使わないでくださいとお知らせが来ていた日でした。
つい数分前まで、水を出してはいけないと互いに話していたところなのに、どうして水を出してしまったのか、わかりません。
この日は頭痛がひどかったので、それで頭がいっぱいになっていたのかもしれません。
それにしても、なぜ水を出してしまったのか...。
自分の行動なのに意味不明です。
翌日、毎週来るヤクルトのおばさんに頭痛がひどいと話したら、夏バテかもしれないと言われました。
「私たちも一日歩いて夕方になると頭痛がするのよ。はい、これ飲んだらよくなるよ」
とヤクルトタフマンを渡されました。
やっぱり夏バテだったんだ。
おんぶのおばけの話を思い出しました。
ある日道を歩いていると、おばあさんが近づいてきて、歩くのに疲れてしまったので、おんぶをしてくれないかと頼みます。
少しならいいだろうと思い、おばあさんをおんぶして歩きました。
最初はおんぶしていることが気にならなかったのですが、どんどん歩くうちに、おんぶの重さが気になりだします。
もう頭の中はおんぶのことだけです。
もうそろそろ降りてもいいのに...と心の中で思いながら歩きます。
おばあさん降りてもらえませんかと尋ねると、おばあさんは降りるどころか、更にしがみついてきます。
なんてひどいおばあさんなの!と、おんぶの重さで頭の中はいっぱいです。
またどんどん歩いて行くうちに、ある考えが浮かびました。
重いと思ってもしょうがない、おばあさんととことん付き合ってみようと。
その瞬間です、身体がヒューと軽くなって、おばあさんはどこかに飛んで行ってしまいました。
この話は、一つのことに囚われると、そのことで頭がいっぱいになってしまい、他のことに気が向かないということの例えです。
仕事や家庭生活などで環境や状況を変えたいと思うことがあったとします。
変えられるのであれば変える、そんな勇気は必要です。
ただ、変えられないこともあります。
変えられないことを無理に変えようとしても、なおさら苦痛は増します。
そんなときは、その環境や状況を受け入れると楽になります。
変えられないものを受け入れる、そんな勇気も必要です。
おんぶのおばけよ、さようなら~
ホームページをリニューアルしました。
NPO法人 こころの郷
http://www.npo-kokoronosato.jp
夏の風物詩である花火大会。
地方の花火大会に行くと、縁日や屋台が並び活気にあふれています。
そういえばマラソン大会も地方に行くと、屋台や地元の特産品が並び、地元のお母さん達や高校生達が運営ボランティアをしていて、町ぐるみで盛り上げてくれます。
花火大会もマラソン大会も町おこしの一つです。
札幌は大都市になってしまい、町ぐるみで何かをするというよりは、感心のある人が集まって盛り上げるイベントが多くなりました。
今まで知らなかったのですが、豊平川花火大会に合わせて旭山記念公園で音楽祭が行われていました。
今年で23回を迎えるそうです。
その旭山音楽祭のチケットを頂いたので、今年は旭山記念公園で花火を観ることになりました。
空模様が怪しかったのですが、やっぱり大粒の雨。
それでも缶ビールと焼き鳥、ザンギなどを持ち込み、始まる前からほろ酔い気分です。
札幌市長の挨拶(代理の方が出席し読み上げましたが)があり、旭山音楽祭も市民がつくる札幌の町おこしの一つだったのだと知りました。
そしてオープニングの合唱が、「わが街・さっぽろ・旭山」という曲で始まりました。
その歌声を聴いた瞬間、身体がゾクゾクとして、曲の終り頃には涙があふれてきました。
音楽を聴いて、これほど感動したことはないほどです。
合唱団が歌ったあと、プロのオペラ歌手の歌もあったのですが、申し訳ないくらい、合唱団の歌声は素晴らしかったです。
その街に住む人が、その街の良さを歌う。
その歌声は自信に満ちた力強い響きがありました。
感動はどこか遠いところにあるのではなく、自分の生活の中にある。
そんな気持ちにさせてくれた歌声でした。
花火が打ち上がる時間になると雨が上がり、花火と歌の饗宴を楽しみ、気分を良くした一人が、「さぁ飲み直そうか」と言った瞬間、大粒の雨がザ~と降ってきました。
夢の饗宴の時間は終わり、そろそろ日常に戻りなさいという合図のような雨でした。

我が家の畑の野菜たちが所狭しと、成長しています。
今年初めて植えた絹サヤとインゲン豆は大成功!

美味しいみそ汁と煮物に早変わりしました。
ところが、お隣さん家のお豆は全部枯れてしまったそうです。
我が家の豆は成功しましたが、ジャガイモは失敗し、育てやすいと言われているジャガイモの芽が2割しか出なかったのです。
天候や土壌、肥料や種の品種など、いろんな要素が絡み合って野菜は育ちます。
種が腐ってしまったり、鳥に食べられたり、病気にかかったり、予期しないことが起こり、日々変化します。
そんな野菜たちを眺めているとまったく飽きません。
人間の手で最善をつくしますが天に委ねることも多く、そんな絡み合いの中で実がつくのは奇跡と思えてきます。
その成長する姿は、まるで人生のようです。
産まれた環境、育った環境、出合う人々、予期せぬ出来事。
植物には生きようという力がありますが、人間にはもっと強い生命力があります。
それは人生における数々の出来事に対して、どのような態度をとるかという自由意志があるからです。
それは自分の思い通りの人生になるという意味ではありません。
神話学者ジョーゼフ・キャンベルは、世界中の神話を調べ、世界のあちこちに似たような神話があることに気がつきます。
何万キロも離れた場所であっても、現代であればインターネットで伝播することはできますが、大昔はそこに人々が暮らしていることさえ知り得ません。
人々は根っこの部分で繋がっている、互いに影響し合っているということに気がつきます。
そのジョーゼフ・キャンベルは、
誰一人として自分の意図した通りの人生を生きている人はいないのです。
目的地が重要なのではない、重要なのは人生という旅そのものなのです。
と語っています。
そう、生きること、毎日が収穫祭です。
北海道に台風が上陸したのは2004年のこと。
観光名所になっていた北海道大学のポプラ並木が倒れたり、大通公園の樹木が道路に倒れ込んで通行止めになったりしたことは記憶に新しいです。
支笏湖周辺も台風によって、多くの森林が破壊されました。
その後、支笏湖周辺台風被害・復興の森づくり実行委員会が設立され、市民団体や学校、企業などが森の育て親となり、100haの土地に10万本の松を植樹しました。
しかし植樹をしたというだけでは済まされませんでした。
毎年初夏を迎えると、苗木が雑草に負けないように草刈りという作業があります。
先日その草刈りの手伝いに行ってきました。
想像以上に雑草は伸びていて、松がどこにあるのか、わからない始末。

カマを握る手首がだるくなり、腰痛持ちは腰が立たなくなり、ほとばしる汗を拭きとりながら、3時間かけて草刈りをしました。

草刈りが完了すると整然と並ぶ松が現れ、このように人の手を加えて松は成長してゆきます。
ところが整然と並ぶ松の片隅に、植樹した場所ではないところに、成長している松を発見しました。
たぶん種が飛んできて、根をはったのだろうと。
それは不規則に並んでいますが、すくすくと成長しています。
その姿に感動し、杜甫の詩を思い出しました。
現代国語の授業のときに暗記させられたのに、始まりの部分しか覚えていないのですが。
現国の先生は、ポマードをつけた髪を奇麗に分け、いつもジャンパーを着ていたのでジャンと呼ばれていました。
「国破れて山河在り」
自然の力って偉大だなぁ~
人間ってちっぽけだなぁ~
でも、ふっと思いました。
人間には国を創造する力があるんだと。
人も自然も持っている生命力。
つらく苦しい草刈りでしたが、大自然の中での作業は命が響き合った貴重な時間でした。
もちろん草刈りのあとの温泉と美味しい食事は最高でした!

じいちゃんが亡くなった。
突然の訃報に言葉がありませんでした。
ちょうど一年前に庭木を剪定してもらった、おじいちゃんです。
たくさんの庭木があって剪定は一日では終わりませんでした。
剪定してもらってしばらくしてから、
「もう一度行くから、その時に庭に植える場所を選んであげる」
と、おじいちゃんが大切に育てた木を鉢で頂きました。
おじいちゃんが来るまでと、頂いた木は鉢の中。
そのうち、おじいちゃんは体調を崩し病院に入院してしまいました。
鉢の中で木は、どんどん弱っていきます。
おじいちゃんの体調も思わしくなく、歩くことが出来なくなりました。
とうとう鉢の中の木は、葉っぱ一本になってしまいました。
もう待つことは出来なくなった秋も深まった頃、自分達で植える場所を選び、頂いた木を鉢から庭に植えかえました。
おじいちゃんに植えかえて欲しかった...。
そして冬になり、庭一面は雪山に変わりました。
おじいちゃんから頂いた木は、雪の重みに耐えることが出来るだろうか。
心配ですが、どうすることも出来ません。
自然の力にまかせるのみです。
そして春になり、雪が融けだし雪山から地面が少しずつ顔を出してきました。
そんなある日、黒い土に黄緑色の葉っぱが輝いていました。
「あっ、じいちゃんの木が葉をつけた!」
頂いた木の名前を忘れてしまい、いつしか「じいちゃんの木」と呼ぶようになっていました。
それから庭に行くたびに、じいちゃんの木の様子をうかがうようになりました。
「あっ、花をつけた」
もう驚きです。

鉢の中で今にも朽ち落ちそうな状態だった、じいちゃんの木。
その木が花を咲かせたのです。
「おじいちゃん、元気になるかもね」
陽射しをあび、雨の恵みを受け、じいちゃんの木はどんどん大きくなりました。
そんな矢先の訃報でした。
お別れすることはとても悲しく涙が止まりませんでしたが、棺の中のおじいちゃんは、とてもいい顔をしていて、その安らかな表情にほっと胸をなでおろしました。
ありがとう、おじいちゃん。
黄色い自転車を購入した東区のサイクルショップあべさんのお勧めで、6月20日に行われた「ママチャリ耐久リレー大会」に参加しました。

モエレ沼公園サイクリングロードの一部1周4.1キロを4時間で何周できるかを競うレースです。
1チームは最高10名まで登録ができます。
大学のサークル仲間、職場仲間など普段顔を合わす仲間同士の参加が多い中、我がチームは、大会当日初めて顔を合わすメンバーばかりです。
それは10名のメンバーを集めるために、いろんな関係者に声をかけたからです。
知らない人同士が団結するための秘訣は...。
私達はひらめきました。
同じユニホームを着て、同じ食事を頂く、それで一体感が生まれるはず、きっと!
大会当日、先発組のメンバーが7時15分に着き余裕だと思ったら、7時開門なのに2キロの渋滞。
やっとの思いで入園すると、すでにテントの山、山。

レースコースよりも少し奥まったところにテントを張る場所を確保。
「テントを張っといてくれ~」
テントの所有者が駐車場に車を置きに行ってしまいました。
「誰かテントを張ったことある?」
「・・・・」
誰もテントを張ったことがありませんでした。
みんな黙々とテントを表にしたり裏にしたり、説明書を見ながら、素晴らしいチームワークでテントが完成。

その後、後続組のメンバーが続々と到着し、ミーティングを開始。
この場で走るメンバーと応援するメンバーが初めて一堂に会しました。
大会は10時スタート、14時終了。
お昼をはさみながら、8~10分おきにピットに帰ってくる選手を迎えに、ピットとテントを行き来する応援チームはクタクタです。
走るメンバーはというとデットヒートを繰り返し、フラフラで帰ってきます。

さて我がチームの成績はというと、成人クラス408チーム中267位。
練習もせず、初参加、初顔合わせで、上出来です。
来年の走る順番はこうしようとか、混合チームにも参加しようとか、熟女チームを作ろうとか、すでに来年目指して意気込んでいます。
走ったメンバーは高校生1名、30代3名、40代4名、50代1名、60代1名の10名。
応援メンバーは8か月から67歳までの総勢12名。
ママチャリレースに集まって出来たミニコミュニティ。
地域社会が崩壊したと言われるいま、これからは住んでいる場所で繋がるのではなく、このようなミニコミュニティで繋がり合う時代が訪れているのだと思いました。
来年は、このコミュニティの輪がもっと大きく繋がる予感がします。
みんなが笑顔になる、それがコミュニティのコンセプト!
6月6日は千歳マラソンでした。
毎年雨がつきものの千歳マラソンでしたが、今年は快晴で走るのには最高の天気でした。
昨年に引き続きハーフマラソンを完走し、無事に完走TシャツをGAT!

昨年よりも4分ほどタイムが短くなり、少しずつ長距離に慣れてきたみたいです。
そういえば、お気に入りのお好み焼き屋さんの店主が話していました。
「短い距離は人との競争になるけど、長い距離は自分との闘いだからねぇ」
ほんとうに自分との闘いでした。
そして翌週の13日は美瑛マラソンでした。
2周続きなので今回は自転車応援をすることにし、我が家の黄色い自転車を車につんで行きました。
大会前日に車で応援ポイントまでの距離を測ると約7キロで、自転車で30分あれば行ける距離と踏んでみました。
大会当日は開会式や各種目のスタートをのんびりと観戦し、いざ黄色い自転車で出発。
道順を交通整理のおじさんに確認したところ、
「そんなところに応援に行くのは遠いよ。行かない方がいいよ。」と言われ、
「でも昨日、車で距離を測ったら7キロだったよ」
「無茶しない方がいいよ。」と念を押されても、
「大丈夫よ」と啖呵を切って飛び出していました。
ところが、行けども、行けども目印の応援ポイントには到着しません。
スタートしてから40分は経過しているのに、ただ道が続くだけ。

なんだか途方に暮れてしまい、引き返そうかと考えるようになりました。
引き返して交通整理のおじさんに会うのが恥ずかしい。
応援すると言ったことを実行できないのは悔しい。
などの考えが浮かび、引き返すことの決断ができません。
自転車を降りて、前方にそびえ立つ十勝岳連峰を見ていると「帰ろう」という気持ちが湧いてきました。
「そう、あきらめることも必要」
この日は30℃まで気温が上がり、救急車で運ばれる人も出たようです。
引き返してみると、交通整理のおじさんはいなくなっていて、応援ポイントにいなかったことを誰も責めませんでした。
進む勇気、止める勇気。
目標の奴隷にならないことも肝心です。
よし、来年の美瑛マラソンは走ることにしょう。
新しい目標ができた勇気ある撤退でした。
いつもはバスで行く道を時間があったので歩いてみました。
いつもバスの窓から見えていた美しい庭がある家。
その家の前を通ると、咲誇ったチューリップの香りが心地よく漂ってきます。
バスの窓辺からは見えなかった奥まった小路では、新築工事中の家がありました。
新築工事をしている家からは、むせかえるような木の香りがします。
そしてトントンと木をたたく音。
その木の香りや音は、どこか懐かしく郷愁を誘います。
保育園の子ども達とすれ違いました。
二人一組となって手をつなぎ合い、どこか照れたような行列。
新年度を迎え、新しいお友達が入園してきて、お互いまだ慣れていない感じが伝わってきます。
思わず微笑ましくなる光景です。
車の通りが少ない住宅街をぬけると国道、車の騒音や人々が行き交うざわめきで、はっとしました。
大きな通りに出ると今までとは一変して、人々が忙しそうにしています。
なぜだか歩く速度も速くなり、汗ばんできました。
そうこうするうちに目的地に到着。
あっという間にバスで通り過ぎる景色も、歩くと新たな発見がありました。
カウンセリングにおいて重要なことの一つは、相談者と信頼関係を築くことです。
その方のすべてを受け止めたいという想いが根底にありますが、初めてお会いした人には、なかなか言葉でその想いは伝えることはできません。
そこで信頼関係を築くために、話し方や態度、呼吸を合わせることをします。
声の調子やスピードなどの話し方の特徴をつかみ、悲しさや嬉しさや淋しさなどの感情を察知し、合わせるようにします。
でも一番肝心なのは、呼吸を合わせることです。
その方から出ている気と自分の気を融合させるというのでしょうか、うまく言えませんが。
私にとって街を歩くことは、その街と呼吸を合わせることに近いのかもしれません。
ほとんどの人が携帯電話やインターネットを活用する時代になりました。
瞬時にたくさんの情報を入手することができます。
でも考えたら、入手できる情報は視覚や聴覚から得られる情報がほとんどです。
人は見る、聴く以外にも、かぐ、味わう、触れるなど五感から情報を入手できます。
他愛のないおしゃべり、行くあてのない散歩、雑用だと思っている事柄、関心のない話につき合うこと、手間をかけて作る料理など。
時間がかかって無駄だと思えるようなことでも、実はこころのバランスを保つためには必要なことかもしれません。
バスでは20分の道のりが歩くと1時間かかりましたが、とても大切なことを気づかせてくれました。
私たちは息づかいの中で生きている、生かされているということを。
桜の花が開き出すと、今年もマラソンシーズン到来です。
5月5日子どもの日に日刊スポーツ豊平川マラソン大会が行われました。
私は10キロの部に参加です。
今年の初マラソンです。
去年10月の大会を最後に約半年間引きこもっていたので、体重が5キロ増!
練習に身が入らないうちに大会が訪れてしまいましたが、豊平川マラソンは制限時間がないので、のんびりと自分のペースで走ることにしました。
自分のペースといっても、どんどんと追い抜かれていくと内心あわててしまいます。
ついつい速度をアップしてしまい、息切れをし辛くなります。
そこで自分のペースを守るためには、スタートする位置が重要になってきます。
以前のマラソンで前方に並んでしまい失速した経験があるので、今回は真ん中よりも後ろの方に並びました。
スタートした後は自分と同じペースの人を探して、しばらくはその人の後ろについて走るようにします。
そうすると追い抜かれたとしても、自分と同じペースの人が前方にいると安心します。
3キロ位走ると、だいたい同じ速度の人達でかたまりができるので、もう安心、自分のペースを守ることができます。
なにかと忙しい今の社会では、なかなか自分のペースで生きることが難しくなってきています。
自律性をもって生きる、そんな強い意志が必要になってきます。
エリクソンの発達段階論では早期児童期の発達課題が意志であり、その時期を肯定的に解決すると自律性が養われます。
早期児童期は小学校入学前の時期であり、保育園や幼稚園など家庭という社会から外の社会に出る時期です。
マラソンは自分との闘いです。
早く走る人達につられて失速するのも、ゆったりと自分のペースで走るのも、すべて自分の選択と意志です。
早期児童期に培われなかったとしても、ちゃんと大人になってからでも意志を貫くことはできるし、自律性を養うこともできます。
重くなった身体を支えたせいか、初めて足裏に水膨れができてしまいました。
痛い足をだましながら去年より2分遅れでゴール。
参加賞として「ぽたり」と「うらら」のスポーツタオルを頂きました。

春になると恒例の行事?役所めぐりがあります。
NPO法人の場合、大きい組織であろうと小さい組織であろうとやるべきことは一緒です。
北海道に前年度1年間の事業報告書、収支計算書などを提出します。
札幌法務局に資産総額の変更登記をします。
道税事務所と市税事務所に法人税の減免申請をします。
この一連の手続きが完了すると、ほっとします。

役所めぐりをしているとき信号待ちで上を見上げると、木蓮(モクレン)のつぼみがふくらんでいました。
今にも咲きたくてたまらないと言わんばかりに、つぼみはふくらんでいました。
つぼみは希望を与えてくれます。
その可能性に夢がふくらみます。
人も多くの可能性を抱いて生まれてきます。
赤ちゃんを見ると微笑みたくなるのは、そこに夢や希望があふれているからかもしれません。
発達心理学ではいろいろな発達理論が存在します。
その中でエリクソンの発達段階論というのがあります。
人生にはそれぞれの段階において解決されねばならない発達課題があって、それは人生にとって重要な課題で、その課題をどのように解決したかが人格形成に影響を及ぼすという理論です。
各段階では発達課題を解決するために必要な心理的危機が訪れます。
それは様々な出会いの中で自分のあり方を選択しなければならない危機であると。
乳児期から老年期までを8つの段階に分類しています。
たとえば乳児期は希望という課題です。
この時期の課題を肯定的に解決すると、自分には価値があるんだ、自分と同じように人にも価値があるんだという基本的信頼を得ることができますが、否定的に解決すると人を信じられない、人を裏切るなどの不信を得てしまいます。
このように各段階の課題を達成しながら人格は形成されていくという理論です。
一度形成された人格は変えられないという訳ではありません。
そのことに自ら気づき、しっかりと自分と向き合う覚悟が必要です。
また人によっては、各段階のみならず人生を通して解決していく課題があるのかもしれません。
晩年エリクソンは第9番目の発達課題、死に向かって成長することを模索していたようです。
ふっとテレビを見ると、将棋の羽生善治さんが将棋の打ち方の話をしていました。
答えを出せない、答えが出ない場合に自分らしさを出すことができると。

我が家に新しく仲間入りしたサイクル、黄色い自転車。
知り合いの札幌市東区にあるサイクルショップあべで購入しました。
サイクルショップあべは、寡黙で技術職人のご主人と明るく朗らかな奥さんでやっているお店で、自転車選びにもいろいろアドバイスをしてくれます。
やっぱり大型量販店とは異なり、きめ細やかなアドバイスで満足のいく自転車を購入することができました。
この黄色い自転車はとてもお気に入りで、我が家の家族のような存在になりました。
25日の日曜日は伊達で「春一番伊達ハーフマラソン」が行われました。
マラソンの師匠が今年初めて出場する大会です。
私は黄色い自転車を車に積み込み、自転車で応援することにしました。
前日にコースの下見をし、スタートとゴールの他に3か所の応援ポイントを決めました。
いよいよマラソン当日です。
スタートの号砲で師匠を送り出し、まずは第1応援ポイントまで徒歩で歩きます。
スタート地点と第1応援ポイントまでは徒歩で移動できるので、他の応援者も一斉に移動します。
とくに会話をするわけでもないのに、他の応援者の人と妙な一体感があるから不思議です。
昔からの知り合いのようです。
第1応援ポイントに到着するとまもなく、先頭の走者が現れました。
その後数分して、無事に師匠を写真に収めることができました。
それから自転車置き場に急ぎ、第2応援ポイントまで自転車で急ぎます。
標高差40メートルもある坂道を自転車で登るのはたいへんです。
でも黄色い自転車は3段変速付なので、スイスイ?登ることができました。
第2応援ポイントでも無事に師匠を写真に収め、自転車で第3応援ポイントまで移動です。
行きは20分かかった道のり、帰りは下りなので10分程度で第3応援ポイントまで着くことができました。
早く着きすぎて、なかなか師匠は現れません。
師匠を待っている間に、ランナー仲間が手を振って通り過ぎて行きました。
こうやってランナーから見つけてもらえるのも嬉しいことです。
師匠に言わせれば、着ている赤いフリースと黄色い自転車が遠くから目立ったとのこと。
第3応援ポイントでも無事に師匠を写真に収め、ゴールへと急いで自転車を走らせます。
坂道を登るときは自転車を変速にするとペダルをこぐのが楽ですが、そのまま平地を走るとペダルが空回りして、うまく走ることができません。
自分のポリシーを貫くのも大切だけど、その状況に応じた対応が必要なんだなぁと変速付自転車に教えられたような気がします。
臨機応変!
あらら、師匠がゴール目指して走り込んできました。
あわてて写真に収め、黄色い自転車応援ツアーは無事終了です。
風速30メートルを記録したとニュースが流れ、壁が崩れ落ちたマンションもあったようです。
とにかく激しい風でした。
コンタクトレンズをしている目には、つらい風です。
ほこりが目に入り痛いし、レンズや目が傷つきやすいからです。
家に帰り急いでコンタクトレンズをはずした瞬間、どこかにレンズが飛んで行ってしまいました。
洗面所の隅から隅まで探しても見つかりません。
床をなめるように探しても見つかりません。
着ている洋服をはたいても落ちてきません。
どこに行ってしまったんだろう・・・。
下ばかり見ていた顔を上げて鏡をのぞき込むと、なんと右のホッペにレンズがピタッと貼りついているではありませんか。
近すぎて気づきませんでした。
一番近くに大切なものがありました。
前回に引き続き「マザー・テレサ日々のことば」から抜粋です。
<以下、抜粋>
家庭の外で人々にほほえむのは、たやすいことです。
あまりよく知らない人をお世話することは、
実はとてもやさしいことなのです。
あなたの家の中で毎日会っている家族を、
思いやりをもって、
優しく、ほほえみを忘れずに愛しつづけることは、
とてもむずかしいことです。
特に疲れていたり、イライラしていたり、
機嫌が悪かったりするときは、なおさらです。
だれにでも、そんなときがあります。
だれでも、あなたのところにきた人が、
前よりもっと気分よく、
もっと幸せな気持ちで帰ることができるように。
あなたの顔やまなざし、あなたのほほえみに、
親切を見ることができますように。
喜びは、わたしたちのまなざし、
ことばや振る舞いにあらわれます。
それは決して隠すことはできません。
それは外に作用します。
喜びは、とても伝わりやすいものなのですよ。
簡単なほほえみで、
どれほどすばらしいことができるのか、
わたしたちは、
まったくわかっていないと言えるほどです。
三越で行われていたマザー・テレサ展に行ってきました。
インドのカルカッタには多くの路上生活者がいて、誰からも見放され、そのまま路上で息絶える人もいます。
マザー・テレサが作った「死を待つ人の家」には路上で息絶えそうな人が担ぎ込まれます。
死を迎える人の命の尊厳、心安らかに死を迎えるための「死を待つ人の家」です。
そこでの宗教は自由で、担ぎ込まれた一人一人に信仰している宗教を聞き、亡くなったときはその宗教でお葬式をします。
すべての行動が愛に包まれたマザー・テレサの言葉には、いつも勇気と希望を頂きます。
今回は「マザー・テレサ日々のことば」から抜粋させていただきました。
<以下抜粋>
愛とは分かち合うこと、
わたしたちにある最善のものを与えることです。
あるとき、高価なサリーを身につけた女性が訪ねてきて、
こう言いました。「マザー、わたしにも、
あなたのお仕事をさせていただきたいのです。」
わたしはその瞬間に祈りました。
わたしの働きを手伝いたいという彼女の申し出に対する、
答えを求めて祈ったのです。そしてこう言いました。
「そのサリーから始めましょう。
あなたが毎月安いサリーを買うことで貯めたお金を、
貧しい人たちのために持ってきてください。」
そこで彼女は、安いサリーを買うようになり、
いつの間にか彼女の生活自体も変わった、と言いました。
こうして彼女はほんとうの分かち合いの意味を知り、
こう言ったのです。
自分が差し出したよりもずっと多くのことを、
貧しい人たちから受け取った、と。
「子どもの家」で、
お砂糖がまったくなくなってしまったことがありました。
すると、小さな男の子が、
どこで、どうしてなのかわかりませんが、
マザー・テレサのところにお砂糖がない、と聞いたのでしょう。
その子は、うちへ帰って両親に言いました。
「ぼくはこれから三日間、お砂糖はいらないよ。
そのお砂糖をマザー・テレサにあげるんだ。」
三日後、両親はその子を連れて、
わたしたちを訪ねてきました。
彼の手には、小さなお砂糖のびんがありました。
その子はわたしの名前すら発音できないほど、小さな子でした。
けれど、その子は教えてくれたのです。
大切なのは、どれだけたくさんあげるのではなく、
どれだけ愛をこめるかなのだ、ということを。
<抜粋以上>
6月12日~25日、シアターキノで「マザー・テレサ映画祭」が行われます。
マザー・テレサの言葉は慈愛に満ちていて、人間として生きる原点に立ち返ることができます。
引出しに ビー玉などを見つけしは
アルバム探しに 夜は更けにけり
中学の国語の時間に作った短歌です。
クラスの中で選ばれて、校長先生に短冊に書いてもらった思い出の短歌です。
当時は、子どもの頃の思い出に浸るという意味で作ったのですが、今読み返してみると、異なる意味合いに感じます。
動き出すときには、きっかけがあり、一度動き出すと夢中になるという意味合いに感じてきます。
部下の能力を発揮させる例えとして金魚鉢の中の金魚の話があります。
一匹の金魚がいる金魚鉢の真ん中に仕切りを入れます。
金魚は仕切りで仕切られた半分の面積の水の中で生活を強いられます。
数日経って仕切りを取り除きます。
でも金魚は、仕切りが無いにもかかわらず、半分の面積しか泳ぎません。
広々とした金魚鉢の中で泳いでもらうために、あなたはどうしますか?
という問題です。
金魚鉢のもう半分側に金魚を手で移動する
金魚鉢のもう半分側に美味しいエサを入れる
元気に動き回る金魚を一匹追加して入れる
などなど。
金魚は半分の面積で満足してしまったのでしょうか。
のびのびと泳いでいた時のことを忘れてしまったのでしょうか。
仕切りに何度もぶつかって諦めてしまったのでしょうか。

動き出すきっかけは、どこに隠れているかわかりません。
動きたいのに動けない...そんなムズムズが心の中に現れたら、もう心は動き出しています。
道端のヤブの中に、新芽を見つけました。
蠢く(うごめく)とは、春の下に虫が二つと書きます。
このヤブの下には、たくさんの虫達がいて、
いつ外に出ようか、うごめいているんだろうなぁ。
春近し、春近し、わくわく。
三連休は大荒れの天気でした。
冬に逆戻りしたような暴風で、JRが運休したり飛行機が欠航したりと。
雪解けが進み、庭ではチューリップの芽が3センチほど出ていて、春を感じていた矢先だっただけに、まるで「冬のことを忘れないでね」と言わんばかりの暴風です。
冬から春に季節が変わる時には、大雪が降ったり嵐のような風が吹いたりします。
日中の気温もプラスの日々が続きますが、なんだか底冷えがするような体感温度です。
暑くなったり寒くなったりと、この季節は中途半端です。
ちょっと油断をすると風邪をひいたりするので、真冬よりも注意が必要です。
あいまいな天気に、どんな服を着たらよいかと悩む季節でもあります。
あいまいと言えば、あいまいな気分にも、どのように対応したらよいか悩むことがあります。
ほんとうは何を感じ、何をしたいのか、わからない
時々すごく不安になったり、時々すごく怒ったり、自分の感情に押し潰されそうになる
今の仕事を続けたほうがいいのか、やめたほうがいいのか、わからない
こうしたいと思うことがあるけど、なかなか実行できない
自分の良さがわからない
などなど、理性で考えても結論がでないことがあります。
考えても、堂々めぐりになることがあります。
そんなとき、フォーカシングで道が見つかるかもしれません。
フォーカシングとは焦点づけをするという意味で、心理療法の一つです。
身体をつかって、こころの奥にある本当の感情や欲求に焦点をあて、こころからのメッセージに耳を傾け、自ら気づき成長するプロセスです。
胸がむかつく、胸が締めつけられるようだ、胃がキリキリする、喉がつまったようだとか、感情を身体感覚で表現することがあります。
言葉でうまく表現できない感じを身体が代弁してくれているように。
そんな身体感覚に着目したのがフォーカシングです。
不快な身体状態が続くと、早く治まって欲しい、その症状が無くなって欲しいと思うのが一般的です。
フォーカシングでは、それを敬遠せず自己からのメッセージと受けとめ、その症状を認め、やさしく受け止め、その症状と対話をしながら、本当の感情や欲求に気づいていきます。
変えようとすると変わらないけど、認められると変化します。
また特に身体に症状がなかったとしても、ゆっくりと自分の身体に意識を集中していくと、身体で気になる部分が浮き出てくる場合もあります。

まるで「ほんとうの私を忘れないでね」と言っているようで、気づいてほしくて身体症状として現れるのは、まるで春の嵐のようです。
それは冬から春に変わる兆候です。
自己成長するタイミングです。
そう思うと愛おしくなります。
間もなく季節は春です。
そろそろランニングを始めようかなぁ。

3月13日はコンサドーレ札幌の札幌ドーム開幕戦がありました。
対戦相手のアビスパ福岡の組織的なディフェンスに攻撃することができず、3-0で完敗です。
ゲームを組み立てる大切な役割のボランチというポジションがあります。
中盤にいるボランチ2名が前方のフォワードにボールをパスすることができず、ボールを持っては後方のディフェンスにパスする始末。
まったく前に進めず、シュートどころではありません。
最初は応援していた観客も、だんだんと怒りがエスカレートしきて、「金返せ~」と罵声を飛ばします。
待ちに待った試合だけに、こんな試合を見せられてはたまったものじゃありません。
後半が始まって選手交代をしたせいで、少しはパスが繋がるようになりました。
そんな矢先、相手にダメ押しの1点を入れられて、ドームはどんよりとした失望の空気に満たされてきました。
選手交代、誰だ?
ゼッケン番号9?
あっゴン中山だ!
場内は怒涛のごとく湧き上がり、拍手が湧き起こります。
何?この高揚感は?
もう胸がわくわく。
ゴン中山のオーラで札幌ドームの空気は失望から希望に変わりました。
そしてプレーも素晴らしく、泥臭くシュートを狙う闘志に場内は興奮しまくりです。
あんなにディフェンスにパスしていたボランチも、とにかくゴン目指してボールをパスし、流れがすっかり変わりました。
ゴンさんなら、きっと何かしてくれるはず。
結局完敗しましたが、ゴン中山がプレーをした15分間で、「金返せ~」という気分はどこかに行ってしまいました。
オーラといえば、去年オーラ写真というものを撮ってもらったことがあります。
身体の周りにある生体エネルギーの波長を色に変えたものだそうです。
写真を撮るとき、ちょっと緊張していたら、
「リラックスして笑ってください~」と言われ、くすって笑ったら。
「あ~良くなりましたよ」と言われました。
撮った写真を見せて頂いた際に、「先ほど良くなりましたとおっしゃいましたが、その前は悪かったのですか?」と質問しました。
「いえいえ、オーラに良い悪いはありません。最初は緊張していたようでオーラが乱れていました。笑ったときに奇麗な形のオーラになりました。」との回答でした。
どんな状況におかれたとしても、最大限に自分のオーラを活かす。
強力なプレス(押し込み)に屈することなく立ち向かうゴン中山の姿勢に、繋がっていなかったパスが繋がるようになりました。
まだまだJ1昇格あきらめないぞ!
とにかく眠い、起きていられない...。
土曜日の夜から月曜日の朝まで30時間ほど眠り続けました。
起きていたのは食事とトイレのときだけ。
年に1~2回、このような日が訪れます。
よく眠れるなぁと思うけど、これは一種の自浄作用が働いているのかもしれません。
考えるのをやめる、身体を動かすのをやめる。
頭を空っぽにするために必要な時間です。
フォーカシングという心理療法で、脱同一化という技法があります。
感情を否定せず、感情の観察者になるということです。
たとえば何か失敗をして落ち込んだとすると、私は落ち込んでいると言います。
それをフォーカシングでは、私の中に落ち込んでいる部分があるとか、私の一部が落ち込んでいると言い換えます。
私と同一化している否定的な感情を引き離し距離をとります。
私はここ、落ち込んでいる気持ちはそこ。
私は否定的な感情のすべてではなく、その他のいろんな部分も持ち合わせていますが、悲しみや悩みや苦しみがあると、それが私のすべてとなってしまいがちです。
思考や感情は、私と同一化しやすいのです。
そして同一化すると他の部分が見えなくなり、その思考や感情に留まり、もうどうにもならない、抜け出せないと思いがちです。
しかし現実は留まることなく、変化し続けています。
否定したり解釈したり考えたりせず、ただ認めて眺める。
この一歩さがって眺めるということは、簡単なようで難しいです。
否定的な感情になりがちな人は、あっ、落ち込んでいる気持ちが出てきたなぁ、怒りの気持ちが出てきたなぁ、とか自然と思えるように練習が必要です。
そうすると、絶望的だと思える事態になったとしても、認めて眺めることができます。
脱同一化することは、こころにスペースをつくるということで、フォーカシングではクリアリング・ア・スペースといいます。
こころにスペースができると、現実をありのまま認めることができます。

80歳になった伯母は、やっと年を取ったという現実を認めることができるようになりました。
今を生きる、今を楽しんでほしいなぁと思います。
17日間続いたオリンピックが終了しました。
眠い目をこすりながら見たジャンプを皮切りに、モーグル、スピードスケート、カーリング、フィギアスケートなど今回ほどオリンピックを見た年はありません。
フィギアスケートが終わって収束ムードの時に、キラ星のように現れたパシュートというスピードスケートの団体戦に日本国中が湧きました。
閉会式を見ていると、競技には勝ち負けがあるけれど、世界は一つなんだなぁと感じます。
スポーツには素晴らしい力があります。
閉会式と同じ日に、映画「インビクタス/負けざる者たち」という映画を観てきました。
久しぶりに感動し涙が止まりませんでした。
いつも映画を観に行くと、映画の終わりに製作者や俳優などの名前が列挙される場面(エンドロールと言うらしい)が終わる最後まで観るようにしています。
ほとんどの場合、最後まで席に座っているのは数人です。
でも、この映画「インビクタス/負けざる者たち」は違っていました。
ほとんどの人は立ち上がろうとせず、最後まで座っていました。
場内が明るくなっても、余韻に浸っているかのような、なんとも言えない空気でした。
こころが一つになった、そんな感じです。
この映画の内容は、南アフリカ共和国で初めて黒人が大統領に就任した時の実話です。
アパルトヘイト政策で、27年間も刑務所に収容されていたマンデラ氏が大統領に就任し、黒人は白人支配からの解放を、解放というより復讐を望みました。
マンデラ氏は復讐ではなく、赦し(ゆるし)の心を国民に求めます。
そんな状況のときに、南アフリカ共和国でラグビーのワールドカップが開催されます。
今まで知らなかったのですが、ラグビーも4年に一度ワールドカップを開催しているようです。
国家を一つにまとめるために、マンデラ大統領は弱いラグビーチームを再建します。
あまり書くと映画を観る楽しみが無くなりますので、この辺りで。
とにかく最後に、試合が終わった直後に、ラグビーチームのキャプテンがインタビューに答えた言葉が感動的です。
スポーツには素晴らしい力があります。
映画の名になったインビクタスとはラテン語で不屈という意味で、マンデラ氏が投獄されている時に、勇気づけられた詩のタイトルだそうです。
このような不屈の精神が根底にあるからこそ、赦し(ゆるし)という寛容な心を保つことが出来るのだと思います。
インドを独立に導いたガンジーを彷彿させます。
しかし人の心は悲しいかな、ガンジーの望みは叶わずパキスタンが別れてしまいました。
世界は一つ、こころは一つ、繋がっている。
このラグビーワールドカップの会場となったスタジアムで、なんと今年はサッカーのワールドカップが行われます。
人種の違い、宗教の違い、思想の違いを超えて、こころは一つとなる、そんなミラクルを起こすことが出来る力がスポーツにはあります。
そして人間の英知にもミラクルはあるはず、と思っています。
今日も本屋さんをぶらぶらしていたら、本の帯に「産まなければよかった」と大きく書かれた本が目に留まりました。
松野明美さんの「いちばんじゃなくて、いいんだね」という本でした。
そして帯にはダウン症の息子と母の~と書かれていて、「松野さん、ダウン症のお子さんがいたんだ」と思いながら立ち止まることなく家路を急ぎました。
家に帰ってテレビを流しながらアイロン掛けをしていると、松野明美さんという声がテレビから聞こえてきました。
テレビではダウン症の息子さんとのドキュメント番組が放映中でした。
この不思議な偶然に思わず、テレビに見入ってしまいました。
松野さんは当初、息子さんの健太郎くんのことを隠していたそうです。
バラエティ番組などに出演している元気で明るい自分のイメージを守るためです。
健太郎くんを抱いて外出する時は帽子を深くかぶって、ひと目につかないようにしていたそうです。
それがなぜ公表する決心がついたかというと。
健太郎くんをある児童施設に連れて行った時、それは家の中だけで育てていた健太郎くんが初めて外の世界の人と接した時のことでした。
そこで目にしたのはニコニコと笑っている健太郎くんです。
その楽しそうな笑顔を見て、社会との繋がりが必要だと感じ、公表することにしたそうです。
それから健太郎くんの心が段々と成長していき自我が芽生えてきました。
それは喜ばしいことですが、わがままになってきました。
そこでランナーだった松野さんは親子でマラソン大会に参加することにしました。
マラソンを通じて、社会では嫌なこともやらなければならないときがあるという厳しさも知って欲しいと、母の願いです。
大会当日、健太郎くんは周りの人に抱っこをして欲しいと甘えます。
走りたくないのです。
松野さんは忍耐強く走り出すのを待ちます。
スタートから3分遅れで健太郎くんは走り出しました。
足元はヨタヨタですが、しっかりと大地を蹴っています。
「ヨーイドン」
健太郎くんがしゃべりながら走っています。
一言もしゃべれなかった健太郎くんが。
「ヨーイドン」は松野さんと健太郎くんが練習の時に、走り出す合図として使っていた言葉です。
どんなときも自分の足で歩ける人になって欲しい、母の願いが通じた瞬間です。
競争に勝つことだけを追い求め、一番でないと意味がないと生きてきた松野さんに、人生は競争ではない、自分のペースで生きるということを教えてくれた健太郎くん。
健太郎くんは人間として大切なものは何であるかを教えるために現れた天使ちゃんです。
この人さえいなければ~とか、なんでこの人なんだろうとか、万が一思うことがあるならば、その人は天使ちゃんかもしれません。
天使ちゃんは人生のターニングポイントに必ず現れます。
それは小さな利己心が大きな愛に変わる瞬間です。
別に名前は何でもいいのですが、天使ちゃん、そう心の中でつぶやくと、微笑みが生まれるから天使ちゃんと呼んでいます。