なるほど情報ウェブマガジン【週刊コラナビ北海道】毎週木曜日更新

週刊コラナビトップ白亜のレストラン建設大計画

白亜のレストラン建設大計画

斎藤君と民謡のルーツ

世の中不景気、景気に左右されるが、こんな生活をしていると、景気どころか、第二次世界大戦があった事すら知らなかったらしい。この話を聞くと友人斉藤君の話を思い出す。

モノ書きの友達斉藤君は、彼の第2弾の出版で、日本全国の民謡のルーツを探るというものを書く事になった。
そこで北海道の民謡のターゲットになったのがMというところの「ベッチョ節」。
取材に行くので泊めて欲しいというので、
「そんなの出版社に出してもらって良いホテルに泊まったら?」
というと、取材は自腹らしい。今は大学の助教授をしている彼は、実はこの頃「主夫?」であった。
ぼくに「彼女に何てよばれてるの?」と聞くので
「さん付けだよー」と答えると
「いいなー、俺はオイとかチョットと呼ばれてるよー」
「で、お前は奥さんの事何て呼ぶの?」
「主人、旦那、だよ。」
よく考えるとこの「主人、旦那」という言葉には性別が無いということにこの時初めて気付いて、妙な感心をした記憶がある。

こんな理由でお小遣い取材をしている貧乏主夫を我が家でお世話することになった。
そこで斉藤君が、夜何やら調べ事を始めた。「何をガリベンしてるんだよー?」と聞くと「予備知識必要だからさー」というのでその調べ上げた知識を全て教えてもらった。
この話しが僕の固定概念を覆した。
まず、このベッチョというのがどうやら女性器の意味らしい。この「ベッチョ節」の歌詞を「ハーッ北海盆歌ハーどうしたどうした」に変えたものが北海盆歌である。昔Mでは北海盆歌のビートにのせて「ハーっ、セックスしたいー、ハーどうしたどうした」と歌っていたというのだ。さらにこの歌には振り付けがあるらしく、取材には、この踊りを見るというのも含まれているらしい。面白い、見たい。

それから、当時の夜の浮世話になり、
「夜這いって知ってる?」
と聞かれたぼくは、よく考えると夜這いとは漠然と寝てる女性の横に行く程度もので、定義を知らない事に気付いた。斉藤君いわく
「夜這いはねー、例えば旦那が他の女の所に行くとするよねー。すると奥さんは空になるので、そうなったら誰かが夜這いしてもいいんだよ。逆に旦那がいると押し入っちゃダメなんだ。だから奥さんを愛しているとよそに行かないし、行けない。誰に夜這われるかわからないからねー」
何て合理的で、軟禁的で、大らかな文化だー、強姦がないよー、女性が寛容だよー、と感心していると、斉藤君は続けて
「この決まりは昭和30年頃まであったんだー。文明開化なんて中央だけの話しで、こんな地方まではデモクラシーすら無く、昭和中期まで昔のままだったんだよー」
と教えてくれた。

レストラン予定地では戦争があった事すら知らなかったらしいし、Mでは夜這いが昭和30年まであったというし、景気が良いとか悪いとか、借金が苦で自殺するとか、男女間の関係とか、僕らの価値観はごく最近に仕上がったものであり、欧米から押し付けられたものであり、やはりお互いの価値観を認めあわなければ、そして物やお金に執着し続けても、本当の平和は来ないんだなー。仏教の教えは正しいのだなー、とつくづく思い知らされた。


(2008年11月20日)

コメントする


画像の中に見える文字を入力してください。

(画像が表示されない場合、画像のところでマウス右クリック-[画像の表示]を実行してみてください[Windows InternetExplorer, FireFoxの場合])

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 斎藤君と民謡のルーツ

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://spiritlink.80code.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1450