40歳
会社役員
何のとりえも無いが、友達と、趣味だけは多い、スノーボードと遊びが好きな男です。
ウチにいるのが嫌い。週末は山に、海に。アウトドアのためなら寝食を惜しまず。
過去に海外放浪歴あり。トルコ料理に魅せられ、レストランを出すことが夢。
今までの人生が少し変わっていたということを友人に指摘され、そうかな~?と文章に
まとめてみることにしました。
ここKちゃんとT君の事を少々。
Kちゃんはトルコ在住十数年の大ベテラン。この前海山先輩のSさんの焼肉屋で飲んでいると、後ろから誰かが僕の名前を呼んでいる。振り向くとそこには10年前トルコで一緒に馬鹿をやっていたKちゃんであった。こんな偶然あるのかと思って二人で話していると、僕らより周りの人がびっくりしていた。Kちゃんは一度帰国して、こちらで指圧の資格をとって、またトルコにもどり、マッサージ屋を開く予定らしい。相変わらずたくましい女性だ。で、その指圧の先生が焼肉白さんの親戚で、先生が生徒を連れて来ていたのだ。このSさんの店は繁華街からかなり外れたところにポツンとあって、この出会いは偶然とは思えなかった。
T君は社会に順応できずに世界をまわって自分の書いた絵を売っているアーチスト崩れ。
出会ったのは僕が働いていたイスタンブールのホテル。そのホテルに泊まり客で来ていた。話を聞くとイランの国境を越えてトルコに入ったらしい。その道中で、少数民族クルド人の独立開放運動に入っていたらしい。その結果、国家権力に屈してオリの中で何日か過ごしてからイスタンブールに来たらしい。なかなか面白い奴だと思い、仲良くしていた。すると絵を描いて生計をたてていると言うことが分かった。
しばらくして、友人の働いている事務所の近くで有名画家の個展が開かれるということになった。その友人はその画家を知っているらしい。やった!と思った。ハングリー精神だった当時、何とか取り入り、個展の端にでも「期待の日本人新人画家登場っ!」てな感じで絵を飾らせてもらえないかと思った。まず僕らが考えたのは、T君が結構有名な絵描きで、僕はマネージャーで一緒についてきているというシチュエーションである。何故こんな大胆不敵な計画を建てたかというと、T君の絵は抽象画で、何が何だか分からない絵であったからである。うまいといえば上手いと見てとれる。とにかくトルコ画家を紹介してもらおうと必死になり、何とか紹介してもらい、マネージャーの僕は、ある事ない事を列挙して何と地下1階の3枚分のスペースを確保したのである。そしてここからがマネージャーの本領である。まず絵に値段をつけなければならない。そのエリアは裕福な人しかいないし、絵を見る人は裕福に違いないと思い、結構な数万円という値を付けた。そして売上に対してパーセンテージマージンを支払う事にした。
展示も終わり、プレパーティーの日。1枚しかないブラウスを着て出席(ジャケットは持っていなかったし買えなかった)。カクテル立食パーティーであった。何かお金持ちそうな人が沢山来ていて、その時は十数万のお金が入ると確信していた。
最終日、壁には3枚とも絵が飾ってあり、それを持ち帰る作業が残っていた。実は、T君はもっと安くて良いと言っていたのを僕が強引に高い値段をつけさせたのだ。今思えば、僕は絵の芸術性の微塵も知らないド素人である。値付けミスであった可能性が高い。マネージャーはこの日で引退となった。こめんT君。
<都合によりしばらくの間休載します>
ここで斉藤君に敬意を表して、僕との出会いと著書を簡単に紹介する。
僕らが会ったのはトルコ共和国(共和国を付けないと年配の方は勘違いするので)の最大の都市イスタンブール(この国の首都はアンカラという所だが最大ではない。アメリカのワシントンとNYの関係だと思っていただいて良い)の中華食堂であった。
トルコ料理は世界三大料理といわれているが、3日も食べると飽きてきて、和食屋は高価なので中華を見つけて入っていた。やはりアジア料理が口に合うし、米は大事である。僕の見解だがアジアの料理には甘味が入るが、他の地方の料理には甘味が入らない、いわゆる一味足りない。
その中華料理屋で彼に会った。彼を見た第一印象は
「何だー、このサラリーマン風のメガネポンチはー」
であった。ロン毛のワイルド気取りの僕は「こいつと話合わないよ」と思った。しかしよく話すと、音楽の留学で来ていた彼は、トルコの縦笛を大学で習っていた。
毎晩のようにディスコに繰り出していた僕とは違うところで音楽と携わっていた。トルコ音楽の昼の部を斉藤君が、夜の部を僕が担当して、お互いの分野を紹介しあう、という感じで、次第に気の置けない仲になっていったのである。
ところでイタリアでも公演したことがある程の腕前をもつ尺八奏者の斉藤君に、ある日
「着物も持ってきてるんだから、ストリートで演奏したら、チップ集まるぞー。やってみようよ」ともちかけた。
翌日決行。
僕とKちゃんとT君がストリートチルドレンがチップを狙っているのをガードしながら彼の演奏の露払いをしていると、トルコ人の人だかりになった。そしてチップがどんどん集まっていったのである。昔トルコで江頭2:50が道で芸をしていると、やはり人だかりが出来て尻に棒を突っ込んだところでブーイング暴動が起きた事件を思い出した。
しかし、1時間もしないうちにパトカーに乗った警察が大きな拡声器で
「ここは大道芸禁止なので、すぐ止めなさーい」
というのですごすご中止した。
でもすぐに4人で
「チップすごいねー、もう1回やろう」
という事になり、先ほどの所に戻って演奏を始めると、今度はすぐパトカーが来て
「すぐやめなさーーーい!!!!」
というアナウンスとともにスポットライト(直径2M位の光の円の中に全身が入ってしまった)を浴びせられた。まるで警察に見つかったルパンⅢ世のようにスポットをかわすように走って逃げた。まさか外国で、警察のスポットを浴びるとは夢にも思わなかった。やっとの思いで逃げ込んだバーでチップを数えるとバーの会計でも充分おつりがくるような額であった。
世の中不景気、景気に左右されるが、こんな生活をしていると、景気どころか、第二次世界大戦があった事すら知らなかったらしい。この話を聞くと友人斉藤君の話を思い出す。
モノ書きの友達斉藤君は、彼の第2弾の出版で、日本全国の民謡のルーツを探るというものを書く事になった。
そこで北海道の民謡のターゲットになったのがMというところの「ベッチョ節」。
取材に行くので泊めて欲しいというので、
「そんなの出版社に出してもらって良いホテルに泊まったら?」
というと、取材は自腹らしい。今は大学の助教授をしている彼は、実はこの頃「主夫?」であった。
ぼくに「彼女に何てよばれてるの?」と聞くので
「さん付けだよー」と答えると
「いいなー、俺はオイとかチョットと呼ばれてるよー」
「で、お前は奥さんの事何て呼ぶの?」
「主人、旦那、だよ。」
よく考えるとこの「主人、旦那」という言葉には性別が無いということにこの時初めて気付いて、妙な感心をした記憶がある。
こんな理由でお小遣い取材をしている貧乏主夫を我が家でお世話することになった。
そこで斉藤君が、夜何やら調べ事を始めた。「何をガリベンしてるんだよー?」と聞くと「予備知識必要だからさー」というのでその調べ上げた知識を全て教えてもらった。
この話しが僕の固定概念を覆した。
まず、このベッチョというのがどうやら女性器の意味らしい。この「ベッチョ節」の歌詞を「ハーッ北海盆歌ハーどうしたどうした」に変えたものが北海盆歌である。昔Mでは北海盆歌のビートにのせて「ハーっ、セックスしたいー、ハーどうしたどうした」と歌っていたというのだ。さらにこの歌には振り付けがあるらしく、取材には、この踊りを見るというのも含まれているらしい。面白い、見たい。
それから、当時の夜の浮世話になり、
「夜這いって知ってる?」
と聞かれたぼくは、よく考えると夜這いとは漠然と寝てる女性の横に行く程度もので、定義を知らない事に気付いた。斉藤君いわく
「夜這いはねー、例えば旦那が他の女の所に行くとするよねー。すると奥さんは空になるので、そうなったら誰かが夜這いしてもいいんだよ。逆に旦那がいると押し入っちゃダメなんだ。だから奥さんを愛しているとよそに行かないし、行けない。誰に夜這われるかわからないからねー」
何て合理的で、軟禁的で、大らかな文化だー、強姦がないよー、女性が寛容だよー、と感心していると、斉藤君は続けて
「この決まりは昭和30年頃まであったんだー。文明開化なんて中央だけの話しで、こんな地方まではデモクラシーすら無く、昭和中期まで昔のままだったんだよー」
と教えてくれた。
レストラン予定地では戦争があった事すら知らなかったらしいし、Mでは夜這いが昭和30年まであったというし、景気が良いとか悪いとか、借金が苦で自殺するとか、男女間の関係とか、僕らの価値観はごく最近に仕上がったものであり、欧米から押し付けられたものであり、やはりお互いの価値観を認めあわなければ、そして物やお金に執着し続けても、本当の平和は来ないんだなー。仏教の教えは正しいのだなー、とつくづく思い知らされた。
今日はスキーシーズンの始まりの山開き。レストラン建設予定地の近くのスキー場に視察を兼ねて初滑りにくりだした。行きは滑りの事しか頭に無いので視察は帰りにと思っていた。5時間券を買って満喫するほど滑り、帰り道にどこら辺から建物が見えるか、看板はどの辺りにどの高さにするか、雪の状態はどうか、雪はどこに捨てるかなどをシミュレーションしながら現場を視察してから、Oさんに電話をした。すると海荘にまだいるというので、そこから1時間位の距離だし様子を見がてら行くことにした。
Oさんは、今年は暖冬で雪が少なく海荘も除雪が楽なので雪が積もってもまだ滞在しているという事だった。雪海の景色を眺めながら二人でまたレストランの話になった。
まずレストランの裏は広大な土地である。そこでレストランで使う食材をある程度収穫しようという話になった。時期に出回る野菜ではなく、ハーブやあまり売っていないもの、しかも標高が800Mほどあるので、何が良いか検討した結果、ベリー系がいいという事になった。あとは前出のきのこ類である。春にはMさんの所で原木切り出しと菌の打ちつけを手伝ってホダ木をもらうという事になった。これで、作る予定のものはハーブ、ベリー、きのこ(椎茸となめこ)。とりあえず予定だが、決定した。
次は土地を作る手段である。これは結構簡単で、隣の牧場の人に牛糞を分けてもらい、それを畑の予定地にまいてトラクターで耕してもらう。すると1~2日で畑が出来るというのだ。何故このような事を簡単に決められるかというと、Oさんが隣の牧場主に自分の土地の一部を無償で貸して牧草を作らせているからなのだ。あとは山が荒れている状態をどうするかである。前出の間伐と下笹の処理である。するとOさんは面白い話を始めた。
「笹の葉の部分を切って羊を放す。羊は根っこを食べる習慣があるので文字どおり根こそぎ除去になる。やぎは葉っぱを食べて根を残す」というのだ。こんなような話をこの土地の前オーナーにたくさん聞いたらしい。
予定地の前のオーナーは北海道開拓者で、海に着いて、山に入りそこを開拓して牧草地をつくり、牛を飼い、乳製品を年1回下山しては味噌、しょう油などに変えていたらしい。
たくましい生活だと思った。冬は6~10Mになる積雪で麓には行けないのは容易に想像がつく。その約4ヶ月を自分の敷地内から出ずに生きていたのだ。人間も少し前まで熊の冬眠のような生活をしていた。それに比べ現代人間のひ弱さはと思ってしまった。
前オーナーはこのように自給自足をしていたので、このあたりでの智慧を沢山もっていたらしい。前オーナーにOさんは子供のころ色々な話を聞かされたようなのである。その話を今度は僕が聞かせてもらう事になった。
ある日晩ご飯を食べようと行きつけのレストランに現地の友達といくと、もうKさんが陣取っていて、生カキの山と格闘していた。
「お前もどうだー」
といわれたので1つ頂いた。そして乗り合いバスに乗ってホテルに帰ろうとしたとき、腹痛に襲われ、どうしても我慢できなくてバスを止めて暗がりに消えた僕はズボンを下ろした。肛門から水が出た。ヤバいと思ったがこれで腹痛はおさまり、一件落着だった。
ところがKさんは翌朝熱を出してうなっていた。食中毒である。カキにあたったのだ。南国のカキは新鮮でも中にある成分が日本人に合わないらしく人によっては食中毒になるらしい。ただ、丸々とした岩ガキは絶品で、食中毒覚悟で食べたくなる気持ちはわかる。
その日から全く食べられなくなったKさんは帰国までにムクんだ顔を出発前に戻したのである。
Kさんは
「その物件で店舗やってる奴は俺の後輩だから、まず俺が店舗の後ろを借りて、そいつら追い出す。そして一棟借りにしてゲストハウス誰かにやらせる」と言い出した。
翌日早速OさんにKさんを紹介して物件を見せた。案の定ご契約―。春あたりにゲストハウスの誕生となると、物好きの僕もここで気分転換外泊なんてスポットになると良いなと思っている。
海外放浪から日本に帰ってきて、このようなハウスが札幌にあったらいいなーと思っていた。外国人はこういうハウスが好きだし、もし高いホテルばかりだと、若い貧乏の外国人が札幌まで来られないだろう。相場はユースホステルより安くしたい。ユースの相場が大体4000円なので、1泊3000円位が妥当と思った。色々な国から集まった人が、寝起きして1階のインターネットカフェで母国とメールのやりとりをしてから観光に出かける拠点になればいいなー、と思ったのである。
そこで、その手の情報に詳しい先輩Kさんに相談した。すると、東京でゲストハウスを経営している後輩がいるけど、テレビ壊れたとか、壁直すとか、景気の良い事を言ってるのを聞いたことがないぞと言われた。
先輩Kさんとは外国話しで気が合うので、一度タイ旅行をした事がある。
偏食のKさんは大きなトランク半分にカップラーメンとお菓子を持ってきていた。タイ料理が食べられないらしい。ホテルで麺のお湯割で旅行期間中を乗り切るつもりだったらしい。また彼の究極のダイエット法はイタリア旅行らしい。まず乳製品とトマトが食べられないのでイタリアでは果物しか食べられないらしく、ちょっとダイエットしたい場合にはイタリアにいっていたらしい。
今まで諸外国で何を食べていたのかなーと思い、美味しい屋台に連れていった。すると気に入ったらしく、むしゃむしゃ食べだした。それからKさんの「強烈食べ食べ病」が始まった。起きてルームサービス、すぐ散歩がてら屋台で麺、そしてレストランでランチ、その後海に行ってモノ売りから買った卵やフルーツ、帰り道市場で鳥のから揚げ、晩ご飯にレストランでビールと各種タイ料理、帰り道にタイ菓子の買い食い、そして別れて別々の部屋に。朝迎えに行くと部屋に皿がある。寝る前にまたルームサービスでチャーハンを食べていたのだ。
そして寝起きの一言、
「もー食えねー。」
でもその日も同じように食べていた。みるみる彼の顔はムクんでいき、体は熊さんになっていった。
ところで、ここの2階の住居部分にはとある夫婦が住んでいたのだが、旦那がどこかに行ってしまい、しばらく帰らないらしい。
何故このような複雑なつくりになってしまったかというと、建て主が土建屋だったから。
1階は事務所、2階は社員の雑魚寝部屋、裏の3分の1は社長の愛人の部屋だったらしい。そして2階の雑魚寝部屋から愛人部屋に隠し戸を通って社長が往来していたのだという。(30年前の話し。)どおりで変なつくりだし、変なところに、開かずの戸がついていると思った。
だが僕は、面白い造りだと思い、全員退去させて、店舗部分をインターネットカフェにし、他の部分を全部フラットな部屋にして、外人向けのゲストハウスにしたらどうかと提案した。すると外国人好きのOさんは面白いねといいながら、ニターっと笑っていた。
何故僕がそのような提案をしたかというと、昔、貧乏独り旅行で主に中東や東ヨーロッパを廻った事があり、そのときよく利用していたのがゲストハウス、いわゆる雑魚寝ホテルである。エジプトが最安値で、確か500円以下だったと、記憶している。
雑魚寝というと、何か嫌だなーと思う方も多いと思うが、僕は色々な国の人と交流できるので、貧乏だが楽しいと思いながら放浪の旅をしていた。
ギリシャに行ったとき、4人部屋に泊まっていたのだが、他の3人はオージーの女の子。そのハウスにいる間、僕の体温は40度であった。優しい女の子は薬をくれて、なおかつTバックの下着姿を至近距離で見せつけながら着替えおめかしして、グッドラックーと言いながら夜の繁華街に出かけていった。うらやましいなーと思いながらも貰った薬を飲んで寝た。薬は日本のものより強いらしく、体温は1晩で37度以下に下がった。ダブルありがたやー、だった。
独り海外で病気にかかるとすごく不安である。でもゲストハウスにはこんなチョッとしたふれあいがあるのだ。
ある日Oさんから電話が入って「風呂が手に入った」と連絡が入った。また唐突な電話だなーと思った。大体こっちは真剣に仕事中なのに風呂手に入ったとか、人の身にもなってほしい。
マンションのモデルルームの解体品を入手したものらしく、「幾らだったら買う?」と聞かれた。しかし第一に風呂釜の定価すら知らないのに、未使用の展示品、中古だか新品だかわからないくらい状態の良いものに、値付け出来るはずもなく、分からないよと言うと、
「2万だったら、買うか?それとも3万だったら買うか?」
という事だった。そんなレベルで考えてもいなかったし、もっと高いと思っていたので、どっちでもいいから買っておいてーと伝えた。しかも便器もキッチンも手に入るということだ。便器も展示品なので使用はしていないので幾らなのか見当がつかのいが、5千円らしい。もう出たら幾つでもストックしておいてよーと思った。
Oさんは、とある商店街の一角にものすごく古い木造二階建ての物件を持っている。そこの車庫に風呂(浴槽)がボテっと置いてあった。ひょうたん型で、両サイドには立ち上がるときや入るときにつかまるトッテのついた、ジャグジーにもなりそうな風呂であった。
思いのほか立派な浴槽で満足であった。
この木造2階建ての物件は何故か3つに分割されており、1階の3分の2は店舗に、その上を住居に、後ろ3分の1を車庫と1・2階部分と3つに分けて貸していた。
この3世帯は全て問題ありの人達で、Oさんはみんな出てもらって、一括まともな人に貸したいらしい。
1階前を借りているのはサーファーで、ルーズな奴。車検切れの車をその店舗の前にず~と置きっぱなしで、お隣の地主と険悪な関係になっていた。
裏の3分の2の住人は外国人で、よく外国人好きの女の子を連れ込んでいて、それを目撃していたこの地主がひがんでいた。そこまでは良かったが、この外国人、地主の同級生の女医と結婚してしまい、この物件から出て行った。そのとき地主のひがみはピークに達していたらしい。
そこに運悪く僕らが物件の状況を見にいったものだから、Oさんと僕の顔を見るなり、いきなり出てきて、目を丸くいからして、すごい勢いで罪も無い僕らにいわれの無いソシリをつきつけた。
「あんたが変な奴にここを貸すからこの辺の治安が悪くなるんだーっ」
でもこの辺は昔からヤクザの事務所があったり変なお水が多かったりと、治安は元々悪い。
「元々でしょー」と僕の口が勝手に動いた。すると
「こんな変な建物取り壊すぞー」
そんな権利あんたには無い、と思いながら、ひがみヒステリーの彼の顔を見ていると、僕らは笑いをこらえる事しか出来ず反撃は一言で終わってしまった。地主の怒り勝ちーー。
Mさんは考えているうちに楽しくなってきたようで、
「内装の手伝いだけはしてやろうか」
と言い出した。元々僕も箱が出来たらゆっくり時間をかけて内装を仕上げていこうと思っていたので、そうMさんに伝えると、ますます気が楽になったようで、じゃあ、カウンターは何の木でどういうのがいいとか、木材でオブジェを作る方法などを考えだした。
Mさんは日曜大工の達人で、チェーンソーひとつでテーブルを作ってしまう人である。設計だけしてくれれば、作業はしてくれるらしい。
そのうちレストランの話だけに留まらなくなった。
Mさんは
「裏にスノーモービルのコースを作ってスクールをしよう、でもそうすると雪上車で雪を踏み固めないとコースが作れないから駄目だなー」とか、
「そしたら、その雪上車にお客さんを乗せて下の沢まで連れて行けるなー」と色々アイデアが浮かんできたらしい。
そうするとOさんも負けじと
「そしたらレストランの上に自分が住む小屋を建てて、好きな時に食べに行くから俺だけは金とるなよー」、「あんたタダにしたら毎日行くから倍払いなさい」
などとまた下らない応酬がはじまっていたが、この年になって夢を話しているんだから、幸せだよなーと思いながら耳を傾けていた。
最後にMさんは
「石垣売ったお金で、雪上車とユンボ、ブルドーザー、新しいチェーンソーも必要だなー、やっぱりこの金すぐ無くなるなー」と言い出した。僕は確信した。強力な知恵袋が仲間になったと。
次にようやく僕の話に移った。
レストランの計画をMさんに話すと、OさんはMさんに概略は説明していたようで、どういう構造にするかから始まった。
山の住人Mさんは、まず風の流れの話しをした。前述したが、背中から雪を運ぶ北風が吹くので、風に雪をそのまま運んでもらい建物の前に吹き溜まらないように考えなさいと。豪雪地帯のこの辺りでこの事を考えずに吹き溜まりが玄関の前にでも出来たら、吹雪けば毎日どころか2時間毎に雪除けである。後ろに土を盛ったりと後日どうするか結論を出す。
Mさんもやはり断熱が気になっているようで、こんなアドバイスをくれた。
「落葉の木あるだろー。あれは切ってから時間が経つと段々硬くなって最後は釘も刺さらないくらい硬くなる。そして、Oさんの土地には落葉がいっぱいあるから、あれを切って内外装に使いなさい」
Oさんは具体的に説明してくれた
「まず外壁から鉄筋を出しておいて、断熱材を外に突き刺すように貼る。そして切ってきた木材を半分に縦に切って半円360cm長の木材に仕上げて断熱材の上に縦に並べて貼る。そうすると外断熱になるからいいぞー。そして内壁は落葉を板にして貼りなさい。ただ壁が外に厚くなるから、屋根のせり出しを長くしておかないとダメだね。当初20㎝位の予定だが、倍位にしておかないとせりだしから外に貼ったものがとびだしてしまう。そうすると、型枠を組むとき支柱が必要になるから、工事費は上がるかもな」
なるほどなー。
「床は角材を50cm間隔でコンクリートの上に並べて打ち付ける。その上に落葉の1寸厚の板を並べてねじ釘で固定する。そうすると乾燥して縮もうとしても縮めない。角材と角材の間には断熱材を敷く。そうすると床からの冷気が防げる。
俺の別荘では1リュウベ1万3千円で製材してもらった。多分4リュウベもあればいいから製材料は5万2千円だ、材料費はタダ。
それと、基礎のコンクリート流す時に、砂利の上にスタイロ断熱入れるといいぞー。鉄筋で建てて、装飾だけウッド調だから、頑丈で高級に見える建物になるぞー。
屋根はコールタールを塗れば雨漏りの心配がない。もし雨漏りしたら、バーナーを吹いてやれば素人でも割れ目を簡単に補修できる」
それを聞いた友達Kくんは海荘の玄関の雨漏りそれでやるかなーと感心していた。
おやじ二人で何の密談かと思いながらファミレスに入った。まずはOさんの問題にMさんが相談という話題から入った。
Oさんは、所有しているビルの管理を長年の友人・Sさんに頼んでいたらしい。Sさんには僕も夏の海荘で何度か会った事があるが、髪型はショートボブみたいで何であんな髪型してるのだろーとは思ったが、胡散臭い印象はそれ程無かったような気がする。
(しかしUちゃんの印象はちょっと異なり、海荘で初対面の時に自作のアイスティーを出したところ、「味はいいけどこのグラスはビール用ですね!」といわれ、変わり者かもしれないと思ったらしい。また、Sさんが海で手漕ぎボートを借りたとき、日焼け防止に事務のおばちゃんがするような腕カバーをし、同乗の細君に日傘を差しかけさせてボートを漕ぐ姿を見て、もしかしたら変態かもしれないと思ったらしい。)
Sさんの管理の範囲はテナント募集、契約、家賃徴収、管理と経理(いわゆるお金の出入り全て)である。5年前からSさんに頼んでいたらしいが、その間、一度もOさんの懐にそのビルの家賃が入った事が無いらしい。それを聞いたMさんが「帳簿をSから取り戻せ」と指令を出し、その書類の受け渡しのためのお茶だったようだ。そこに僕が呼ばれたということだ。
その書類は、通帳の写しと出納簿。
見ると訳の分からない名目で現金が引き出されている。
僕はこれでも経営者のハシクレなので、これはどう見てもおかしいと思った。帳簿嫌いの僕なので、ひと月分だけザッと見てみただけだが、かなりの使途不明金があった。ひと月でこんな状態では5年でどういう金額になるかと思うと可愛そうになったが、Oさんは
「どうせこの金が入っていたら全部飲み代で使っていたし、体壊していたかも」
と前向きな事を言うのでチョッと安心した。Sさんは不動産をけっこう持っているし、金あるのに人の金に手をつける事はしないだろうしとすっかり信用していたOさんは、税金とか経費で全部無くなっていると思っていたらしい。ビルのオーナーが5年間物件の家賃収入無しなんていくら税金の高い日本でも聞いたことが無い。そこで法律に強いMさんが、Sさんから5年さかのぼって取り戻すということになったようだ。
Oさんも、もし取り戻せればまとまった金が入るから、何に使おうかな~とかニコニコしながら考えている。Mさんも刑事事件と民事両方にかかる事件だなー、と自信満々の表情で考えている。二人の間で、僕はこの人達の人生はどうなってるのだろうと考える。
額が結構大きいし、Sさんは以前にも似たような事をして捕まっているらしいので、もし立証され事件になったら地方新聞の端っこくらいには載るかも...。
お世話になっているクライアントから「山に滑りに行こう」と誘われた。
目的地は建設予定地のすぐ近くの有名なゲレンデ。ボード帰りに積雪具合と風の流れをちょっと観察しようと思い、会社にも行かずにスキー場に向かった。
高速道路を走っていると先に到着したクライアントから
「強風でゴンドラ止まってるから来ない方がいいよ」という連絡が入った。
残念だけど、滑れないのに視察のためだけで行く必要なしと引き返そうと思った途端、Oさんから電話が入った。
「スリランカからお茶が6k手に入るから、お茶箱(内側にトタンが貼ってある木箱)どこかにないかな?」
このお茶は、スリランカで宝石の買い付けをしているOさんの友人が帰りに必ずかばん一杯持って帰るものである。本当はスパイスを持ち帰りたいようだが、匂いの関係なのか機内持ち込みが難しいらしい。かといって船で送ると赤道近くを通る船底は100度近くになるらしく香りが飛んでダメらしい。そこで持ち帰るのがお茶になったようだ。
この友人はフレッシュなお茶しか飲まないらしく、買って帰って前のお茶が余っているとそれを捨てて、新しいものしか飲まないらしい。それをOさんが今後もらいうけることになったらしいのだ。
夏の海荘に、このセイロンティーがあって、それを牛乳で煮出して少々砂糖を入れ、よく飲んでいた。これがかなり美味しくて、レストランが出来たあかつきには、隣の牧場の絞りたての牛乳で煮出したミルク茶として、メニューに入れる予定の逸品である。
そこで、友人の老舗茶舗の3代目(昨日も遅くまで一緒に飲んでいた)に余ってないかと尋ねると、一つあるというのでそれを受け取った。このお茶屋さんは毎朝お茶を焙じている美味しいお茶屋さんで、僕の母親が色々な人に紹介するとみんなに好評を博した。配達もしてくれるのだが、小口注文で悪いと思って一括自分に届けてもらって、それを自前で配達している。するといつの間にか件数が膨らんで、母の配達が大変になり、先日も愚痴っていた。
受け取った茶箱をOさんに届けようと電話すると、「これから山菜名人Mさんとお茶するので一緒しないか」という話しになった。
思いがけずガラスを手に入れたことで期待は膨らんだ。また手に入る可能性が高いということだ。ガラスは沢山あればあるだけ嬉しい。南側の面を全面窓にして、余れば二重にすると、断熱効果抜群である。着工までまだまだ時間はある。手に入るだけストックしておこうと思った。
ストックしておきたいのはガラスだけではない。格安資材を見つけてはストックして着工したほうが安上がりである。
例えば何かの建設工事で、発注ミスした便器が出たとする。それはゴミになるので、そういうものを格安で譲ってもらいストックしておくことを考えていた。
Oさんの海荘の車庫には便器と風呂釜とパネルヒーターが置いてあった。何でこんな物があるのか不思議に思っていたら、来るべき改装のためにストックしてあるのである。
そういう資材を集めて元きのこ工場にストックしておこうと思ったのだが、冬は工場までの道と敷地内を除雪しなければならない。ザッと100mは道をつけなければ、倉庫となる工場には到達出来ない。そのうえ工場の前を除雪しなければ工場の大きな扉が開かないので、搬入は不可能である。
何せ70cm積もるまでほっておくと、除雪機が入っていかなくなり、除雪は不可能になる。その高さになる前に除雪しに海荘に行くため、いつ降るとも知れない雪のために待機しておかなければならない。
そんなの不可能だと思っていたら、前出の中卒K君が市内に資材置き場2箇所借りてるから、好きな方使っていいですよと言ってくれた。これは願ってもない申し出だ!この恩には礼をもって報いなければならない。
「キャバクラ2回くらいでいいか?(北海道のキャバクラは下着姿に近い女性がベッタリくっついて来るサービスを受ける社交場で、本州にファンが多いらしい)」
「勿論いいですよー」。
これで、色々な人に「便器ないかー」「風呂釜ないかー」「ガラスないかー」「ドアないかー」と不気味なリクエストを吹聴できる体制が整ったわけである。
ストーブのカタログが届いた。反射板はシルバーで、壁に貼るとビカビカしてダメなので、反射ペンキを今後の検討対象として残すことにした。その他ブラインドの検討も後回しにすることにした。
そんなある日、Oさんから突然のメールに「ガラス手に入った」と書いてあった。
コールバックすると、知り合いのガラス屋から300×90センチのペアガラス(二重構造で、ガラス間は真空で熱伝導を防いでくれる優れもの)を6枚譲ってもらったらしい。以前からガラスは手に入るという話は聞いていたが、本当に手に入るかは半信半疑だった。
僕の友達・K君は中卒で大工になり、今は独立して建設会社をおこし、経営の方に走りけっこう会社を大きくしてる奴である。僕の知り合いで中卒はこいつだけだが、K君は「俺の周りは中卒ばっかりですよー」だって。けっこう大きな物件もやっているので以前にガラス余ったらくれないか?と相談した事があった。でも、ちゃんと計算してるからガラスは余りません、と言われた。もっともだよなーと納得した。なので、ガラスは新品で買わなければと覚悟していたのである。
しかしOさんは首尾よく手に入れたのである。
そして海荘の上の元きのこ工場、後の車修理工場にそれを収納したらしいので早速見に行った。
到着して元キノコ工場に入ると、ガラスの前に目に飛び込んだのは、今まで無かった柱が何本も入っている姿だった。聞くと、前の住人、Uが内緒で元あった柱を切ってしまっていたらしい。しかも何本も。これには温厚なOさんも「何てことしてるんだー」と怒ったらしいが、「切ってしまったものは仕方ないじゃん」、「じゃあ出る前には修復しろよ」と約束していたのだが、前出の事件でUは追い出され、修復はされないままで、去年あたりから雪で屋根が潰れそうになってきたので、雪が積もる前に修理したらしい。
柱切る奴なんてあいつ以外この世にいないよなー、と話しながら奥に目をやると、あったー。大きくて長いペアガラス。
喜んでいると、Oさんは今回俺が払っておくから次手に入ったら自分で払えよー、だって。
珍しい事言うなーと思った。
よっぽど機嫌がいいか、払ってもらうほどの額ではないか、でも多分後者である。
暖房方法と位置、煙突の形式、換気方法、暖気の循環。考えることはまだまだ沢山ある。
断熱も大切だが、熱反射というのも大切らしい。そこで、と「雪国科学株式会社」に相談した。
以下やりとりのメールである。
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もし、内装の仕様が分かれば、一番いい方法をご提案させて頂きます。
カタログも御用意しておりますので、必要であればお申し付け下さい。
それでは、宜しくお願い申し上げます。
雪国科学株式会社 *****
●早速ご回答ありがとうございます
コンクリートの内側にスタイロ断熱を貼り付け、その上からペンキを塗る計画でした。断熱材の上に赤外線反射素材を貼るのかなと何となく思っていました(コンクリートにそのまま貼って断熱するという発想がありませんでした)ですので上から塗装できるかは知りたいところです。赤外線反射素材の色、強度(壁面に貼った場合、衝突等による傷みが心配)が、分かりませんのでそこも知りたいところです。
箱のサイズは7.2M(奥)×30M(長さ)×3.6M(高さ)を予定して計画中ですが、窓、ドア等が決定しておりません。
このような中で良い提案はありますか?また北海道の極寒地(-20度以上にはなると思います)でどのような性能を発揮するのでしょうか?
■説明が不十分で申し訳ございません。
まず【赤外線反射シート SR-PL】この商品は、アルミのシート状のものです。
アルミなので、銀色でピカピカしております。ですので、このまま内装材としては
使用できません。
かといって、表面に何か塗料を塗ってしまうと反射率が落ちてしまいます。
主に壁内部に施工します。
【RAYWALL】これはセラミックを混ぜてある壁仕上げ材です。コテなどで仕上げます。
内装材としてご使用いただけます。
で、赤外線を反射させる材料の場合、注意点がございます。
アルミは熱つまり赤外線を反射させます。
赤外線は空間がなければ発生しません。接触していれば「伝導熱」になります。
冬場は室内の暖房の熱が温度の低い外部に逃げようとします。
この場合は、内壁→空間→アルミ→柱・断熱材...となります。
RC住宅の場合、壁をむき出しにする場合と内側のコンクリート部分からふかして
壁を作る場合もあります。
もし壁の仕様の分かる図面があるようでしたら、見せていただければ、と思います。
今回の話では、壁を作る場合は、AIRINを使用し、コンクリむき出しの場合はRAYWALLを 塗るという方法が一番良いと思われます。
効果としましては、室内からの熱損失を軽減し、省エネかつ暖かい家になると思います。また、窓部分の熱損失も大きな割合を占めますので、カーテンより金属製のブラインドの使用をお薦めいたします。カーテンは布なので赤外線が筒抜けです。しかし金属製のブラインドは赤外線を反射し熱損失を抑えます。
まずはカタログと資料をお送り致しますので、ご検討下さい。カットサンプルも同封させて頂きます。来週初めにはそちらに届くと思われます。以上、宜しくお願い申し上げます。
という事でカタログが来るのを待つことにした。
つぎは薪ストーブの構造会議に入った。
薪ストーブそのものの構造はいたって簡単で、鉄の箱の横に薪を入れる入れ口と、上に煙突用の穴があるだけである。
煙突用の穴に煙突をつないで、その出口を外に出せば終わり。
薪を入れて燃やすと熱が室内に残り、煙は外へという具合である。
しかし、この煙突の長さ、縦横比等の知識が無いと薪に空気が行かなくうまく燃えない可能性がある。
こんな事を全く知らない僕は、Oさんの話を真剣に聞いていた。
もし燃えが悪いといくら薪があっても室内は暖かくならない、イコール冬季休業に追い込まれるので真剣の度合いはいやでも増す。
まず大切なのは煙は上に行くので、縦の煙突だけというのが理想である。壁に煙突がくっついていて、その真下にストーブがある状態、これが一番燃焼がいい。
昔の風呂屋の煙突が高かったのはそういう理由らしい。
しかし薪ストーブはある程度壁から離れた所に置きたいものだ。
四方360度に熱を発するから、壁にくっつけて壁を暖める必要はないからである。
すると横に伸びる煙突が必要となる。横伸び煙突を縦伸び煙突とジョイントさせると、ストーブを壁から離して設置できる。サンタは入りづらくなるが...。
そして、薪ストーブには欠かせない煙突掃除も楽な方がよい。煙突は曲がり角と横式部分に汚れがたまりやすい。したがって、やはり直立が良いようだ。
次に問題となるのが、煙突の縦と横の長さの比率。
大体縦2:横1の比率より縦が長い方が良いらしい。
計画では天井の高さがが3.6mなので、屋根より上に1メートル長くしてもトータル4.6メートル。あまり上に伸ばしても5mの積雪で折れてしまう心配がある。長さは、長くしてもこれくらいだろう。
逆算すると、横伸びの長さは1.5メートル位でないと燃焼率が悪くなってしまうということになる。もっと壁から離したいところであるが、こんなものであろう。
あと保険的機能として、床下に空気孔を這わせて、外からストーブの真下あたりに外の空気を引っ張り込むという方法も考えている。
これは管構造で、吸気(外にある部分)は地面より5メートル位上にする。そうしないと雪で口が塞がれるからである。
ただこの構造には自信がなく、現在検討中である。
そのほかには何箇所設置するかという問題もある。何せ70坪を暖めるにはと思うと、2箇所では心細いので、3箇所煙突をつけようということになった。
しかしOさんは言った。
少し入ったところに沢があって、そこには人が入ったという話を聞いたことがない。そこには間引く木がたくさんあるから、そこで切り出して、上にウインチをつけて引っぱり上げれば大丈夫、と。
人が入った話を聞かないって事は、それなりに理由があるんじゃないの?熊の寝床があるとかさ。
昔、道南に春の川釣りに行った時である。
川を歩いて上って釣りをしていると、ダムの放水が始まり、徐々に水嵩が増して、来た川を下れなくなった。
仕方なく崖を登って、ようやく歩けるような獣道のような小道を見つけて歩いていると、笹が丸く倒れている所に出くわした。熊の寝床である。獣道のような小道は、本当の獣道であった。
春、空腹で凶暴になった熊に出会い頭で遭っていたらと思うとゾッとする。
その時は生きた心地がしなかったし、パニックの一歩手前までなった。爆竹を5秒おきに鳴らしながら、妙なくらい大きな鼻歌でどこにいるか分からない熊を威嚇しながら何とか車に到着した。そんなトラウマが頭をよぎって猜疑心が顔を出した。
しかし、最終的には、薪暖房システムにしても最悪の事態が冬季平日休業という程度であると覚悟する事にした。
薪暖房システムの採用である。
秋になった。Oさんがちょっと薪を拾いに行くの付き合ってくれないかーと言われ、山荘の森に三人で出かけた。
僕とOさんと、もう一人はOさんの介護人N女史。
(彼女はあるメーカー職員で、北海道全部の販売店の管理を一人で任されている...イコール、北海道でただ一人の職員である。職場は自宅で、使用するのは電話とパソコン。
そんな訳でどこでも仕事が出来るので、いつもOさんの山荘、海荘に来てはリゾート気分でチョコチョコと仕事をしていた。
ただ、今年はパソコン作業が据付のものからしか出来なくなり、ノートパソコン片手に海荘へーとはならなくなり、終業後JRで海荘へ通い、少し窮屈な生活になってしまっている。)
N女史と僕の二人に、どういう作業をするかという説明をOさんが始めた。
その辺に木が倒れているから、それを一箇所に集めてワイヤーロープでまとめてブルで引っぱり、森の入り口まで運べば、隣の農家がトラックで海荘まで運んでくれる、というのだ。
「木の切り倒し大変だったでしょー」
と言うと、Oさんは
「いいやー、GO君がやったからなー」
と言った。
「おいおいちょっと待て、GO君は切った木を薪にして無事小金をゲットして次なる人生のステップに行ったのではなかったのか?」と言うと、OさんとN女史は口を揃えて、
「いやいや、あいつ逃げたんだよ」「そう、逃げたさー。情けないよねー」「それ以来連絡つかないんだよなー」
だって。
GO君は木を切り倒して、そこでギブアップだったらしい。
そのとき、2人で悪戦苦闘していた姿が脳裏をよぎった。
切り倒す作業まで完了すれば、後は運んで短くカットして、縦割りにするという作業が待っている。きっとGO君は切り倒し後の先の作業を考えていやになったんだー。途中で投げ出すくらい辛かったんだなー。仕方ないかなー、でも、辛かったのはあの磨り減ったチェーンソーだったからなのになー、と思った。でも、GO君はロンドンで絵を描いていた超文科系のひ弱な男だったのである。
(その後、僕の行きつけの串揚げ屋さんのポストカードのデザインにGO君の描いた絵が使われていたのを見て、少しはホッとしたのである。)
この逃亡で、Oさんは木を拾って集めるだけで大量の薪をゲットというウマウマな事になったのである。
この事件があったので、Oさんの言う薪作戦に素直にうなずけなかったのである。
ただ、僕が体験した作業はそこらに倒れている木を5本位ずつ一箇所に並べて、ブルドーザーがきたらロープで束ねて引っぱってもらうだけだ。薪になるまでのほかの作業部分の労力は相変わらず謎のままである。
集積作業が終わり薪の総量を見たとき、これで何年分?と僕は聞いた。
「これでか?2ヶ月だな」
という答えが来た。
つまり、4tトラック軽く一杯位はある木材が一冬もたないのである。なおかつ、海荘は冬2階を使わないので、20坪弱のスペースである。単純に計算しても、計画している建造物ではその3~4倍の薪が必要となる。
まず雪解けまでに、木が冬眠から覚めて水を地面から吸い上げる前に木を切り倒す。(GO君がギブアップした作業)そうしないと木が水分を含んで燃えにくくなるらしい。雪の中の作業だが、頭から湯気が出るのは確実である。
それが済むと、それを集めてレストランの横に運ぶ、そしてそれを大体50cm位の長さに切りそろえる。
最後にテレビや絵本に出てくるシーン、木を立てて斧を振り下ろす薪割りである。
これを繰り返し、70坪を一冬・しかも来客用の温度設定でまかなうための薪の量はどれくらいか見当も付かなかった。ただとてつもなく大量に必要なのは明白である。
しかも、まずレストランから近いところから伐採を始めて、2,3年後はだんだん森の奥に入っていくことになる。
不安を通り越して、出来るかどうかに問題が移っている。
薪ストーブ仕様にしてから、薪を集めることは不可能となったら、暖房設備を石油に一新・大金バイバーイどころか、下手をしたら暖房費で足が出て冬季休業となる。
じゃー薪暖房にするー、となるところだが、僕はOさんの話を鵜呑みにしなかった。
何故ならOさんの山荘の森に生えている白樺の木を薪にする作業を手伝った事があるからだ。
とある雪解けの時期に、例年のスノーモービル遊びをしていた。
そこにロンドン帰りのGO君という奴が来ていた。彼は帰国したばかりで金的に少し困っていたようだ。僕も帰国後しばらく無職の経験をしたことがあるが、結構不安なものである。
何せ、まだ外人の感覚で社会復帰しなければならないが、そう簡単にはいかない。仕事上の人間関係の構築は結構大変で、言いたい事を言わないと生きて行けない国が多いが、日本は数少ない逆の国だから。
そこにOさんがグッドタイミングで、この森の木を間引いて薪にして売ったら金になるぞー、最近薪の値段が上がってるからなーとGO君に言いだした。
当然、GO君としては力仕事だし、簡単に金になると考えて了解した。
次の週、僕がモービル遊びのため山荘に到着すると、
「GO君が森に入って木を切ってるよー」とOさんに言われた。
様子を見に、モービルにまたがった。
すると、GO君は友達を連れてきたようで、二人で力を合わせチェーンソーを手に白樺と格闘していた。
初めてのキコリ作業で手馴れないのは分かるが、それにしても1本に1時間もかかっているのはどうもおかしいと思っていると、チェーンソーの歯がすりへって無くなっていた。
そんな事に気がつかず1時間以上格闘している2人を見て、大丈夫かなーと思いながら僕はモービルドライブに出かけ、二人の現場を後にした。
二人は雪の森に残り、僕に手を振って「またねー」と言っていた。
「大きいのは良いけど、暖房費がかさむと経営に影響するよ。
去年僕の家(2階建て4LDKの古い小さな一軒家)でも、月に2~3万円はかかっていた。ストーブは焚きっぱなしではないし、大きさも計画しているレストランより格段に小さいのに、それ位かかってたよ。」
今年はもっと灯油の値段が上がるし、最悪の場合、冬季間はレストランを平日休業にしようかな、等と話していた。
するとOさんは暖房代は掛からないよ、と言い出した。
さっきの今で何言ってるの、このオヤジはー?と思いつつ話を聞くと、薪暖房にしなさいと言われた。
都会の真ん中で生まれ、生まれた時から石油ストーブで育った僕にとって、薪という選択肢は全く無かった。しかも薪は海のキャンプとかで焚き火をするために買うものだと思っていたので、お金も掛からないという意味すら分からなかった。
Oさんは続けた。
「ここは何せ5町分もあるんだよ。
後ろ見なさい、森がいっぱいあるでしょう。そこから木を切り出すの。切るといっても端から全部切ったらダメだよ。間引くの。大きい木の間に生えている細い木を切るの。
細い木を切り出すのは2つの理由がある。1つは間引きのため、2つめは細いと薪の長さにカットするのが楽だから。うまくいけば薪割りはしなくても良い。
そうすると、残った大きな木はもっと大きくなるし、森に日が入るから森にもいいんだ。ここは誰も手入れしてないから、森が荒れているからなー」と言った。
このとき初めて気が付いたが、今までは自然というのは手付かずのものだと思っていたので、手を加えると森がダメになると思っていた。
しかしここの森は手を入れないとダメらしい。手をいれないと、木の足元に笹がはびこってしまって他のものが生えづらくなるようだ。
例えば、前出の落葉きのこ。
これは落葉の木から落ちてくる胞子から出来るが、胞子が飛んで湿った土に着床しないと生えないので、下に笹があると当然生えてこない。
近年人手不足で森が荒れているから落葉きのこが少ないのかなー、と思ったりした。
他にも間引きをする利点は色々あるらしく、木を間引いて薪にし、笹を切って森に手を入れると、森は生き返り、暖房代も掛からない。
一挙両得・二兎追うものは二兎を得るというのだ。