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第一回 私の軌跡

みなさん、こんにちは。「週刊コラナビ北海道」開設おめでとうございます。

これからお付き合いさせていただく植野大作と申します。これも何かの縁と考えこのサイトがより盛り上がるよう微力ながら協力していきたいと思っています。まずは第一回ということなのでより私の事を理解してもらうために私の軌跡でも綴っていきましょうか。

1975年5月13日北海道標津町にて植野家の長男として出生しました。実家は両親二人で小さな居酒屋を営んでいます。

5歳の頃に剣道を始め高校3年生まで続け三段を取得しています。何度も挫折しそうになりましたがその経験が今では私にとってかけがえのないものとなりました。その頃大好きだった剣道漫画「六三四の剣」の中でも出てくる言葉「一期一会」いろいろな人間に出会い数多くの事を学びました。その言葉の意味が年を重ねるごとにより理解し感動を与えてくれているような気がします。本当に感謝です。

高校卒業とともに慣れ親しんだ街を出て札幌に出てきました。

中古車販売店、運送業と職を転々とし、自分の生き方に不安を感じていた時に友達に連れて来てもらったお店が今の職場でもある麦酒停でした。

麦酒亭

外国に興味を抱いていた当時の私にはまさにそこは異国でした。なんともいえない雰囲気、300種に及ぶビール。マスターは髭だらけのアメリカ人、何かを直感したのか、開口一番マスター(以下フレッド)に「ここでは今、バイト募集してないのですか?」と訊いてみたところ、丁度当時のスタッフが辞める一週間前とのこと。

それに対する返答は「いつから来れる?」とフレッド。おいおい、まだ正式な面接もしていないに俺で決まりかよ~。と思いながら「来週には来れます。」と前向きな返事。お互いをよく知らぬまま私の麦酒停勤務が始まりました。それが1995年5月の事。

当時日本は地ビール醸造(小規模ビール醸造)が解禁となったばかりでご当地ビールが全国で造られるようになりました。

その解禁になる少し前にフレッドは「ロスチャイルドサッポロ」(のちに現えぞビール株式会社)という酒類輸入卸業も立ち上げていて日本より約20年早く始まっていたアメリカの地ビール醸造、なかでもフレッドが惚れ込んだ北海道紋別市と姉妹都市でもあるオレゴン州ニューポート市のビール「ローグエール社」に弊社オリジナルビール蝦夷麦酒シリーズを委託醸造させ輸入販売していました。

そして北海道は30社を超えるビール醸造所ができ北海道のビール文化が変わっていく時でもありました。

あれから十年以上が過ぎ、残念ながら競争に敗れてしまった醸造所が増え残念に思いますが、良いビールはやはりまだ生き続けています。日々まだまだ進化しています。私なりのビールに対する価値観、麦酒停のカウンターで起こった事など日々感じたことを少しずつみなさんにお伝えしていければ良いなと思っています。

文章を書くのは苦手な私ですがわかりやすく、面白く表現できるよう努力していきたいと思っています。何卒これからもよろしくお願い致します。


(2007年06月21日)

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