カクテルの王様と言われるマティーニ。
その名の由来はバーテンダーの名前から来たという説もあれば、マティーニに使われるベルモットの名前からきたという説、いくつか諸説がある。
レシピはジン45ml、ベルモット15mlが基本。 しかし、そのレシピのバリエーションは無限とまで言われ、イギリスの首相を務めたウィストン・チャーチルはエクストラ・ドライマティーニが好きで、彼の執事の口にベルモットを含ませ自分に向かって息を吐き掛けさせて「ベルモットの香りのするジン」を楽しんだという話や、ベルモットの瓶を横目で眺めながらジンを飲んでいたという逸話もある。
映画「007」シリーズの中で、ジェームス・ボンドがバーでウォッカマティーニをステアじゃなく、シェイクでオーダーするシーンから始まった"ボンドマティーニ"は今でも実際にオーダーを受けるほどポピュラーなマティーニのレシピの一つである。
どのマティーニが正当で王道なのかを論議する"マティーニ論争"などという言葉ができるくらいマティーニは奥深いカクテルなのである。
そんな多種多様なバリエーションがある中で、先日、なかなかお目にかかれないレシピに出会った。
そのマティーニをオーダーしたのは"S"さん。
彼はまだ学生(もちろん二十歳は過ぎている。)で二年程前から通ってくれている。 幸か不幸か彼にとってカクテルデビューはこの店らしく、お店に通い始めた頃はボトル棚に並ぶお酒をキラキラした眼差しで見入っていた。 一見、飲めないような顔立ちだが、最近では決まって一杯目に"ドライマティーニ"をオーダーする。 万遍の笑みで「ドライマティーニ」とオーダーされるとちょっと調子が狂ってしまうが、その飲みっぷりの良さは将来有望な左党である。
しかし、その日の彼はいつもとちょっと様子が違っていた。 いつものように一杯目にドライマティーニを注文したが、もうどこかで飲んできたようで、なかなかグラスが空かない。 いつもの笑顔もまったくない。 ただ黙って何かを戒めるかのようにグラスを傾けている。 やっと一杯目を飲干すと、また"ドライマティーニ"をオーダーした。
二杯目を作る前に「大丈夫」と言いながらお水を一杯出した。
彼はそのお水を一気に飲み干すとため息を一つ、そして
「たった今彼女にさよならを言われちゃいました。」と沈んでいた理由を教えてくれた。
それから斯く斯くしかじか男女の恋愛についてアドバイスを問われたが、情けないことに恋愛に関しては人生の先輩であっても彼の励みになるような言葉は見つからず、それじゃせめてバーテンとして彼を元気付けるカクテルを作ってあげたいと思い、頭の中でレシピをかき回す。 そして出てきたレシピは、
"ドライマティーニ"。
もうすでにオーダーを受けているが考えてみると、今まさに彼はこのカクテルのような状況に立たされている。 "決して思い通りにならない現実、それでも彼はそれを受け入れなくてはならない。" それをカクテルに例えるなら、やはりキンッと冷えた辛口の"ドライマティーニ"だろう。
二杯目のドライマティーニを彼の前に注ぐ。
彼はまたグッと何かを戒めるようにグラスを傾ける。 彼は今飲んでいるマティーニが一杯目とレシピが違うレシピだということに気づいているだろうか・・・。
ジン45ml、ベルモット15ml、涙が数滴・・・。
彼の頬をつたう涙がグラスに。
これはなかなか飲めないマティーニのスペシャルレシピ。
このカクテルが彼の失恋した痛みを今夜は癒してくれるはず。
このマティーニの味わいがどんなものだったのか、次回、彼が来た時に聞いてみたい。
彼が覚えていたならば・・・。
★サントリーオリジナルシングルモルトウイスキー 謎2006「忍」

2000年より毎年山崎蒸溜所にて日本推理作家協会の作家陣が集まりオリジナルウイスキーのブレンドに挑戦するイベント「シングルモルト&ミステリー」を実施。 審査員のブラインドテイスティングによりNO.1に選出された作家のレシピをもとに「謎」として数量限定販売。 2006年「隠蔽捜査」で第27回吉川英治文学賞を受賞の今野敏氏のレシピによるオリジナルシングルモルト ウイスキー「謎 2006」は、「忍」をテーマに「男も我慢、女も我慢。それが人生。でも、我慢が花開くときもある。ほっと一息つくための優しい味わいを目指しました。」今野敏氏のブレンドは、香味のバランスがよく、フルーティ、ミルキーなキャラメル様、アーモンド様 ウッディなど、多彩な香りが楽しめ、マイルドで適度な甘味と酸味が味わいを引き締めています。
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 第18回 Salty Martini
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