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私の出産

2009年1月9日。陣痛開始。
数ヶ月もの間温め続けてきた、
相方のびたと私の子ども、「ちびのびた」が出てくるのです。

本に書いてある通り、陣痛は生理痛に似ている感じ。
いよいよ自分も親になるんだと思うと、
何となく嬉しいような
どうなるか不安なような気持ちでいっぱい。

そして陣痛の間隔も短くなって病院へ。
「ちょっと寝てくれる?お腹の状態調べてみるから。その後、隣の部屋に移って、お産まで自由にしてもらうことにするわ。」
と助産師さん。
横になって数分間、機械を使って調べることに。
途中陣痛が来たり治まったり。
そんな最中、
「あれ!何でこんなに赤ちゃんの心音下がっているんだろ!?」
と機械のグラフを見て助産師さん。
あれよあれよという間に、周りはざわつく。
腕には点滴、鼻には酸素。
私は「????」が飛ぶ状態。

あれ?何があったの?
心音低下って?
え、このまま出産?
あれ?点滴?
助産師さんに言われた通り、
自分なりにバースプラン書いたんだけれど、どうなるのかな?

まもなく先生がやってきて、そのグラフを見ながら、
「この次、心音が下がることになったら帝王切開します」と・・。
頭の中が「?」が「!」に変わったのは言うまでもありません。
そこから先、とてつもない戦いが始まりました。
全ては無事に赤ちゃんが出てこられるようにするため。

いわゆる風船みたいなのを入れて子宮口を開いて
もしもの帝王切開のために飲むことも食べることも許されないまま、どんどんと激しくなってくる陣痛に耐える。

水分すら摂れないそんな9時間。体力も限界に達してくる。
そのせいか、もう少しというところで大きな陣痛の波がこない。
最後の踏ん張りがきかない。
・・・先生とも話し合い、陣痛促進剤を投与。

陣痛促進剤はイヤだ!とあんなにも思っていたのに、
苦しんでいるお腹の中の我が子の命には代えられない。

薬ってすごい。
陣痛促進剤はてきめんに効き、痛みは七転八倒状態。
あまりの痛さに吐き気までもよおしてきたけれど、
吐くような余裕はないほど本当に痛い。
「いたい!」なんて叫ぶのはまだ余裕がある。
本当に痛いときは「うぉーーー!!」としか言えなくなる。
まさしく野獣。
理性を抜きにした時、人間も動物。・・・こうなるんだって思った。

そして出てきた我が子。顔、土色。
へその緒が首に巻き付いていたせいで、苦しかったらしい。
でも、お腹を切らずに出てきてくれた。
無事に誕生してくれた。

結果、私の願う自然なお産には全くならなかったけれど、
(噂の?お産の時に出てくるという快楽ホルモン「エンドルフィン」も全く感じられなかったし。)
医療的な介入だらけのお産となってしまったのだけれど、
元気に誕生してきてくれたこと。
それだけで、私は胸いっぱい。
ありがとう。私たちのところにきてくれて。
カンガルーケアで初めて私の胸の上に乗った
我が子の温かさ、一生忘れない。

命がけのお産を終え、周りからは
「またすぐ欲しくなるよ」
と今や言われるようになりました。
確かに二人目は欲しい。
でもあのお産の苦しみが再び味わうことになるかもしれない。
そう思うとしばらくはお預けでいいかな・・
なんて思ってしまうのでした。


(2010年01月28日)

コメント(2)

うちのカミサン、すでに3人出産しておりますが

「次が女の子だと決まっているなら、もう一人産みたい」

と言ってます。

ぜひとも日本の少子化に歯止めを!

私も実は
「女の子を産むまで産み続ける」宣言をしています。

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