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「しょっぱなから、深い!」

はじめに・・
読んでくれた皆さん。記念すべき最初の、大切な大切なコラムというのに、明るい話じゃなくてごめんなさい。思ったことは、書かずにはかられない性分なのです。。


どうも先週から納得がいかないことがある。
それは知り合いの方の、あるメーリングリスト(以下ML)の中のこと。
(私、実は訳あってこっそり読み続けているのです。笑。)

声を発したのは、某中学校で働く彼。
読む限り、辛さゆえ、ノイローゼに近いのかもしれない。
・・・何故辛いのか。
切々とMLにこんなようなことが書いてあった。

「僕は、やりたくない障がい児のクラスを担当させられた。しかも担当する子は重度の障がいがある。自分でトイレに行って用便すらできない。何故専門の先生に担当させず、素人の僕に担当させるのだろう。僕を助けてくれる他の先生もいない。休むことすらできない。僕は辛い。どうにかして欲しい。」

悔しかった。切なかった。
たくさんの「?」ばかりだった。

確かに、彼は特別支援教育の分野を学んできた教師ではないのだろう。
他にやりたい、教師としての専門性があるのだろう。
(現にそのMLは、かなり専門的な内容のMLなのです。)

でも・・でも・・、違うんじゃないの?

一つは教師としてのスタンス。
もう一つはハンディのある人たちを見る目。

どうして、素人だからできないと言うの?
ハンディのある人と素人とは、うまく付き合えないとでも言いたいの?

どんな専門家だってハンディのある方々と新しく出会うと、毎日試行錯誤し、その中で信頼関係を築いて努力しているんだよ。

自分の得意分野だけを指導するのが教師?

どんな教科であっても、そのフィルターを通しながら、子どもの人間としての成長を見守るのが大事なんじゃないの?

何より、今、目の前にいる子に対して、どうして「この子を伸ばしてやろう!最初は上手にできないかもしれないけれどね。」って思えないの?

「重度」だと大変なの?

「軽度」のハンディ持っている人だったら良いの?

障がいの程度で変化するの?


用便できない子どもが、自分でトイレに行けるようになる素晴らしさ。
文字の読めない子どもが、文字を読めるようになった素晴らしさ。
言葉を発さない子が、言葉や言葉以外の手段で自分の意志を上手に伝えられるようになった素晴らしさ。

きっと彼には分からないに違いない。
自分のことしか見えてないに違いない。

担当の子どもを思うと、涙が止まらなかった。


私は、今のご時世のような学校批判は好きじゃない。
そういうテレビの特集も、私はプチっと番組を変えてしまう。
でも、今回ははっきり言える。

こんな教師いやだ。


生きることに感謝できる、弱者にやさしい教師が増えることを祈って…★


(2007年06月21日)

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