自らの意思で自らの生命を絶つ行為。
医者になってからも暫くはこの行為を理解する事ができませんでした。
死にたくないのに死んでしまう人がいっぱい居る現実で、なぜ死に急ぐのか。
単なるセンチメンタリズムではないのか。
残された周囲の人間の事を考えた事はあるのか。
死ぬ事で解決する問題なんてものが存在するのか。
ただの自分勝手な逃避行動。
正直言って、自殺する人は"大"の付くほど嫌いでした。
ただ、救命センターに勤務して、なんとなくではありますが、彼らが何故その行為に及ばざるを得なかったのか、理解できるようになりました。
辛くて、辛くて、誰にも助けてもらえず、攻撃されて、傷ついて、息をする事さえもはばかれる状況に陥ったまま、何週間も、何ヶ月も、何年も変わらなかったら、自分は前向きに強い意志を持って生き続けられるだろうか。
何の援助も与えなかった人間が、自らの命を絶ってしまった人間に対して非難に似た言動を発する事は許されないでしょう。
「何で一言相談してくれなかったんだ。」
「何でこれしきの事で...。」
相談できるような信頼関係を築く事無く、自分勝手な尺度で事の大きさを測るのは偽善行為以外の何物でも無いと考えます。
救命センター勤務のある日、小学校5年生の男の子が救急車で搬送されてきました。ただしDOA(Dead On Arrival 到着時既死亡)状態です。
聞けば高層マンションから転落したとの事。事件か、事故か。
蘇生処置の傍ら、とにかく服を脱がせて他の隠れている外傷を把握します。
脱がせた服を整理していた看護婦が一言つぶやきました。
「先生、ズボンのポケットにこんな手紙が...。」
『まんびきして、ごめんなさい。』
自殺かよ!小学校5年生で!遺書まで...。
窓から身を乗り出した時、どんなに恐かったろう。
それでも死を選ぶほど追い詰められていたのか。
そんなに自分の犯した罪の事を思いつめていたんだね。
結局彼は両親の到着まで心臓マッサージを続けたのみで、治療が終了してしまいました。
当日、勤務終了してからスタッフ数人で食事に行きました。
その日は他にも軽症から重症まで色々な患者さんが来ていたにも関わらず、どうしても話は一点に絞られます。
「俺もさ、丁度あのくらいの頃に万引きやってさ、店員に見つかって、親呼び出されて、思いっきりぶん殴られてさ、死のうって思ったんだよね。」
「お前も?俺もやった。子供だからさ、頭悪いんだよな。自分の手よりでっかい物をさ、シャツの中に隠したって見つからない訳無いんだよな。」
「そうそう、でさ、警備員に声かけられてさ、腕掴まれたモンなら、もう生きた心地しないよね。親泣かしちゃったもんなぁ。」
「お前、何盗んだの?」
「おれ?ミクロマン。」
「懐かしー!俺、エロ本。」
「それは超恥ずかしいわ。」
「うん、マジ死のうと思った。」
「けどさ、やっぱ死んじゃダメだよね。」
「うん、ダメ、絶対。」
「あの子、ずっと一人で悩んでいたんだろうね。」
「バカだよなぁ...。」
「だよなぁ...。」
「好きな女の子とか居なかったのかな。」
「これから楽しい事、いっぱい待っていただろうにね。」
「俺、親の顔、見れんかったわ。ウチの娘だったら考えられないもん。」
「ま、何かあったら俺に相談しろよ。」
「あぁ、全く頼りにならんけどな。」
さすがにお通夜みたいな呑み会になってしまいました。
子供の自殺と虐待死ほど、納得行かない終止符の打ち方はありません。
血の繋がりに関わらず、眼と耳と鼻を利かせて、お節介でうざったい大人になる事が、今の自分達の使命なのかもしれません。
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