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酒の一滴は血の一滴

エゴ(1)

またまた脳外科の頃のお話です。

「今夜は当直」と言う日の昼下がり、救命センターからお呼びがかかりました。蘇生室まで行ってみると、若い女の子がストレッチャーに横たわっています。既に撮影されていたCTを見ると小脳出血により脳幹部ヘルニアを引き起こし、画像上で既に脳死状態が確認されるほどでした。
近くにいる看護婦と話します。

「ここまで来ちゃったら、既に自分達の出る幕無いよ。」
「わかってます」
「メスを入れるだけ可哀想じゃない。このまま送ってあげようよ。」
「わかっているんですけどね、先生...」
「何?」
「この子の誕生日、2週間後なんだよね。」
「...」
「あと2週間で二十歳なんだよね。」
「...」
「多分お母さんなんか、成人式の晴れ着を用意していると思うんだ。」
「...」
「このCT見て、あたし達だって脳死状態って言うのは解るんだ。」
「...」
「同じ女としてさ、晴れ着着せてあげたいんだよね。」
「...」
「何とかなら無いかな。」
「...」
「...」
「自分だけでは判断できないから、オーベン(上司)と相談してくるわ」
「お願い、先生!」

「M先生、ちょっといいですか?」
「あ?」
「いま、ER(救急)に来ている患者なんですけど...」
「これか?お前何年目だよ、手術しても助かる見込みないだろ。」
「いや、先生、それは解ります。」
「じゃ、何故持ってきた?」
「この患者さん、2週間後に二十歳になる女の子なんです。」
「...」
「2週間だけでも何とかなら無いですかねぇ。」
「...」
「...」
「武藤...。」
「はい。」
「2週間、帰れないぞ。」
「はい!」

速攻で電話して、両親に説明する為の部屋を確保してもらいます。
いくら自分らが熱くなっても、親御さんが希望しなければ手術はできません。「既に脳死状態にある事」、「意識が戻る見込みは無い事」、「2週間持たないかもしれない事」「それがわかっていてメスを入れる事」、「このままでは確実に3日も持たないであろう事」、そして最後に「看護婦から二十歳の晴れ着を着せてあげたい、との要望があった事」を伝えました。戻らない事が解っていて何故手術をするのか。これ以上傷を付けるのは可哀想じゃないのか。彼女本人の意識を無視したエゴじゃないのか。回答を得られないまま刻々と時間が過ぎていきます。
ご両親が顔を見合わせ、頷きあいました。そして自分らに向かって一言。
「お願いします。」

さぁ、彼女に最高のカーテンコールをセッティングすべく戦いの火蓋がきって落とされました。


(2007年10月18日)

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