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酒の一滴は血の一滴

「ご搭乗中のお客様...」

飛行機に乗っていたりすると、時に流れるアナウンス。
「ご搭乗中のお客様の中にお医者様はいらっしゃいませんでしょうか。只今機内で急病人が発生しております。よろしければ診察をお願いしたく存じます。」

迷うんですよ。
気持ち的にはさっと手を上げて、「病人はどちらですか?」なんてちょっと綺麗なCAに話し掛けて、他のお客さんの視線を浴びながら機内の通路を颯爽と歩いていく。う~ん、想像しただけで格好いい。
ただし現実となると話は変わってきます。

まず診察道具が一切無い。聴診器も、血圧計も、ペンライトも。
たとえ聴診器が有ったとしても、あのうるさい機内では心音や呼吸音なんか聞こえる訳も無く、ましてや何か異常がわかったとしても対処できないんです。採血無理。点滴無理。酸素吸入無理。機内にどの程度の救命キットが装備されているかわからないんです。
これで患者さんの意識がはっきりしていればいいけど、ちょっとボンヤリされていたりするともうお手上げ。
既往歴は?現在治療中の持病は?以前に同じような事はありませんでしたか?今どのようなお薬を飲まれていますか?
ちゃんと答えられる人であれば、機内で医者探しなんかする訳が無い。

確かに具合が悪そうだ。しかしどこが悪いのか。何をしてあげればいいのか。とりあえず点滴でもと思っても、その点滴が有るのか無いのか。
「機長が緊急着陸の必要性に関して知りたがっております。」
え~~~~~~!?それを俺に聞く?
自分の判断一つで病人を下ろす為に当初の予定と違うところに降りるって事でしょ?他のお客さんの予定の事だってあるだろうし、こんな設備も揃っていない状況で判断しろなんて無理だよ。
第一この人とは初対面で普段の様子もわからないのよ。
降りたは良いけど大した事無かったなんて事だったらどうすんのよ。
時間は刻々と過ぎていくし、周りの乗客は興味深げに覗き込んでるし、
目の前の人はますます具合悪そうだし...。
何もできない俺、格好悪い~~~~~~!

格好悪いだけならまだしも、それだけで訴訟なんて事になりかねない。
良かれと思ってやった事がしっぺ返しされる御時世だもの。
具合の悪い人を何とかしてあげたい気持ちはいっぱいあるけど、だからといって何をしてあげられるか不安もいっぱい。

医者になって十余年。幸運にもこのような機会に出くわした事はありませんが、飛行機に乗るたびに密かにドキドキしているのであります。


(2007年09月06日)

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