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第85回 医者は何のためにあるんだ!

コラムを初めて2年3カ月、84話目にして初めて一般の方からコメントを頂きました。
それも二人、更には将来的に医学への道を検討されていらっしゃるという若い方です。

若干42歳、医者歴16年の若輩者ですが、僭越ながらお答えさせて頂きたいと思います。

コメントを頂いた"医者の卵子"さんは、ブラックジャックのセリフに感銘を受けられたと同時に、医療という仕事に疑問を感じられているとのことでした。

「神様とやら、あんたは残酷だぞ。
 医者は病気を直して命を助ける。
 その結果、世界中に生き物があふれ、
 食糧危機がおき、多くの命が死んでいく。
 そいつがあなたの思し召しか。
 医者はいったい、医者は何のためにあるんだ」

正直に申し上げます。
これは難しい病気やけがを治すことのできるブラックジャックにしか言うことができないセリフです。
自分たちはただの凡人です。
治すことのできる病気や怪我は非常に限られています。
医療技術の進歩が目覚ましいと言われながらも、今もなお難病や怪我、またはその後遺障で苦しんでおられる方が大勢いらっしゃいます。
救命可能な灯が今現在も世界中で失われ続けています。

自分は今もなお、医療に関して疑問を拭い去ることができずにいます。
重症であればある程、後遺症を残さずに退院できる可能性は低くなります。
診察の結果、どう見ても後遺症を残さずに治療することは不可能だろう。
ただ、今やらなくては目の前に横たわる患者さんが亡くなるのは確実。
家族と協議を重ね、手術に踏み切る。
結果として命は長らえたものの、患者さんご本人は重度の後遺症とともに残された人生を歩まざるを得ない。
周りを支える家族の方達にも決して少なくない負担を強いる事に繋がる。
そして一人、また一人と倒れたり、離れたり。
体力面、精神面、経済面で次々に問題が起こり、
家族や親戚関係に亀裂が生じることも珍しい話ではありません。
その原因を作ったのは、他の誰でもなく、自分達"医者"なのです.
命が救われればいいのか。
その後の事が関係無いわけでもあるまいに。

「なんであのまま死なせてくれなかったんだ!」

一生懸命治療にあたった患者さんから言われた事があります。

「あんたのせいで、
あんたのせいで俺はこんな身体で生きていかなきゃならなくなった。
こんな身体で何ができる!
自殺することもできない!
俺が死ねば保険金で女房も娘も楽に暮らせたんだ!
あんたが俺を助けたばっかりに、
今じゃ寝返り一つ、女房に頼まなきゃ出来やしない!
俺が死ぬまでだぞ!
死ぬまで女房に頼み続けるんだ!
わかるか、俺の気持ちが!」

実際にあった会話です。
もう10年以上前の事ですが、はっきり憶えています。
さすがにこたえたね。

ただ、自分達は神ではありません。
人の生き死にを選択する権利はありません。
たとえそれが連続殺人犯であろうと、ホームレスの浮浪者であろうと
目の前で苦しんでいる人には治療を受ける権利があり、
その知識と技術を持っているのが"医者"なんです。
「人口が増え気味だから、今週は10人以上は処置しません。」
なんて事、許されるわけないでしょ?
医者は食糧事情に及ぼす人口の増加傾向なんて気にしちゃいけません。
そんなのは政治家や役人の仕事です。
今、目の前で消えつつある命を助けること、
流れ出る血を止めること、
折れそうな心を支えること、
それが医者の仕事だと思います。

海道尊氏の著書、「ジェネラルルージュの凱旋」はお読みになりましたか?
その中のセリフの一つですが、

「おみそれしました。まさに天上天下、唯我独尊」
「冗談!
オレは全ての患者にかしずく従順な下僕さ。
 息がある人は治療する。
 心臓が止まれば引き戻す。
 戻らなければ死因を追及する。
患者の死に際して何もできない医者なんて
経を読めないぶん、坊主以下だ。

医療とは決して華やかなものではなく、むしろ辛く危険な仕事です。
医者はセレブでもエグゼクティブでもありません。
自分の先輩の言葉を借りるなら
「所詮、人の不幸を飯のタネに生きている下世話な人間」なのです。

"医者の卵子"さんを含め、医学を志されている若い方達
将来の選択肢として参考にしていただければ幸いです。


(2009年09月10日)

コメント(4)

ありがとうございました。

>これは難しい病気やけがを治すことのできるブラックジャックにしか言うことができないセリフです。

そうでしょうか。
医者というのが、本来死ぬはずの人間を生かしてしまうことのできる存在であるという意味では、ブラック・ジャックもそれ以外の医者も同じですから、同じ疑問を抱いてもいいと思います。
人間の命が絶対的な価値だと思いながらも、しかし人間の数を増やすことは人類全体を考えれば正しいことなのかどうかわからない、というのがブラック・ジャックの言っていることだと思います。


しかし問題はそれだけではなく、助けた本人や家族からも恨まれることがあるというのは、経験してみないとわからないくらい辛いことなのでしょうね。

もし何の覚悟もなく武藤さんが患者さんに言われたような言葉を言われたら医者をやめたくなってしまうかもしれません。

今まで医者の華々しい部分ばかり想像していたような気がします。
自分にとって医者とは何なのか、なぜ医者になりたいのかをもう一度考えてみようと思います。
ありがとうございました。

初めてコメントさせていただきます。
札幌美容形成外科のブログで先生のブログを知り、読ませていただきました。

医師が人を生かすことも残念ながら死と向き合うこともどれも人間の生きる意味のような気がします。
逆に、医師だからこそその感情を失って悩むことなく、淡々と生死に向き合うことが出来る人はそう簡単にはいないはずです。

患者さんの立場から言えば「なぜ助けたんだ」そう思うのは、現実です。でも家族の介護、自分の自由を失う・・・でも命がある限り人間は生き続け、倒れた人がそこにいれば医師はその人を助けようと努力するでしょう。

医者になりたかった理由は人さまざまなことと思います。

私の主観ですが、医師の卵子さんのおっしゃる「医者とはなんのためにあるのか?」という答えは一つではないように感じます。

うまく言葉を伝えられず、すみません。
私も休職中の看護師ですが、看護師になった意味をもう一度考えてみたくなったのでコメントさせていただきました。

医者の卵子さん

「本来死ぬはずの人間を生かしてしまう」?
悪いことですか?
死ぬはずなのか、死なないはずなのか、
それを区別できるのは神様だけです。
死にそうだった人が助かる。
普通に暮らしていた人が突然死んでしまう。
全て神様の意志でしょう。
所詮ちっぽけな人間が拙い知恵と小手先の技術を振舞ったところで神様に対抗できるわけがありません。
だったら、自分のできる事を一所懸命やるだけだと思います。
医者の力だけで人口をコントロールしようなんざ、おこがましいにも程があるってもんです。


函館の看護師さん

初コメントありがとうございます。
本間先生の日記でお名前は拝見しておりました。
「医者の存在意義」
これは哲学を通り越して、すでに禅問答の領域なんでしょうね。
100人のDr.がいたら100通りの答があり、
またこれも時間の経過とともに変化するでしょう。
数年後、もし医者の卵子さんが医学への道を志し、臨床の現場に出られた際
お会いするのが楽しみです。

先生お返事ありがとうございます。

ちょうどさっき俳優の堺雅人さんのエッセイを読んでいたら、ジェネラルルージュの凱旋の映画の撮影時のことが載っていて
面白く読んでいました。

「もっとも救命救急の処置室を戦場に例える先生は多い。時刻や当直人数などの病院側の都合にかかわりなく、重篤な患者がはこびこまれる場所なのだ。そこでの作業を「たたかい」とよぶのは、救急医にとって比喩以上の実感があるに違いない」とありました。

実際どんな救命の場面でも生きるも死ぬも神のみぞ知る・・・それでも医師である限り人が倒れれば助けようと戦うだろうと私は思いますね。実際私は医師ではありませんが、倒れた人がいたら何も考えず飛び込んでいくことでしょう。

医者の卵子さんが、実際に医師となり臨床の現場に立った時、今のこの葛藤がどのように変化しているのか・・・看護師としても見てみたい気がします。

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