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酒の一滴は血の一滴

第57回 無題

救急の現場から遠ざかり、既に10年の月日が流れました。
そんな人間がこのような事を言うのもおこがましいとは思いますが
敢えて言わせていただきたいのは、現在の救急医療を取り巻く環境があまりにも劣化していると思われて仕方がないのです。

医療技術の発達は日進月歩です。
10年前とは比較にならないくらい診断技術は進歩し、またそれぞれの疾患に対する対処法もより確実に、より迅速に対応できるようになりました。
CT撮影に要する時間は大幅に短縮し、画像の解像度も上がりました。
レントゲンやエコー画像も鮮明に描出され、血液検査を始め各種検査の結果が出る時間も短縮されたのは言うまでもありません。
医者の技術が下がったとも思えません。10年前の医者の方が優れていた訳ではないにも関わらず、なぜ医療事故報道がここまで頻繁に紙面や映像媒体で取り上げられるようになったのでしょう。

突然このような話を始めた訳は、現在紙面やニュース報道で賑わしている「妊婦の受け入れ拒否に伴う死亡事故」があまりにも偏見に満ち溢れている印象が否めないのです。

ニュース報道のトップ見出しは大抵「8件の病院に受け入れを拒否され...、」で始まります。じゃあ、受け入れを拒否した病院が5件とか3件だったら問題はここまで大きくならなかったのでしょうか。
拒否した病院はなぜ拒否しなくてはならなかったのか。スタッフの減少に伴い重症患者に対して密で濃厚な治療を過不足なく提供することが困難となり、それでも骨身を削って奮闘している中で「拒否した」の一言で責められては現場の医者はやり切れません。
救急の看板を下げたくても、都や行政からの依頼で下すことも儘ならず、また身勝手な都合で深夜に受診を希望する患者さん、コンビニ感覚で受診していながらブランドショップ並の質を要求する患者さん、クレームをつける所を探しに来ているとしか思えないような受診動機の不明な患者さんの増加は顕著です。
「待ち時間が長い」とクレームをつけていながら、いざ自分の受診となると病気とは関係ない話を延々と続け診察室から出ようとしない。
「あれだけ待ったんだから、このくらい診察を受けて当然。」との判断のようですが、それがまた他の患者さんのクレームの原因になろうともお構いなし。
鼻血で救急車を要請する人
1週間以上前からの発熱で受診する人
1か月前の小さなやけどで受診する人
円形脱毛症で受診する人
不眠を主訴に深夜に受診する人
全て実際に自分が救急の現場で体験した事実です。
本来の救急医療とかけ離れた部分で労力と時間が消費され、ストレスが蓄積されていくのです。この状況を認識せずして、どうして救急の現場を改善することができましょうか。

先日のニュース番組でキャスターが締めくくりにこのような発言をしていました。
「いったい行政は何をやっているのでしょうか。」
行政だけじゃないんだよ!
都でも厚生労働省でもなく、現場の医療体制だけでなく、医療を受ける人間一人ひとりが本当に救急医療を必要としている患者さんの事を考えて、節度ある受療を心がけるだけでも医療現場は大きく改善されると考えます。

最後に、ご遺族の方のコメントが報道されましたが
「妻の死を無駄にしないでほしい。誰かを責めるとかではなく、妻が死をもって浮き彫りにした問題を、力を合わせて医師、病院、都と国で改善してほしい」と話し、また「当直医を責めないでほしい。医師たちは必死にやってくれた」とも話し、当時の医師らの対応を前向きに評価していることを明らかにしてくれました。
非常にクレバーな方であることに感銘を受けましたが、彼がこのような発言をしたのは、テレビでは放映されていませんが記者席から「訴訟は起こさないんですか?」という質問があった事に起因します。
彼らにとっては訴訟に発展した方がニュースとして盛り上がる、というような思惑があるのでしょうか。訴訟することを前提とした質問に彼らの浅はかさが垣間見えた瞬間でした。
身勝手で無責任なマスコミの姿勢が、今の医療現場の崩壊を招いた一端であるにも関わらず、これを認識せずに医療従事者や行政に責任をなすりつけ、今もなお同じ過ちを繰り返し続けるのは責任能力と学習能力の欠如したプランクトンと同レベルです。
「マスコミ」が「増すゴミ」から脱却することで、救急医療の再生が具体化する可能性が確実に増すと考えます。


(2008年10月30日)

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