今回は師匠の健太郎のお話です。
自分が担当していた頃、健太郎は小学校の1年生から4年生。
非常に多感な時期でした。
好きなものは好き、嫌なものは嫌。
食べたいものは食べるけど、食べたくなければ絶対食べない。
検査は嫌い。
注射も嫌い。
あのお医者さん嫌い、この看護婦さんは好き。
彼の一番嫌いな検査はMRIでした。
たった一人で狭く薄暗いトンネルの中で何十分も動かないでいなくてはなりません。また検査中はグオングオンと大きな音が鳴り続けます。
自分が付き添わなくては、彼は絶対にMRI検査を受けようとはしませんでした。それでも実際に検査室に入ると恐怖感が頭をもたげ、泣いて帰りたがります。点滴から鎮静剤を投与しても緊張の方が先立ち、かえって暴れてしまうのです。
検査予定数日前から健太郎にMRI検査の必要性を話し、その時は自分が一緒にMRI室に入ることを前提にしなくては、彼の納得を得ることはできませんでした。
とにかく検査室の予定を崩さないように、技師さんに迷惑をかけないように、
この想いでどんなに自分のスケジュールが詰まっていても、健太郎のMRI検査は優先して時間枠を確保していたのです。
病棟に迎えに行き、検査室の前で点滴から鎮静剤を注入し、金属製の物をすべて外してから、手を繋いで検査室に入っていきます。
ベッドに寝かせた後は固定がすむまで握った手を離しません。
健太郎が機械の中に送り込まれても、自分の存在を知らせるために足首を握り、ときどき指先でトントンと叩くと、彼が足の指をクニクニと曲げて反応します。だだ時々こちらが眠ってしまい定時連絡が遅れると、彼のほうから足首をクネクネ曲げてお互いにコミュニケーションを楽しみながら、順調に検査を進めることができたのです。
自分が東海大学を離れる時、一番心配だったのは
「今後、誰が彼の検査に付き添ってくれるのだろうか。」
この一点に絞られるといっても過言ではありませんでした。
治療方針から日常生活における注意点、言ってあげた方が良い事、決して触れてはいけない事、褒めてあげるポイント、叱るポイントなど全てA4のカルテ用紙5ページに渡って記載してあるので問題はないでしょう。
ただ検査のときの付き添いなど、ただでさえ多忙を極める同僚や先輩にお願いすることはできません。また、確認するのも既に主治医チームから離れた自分にはその権利がありません。
時々かかってくる電話で「検査頑張ってるか?」の問いに「うん、まぁ...。」と言葉を濁されてしまいます。6年生ともなれば「怖い」の一言も言えないのでしょう。こちらもそれ以上追及できず、アヤフヤのまま会話は途切れ、そして確認できないまま彼は他界してしまいました。
その後、時は流れ、健太郎が他界して6年ほど経過した頃、主治医を引き継いでくださった先輩のT先生とお会いする機会がありました。酒も入り、話の内容はどうしても健太郎の事に向いてしまいます。
そんな中、T先生が話し始めました。
「武藤先生さ、健太郎のMRI検査に毎回付き添っていたでしょ。あれね、医局の中では当時ちょっとヒンシュクだったんですよ。"また健太郎を理由にサボってる"ってね。けどね、実際に自分が健太郎の担当になって、先生のやっていた事は決してサボりじゃなかったんだって気がついたんですよ。確かに彼には必要な処置で、先生の判断は賢明だったと思います。ただ、最近思うんです。あの時に先生が脳外科を辞めて、健太郎の担当から外れたのはむしろ良い機会だったんじゃないかってね。先生は1年生のころから健太郎を診てるでしょう。先生の中では彼はずっと1年生のままだったんじゃないですか?僕が健太郎を担当するようになった時、彼は5年生でしたよ。いつまでも子供扱いしちゃ失礼じゃないですか。だからね、僕はMRI検査に付き添うのは止めたんです。最初は厳しかったですよ、本当に。検査室の技師さんからも『先生、来てよ、彼一人じゃ無理だよ、武藤先生は来てくれたよ。』って言われちゃうんです。そこをね、『もうちょっと頑張ってみてください』、『もう少し待ってみてください』って頼むんです。たしかに検査室のスケジュール、相当混乱させちゃいましたけどね、技師さんたちからは不評を買いましたけどね、粘り強く待っていると、健太郎、一人でMRIできたんですよ。僕も嬉しかったですね。でね、検査終わってから病室行って、思いっきり褒めるんです。『よくやったな!偉かったな!』って。そしたらね、彼の自信に繋がるんですよ。で、次から周りが心配しなくてもちゃんとできるようになるんです。
武藤先生さ、先生が子供の事が大好きで、自分のできる事は何でもしてあげたくなるのは解るし、実際にやってきたのは本当に凄いと思います。今現在、うちの医局で同じ事ができる人間はいません。けどね、先生のやってきた事、そして今やっている事を否定するつもりは全くないですよ、ただ、何でもかんでもやってあげるっていうのは、無責任じゃないですか?その子の近くに居る大人であるわけですから、病気やけがを治すだけじゃなく、ちゃんと心を成長させてあげる事も主治医として必要な事なんじゃないですかねぇ。」
目から鱗どころか眼球ごと落ちる思いでした。
考えてみれば、自分は患者の事を思っているようで、実は周りの大人たちとの関係をいかに円滑に保つかに神経を使っていたのではないか、と思います。その子の精神的な成長を後回しにして。
「別に親でも親戚でもないんだから、そこまでする必要はない」という考えもあります。でも一方で、時として親以上に接する時間が長い医療スタッフは成長していく中で影響を与える因子として決して無視できるような小さいモノではない、との考えもあります。
自分はどちらかといえば後者に属しますが、「サポート」と「おせっかい」の境界はどこにあるのでしょうか。
自分が研修医のころ、「鬼軍曹」と陰で囁かれていたT先生のさりげない一言は、今の自分にもう一度初心を思い起こさせる最高・最強の一撃でした。

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