札幌中央形成外科 院長
40歳、男性。
札幌生まれ、札幌育ち
ブラックジャックに影響を受け医師の道を志す。
関東の大学の医学部を卒業した後、一時は脳神経外科医を目指すが
生まれた娘の可愛さに負けて帰札。
道内の大学で形成外科を学びなおし、4年前から美容外科クリニックの2代目として走行中。
「髪」
「カラスの濡羽色」と表現されるように黒くて長い髪の毛は非常に美しく、若さと美の象徴とされますが、これが年齢や生活習慣、ストレスによってその毛質・密度が低下し、色も抜けて白くなっていきます。
痩せて疎らとなった頭皮は物悲しささえも感じさせ、老け込んだ印象を否応なくその本人にもたらし、精神的ダメージも尋常ではありません。
この需要に応えるべく、各メーカーはこぞって育毛剤や発毛促進剤を世に送り出し、今やそのマーケットは医薬品・医薬部外品併せて年間600億円の規模を誇る一台市場に発展しました。
個人的な意見として、やはり「ハゲ」はご遠慮したい。でも「白髪」は大歓迎。「ロマンスグレー」と表現されるように、白髪はカッコいい大人の必須アイテムと考えます。
では、どのようにして抜け毛を抑え、白髪で頭皮を埋め尽くすか。
まずは脱毛予防。
市販されている薬用育毛剤も結構ですが、それぞれ効能が異なり個人の環境に適した育毛剤を探し出すのはなかなか困難です。
一般的に脱毛予防に必要なのは
① 血行促進
② 栄養補給、細胞賦活作用
③ 抗炎症・抗菌作用
④ 毛母細胞・毛乳頭への作用
のそれぞれが絡み合ってはじめて効果を発揮しますが、何も複雑に考える必要はありません。要は適切なシャンプーと頭皮マッサージ、そしてブラッシングで賄える部分が少なくありません。遺伝的・家族的要因の強い人に関しては既にどうしようもありませんが、正常でも一日に50~80本抜けるといわれる毛髪寿命の延命処置にはつながるでしょう。
またビタミンA(髪を丈夫にする)、ビタミンB(発毛促進)、ビタミンD(発育促進)も併せて摂る事で頭髪の乱伐を予防できます。さらに毛髪の原料である硫黄を含んだアミノ酸(シスチン)も非常に有用です。
次に白髪。
白髪は毛髪内のメラノサイト(色素形成細胞)の機能低下・消失によるメラニン色素量の低下に起因するものですが、これは老化の一種であり何人たりとも避けては通れません。つまり白髪になる前に髪の毛が抜けてしまうのを予防すれば、理想の頭髪環境を築きあげる事が出来る訳です。
では逆に白髪にならないようにするために必要な事はといいますと、やはり食事が重要になります。
まず、昔は良く昆布やワカメを取ると髪の毛が黒くなるといわれましたが、全く根拠がありません。黒豆もダメ。黒ゴマもダメ。
毛髪の色素の元となるチロシンを最も多く含むもの
なんと、「鯵」なんです。その次は「大豆」、「鶏卵」、「玄米」と続きます。
更に銅イオンの摂取でチロシンの活性を高める事がわかっているのでエビ・カニ等の甲殻類、貝類、ココアも言いという事になります。
さぁ、白髪を気にされている皆様。
今日から食事は"鯵の開き"に"エビのお刺身"、"生卵入り納豆"そして"玄米のご飯"と"蜆のお味噌汁"。
これで完璧。黒々とした毛髪をkeepされてください。
『メイク・ア・ウィッシュは1980年にアメリカで発足しました。
アリゾナに住むクリスという7歳の男の子は警察官になるのが夢でした。しかし白血病にかかり、学校に行くこともできなくなってしまいました。この少年の話を聞いたアリゾナ警察の警察官たちは、本物そっくりの制服とヘルメットとバッジを用意し、クリスを名誉警察官に任命することにしたのです。
小さな名誉警察官は規則に従って宣誓し、駐車違反を取締り、またヘリコプターに乗って空からの監視もさせてもらいました。ミニチュアのバイクもプレゼントされ、クリスは大喜びでした。
5日後、クリスは亡くなりました。警察では名誉警察官のための葬儀を執り行いました。ほんの短い間でしたがクリスの夢はかなったのです。
クリスの夢の実現に関わった人々は、他にも大きな夢を持ちながら、難病のため夢を叶える事ができない子供達がいるに違いないと考えました。こうして設立されたのが、メイク・ア・ウィッシュ基金なのです。』
過去に何回もテレビで紹介されているのでご存知の方もいらっしゃると思います。難病の子供達の夢を叶える事を目的に作られた基金です。
無事に願い事を叶える事の出来るのはホンの一部の子供達に過ぎません。ウィッシュチャイルドに認定されるためには審査があり、その後に企画、調整、手配と決して短くない時間を必要とするのです。
師匠の健太郎は審査には通ったものの実現には間に合いませんでした。他の担当だった子はゴジラ松井に会うことができましたが人工呼吸器をつけた状態でした。また、違う子は審査の結果が出る前に他界してしまいました。
まだまだメンバーが足りません。資金も潤沢では有りません。
けど、限られた時間の中で待っている子供達は大勢います。
お暇な時で構いません。気が向いたらワンクリックお願いします。
「美肌の為のビタミンC」
昔からの常識で綺麗なお肌を得る為に「ビタミンC」は欠かせません。
更には今、何かと話題の活性酸素さえも除去してしまう優れもの。
母親がレモンスライスやキュウリの輪切りを顔に貼り付けている情景を記憶しているのは自分だけではないはず。
美容を目的に生野菜や果物を一生懸命摂っている婦女子は現在でも少なくありません。
たしかにビタミンCは肌のコラーゲン活性を高め、シミの元であるメラニン色素の排泄を促進し、更に産生を抑制するという美肌製造に欠かせないファクターの一つ。
しかし、落とし穴が一つ、二つ、三つ、四つ。
成人の一日に必要とするビタミンC量は50~100mgといわれています。
しかし、消化管に対する刺激が強く、大量摂取によって消化管粘膜をいため下痢になったり、吸収されきることなく排泄されてしまうのでこれを3回に分けて摂取するのが理想です。
では、サプリメントとして摂取するのはどうか。
ビタミンCはポリフェノールやカロテンと一緒にとることで活性が得られるので単独で摂取しても働いてくれません。
また身体全体がビタミンCを必要とするので、一生懸命摂取したとしても肌まで辿りつくのはホンノ僅かの量になってしまいます。
そこで、効率的に肌にビタミンCを叩き込むのにローションが開発されました。今は化粧品店のみならずドラッグストアやコンビニでもビタミンC配合化粧品が売られています。
そこで、二つ目の落とし穴。
肌の表面に直接ビタミンCを垂らしても何の効果も得られません。
レモン果汁を垂らしても美白になるどころか、果糖の影響でシミの原因にさえなってしまいます。
肌に良い影響をもたらしてくれるビタミンCは正確には
「ビタミンC誘導体(プロビタミンC)」
ビタミンCと呼ばれるL-アスコルビン酸にリン酸やイソパルミチン酸を結合させて安定化および吸収効率の活性化を図ったものです。
肌に吸収されてから初めてプロビタミンCがビタミンCへと変化し仕事をしてくれるのです。
以前、某ドラッグストアで可愛いレモンのイラストと共に「天然レモン果汁配合」と書かれたビタミンC配合ローションを見かけてビックラしてぶっ飛んだ事がございました。
落とし穴3つ目。
ビタミンCが効率よく吸収される濃度は4%以上といわれています。最も吸収効率の高いのは20%といわれたり、10%以上は変らないとも言われていますが、要するに「薄くっちゃダメだ」というのは明白です。
医薬部外品で定められているビタミンC濃度の上限は3%。
相場のお値段は5000~18000円。
当クリニックで扱っているローションは9%、3500円。(チョットCM)
今お使いのビタミンC配合化粧品、濃度は表示されていますか?
落とし穴4つ目。
いくら安定化されたビタミンCとは言っても、水の溶かされた状態では
いつまでも長持ちするものではありません。直射日光なんてもってのほか、少しでも長く安定してくれるように冷所保存が望ましい。
ただ、色々な化粧品コーナーを覗くたびに思うのですが、冷蔵庫で保管されているお化粧品って見たこと無いんですよね。中には日の良く当たる窓際に美白化粧品コーナーが設けられている施設もありました。
中に含有されている(とされる)ビタミンCは大丈夫なのかと心配になってしまいます。
お手元のビタミンC配合化粧品、大丈夫ですか?
「コラーゲンは飲んでも効かない」
巷で出回っている「飲むコラーゲン」とか「コラーゲン配合食品」
飲んだり食べたりするだけで、お肌はツルツル・プリップリ!
とはなりません。
体内に摂取されたコラーゲン線維は胃の中でバラバラになり、アミノ酸レベルまで分解され吸収されます。この際にヒドロキシプロリン、ヒドロキシリシンに変換されるのですが、このヒドロキシ化されたプロリンとリシンはコラーゲン形成に組み込まれる事はありません。
豚足だとか、豚の角煮とか、フカヒレだとか天然コラーゲン線維を豊富に含む食事であればまだ美味しいので良いとは思います。
ただこれが訳のわからん「コラーゲン配合ドリンク」とか「コラーゲン配合食品」とかになってしまうと高いばっかりで何の効果も期待できない、ただの「ドブ金」になってしまうわけです。
ちなみにコラーゲン配合ローションとかクリームも効果は期待できません。あんなに分子量の大きいコラーゲン線維が皮膚から浸透するなど有り得ないのです。コラーゲンには保湿効果があるので使用後はしっとりとした感覚を得られますが、決してコラーゲンが肌に滲み込んだ結果ではありません。
お手元のコラーゲン配合製品、大丈夫ですか?
乗ったことあります?
博物館とかに展示されているものではなくて本物。
更に飛んだ事あります?
僕はあります。
それも無料で。
札幌に帰ってきた1999年、北大で形成外科の研修を始めだした頃、当事の医局長から奥尻島への出張を依頼されました。
診療所の医者が足りない為に、現地から応援依頼が来たとの事。
とりあえず1週間(後にどんどん延長されて結局3週間)。
ええ、是非とも行かせて頂きますとも!
カミサンに話したら、「私も行く!」との反応。
親子3人(当事)で奥尻出張となりました。
日常の業務は、喘息の処方やら、ウオノメ・タコ削り(漁師さんの島だから通常では考えられないところにマメがある!)、血圧測って、聴診器あてて、「おばあちゃん大丈夫?」って手を握りながらお話しするのが大部分でした。
そんな中、島では年に1度有るか無いかという交通事故が発生しました。
診療所で撮影したCTを見たところ側頭葉の脳挫傷が示唆されます。
これは大変、もしこのまま脳が腫れ続けたらアッと今に脳死です。
で、院長に進言しました。
「院長先生、ココの施設では対応できるレベルを超えてます。」
2ヶ月前までは脳外科医でしたから、判断に躊躇はありません。
「そうか、わかった!函館に送ろう!」
院長と事務長が相談しながらマニュアルを開いて相談しています。
あとから聞いた話ですが、救急患者搬送を目的としてヘリを要請する場合、順番が決まっているそうです。
順番は忘れましたが、自衛隊、海上保安庁、道警の順番だったかな?
で、なんだかんだでヘリ確保。
救急車で滑走路の直ぐ横まで入り込んで待機。
遠くからパラパラとヘリの音が近づいてきます。
(BGM:ワルキューレの騎行)
ヘリポートに着地して、隊員が腰を屈めて小走りに近づいてきました。
「患者さんはこちらですか?」
「はい」
「現在はどのような状態ですか?」
「Vitalは今のところ安定していますが、意識は戻っていません。」
「わかりました。至急函館に向け出発しましょう。」
患者さんを乗せたストレッチャーに手を添えて、自分も腰を屈めながらヘリに乗り込みます。
パイロットと同じインカムを装着して、いざTake Off!
『もしかして、今の俺、かなりカッコ良くない?』
なんて思った瞬間、インカムでパイロットが話しかけてきました。
「先生、低高度で行きますか?高高度にしますか?」
低く行けば気圧の変化はありませんが時間が掛かり、揺れます。
高く行けば速く揺れずに移動できますが、気圧が低くなります。
「高く行ってください!」
「ラジャー!」
『本物の"ラジャー"初めて聞いたぁ!』
約30分の飛行で無事函館空港に接近。
今度はレシーバーから女性管制官の声が入ってきました。
「●ルートより○番ポートに侵入してください」
『へぇ。日本語なんだぁ。』
「加藤ちゃん(仮名)、静かに頼むよぉ!」
「了解!」
『かっけぇーーーーーーーー!』
ヘリが着陸するまでの間、他の民間機は上空待機です。
出発ロビーの窓から大勢の人がこちらのヘリを見守っています。
そこへ、白衣をたなびかせながら患者と一緒にヘリから降りてくる俺!
『ねぇねぇ!今の俺、最高にカッコ良いっしょ!』
ヘリポート脇に待機していた救急車に乗り込み、そのまま病院へ。
函館の病院で現地のDr.に申し送り、お役御免となりました。
その日の夜は久々に焼き鳥で一杯。
決して乗り心地がいいわけでなく、機内サービスがあったわけでなく、綺麗なCAがいるわけも無く、うるさいし、狭いし、椅子硬いし。
けど、たった30分のヘリコプター体験は今までに感じたことの無かったワクワク感を与えてくれました。
患者を無事に送り届ける事が出来た達成感と、ヘリの振動が残っていたのかワクワク・フワフワした感覚は過去最高のオツマミとなったのです。
先日来られた患者さん、
いまどき珍しい、俗に言う"山ん婆ギャル"。
顔は真っ茶色、
台風の中を歩いてきたかのような振り乱した金髪、
真っ白い唇、
目の周りにはアライグマかと思うような幅広真っ黒なメイク。
「私、この顔が嫌いなんです!」
(この顔って、どんな顔?)
やや後ろに座っているのは付き添ってこられたお母さん。
説得するのにも疲れ切ったご様子。
「このモデルさんみたいな顔にしてください。」
「う~ん、無理。」
予診表を見るとまだ17歳。
メイクの奥はまだ子供っぽさが抜けていません。
まず第一に、ココまで派手に化粧されていては何処をどういじっていいものか見当もつかないのです。
「とりあえず、何処が気になるの?」
「全部です!」
「じゃ、どうしたいの?」
「パッチリ二重にしてぇ、目頭切開やってぇ、鼻も高くしたい。あと、顎も。唇も薄くしたい。外人みたいな顔。」
(うわぁ、フルモデルチェンジかよ...)
後ろでお母さん、溜息。
困っちゃったなぁ、若いからなぁ、どういう風に言うのが良いのかなぁ。
既に彼女の頭の中には、完成予想図が出来上がっているご様子。
ココは一つ、大人としてビシッと言わなくてはいけません。
「あのね、一気に全部やるのは辞めようよ。」
「どうしてですか?あたし、早く綺麗になりたいんです。」
「いや、だからさ、お金が掛かるのは勿論だけど、その前に君の顔はまだ出来上がっていないんだよね。まだまだ子供の顔なんだよ。未完成の状態で弄りまくっちゃったら、その後どう変化していくか予想付かないよ。」
「そんなの先生に関係ないでしょ。」
「関係あるよ。だって僕の患者さんになるかも知れないんだもの。」
「待っていられないんです!」
「あのさ、お料理だってチョットづつ味を見ながらお塩とかお砂糖とか入れるでしょ。人の顔だって同じことだよ。チョットづつ変化を見ていきながらその後の方針を立てるほうがいいと思うんだよね。」
「だからそれが嫌なの!」
「それも待てないんだったら、君には手術を受ける資格は無い!」
「馬鹿じゃねぇの?コイツ」
(おお、さすがに若いね。)
荒い鼻息と共に椅子を蹴っ飛ばして退場。
お母さんがぺこりとお辞儀して追いかけて行きました。
たしかに美容医療技術の発展は著しいものがあります。
頑張れば全く別人の顔に作り変えることも不可能ではありません。
しかし、それは如何なものか。
あくまでも自分のポリシーではありますが、患者さんに言われるがまま"A"を"B"に作り変える事は美しくない気がします。
"A"を"A+"、"A++"へ。
あくまでも本人の気持ちと基礎を尊重した上でより高いレベルに誘導していくのが本来の美容外科医の仕事だと思うのです。
自分は今年で41歳になります。
10代、20代の頃は40歳というとかなりのオジサンで、加齢臭が当然のようにあって、椅子から立ち上がるときに「よっこいしょ」と言ってしまう様な人間を想像していましたが、いざ自分がこの歳になってみると決してこの種族に含まれていないと自負しております。
ただ、クリニックの看護婦も20代、やってくる患者さんも10~20代の人となると、会話の中でジェネレーションギャップを感じざるを得ない状況も少なくありません。
ケガをした患者さんには、自宅での処置は流水で洗うように指示します。この際にむしろ石鹸も使う事を指導するのですが、結構不審がられることも少なくないのです。
「え~?先生、石鹸使ってもいいの?」
「おう、エメロンでもバスボンでも何でもいいぞ!」
「え?何それ?」
「え!?知らないの?」
「知らな~い...。」
「・・・・・。」
「先生さ、やっぱ大学とか大病院ってさ、教授選とか院長の総回診ってあるんでしょ。」
「あるよ。まぁ、昔ほど凄くはないけどね。」
「やっぱさぁ、俺だったら料亭とかで賄賂貰ったりしたいよね。」
「お前は田宮二郎か!」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「田宮二郎って、だれ?」
「この病院って結構古いんでしょ。」
「そりゃ古いよ。何てったって昭和35年からだもん。」
「最初はどこにあったの?」
「え~っとね、ススキノの松坂屋のトコ。」
「松坂屋?」
「ほら、ススキノ交差点のトコ。ヨーク松坂屋。」
「もしかして、ロビンソン?」
「はい、そこです。」
おっかしいなぁ...。
時々つながらないんだよなぁ...。
やっぱ、40代はオジサンなのかなぁ...。
自らの意思で自らの生命を絶つ行為。
医者になってからも暫くはこの行為を理解する事ができませんでした。
死にたくないのに死んでしまう人がいっぱい居る現実で、なぜ死に急ぐのか。
単なるセンチメンタリズムではないのか。
残された周囲の人間の事を考えた事はあるのか。
死ぬ事で解決する問題なんてものが存在するのか。
ただの自分勝手な逃避行動。
正直言って、自殺する人は"大"の付くほど嫌いでした。
ただ、救命センターに勤務して、なんとなくではありますが、彼らが何故その行為に及ばざるを得なかったのか、理解できるようになりました。
辛くて、辛くて、誰にも助けてもらえず、攻撃されて、傷ついて、息をする事さえもはばかれる状況に陥ったまま、何週間も、何ヶ月も、何年も変わらなかったら、自分は前向きに強い意志を持って生き続けられるだろうか。
何の援助も与えなかった人間が、自らの命を絶ってしまった人間に対して非難に似た言動を発する事は許されないでしょう。
「何で一言相談してくれなかったんだ。」
「何でこれしきの事で...。」
相談できるような信頼関係を築く事無く、自分勝手な尺度で事の大きさを測るのは偽善行為以外の何物でも無いと考えます。
救命センター勤務のある日、小学校5年生の男の子が救急車で搬送されてきました。ただしDOA(Dead On Arrival 到着時既死亡)状態です。
聞けば高層マンションから転落したとの事。事件か、事故か。
蘇生処置の傍ら、とにかく服を脱がせて他の隠れている外傷を把握します。
脱がせた服を整理していた看護婦が一言つぶやきました。
「先生、ズボンのポケットにこんな手紙が...。」
『まんびきして、ごめんなさい。』
自殺かよ!小学校5年生で!遺書まで...。
窓から身を乗り出した時、どんなに恐かったろう。
それでも死を選ぶほど追い詰められていたのか。
そんなに自分の犯した罪の事を思いつめていたんだね。
結局彼は両親の到着まで心臓マッサージを続けたのみで、治療が終了してしまいました。
当日、勤務終了してからスタッフ数人で食事に行きました。
その日は他にも軽症から重症まで色々な患者さんが来ていたにも関わらず、どうしても話は一点に絞られます。
「俺もさ、丁度あのくらいの頃に万引きやってさ、店員に見つかって、親呼び出されて、思いっきりぶん殴られてさ、死のうって思ったんだよね。」
「お前も?俺もやった。子供だからさ、頭悪いんだよな。自分の手よりでっかい物をさ、シャツの中に隠したって見つからない訳無いんだよな。」
「そうそう、でさ、警備員に声かけられてさ、腕掴まれたモンなら、もう生きた心地しないよね。親泣かしちゃったもんなぁ。」
「お前、何盗んだの?」
「おれ?ミクロマン。」
「懐かしー!俺、エロ本。」
「それは超恥ずかしいわ。」
「うん、マジ死のうと思った。」
「けどさ、やっぱ死んじゃダメだよね。」
「うん、ダメ、絶対。」
「あの子、ずっと一人で悩んでいたんだろうね。」
「バカだよなぁ...。」
「だよなぁ...。」
「好きな女の子とか居なかったのかな。」
「これから楽しい事、いっぱい待っていただろうにね。」
「俺、親の顔、見れんかったわ。ウチの娘だったら考えられないもん。」
「ま、何かあったら俺に相談しろよ。」
「あぁ、全く頼りにならんけどな。」
さすがにお通夜みたいな呑み会になってしまいました。
子供の自殺と虐待死ほど、納得行かない終止符の打ち方はありません。
血の繋がりに関わらず、眼と耳と鼻を利かせて、お節介でうざったい大人になる事が、今の自分達の使命なのかもしれません。
東京ディズニーリゾート。
年間入場者数2000万人
リピーター率85.0%強
今年で開園25周年を迎え、今なお拡張し続ける夢と魔法の国。
「バッターボックスに立つたびに満塁ホームランを打つ事は出来ない。
それに1塁に出るためには常にバットを振り続けなければいけない事もわかっている。(ウォルト・ディズニー)」
ええ事言うやないか、おっさん!
実はこの人、大の反日家であり、昔のアニメではミッキーがゼロ戦を打ち落とすシーンもあったりするのです。
けど、許す。
混雑しているのはわかってる。
貨幣価値観が狂ってしまい、予想以上に散財するのもわかってる。
けど、楽しい。
我が家では年に1度はディズニーランドへ行く事を目標に、今日もせっせと500円玉貯金を続けております。
ランドに足を踏み入れた日にゃ、もうウキウキ。俗世間の事など舞浜の駅のゴミ箱に押し込んで、スキップ、スキップ、ランランラン。
経営戦略が"子供"を対象にしているのではなく"子供心"が対象って言うところが憎いじゃねぇか。
そんな四十路の男が夢中になってしまうような夢と魔法の王国なのに、
「もう、絶対行きたくない。」と力説する男の子に会いました。
「ディズニーランドなんか、大っ嫌い!もう絶対行かない!」
会話の糸口を見つけるつもりで出した話題、大抵であればそこから盛り上がって医師・患者間の距離を一気に縮める事が出来る本命中の本命。絶対の安全牌を切ったつもりでしたが、これが地雷でした。
ディズニーランドが嫌いな子供が存在する事にショックを覚えましたが、それ以上に感情を露わにして、眼に涙を浮かべながら力説する彼の尋常ではない反応に違和感を覚えました。
後日、ご両親から聞いた話ですが、彼はもともとディズニーが大好きで小さい頃からビデオや絵本を見続け、部屋には縫いぐるみが溢れんばかりにひしめいていたそうです。
ディズニーランドに行きたくて、行きたくて、ただ病気の為になかなか許可が下りず、やっとの思いでその日を迎えました。
当日は車椅子も調達し、ランドにもあらかじめ連絡を入れ、急変時にはランド内の医療施設で初期治療が行なえるように必要な医療情報提供書を準備しました。
天気もバッチリ。気温もバッチリ。
暑くもなく、寒くも無い最高のディズニーランド日和。
初めてのランドに興奮しつつ、目をキラキラ輝かせ、次に乗るアトラクションを相談し、ポップコーンを頬張り、気分は最高潮。
そんな時、他のお客さんの心無い一言が一気に彼を突き落としました。
「ママ、あの子の顔、気持ち悪~い!」
彼は抗がん剤の影響で髪の毛は全て抜け落ち、脳腫瘍の手術の影響で顔の左側が麻痺し、こぼれるよだれを止められないのです。
もし自分の子供がこんな事を言おうモンなら横っ面引っ叩いて一緒に土下座しないと気がすみませんが、その子の親は違った。
「わぁ、ホントだ!気持ち悪いねぇ。」
大のおとなが、指差して言い放ったのです。
それも聞こえよがしに大きな声で。
最っ低!
お前ら親子、ディズニーランドに来る資格無し。
足、開け。
歯、食いしばれ。
目、閉じろ。
もう、全て、遅すぎました。
彼のテンションは、いくら両親がフォローしようにも立ち直ることなく、帽子を目深にかぶり、ランドを出るまで視線を上げる事がなかったそうです。帰る頃にはひざ掛けは溢した涙で重くなっていました。
『ミッキーも、僕の顔を気持ち悪いと思ってるんだ。』
『他のお客さんも僕の事をそんな風に見てるんだ。』
『僕、ディズニーランドなんか行かなきゃ良かったな。』
長年憧れ続けていた夢と魔法の王国は、彼の心に深い傷を付けた最悪の場所となってしまったのです。
既に彼は遠いところへ旅立ってしまいました。
大丈夫。天国にも絶対ディズニーランド、あるよ。
そこでは髪の毛はフサフサに生えていて、何不自由ない身体でミッキーといっぱい写真撮れるよ。アトラクションだって乗り放題だよ。
絶対楽しいって!
またディズニーの事、好きになれるって!
先生が保障するよ、絶対。
美唄労災病院。
非常に働きやすく、そして働き甲斐のある病院でした。
元は炭鉱で発展したこの町の病院には、今でも「脊損病棟」と言うものが存在し、坑道の落盤事故で脊髄に損傷を受け、下半身だけでなく首から下が不随になってしまった患者さんが大勢入院しています。
車椅子の時間が長かったり、ベッドに臥床したは良いものの寝返りが打てず、お尻や背中に床ずれが出来てしまっている患者さんが自分達の担当でした。
患者さん方は自分で動く事も儘なら無いので、ベッドと車椅子間の移動にも援助を必要とします。
体重が100kgもあろうかと思うような患者さんを40kgも無い様な小さな看護婦さんが担ぎ上げて移動のお手伝いをしている情景は頭が下がります。お風呂に入れるのも看護婦さんの仕事。外は真冬であるにも関わらず汗だくになって患者さんを湯船に入れたり、身体を洗ってあげる彼女達は既に看護婦の領域を超えた存在と言えましょう。
病棟回診の際、回診台(ガーゼや軟膏、テープなどガーゼ交換に必要なものが揃っている台車)と一緒に部屋から部屋へ移動するのですが、この回診台を押すのは看護婦さんの仕事。医者は悠々と手ぶらで歩きます。
ただ、一つ言わせていただきたいのは、何も自分達が偉ぶっている訳ではありません。
ある日、看護婦さんが忙しそうに走り回っていたので一人でガーゼ交換をしようかと回診台に手を伸ばしたところ、
「先生!触っちゃダメ!」
と、50cm定規をこちらに向けた婦長から怒られました。
「先生は色んな患者さんの傷を触っているでしょう。もちろんその度毎に手を洗っているけど、完全に消毒された保証は無いんです。もし消毒し切れていない手でその台に触ったら、ガーゼや器械が全部汚染されてしまう危険があるんです。その汚染された器械で違う患者さんを処置したら、どうなると思っているんですか!」
「は、はい、すみません...。」
「先生、誰のガーゼ交換したいんですか?今、付ける子探します。」
何というプロフェッショナル意識。
可能な限り感染の危険性を押さえ込むために、自分達の仕事を割り切り徹底されているのです。その為には看護婦が医者を叱り飛ばす事も厭わないし、医者も反論できません。
仕事中に呼ばれ、自分に付ついた看護婦も不平一つ言いませんでした。
「先生!待った?ごめんね、行こう!」
「ハイ、こちらこそ、お願いします。」
婦長さんから離れたところで、その看護婦がそっと囁きました。
「先生はさ、不潔なんだよ。けどさ、手袋しないで素手で患者さんに触ってあげてくれるって、あたし達としても嬉しいんだよね。これからもどんどん素手で触ってあげてね、あたしらが手伝うからさ。ちなみにね、先生、評判いいよ。けどさ、患者さん達もさぁ、感覚無いはずなのに、何で手袋か素手かが解るのかなぁ。」
今では院内感染の徹底予防という名目で、患者さんの処置に際しては手袋の着用がほぼ義務付けられています。ただ、やはり人肌の温もりが相手に対し与える安心感は何物にも変えられないのでしょう。
10歳以上離れた新人看護婦に言われるまで意識することなく行なってきた自分のやり方は現代では間違った方法なのでしょう。ただ、「手当て」という言葉があるように、患部に手を当ててあげる事が診療行為の基本であり、肌と肌の間にラテックスの生地が挟まっているのは何ともしっくりしないのであります。
ここ最近、地方の病院のみならず比較的中央に近い病院での医師大量辞職の報道を耳にします。
「一斉辞職」と言う事態に至るまで、あらゆる問題があった末に出された一つの結論だと考えますが、皆さんはどのようにお考えでしょうか。
過去、色々な病院に勤務し、その度ごとに違う待遇を経験してきました。
中には非常に医師が優遇されている病院もありましたが、また一方では非常に過酷な労働条件下での勤務を余儀なくされた病院もあります。
全ての事件がこれによるものである訳ではありませんが、現実に存在する一つの決して小さく無い原因に関しお話させて頂きたいと思います。
既に5年以上前ですが、自分が某総合病院に勤務していた頃です。
その病院の形成外科医長は自分が尊敬し、是非教えを請いたい先生が就任されていました。診療は月曜から金曜日、土曜と日曜は休診日ですが入院患者さんがいますから当然自分は出勤してガーゼ交換やカルテ記載を行ないます。尊敬している先生にはお休みいただいて、格下の自分が休日出勤することに何の抵抗もありませんでした。休日に顔を見せれば患者さんも喜んでくれますし、当然との思いもありました。
ただ、この病院、給料が異常に安いのです。
勤務時間は朝9時から夕方の5時まで。患者さんの様態に変化があったり手術が長引けばもちろん時間通りに帰る事はできません。帰りが夜の8時9時になる事は日常茶飯事。このペースで月曜から金曜まで。土曜と日曜日はガーゼ交換と患者さんの診察をかねて朝9時頃から12時頃まで。深夜呼び出しアリ。休日呼び出しアリ。呼ばれたら30分以内に到着せねばならず、このため休日でも遠出は不可。
お給料は、手取りで15万円前後。年収180万円。
通勤手当無し、休日出勤手当無し、時間外手当無し、冬季暖房手当無し、出張手当無し、ボーナス無し。更に毎月の医局費の請求あり。
別にお金が欲しくて働いている訳ではありませんが、せめて生活できるくらいのお給料は頂きたい。
院長を交えた会議で何回もこの問題に関して討議が交わされました。
濃厚な先端医療を患者さんに与える立場の人間が、満足に学会に参加することも出来ない。本も買えない。どのようにして知識と技術を習得しろと言うのか、この給料では勉強するどころか日々の生活さえも満足に送る事が出来ない。
こういった意見が出るたびに経営陣の応えはお定まり
「お金が無いんです。診療報酬改定が云々...、施設拡張工事に要したお金が云々...、施設の維持やメンテナンスに掛かる費用が云々...。」
何故無いのか、ベッド占有率は基準を満たし、患者さんも外来にあふれている。手術もコンスタントに行なわれており、患者数の減少は数値上認められない。他の病院ではもっと空いていたのにここの倍以上の給料を貰っていた。他の病院に出来て何故ここで出来ないのか。喧々諤々。
結局自分は最後の月もお給料は15万円でした。もちろん退職金なんかありません。ただし、最後まで患者さんの処置は手を抜かなかったつもりです。患者さんには何の責任もありませんから。
何も給料を月に100万円のところ200万円に上げろと言っている訳じゃない。生活できるくらいの給料を貰いたいだけだ。さすがに月15万円では生活できず、参加したい学会を諦め、買いたい本を諦め、飲み会を諦め、旅行を諦め、バイトの当直を月に何回もこなします。当直先が忙しかった日には殆んど寝れず、睡眠不足のまま翌日の通常業務をこなさなくてはなりません。注意力と集中力の維持が極めて困難です。
けど、やるっきゃない。だって生活できないんですもの。3人目を身篭った母ちゃんと二人のガキがお腹を空かせて待っているんですもの。
自分がこの環境に身を置いていたのはホンの1年間でしたので、何とか勤めきる事ができました。良い上司と良い同僚に恵まれた事が大きかったと思います。ただ、今現在も同じ環境で働き続けている医師がいます。
何年にもわたり何回も同じ議論を交わし、現在自らが置かれている状況を訴え続けたにも関わらず、何ら環境が改善することなく経過し続けたら、モチベーションを維持する事は困難です。
患者さんの生活や命を救うのはもちろん大事。その為に選んだ仕事な訳ですから。ただ、僕達も家族を持った人間です。家族も守らなくてはならない。その為にはお金も必要なんです。贅沢したい訳じゃない。
ボランティア精神だけでは乗り切れない現実は確実に存在するんです。
医師が待遇改善の要求をする事は、おかしいですか?
痛みを伴う病気は色々あります。
例えばくも膜下出血の場合は
「バットで頭を殴られたよう」(殴られた事あるんかい!?)
例えば心筋梗塞発作の場合は
「心臓を鷲摑みされたよう」(摑まれた事あるんかい!?)
例えば胸部大動脈瘤解離の場合は
「背中に焼け火箸を刺されたよう」(刺された事あるんかい!?)
思わず突っ込みたくなるような表現ですが、それだけ通常では考えられないような物凄い痛みであることが伺えます。
今挙げたのは一瞬で命を失ってしまうような重病ですが、このほかにも3大疼痛疾病と言われる物があります。
「膵炎」、「胆石」、「尿管結石」
また、痛風やリウマチなども強い痛みを伴いますし、肋骨骨折や鎖骨骨折、ぎっくり腰もかなり痛い。足の小指をタンスの角にぶつけるのもかなり痛い。爪の中に棘が(以下略)
つい先日、何回目かの尿管結石をやってしまいました。
早朝より背中に鈍痛が出始め、徐々に増強。我慢できなくなって来る頃にはその痛みは脇腹から下腹部にかけて拡がっています。
尿を作っている腎臓の中で尿酸が結晶化し、これが尿管内に落ちると狭い所で引っかかります。詰まったところより下に尿が流れないにも関わらず腎臓はお構いなしに尿を作り続けるので、尿の渋滞が発生し尿管が膨れ上がり、腎臓も腫れ始めるのです。これが痛い。
わかりやすく表現すると、エイリアンかスピーシーズが背中から飛び出して来るんじゃないかと思うくらい、パンって背中が破裂するんじゃないかと思うくらい痛い。
あまりに痛みに吐き気が出現し、目の前が暗くなり、呼吸も浅く速くなります。
石が膀胱まで落ちてしまえば途端にスーっと楽になるのですが、途中何回も流れては引っかかり、流れては引っかかりしながら落ちていくので、楽になった数分後には地獄の苦しみがまた始まる、の繰り返し。
元気のあるうちは水の入ったペットボトルを抱えて、飲みながら階段を降り続け、石を少しでも早く下に落とそうとするのですが、痛みがピークに達すると動く事も儘なりません。
救急病院に飛び込み、痛み止めを使っても抑えられず、とうとう麻薬性の鎮痛剤を使用するに至った事もありました。
初めてこの発作に見舞われたのは医学部6年生の初夏。最初は我慢していたものの、とうとう身体を起こす事も出来なくなり友達にSOSを送りました。玄関の鍵を開けたところまでは憶えているのですが、その後の記憶が曖昧。遠い記憶の中でその友達が飛び込んできて、救命センターと電話のやり取りをし、救急車を依頼しているのを薄らボンヤリ記憶しています。
「武藤!今救急車呼んだからな!もうちょっと頑張れよ!」
遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた頃、幸か不幸か痛みがス~っと消えてきました。石が落ちきったようです。
『アリャ、楽になっちゃった。』
しかし既に救急隊員はストレッチャーを持って玄関先まで来ており、
「もう大丈夫です。」とは言えない状態。
とりあえず、まだ痛いフリをして救急車に乗り込み、センター到着。
後ろのドアが開いた瞬間、そこにはよ~~~~く知っている先輩達。
「武藤!石だって?」
「子宮外妊娠じゃねぇの?」
「いや、癌だよ、癌。」
懇意にしている先輩方なだけに、問診にも容赦がありません。
レントゲン上で石は確認されなかったのですが尿検査で血尿3+、背部叩打痛3+、これだけで尿管結石と診断が付きました。
「ま、石も落ちちゃったようだからもう大丈夫だろ。薬はいらねぇだろ。ビールの2,3本も呑んどけや、あ、マイクは渡すなよ。」
一見無茶苦茶言っているようですが、実はこれ非常に合理的かつ的確な指導です。適度のアルコールは新陳代謝を活発にし、更にビールは利尿作用を高めるので腎臓の中に残っている石の欠片を小さいうちに押し流す作用を期待できます。またマイクを持たせないというのは、興奮して汗をかくことで脱水となり、血液中の尿酸濃度を高め、再結晶化を促進する恐れがあります。
「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」ではありませんが、もちろんその日の夜は駆けつけてくれた友人に労をねぎらう意味も含め、馴染みの居酒屋でビールを3本呑ませて頂きました。もちろん、医師の指示ですから。
晩御飯が食べられない日も珍しく無かった頃、
常にお腹を減らし、体重も今より確実に8k以上痩せていた頃、
食事に対する執着は何故か薄くなっていきます。
しかし、食べなくては力が出ません。頭も回りません。
「食べられれば何でもいい」とか
「とりあえず速攻で腹の膨れるもの」
「冷めていても食べられるもの」
冷えて硬くなったカツ丼を眠りながら食べる先輩もいました。
産科病棟に唯一置いてあるプリンの自販機から10個くらい買って夕飯代わりにする事も日常茶飯事。
既に"食事"ではなく"摂食行動"になってしまいます。
ただ、時にはバイト代がしこたま入った先輩がご飯を奢ってくれます。
「なぁ、何か食いたい物買って来い。金は出してやるから。」
「先輩!マジッすか?」
「おう、何でもいいぞ。鮨か?鰻か?」
「ビッグマックが食べたいんですけど...。」
「あ!? そんなモンでいいの?」
「最近マックの営業時間内に帰れて無いんですよ。」
「わかった、わかった。じゃあ、金渡すから買って来い。」
「あたし行ってきます!」
「そお?悪いね。じゃあ、ビッグマック3つと、ポテトLは5個と...。」
「俺、ストロベリーシェイクも!」
「俺はナゲットね。ソースはバーベキューで。」
「病棟の看護婦さんの分も適当に買ってきてやれよ。」
「は~い!」
「買って来ましたぁ!これ、おつりです。」
「おお、サンキュ。凄い荷物になっちゃったね。」
「でもドライブスルーで買ってきたんで大丈夫です。」
「なるほどね、頭いいなお前。」
「あれ、お前、車持ってた?」
「いえ、持ってませんよ。」
「免許は?」
「持ってません。」
「友達と一緒に行ってきたの?」
「いえ、一人で行ってきましたぁ。」
「免許持って無いお前がどうやってドライブスルーできたの?」
「タクシーで。」
「は?」
「運転手さんにポテト1袋あげたら喜んでました。」
「・・・・・・・・。」
「あ、タクシー代の領収書です。」
「いらねぇよ!」
こんな彼女も風の噂では今は某病院の外科部長だそうです。
Doctor Harassment -ドクターハラスメント-
医師による患者への嫌がらせの事を揶揄する造語。
ここで言う嫌がらせは看護師を含む医療従事者の患者に対する暴言、行動、態度、雰囲気を含むものである。悪意・合理的理由の有無を問わず、患者が不快に感じればドクターハラスメントである。ドクターハラスメントは患者を無力化させ、孤立させる為、時には心的外傷後ストレス障害(PTSD)に繋がる事もある。
(Wikipedia)
美容外科を生業としている自分には常に直面する問題です。
ちょっとした表現で相手に不快な印象を与えてしまう、と言う危険が常に存在するのです。こちらの意図した発言とかけ離れた所にこそ、その危険性はひっそりと隠れているのです。
初診の患者さんには慎重に言葉を選ぶので危険性は低いのですが、常連の患者さん程ちょっとした油断から危険性は跳ね上がるのです。
ただ、危なっかしいキャラを持ってしまっている自分、周りをヒヤヒヤさせる事が少なくありません。
現在、本業の他に某NPO団体の社長に依頼され、高齢者グループホームの訪問診療を月に2回の割合で行なっているのですが、1年近くになると患者さんとの関係も友達感覚になってしまい、危険な発言が本人の意識とは裏腹に出てしまうのです。
「○○さん、今日は顔色いいねぇ。顔は悪いけど。」
「何言ってんだよ。俺の若い頃は先生より良い男だったんだから!」
「若い頃って、マンモスの毛皮着てこん棒担いでた頃かい?」
「そんな昔じゃねぇよ!映画俳優みたいだって言われてたんだよ!」
「あぁ、あれだ。口から放射能を吐いて、ビル壊しまくる奴だ!」
「先生!ゴジラは俳優じゃありません!」
看護婦さんは後ろでヒヤヒヤしながら聞いています。
なんせ後から問題となってしまっては病院の信用に関わりますから。
次のお部屋に行く途中に看護婦に言われます。
「先生、困ります。患者さんが怒っちゃったらどうするんですか!?」
「ごめんごめん、つい調子に乗りすぎた。次から気をつける。」
「お願いしますよ。」
「△△さん、おはようございます。お元気そうですね。」
「先生も相変らずお元気そうで。」
「はい、若いですから。」
ズゴッ(後ろから看護婦に小突かれる音)
「え~っと、前回の血液検査の結果ですけどね、コレステロール良し、腎臓良し、電解質良し、肝臓良し、血糖値良し、貧血も無し、うん、どれも良いですね。悪いのは性格くらいかな。」
「先生(怒)!!!!」
幸か不幸かおかげさまで、今まで問題になったことはありません。
一応これでもね、気は使っているんです。
1、話しかける時は必ずしゃがんで目線を患者さんより低くする事。
2、肩とか膝あたりに手を置いて、耳の近くでお話しする事。
3、常に笑顔でいる事。
4、診察中に最低1回は笑わせる事。
どれも当たり前といっては当たり前ですが、3番が特に難しい。しかし、これを徹底する事でお互いに何でも言い合える、良い意味で遠慮の無い関係を築く事ができると思いますし、くだらない会話のくだらない一節から病気の前兆サインを掴む事も出来るのです。
さて、次はどんな内容で爺ちゃん婆ちゃんをからかってやろうかしら。
学生の頃、授業中に聞いた言葉の中で印象深かったもの。
「患者さんには決して嘘を言ってはいけません。ただし、必ずしも全てを正直に話してもいけません。」
これは決して医療ミスを隠蔽する事を目的とした言葉ではなく、必要以上に患者さんに動揺や不安を与えてはいけない、と言う意味です。
現実的には悲観的な状況にあっても、患者さん本人や家族に「大丈夫!」「あと少し頑張りましょう!」と声を掛けてあげる事で、良い意味で予想し得なかった結果を挙げる事もあるのです。
ただ、あくまでもキャラの問題ですが、この真意がずれた状態で受け取っている自分がいます。
救命センターICUでの出来事。
昨日に開頭手術が行なわれた患者さん、術後1日経過している段階で一応データは安定しているのですが、何故か気になる。
どこがどうって指摘できないけど、何か腑に落ちない。
そんな時は、迷わずCT検査へGo!
CTは脳外科医の聴診器。使うことに何の気兼ねもありません。
何も無ければそれで良し。何かあった時の方が一大事。
自分の勘を信じて、CT室に連絡を取り、看護婦に検査の旨を伝えます。
検査上、画像に明らかな異常所見もなく、ちょっと安心。
自分の思い過ごしだったようです。
ICUに戻り、カルテに結果を記載し、看護婦にも検査所見を伝えます。
この時、担当の看護婦が聞きに来ました。
「先生、何でCTを撮りに行ったんですか?」
「あぁ、顔に死相が浮き出てたから。」
「死相ですか...(メモを書き書き)。」
「わ~!バカバカ!冗談!マジで記録するなよ!」
「え?嘘だったんですか?」
「当たり前だろ!普通、冗談ってわかるだろ!」
「先生、嘘つきですね。」
「いや、嘘って言うかさぁ、冗談でしょ。」
危うくスピリチュアルなDr.になっちゃう所でした。
手術室での出来事。
くも膜下出血の手術も終わりに近づき、みんながリラックスし始める頃、看護婦さんから手術名を聞かれます。
通常であれば"開頭クリッピング術"と"硬膜形成術"、あとは"脳室ドレナージ術"が加算されます。
初めての手術である訳でなく、手術中ずっと立ち会っていた看護婦には解り切っている事ですが、確認は必要です。
「先生、手術名お願いします。」
「え~っとね、"子宮内容除去術"で。」
「はい。」
あれ?何も突っ込まれなかったけど、わかってるよね。
まさか、本気で書いてないよね。
そのまま医療事務科に請求まわしたりしないよね。
2日後、医局長にガッツリ怒られました。
「バカ野郎!何であんな手術名言ったんだ!?」
「だって先生、どう考えたって冗談ってわかるじゃないですか。」
「うん、わかる。」
「紛らわしい名前ならまだしも、全く違うじゃないですか。」
「うん、ちがう。」
「悪いのって、俺だけですか?」
「いや、お前だけじゃない。けど、もうやるなよ。」
「は~~~~い。」
いやぁ、冗談って難しい...。
スーパーローテイト中、整形外科の上司の放った言葉です。
名言至極
手術は小さい物であれば執刀医と機械出しの看護婦さんの2人、大掛かりな手術になると執刀医の他に第1助手、第2助手、機械出し、外回り、麻酔科医の6~7人で行なわれます。このチームの息が合うと、手術は非常にスムースに進み、疲れません。まさにオーケストラで、執刀医はさしずめコンダクターと言ったところでしょうか。
コンダクターが上手く指揮を取らないと、演奏(手術)はグチャグチャです。通常よりも倍の時間がかかり、終わったあとはぐったり疲れます。
第一助手は執刀医のリズムが常に安定するように気を使わなくてはなりません。彼が今何を考えているのか、どうして欲しいのか、次は何をしようとしているのか、敏感に感じ取って先回りした操作を行なうのです。それでも順調に事が進まず、執刀医がイライラしだしたら...。
執刀医よりも先に怒るんです。
大抵の犠牲者は第2助手か機械出しの看護婦さん。
「違うだろ!」
「モスキートペアン!早く!」
「そこ、ちゃんと血拭いて!」
「吸引!」
「しっかり押さえて!」
大抵、彼らはそんなに悪くありません。けど、怒ろうとしていた矢先に違う人間が怒っちゃうとむしろ冷静になっちゃうんですよね。
「まぁまぁ、そんなに怒らなくていいから...」
なんて言葉が執刀医から出れば大成功。リズムは戻ります。
全てのDr.にこの手段が通じる訳ではありません。中にはどうしても執刀医と自分との波長が合わず、サポートすべき立場の第一助手が執刀医をイライラさせてしまう事もあります。そんな時には甘んじて"怒りの波動砲"を真っ向から受け止めなくてはなりません。
「とにかく早く手術を終わらせなくっちゃ」
そんな事を考えながら、ひたすら耐えるのです。
手術を受けられている患者さんの為にも、逆切れしてはいけません。
術後、可哀想な犠牲者には後からいくらでもフォローができます。
「さっきは怒鳴って済まんかった、ごめんな。」
「先生、わかってますよ。むしろナイスタイミングでした。」
「あ、やっぱりわかってた?」
「先生よりもあたし達の方が付き合い長いんですよ。解りますって!」
「今夜呑みに行こ。ビール奢るわ。」
「やったぁ!ラッキー!他の子も誘っていい?」
「二人までな。じゃ、8時につぼ八で。」
「え~~~!?つぼ八ぃ?」
「あ、○○チャン(お気に入りの看護婦)も誘ってね。」
「狙いはそっちかよ!」
"阿吽の呼吸"や"アイコンタクト"を共有できる仲間がいれば、これに勝る財産はありません。酒の席で日ごろの鬱憤を聞き、忠告を真摯に受け止め、看護婦サイドからの情報収集に努め、次の手術の時には全員が120%の力で演奏ができるように根回し。
決して不純な動機で看護婦さんを呑みに誘っている訳では無いのです。
ま、正直100%ではありませんでしたが...(独身の頃の話ですよ!)。
ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、我が家は皆温泉が大好きです。広いお風呂で身体を思いっきり伸ばし、水道水とは確実に違うお湯に身を包み、「あ゛~~~~」っと溜息とも付かない声を漏らしながら湯船に身を横たえている時は『至福』以外の言葉が見つかりません。
中でも露天風呂、更にこれが家族風呂だったりした日にはボルテージは最高潮。周りのお客さんに気兼ねすることなく、裸で子供達と遊べる訳ですから。
お気に入りの温泉は静内の「レコードの湯」
春になると二十間道路の桜を見た帰りに一風呂浴びていくのが我が家の恒例行事です。
入湯料と家族風呂使用料を払った後、従業員に見つからないように子供用のジュースと自分用のビール、更にはオツマミなんかも持ち込んじゃいます。
数年前、仕事上のストレスで身体が、と言うよりは精神的に疲れることの多かった春。つまらない事にイライラしたり、深く考え過ぎて余計に事態を複雑化してしまうネガティブスパイラル。そんな時期に無理やり休みを作って行って参りました。
ザブッと湯に浸かり、冷えた"一番絞り"をググ~っと喉に流し込み、貝ひもの燻製をお湯に濡れないように袋から取り出し、頬張りながら
「いい天気やなぁ~」
「パパ、ジュース空けて」
「ウチ(次男坊は自分の事をウチと呼びます)も食べていい?」
「口の中でいつまで噛まないでいられるか、競争しようよ!」
「あ、○○(長男)がお風呂に貝ひもの袋ごと落とした!」
「ばか!周りのお湯捨てろ!」
「ばかって言っちゃいけないんだよぉ!」
「いいから、早く!」
「あ~あ、せっかくの燻製がお湯で戻されちゃって...。」
一事が万事こんな感じ。
周りに他のお客さんがいたら、とてもじゃないけどゆっくりできません。
でも、これが家族風呂の醍醐味なのです。
さて、そろそろあがりますか。
「◎◎ちゃん(長女)、やっぱり温泉は気持ちいいねぇ。これで明日からまたパパは仕事頑張れるよ。」
「そんなに頑張らなくていいよ。」
「え!?」
当時は「頑張ってよ」「頼みますよ」と周囲から毎日のように言われ、自分でも「頑張らなきゃ」「俺がやらなきゃ」と追い込まれる毎日。
毎晩疲れた顔で帰宅する自分を子供ながらに感じていたのでしょうか。
予想外の言葉に、不覚にも涙がピュッと飛び出てしまいました。
急いで顔を洗って誤魔化したけど、ばれてたんだろうなぁ。
一日の仕事が終わり、気の合う仲間と帰りに一杯。
最高のリラックスタイムでございます。
脳外科の時は一日24時間体制で呑みに行く事も儘ならない毎日でしたが、救命救急の時は完全2交代制。勤務終了後に呼び出されることは殆んど無く、先輩・後輩、看護婦さん達と連れ立って呑みに行くのが日課でした。
日勤帯の時は良いんです。帰りは21時とか22時ですから。問題は夜勤明け。朝9時に勤務終了。既に太陽は高く上り、一般の方々は仕事に取り掛かろうとしている時間帯。そんな時間にやっている居酒屋なんかあるわけも無く、けど一杯呑みたい時、どうする?
正解は、ファミレス。
周りのお客さんがモーニングセットやコーヒーを注文する中、ドヤドヤと5~6人の男女が集団で入店。よれよれのシャツ、髪の毛ボサボサ、眼の下にはクマ、女の子はスッピン。
注文は「生中ジョッキ5つとぉ、ポパイのサラダとぉ、唐揚げとぉ、フライドポテトとぉ、あ、ソーセージ盛り合わせも!」
思いっきり居酒屋メニュー。みんな当然徹夜明け。疲れてもいる。
そんな中で呑むビールは夜に呑むよりピッチ早いかも。
話す内容は最初のうちは同僚や後輩の勤務中の不適切と思われる言動の指摘や、救命処置中に実際に行なわれた手技のコツ。
10分もすれば酔いが回り始めて、彼氏彼女の話や最近の車の事。
「すみませ~ん!中ジョッキ5つ追加!あと、バニラアイス3つ!」
「酒飲みながらアイス食うなよ!」
「食べたいんだから別にいいでしょ!」
「だからって一人で3つ食うことねぇじゃねぇか!」
「うるっさいわねぇ、前の彼と一緒!」
「そんなこったから別れるんだよ!」
「あたしから別れてやったのよ!」
「もしも~し、他の客さんも居るんですよぉ~」
医者・看護婦に関係なく、男と女というよりはむしろ同僚で戦友。
仕事を離れればお互いに遠慮はありません。
「何か、日本酒呑みたくね?」
「お前んち、ぽん酒ある?」
「じゃ、ウチで続きやるか?」
「じゃ、俺つまみ買っていくわ。夜勤無いし」
「あたしも行きたい~。けど先生の部屋って汚いんだよなぁ…」
「ご来店、お断りさせていただきます。」
「ちょっと待て!行った事あるのか!」
11時頃にはほぼ全員がペロッペロの酔っ払い。店を出る時の太陽の眩しいこと。その日も引き続き夜勤の人間は自宅に帰り、シャワーを浴び、「いいとも」のオープニングと共に床に付くのです。
いつも使っていたのは小田急線 愛甲石田駅前の“Jonathan”でした。
なぜかって?
ここの館内電話の音が救命蘇生室のホットラインと一緒なんです。
初めて来た奴はいい気持ちになってきた頃に電話の音を聞いただけでビクッと酔いが吹き飛びます。それを見て周囲の人間が「バーカ、バーカ!」と爆笑。こんな他愛も無い事が楽しい時代でありました。
今ではちょっと大きな病院になると外国語に対応できるように通訳さんが常駐されていらっしゃいます。英語はもちろん、韓国語や中国語、フランス語、スペイン語など、中には手話の通訳さんもいらして耳の不自由な方の診療にも大きな力になってくれています。
そんな体制が整うことの無かった10年以上前、救命センターに勤務している頃、救急車からホットラインが鳴りました。
「患者さんは30代、男性、お腹を痛がっています。Vitalは…」
「わかりました。あとどれくらいで到着ですか?」
「5分くらいで着けると思います。」
「わかりました。気をつけていらして下さい。」
「あ、ちょっと患者さんに問題がありまして…」
「は?」
「実はポルトガル人らしくて日本語が全く通じません。」
「え~~~~~~~!」
「では、よろしくお願いします。」
救急隊きったねぇ~!最初にポルトガル人って言ったら受け入れ渋ると思って最後に報告しやがった!
おいおい、誰かポルトガル語わかる奴いない?
「先生!たしか『ランドセル』ってポルトガル語だったと思います。」
「へ~、よく知ってんなって、バカ!意味ねぇジャン!」
「先生!次は中国人が救急車で来ます!日本語通じません!」
「中国語喋れる奴いねぇ?」
「あ、このまえ実習に来ていた子に中国の留学生がいました!」
「速攻でつれて来い!」
「ホイコーローって…」
「バカ!お前喋るな!」
ポルトガル人の患者さんが到着してからもう大変。
カルテを作ろうにも名前もわからない。喋っているのが本当に名前なのか症状なのかの鑑別さえもできない。身分証明書なし。
もう、「底抜け脱線ゲーム(古い?)」ばりのジェスチャー大会です。
あなたの(相手を指差し)名前(自分の名札を指差し)は?(両手のひらを上に向け肩をすくめる)
誕生日(カレンダーを見せ、赤ちゃんの鳴きまね)は?(両手のひらを…)
仕事(スコップで穴を掘るまね)は?(両手のひらを…)
お腹の痛いポルトガル人、頭の周りに“?”が100個くらい浮いてます。
「そんなんじゃ通じねぇよ」って言った研修医に選手交代。
やっぱり通じず。紙に書かせても意味不明。まず第一に読めない。
結局は古参の医療事務員さんが倉庫の奥から埃を被った外国人患者対応マニュアルを見つけ出して何とかなりました。
情報収集している時はみんな必死でしたが、あとから冷静になるといい年した複数の大人が一人の外国人の周りで皆で何回も両手のひらを上に向けて肩をすくめるポーズをしているのは異様としか言いようがありません。アホの集団です。ただこの時からアホ同志で連帯感が芽生え、暫くは救命センターでこのポーズが流行しました。僕もその中の一人です。
平成16年より国家試験に合格した医師は最初の2年間、複数の科を研修する事が厚生労働省より取り決められました。
例えば外科を志望した人間の場合は、就任直後より本来の医局のみに専従するのではなく、他の科(内科や放射線科など)を研修しなくてはならないのです。またこの間は上級指導医の指示なくして単独での診療ができず、当直などのアルバイトもできません。
このスーパーローテイト制度、現場では非常に不評です。
せっかく医者になったのに、やっと慣れてきたと思ったら次の科に移動しなくてはならず、診療科としてはなかなか戦力にならない。指導医としては常に教え続けなくてはならず負担が減らない。本来の科ではない為研修にやってきた研修医も本腰が入らず教え甲斐が無い。専門医に成る為の経験や症例を稼げない。などネットの掲示板には書かれ放題です。
自分は94年に国家試験に合格し、脳神経外科に入局しましたが既に東海大学はスーパーローテイト制度を導入しており、自分の医者修行は脳外ではなく麻酔科から始まりました。その後も整形外科、小児外科、放射線診療科、救命センター、地域医療と3ヶ月ずつ研修し、卒後3年目でようやく「脳神経外科」と印刷された名札を手に入れたのです。
このスーパーローテイト制度、自分としては「やってよかった」と思っています。専門分野のみに囚われることなく関連した周辺の知識や経験を身につける事ができ、更にはあらゆる科のDr.と友達になる事ができました。単に仲良くなるだけでなくそのネットワークを広め、治療のコツや要領を得た診療依頼を出すツボを伝授してもらえるのです。
まだペーペーの新人の頃、バイトで外病院の当直をしていた時の事です。看護婦さんが患者さんからの診療依頼の電話を受けていました。聞き耳を立てていると喘息の患者さんだけど、今日の当直は脳外科の先生だから診れません、と断ろうとしています。
「ちょっと待った~! 診れるよ、俺。」
「え~~~! だって先生、脳外科でしょ!?」
「脳外科だけど診れるの! それより喘息の患者さん断んないで!」
喘息と言うものをなめちゃいけません。最初は小さな発作でも重積すると死につながります。こまめに聴診して、点滴しながら吸入を行い程なくして症状が改善して患者さんは帰宅しました。
救急の経験と呼吸器内科の友達に聞いていた知識が役立ちました。
そろそろ寝ようかな、と思っていた矢先にまた違う患者さんからの診療依頼が来ました。どうやら転んで肩を脱臼したようです。
「今日は当直が脳外の先生なので…」
「ちょっと待った~! 脱臼診れるよ、俺。」
「え~~~! だって先生、脳外科でしょ!」
「脳外科だけど診れるの! 患者さん来るように言って!」
脱臼は時間がたつと筋肉が硬直して戻りづらくなります。診察上、骨折は無い様子。脱臼した方の腕に錘を括り付けて脱力した状態でぶら下げているうちにポコン!と戻りました。湿布と痛み止めと三角巾、そして翌朝早めに整形外科を受診するよう指導して紹介状とともにお帰り頂きました。
ここでは救急と整形外科の経験が役立ったのです。
「先生、何でも診れるのねぇ。ところで妊婦さんがお腹が張ってるって言う電話が来てるんだけど受けて良い?」
「そっち系はダメ。専門機関を受けるように指導してください。」
いくらなんでも全ての科を網羅している訳ではありません。最初から経験の無いものはお断りさせていただく。できそうだと思ったら診る。実際に見て困難だと思ったら適切な処置をした上で直ぐに専門機関に依頼する。ただそれだけの事です。何よりも患者さんが断られて、また始めから病院を探す手間が省けるではありませんか。
この経験は美容形成外科医を標榜している今も思わぬところで役立っています。
医学を発展させる上で専門家を育成するのは大事だと思います。ただ、その前に一人の医者であるのも事実。専門外であってもある程度は診療できるに越した事はありません。指導医の先生方が大変なのは解りますが、いずれは彼らが指導医となって後輩を導いてくれるはずです。目先に拘らないで長い目で未来ある新人を指導していただきたいと思います。科は違っても同じ医者なんですから。