札幌中央形成外科 院長
40歳、男性。
札幌生まれ、札幌育ち
ブラックジャックに影響を受け医師の道を志す。
関東の大学の医学部を卒業した後、一時は脳神経外科医を目指すが
生まれた娘の可愛さに負けて帰札。
道内の大学で形成外科を学びなおし、4年前から美容外科クリニックの2代目として走行中。
はてさて、突然の思いつきではじめられたこの企画、
「Project la vie」
一部では「コラナビ」と「ラビオリ」は似ていないとの御意見もあるようですが無視、無視。
さあ、いよいよ大詰めになってまいりました。
断わっておきますが、けっして食材で遊んでいる訳ではありません。
創刊100号を迎えた「コラナビ北海道」を自分なりの形で祝福しているのです。
さてさてminiクボシェフ、コツを掴んだのかスピードも上がってまいりました。

ただ、100個作るのは無謀だったようで
皮に包まれる前に彼の口の中に運ばれる頻度も上がってまいりました。
とりあえず包み揚げた作品はコチラ

形の不揃いはご愛敬。

揚げてみた。
表面から透けて見える具がおどろおどろしい。
~試食編~

シェフ自ら御試食。

予想に反してちょっと複雑...。
実際に食べてみれば、
何だ、意外に美味しいじゃん!
チーズが熱にとろけて、柔らかくなってるし...、
柔らかいのにカッテージチーズ...。
...。
隣でカミサンもムシャムシャ食べながら論評。
「やっぱりマヨネーズ入れた方がおいしいね。」
「ああ、これはケチャップだわ。」
「ディップと一緒に出した方がいいんじゃない?」
「カニマヨは単体だと弱いなぁ。」
最後に極めつけの一言。
「あのさ、これラビオリじゃなくて、サモサって言うんだわ。」
...。
聞かなかった事にしましょう。
ああ~~~~!しまった!
今週が100号だったんだ!
6月4日、コラナビ北海道のサイトを開いた瞬間、真っ先に目に飛び込んできたのは編集人・今日のコラムの「ありがとう、第100号です」のタイトル。
やっちまったぁ...。
記念すべき100号にはそれなりの記事を書くつもりでいたのに
コロッと忘れてた。
今さら「おめでとうございます」的な記事を書いてもなぁ...。
けど、何か書きたいよなぁ...。
コラナビ、コラ...ビ、...ラ...ビ、ラビ...リ、ラビオリ、ラビオリ!
「コラナビ」と「ラビオリ」って何か似てない?
(反論の受付期間は終了いたしました。)
決定!
100号記念コラム記事は北海道食材を用いたラビオリ100個!
まさに「ラビオリ北海道 100!」
シェフはモチロンこの方、miniクボ君。

久々の登場です。
さて、具材はどうしよう。
北海道らしく、それでいて身近で庶民的(つまり安価)な物...。
時期的にいえばアスパラか。
カニは具としては淡白過ぎるからミソを合わせるか。
そういえばコラナビの創刊した頃、ナガイさんがお好み焼きでやってたな。
ひも解けば、おおっ!行者ニンニク!いただき!
いや、待て待て。
こちとら美容外科医のはしくれ、何かお肌に良い具材はないか。
コラーゲン...、却下。
ビタミンC...、熱に弱いからダメ。
CoQ10...、お、これならいいぞ。
CoQ10の豊富な食材と言ったら...、イワシか。
よし、オイルサーディンを使おう!アレ好きだし。
醤油とニンニクを絡めれば立派なオツマミになりそうじゃん。
北海道とはあんまり関係ないけど...。
かくして半ば無理やり立ち上げられた「Project la vie」(何となく格好いいでしょ)は順調な立ち上がりを見せました。
~買い出し編~
Miniクボシェフを引き連れ、近所のスーパーへ。
え~っと、まず買うものは...、
春巻きの皮でしょ、
オイルサーディンでしょ、
アスパラでしょ、
カニは...、缶詰でいいか。
行者ニンニクは...、無いな。
あれ?ウチにニンニクあったかな、一応買っとこ。
コラコラ!カゴの中にグミを入れるんじゃない!
ほねほねザウルスは先週買ったでしょ!
だぁぁぁぁ!おしゃぶり昆布は...、許可する。
なんか肉っぽい物も欲しいよね。
ラム肉を焼き肉のタレ漬けにして入れてみよか。
ちなみに関係ないけど、このワイン美味しそうね。
カミサンが見たら眩暈を起こすような男の買物。
確実に使いきれない量の食材が無造作にカゴの中を埋めていきます。
いいじゃん、いいじゃん。
100回記念なんだから(意味不明)!
残った食材はうちの冷蔵庫に寄付してあげる♡
~調理編~
今日のminiクボ君、張り切ってます。
ねじり鉢巻きです。

本家オークボ君に少しでも近付こうと、眼鏡も掛けてみました。

しかし、エプロンが幼小児です。
詰めが甘かった!
さて、いよいよ調理スタートです。
春巻きの皮を4分の1サイズにカットし、
好きな具をのせて、
三角形にたたむのみ。
素晴らしい、簡単です。
5歳児でも楽勝です。

念入りに練られ、チョイスされた具は
いつの間にか"北海道"からかけ離れておりました。
これらを組み合わせ包んでいくわけですが、
さすがに100個は無理でした。
長くなったので、続きは次週。
平成21年6月4日現在、
42歳4か月3日。
15464日。
世間では「いい大人」と表現されるに充分な時間を過ごしてきました。
それなりに厳しい現場も潜ってきたつもりです。
これ程までに自分の感情を抑えなくてはならないのか、といった状況に
歯を喰いしばって耐えてきた事も一度や二度にあらず。
メンタルトレーニングが足りないと言われてしまえばそれまでですが
同世代の周りの人間と比較し、豊富とは言わないまでも
決して劣っているとも思いません。
「怒っちゃいけない。」
「感情に流されてはいけない。」
そう自分に言い聞かせ、
言葉を選び、
ポジティブに捉え、
時には感情を殺す事も厭わず、
胃の痛みに耐え、
冷静に対処する。
これが大人のやり方だと信じております。
自分で言うのもなんですが、
決して怒りっぽい性格ではないと分析しています。
ただ、どうしても「イラッ」としてしまい感情を抑える事が困難な局面も。
某月某日
その日は細かい手術の連続で、離院する頃には精神的にも眼精疲労も極限。
体に鞭打って自転車に跨り、向かい風と闘いながら帰宅。
「ただいまぁ~。」
「お帰りー!お風呂沸いてるから入っちゃたら?」
「ふぅ、そうするか...。」
服を脱ぎ、シャワーを浴びてから浴槽へ。
ぬる!!
「お~い!風呂、ぬる過ぎるよ~!」
「あ、ごめ~ん、さっき子供たちが遊びながら水入れてたかも...。」
カチン!
「ちゃんと沸かし直しておいてよ...。」
(まだ冷静)
とりあえず風呂が沸くまで洗髪して時間を稼ぐ。
シャンプーのボトルを手に取ると
軽!
「ねぇ、シャンプー無いよ!」
「ごめ~ん、買っておくの忘れちゃった。旅行用の使って!」
カチン!
「もぉ、何日も前から無くなりそうなの解ってたじゃん...。」
(まだ大丈夫)
シャンプーを終え、身体も洗い終わり
やっと熱くなった浴槽に身を沈め、今日の手術の反省点を反芻。
『アノ場面ではこうした方が良かったかな』
『アソコでアレやったのは正解だったな』
『あの患者さん、出血が止まりづらかったな。内出血大丈夫かな』
風呂場から出て、身体を拭いて、新しい下着とパジャマに着替え
髪の毛をタオルで拭きながらリビングへ。
「今日はパパの好きな生姜焼きだよ。」
やった!
やっぱ、疲れた時は肉だよねぇ!
「シラスおろしもあるから。」
素晴らしい!
あなたは最高の妻です。
今日の減点取消、さらにポイントゲット!
「OK!じゃ、ビール頂戴。」
「え!?」
「いや、だから、ビール。」
「ビール?」
「そう、ビール。」
「飲むの?」
「まさか...、」
「ごめ~ん、買っておくの忘れた...。」
ブチ!
風呂上りに、ビールなしで生姜焼きを食えってか!
ilk○sa@dsdhe▲rら#fb間*ryゥ%cs!
「今、買ってくる!」
脱兎のごとく財布を抱えて駆け出す妻。
はぁぁぁぁぁ、やっちゃった。
ビール如きでブチ切れちゃったよ...。
彼女も忙しかったんだよな、今日...。
帰りに自分で買ってくれば良かったんだよな...。
まだまだ修行が足りないな。
青いぞ、自分...。
月に一度発行されるタウン情報誌「non rouge」に原稿を書かせて頂くようになり、既に1年半が過ぎました。
最初の一年は見開き2ページフルカラー(頑張った!)。
編集の方とカメラマンがクリニックに来られ、一回につき約1時間から2時間のインタビューを受けながら写真をパシャパシャ撮られました。
2年目に入ってからは形式を変え規模も1ページに縮小しましたが、その代り紙面上で「今日の診察室」という題でその時のテーマに沿った4コマ漫画を描いています。
こう見えても高校時代は漫画研究会(略して漫研)の幽霊部員。
医者になる前のほんの少しの間、Medic Media社の「Year Note」という医学生向けの参考書にイラストを描いていた事もあります。
最初の頃は面白可笑しく描き始めたのですが、これが毎月の連載となるとチョットきつい。
既に連載は来月で10回目を迎えますが、まだしばらく続きそうです。
トホホ...。

4コマ漫画用のフォーマットに、まずは鉛筆でサラサラっと下書き。

次に水性の極細ペンで墨入れ。
この段階は飛ばされ、鉛筆書きの状態で編集の人に渡される事が多いです。
最後にデータをbmp.に変換したものをメールに添付して、編集部に送ります。
で、編集部で更に加工してもらったのが下の絵。

やっぱり上手な人のひと筆が加わると、がぜん絵の感じが変わります。
Web siteからも閲覧できるので、お暇だったら覗いてみてください。
http://www.nonrouge.net/index.html
(Back Numberも見られます。)
大学病院の救急といえど、24時間365日戦争のような状況が続いている訳ではありません。
ホンの極僅かな時期ではありますが救急病棟に自分の所属する科の患者さんが居なくなる時期もあります。
本来であれば救急の現場に脳外科の患者さんが居ないという事はHappyな事なのですが、たとえ3日でも平和な日が続くと、あの夜も寝られず食事も摂れないような地獄の日々が懐かしくなります。
ある日、自分が当直という日の夕方、病棟の患者さんも安定しており、
「今日くらいは早く帰っても良いんじゃないですかぁ?」
と周囲に声をかけるも、なぜか皆なかなか理由をつけて帰ろうとしません。
「いや、書類が貯まっているから...。」
「あぁ、ただこんな時間に帰ってもやる事ないんだよね。」
悲しきかな、
仕事に忙殺される事に慣れてしまった人間は、突然Freeな時間を与えられても何をやっていいのか解らないのです。
当直でもないのにダラダラと院内に留まり続け、
行く宛てもないまま病棟をうろつき、
晩御飯の出前注文リストに自ら名を連ね、
医局のソファで学会誌を読みながら居眠り。
「あぁ、今夜も平和だなぁ...。」と思いかけた時
突然当直用のポケットベルが鳴りました。
ディスプレイには救急蘇生室の内線番号。
「脳外当直、武藤です。」
「お疲れ様です。ERの●です。
○○歳、男性、夕方の◎時頃に突然の頭痛を訴え嘔吐、その後意識低下。
現在、意識レベルJ.C.S.10、G.C.S.は3,5,6で14点です。」
「バイタルはどうですか?」
「血圧は180/90、レート90でレギュラーです。」
「今行きます。CTのセッティングお願いします。」
「よろしくお願いします。」
電話を切って、蘇生室へ足早に歩きながら考えます。
年齢から言ってくも膜下出血は十分あり得るけど、その割には意識が悪くない。
単なるけいれん発作か?
バイタルも微妙なんだよなぁ。
高血圧とか心不全の既往歴の確認できてるかな。
出血じゃなくて梗塞の可能性もあるよな。
あぁ、麻痺の有無を聞くのを忘れちゃた。
ま、CT見りゃ解るか!
救命センターに着くと既にCTの撮影が始まってました。
「あ、先生、お疲れ様です。こっちの椅子どうぞ。」
「どうですか?」
搬入時より患者さんの処置にあたっていたERスタッフに尋ねます。
「う~ん、明らかな出血巣は見当たらないし、これと言って梗塞ってわけでもなさそうなんだよね。」
「ここら辺、白っぽくないですか?」
(CT上、出血は白く梗塞は黒く写ります。)
「ま、白いって言えば白いけど、正常って言えば正常に見える。」
「外傷って訳でもなさそうですね。」
「家族の話だと1週間くらい前にも同じような頭痛があったんだってさ。」
「予兆っすか...、今の意識はどんな具合ですか?」
「ごめん、来てすぐにセデーション(鎮静)かけちゃった。」
「じゃ、最終がさっきの電話のレベルって訳ですね。」
「ま、そーゆー事なんだけど、どうする?ムトちゃん。アンギオ(血管造影)行く?」
「まぁ、それが一番確実ですけどね、とりあえずルンバール(腰椎穿刺)しますか。」
「お~~~、やさしいね。」
血管造影となると動脈瘤の位置や大きさ、また脳腫瘍に見られる異常血管が診断できますが、その間患者さんは長い時間にわたり検査台に寝かされ、煩い機械音にさらされます。
造影用のチューブがかなり深いところまで入り込んでいくので、ただでさえ吐き気を覚えている患者さんに余計な気分不快を与える危険があります。
これに対して腰椎穿刺の場合、動脈瘤の位置や大きさなどは解りませんが、少なくともCTにも映らないような少量の出血があったかどうかを判別する事が可能です。時間も慣れた人間であれば5分程度。患者さんに与えるプレッシャーも最小限です。
もしこの検査で出血が確認されれば、それから血管造影に行っても構わないのです。
「○○チャン(夜勤の看護婦)、ルンバールのセット準備お願い。」
「先生、麻酔は?」
「0.5プロEキシ(0,5%のエピネフリン入りのキシロカイン)」
「先生、準備できました。」
「サンキュ!あれ、髪の色変えた?」
「先生、余計なこと気が付かなくていいから早くやって!」
患者さんを前にして不謹慎だと思わないでください。
腰椎穿刺はそれなりに難しく、下手をすると脊髄に傷を付けてしまうという危険な検査です。緊張を強いられると余計な力が入ってしまいます。リラックスさせて肩の力を抜いているんです。
「ちょっと痛いですよぉ。」
チクッ、グググ、ググ、グ、プチ
入った!
ポタ、ポタ、ポタ...
滅菌スピッツの中に髄液が滴り落ちていきます。
白いシーツにかざすと綺麗な透明、血清の欠片もありません。
「キサントもねぇなぁ...。」
気が付くと、とっくに帰ったと思っていた先輩・後輩が後ろに勢揃い。
緊急の匂いを嗅ぎつけてワラワラと誰に誘われるでもなく湧いてきていたのです。
「ま、とりあえず緊急opeではないな。」
「うちの担当でもないんじゃないですか?」
手術適応でない事が解るとそれこそ蜘蛛の子を散らすようにサァーーーっと居なくなってしまいました。
「ま、そういう事で、明日もう一回CT撮りましょう。」
「しかし何だって脳外の連中はこう手術好きが集まってんだ?」
「いや、手術好きって言うより皆でワイワイやるのが好きなだけなんじゃないっすか?」
「ただのお祭り好きかよ!」
「ていうか、寂しがり屋ってとこですかね。」
所見をカルテに記載した後、救命スタッフに患者さんをお願いし
自分は当直室へ引き返します。
「ふぁぁ、もうこんな時間か。悪いけど今日は帰るわ。」
まだ居たのかい!
既に日付変わってますけど...。
「お疲れ様でしたぁ!」
「なんかあったらすぐ呼べよ。」
「へぇぇぇい!」
呼ばねぇよ!
さっさと帰ってください。
じゃないと、先輩が当直の時、こっちが帰れないじゃないっすか。
帰って、風呂入って、パジャマ着て、奥さんと一緒に寝てください。
何だったらそれ以上の事も(以下自粛)
その代り、今度の週末には早く帰らせてもらいます。
床屋行きたいんで(家じゃねぇのかよ!)。
4月26日、父の100ヶ日法要が浅草のお寺で行われました。
当日、札幌は季節外れの大雪に見舞われている中、現地は汗ばむくらいの温かさ。

親戚一同が会し、無事に納骨も済ませ、滞りなく一連の行事が終了しました。
会食も終わり、喪服から平服に着替えも済ませ、
さて、飛行機の時間までチョットあるから浅草寺の仲見世でも覗いてみましょうか。

観音様にお参りも済ませ、いざ、shopping!


気がつけば
「やばい!急がないと飛行機に遅れる!」
走った、走った。
やっとの事で羽田空港第2ターミナル到着。
Check inを済ませ、大きな荷物を預けようとするもカウンターは長蛇の列。
当然まともに並んでいては離陸に間にあいそうもありません。
うむ、やむを得ない。持ち込もう。
持ち込み手荷物を機械の中に通して、さあ出発カウンターへGo!
と思ったその瞬間、
キンコーンキンコーン!
「お客様、このお手荷物は機内への持ち込みができません。」
係員が手に持っているのは子供たちが仲見世で購入したゴム製の手裏剣。
「え!?ゴムの玩具ですよ!こんなのもダメなんですか?」
「表面上、金属製の物と判別が困難ですし、凶器と取られかねないですね。」
「こんなゴムの玩具がですか?」
「遠目には金属にも見えますし。」
ゴムの手裏剣でハイジャック出来たら大したもんだ。
「飛行機までお時間ありますか?」
「いえ、あと15分くらいしかありません。」
「では、こちらで処分させて頂きますが...。」
「子供が自分のお小遣いで買った(ここは嘘)物を、袋から出す前に捨てるんですか?」
「規則ですので。もしくは着払いの宅急便でお送りいだだけますが。」
あんた達、黒ネコ○マトと癒着してるんかい?
以前は係員が預かって、現地で返すシステム無かったっけ?
これだけで1100円もかかるんかい。
へ~~~~~、ほ~~~~~~~~~。
ここでカミサンも黙っていなかった。
「じゃぁ、同じ物がこっちのカバンにも入っているので送ってください。」
彼女の手には手荷物検査を何の問題もなくすり抜けた、全く同じ手裏剣。
係員、思わず苦笑い。
ナイス!妻!
とにかく離陸まで時間がない。
金を払わなければ捨てるって言うんだから仕方がない。
自宅の住所と内容物欄に思いっきり「おもちゃ」と書き込んで提出。
「今度から玩具は鞄に突っ込んで乗りますね。」
あ~~~、腹立つ!
実はこのようなエピソード、初めてではありません。
過去にも「なんでこんな物が?」と思うような物が持ち込み制限を食らいました。
ケース1

ケース2

特にケース2の場合は羽田空港内のディズニーショップで買った物なのに、それを機内に持ち込めないとは、如何なものか。
機内に持ち込めない物を施設内で販売しているのは如何なものか。
女性の化粧用ハサミや爪切りは持ち込み可能とあるが、こっちの方がよっぽど鋭利な刃物ではないのか。
テロ対策とかトラブル回避に神経尖らせるのはわかるけどさ、ちょっとずれていませんか?
規則規則って、杓子定規に字面にこだわってばかりで応用が利かない。
なぜ眉毛切りのハサミの持ち込みは可能で、玩具の剣は不可能か。
なぜ爪切りは問題なくて、子供用のフォークは危険なのか。
関係者の方、納得のいく説明を期待します。
4月10日、業者さんが二人して来院されました。
予定より若干早く来られたので、こちらはまだ患者さんを診察中。
「あ、先生、おはようございます。箱開けちゃってますね。」
ゴソゴソと何やらセッティングしている音の中、こちらも予定されていた患者さんの診察終了。

「あら、思ったより小さいね。」
「そうなんですよ。これなら邪魔にならないでしょ。」
「音は?」
「静かですよ。」
「ふ~ん...」
「先生、欲しくなってきたでしょ。」
「まだ箱開けたばっかじゃん!」
「あはは、そうでした。で、モニターさんは?」
「今着替えてるみたい。」
馬鹿話をしながら待っていると短パンに着替えたモニターさん登場。
まずは施術前のウェストサイズを測ります。
「はい、じゃあこちらに横になってください。」
「先生、この機械なんですけど、起動めちゃくちゃシンプルですから。」
「あーして、こーして、こっちのボタン押して、カーソルここに合わせて、こー来たらこーして、はい完了。」
「じゃ早速始めますね。」
フィーーーーーーン、
エステ室内に静かに広がるモーター音。
うん、確かに静かだ。
女性のスタッフ(彼女も昔からの顔馴染み)が機械のプローブ片手にモニターさんのお腹をマッサージし続けています。
「痛くないでしょ。」
「はい、全然。」

「これって超音波のキャビテーションで脂肪細胞膜を破壊してるんでしょ?
溶けて出てきた細胞内容物はどうなってんの?」
「血中に取り込まれたあと肝臓や腎臓で代謝されて排泄されます。」
「血中コレステロールとかTGとかやっぱり上がるんでしょ。」
「そうですね、ただ一時的ですから施術後に水分を多めに取って頂いて、有酸素運動負荷をかければ2~3日で戻ります。」
「細胞膜を破壊してるんだから、細胞数自体減っているよね。
だったらサイズ復帰はしないの?」
「う~ん、残存した脂肪細胞が肥大化する場合もあるのでそこは保証できません。」
「だよね、でもそれって脂肪吸引も同じでしょ。」
「そうなんです。結局はこれを機会に生活改善を促してあげないと無意味なんですよ。」
「そこだよねぇ、手術してハイお終いって訳じゃないんだけど、なかなか分かってもらえないんだよねぇ。」
「先生のとこなんか良い方ですよ。さっきの患者さんもすっごくカウセ長かったじゃないですか。僕たち色んなクリニックさんに出入りしてますけど、こんなに長くやってるのって先生のとこぐらいですよ。」
「だってさ、俺バカだから2,3分で要領良く説明できないんだもん。」
「またまたぁ、先生が喋るの好きなだけなんでしょ!」
「まぁ、そういう話もある。」
馬鹿話を交えながら15分で施術終了。
早速ウェストのサイズを測ってみると、
「おっ!?」
「あら!?」
「ね?」
わずか15分の間にウェストが4cmも減っちゃった。
施術中の痛みなし、気分不快なし、安全性に関しても問題なさそう。
あとは効果持続期間だね。
「S君、この機械って幾ら?」
「そうですねぇ、今は円がまた下がってきてますから○○万円前後ってところですね。」
「で、1回の施術料金の相場は?」
「まだこの機械ほとんど出回っていないので相場も何もないんですが、だいたい◎万円ってとこじゃないですかね。」
「って言う事は、○△回くらいやらないと原価消却できないわけね。」
「そういう計算になります。」
「どうかなぁ、札幌は景気悪いからなぁ。ランニングコストは?」
「ほとんどかかりませんよ。この消耗品くらいです。」
「でもメンテは必要でしょ?」
「そりゃま機械ですから。必要な時には代替機をお出しする事も可能です。」
「た~、抜け目ないね。」
「そりゃ先生のとこに来るくらいですから、その辺はバッチリ抑えときました。」
「3年くらい無償でレンタルさせてよ。」
「先生とのお付き合いですから個人的にそうしたいのはやまやまですが、無理です(笑)」
「やっぱり(笑)」
「ま、先生、じっくり考えてくださいよ。急いでませんから。」
「2年後にこの機械が生き残っていたらね。」
「あはは、それで良いです。」
かくして笑顔の下に隠された熾烈な攻防は幕を閉じました。
当たればクリニックの看板となるくらいの面白い機械です。
しかし、ここはじっくりと、いやらしく、横目でチラ見しながら検討する事としましょう。
現代の医学知識及びこれをサポートする医療技術の発展は"日進月歩"以上のスピードかもしれません。
また、これが美容外科に関して言えば他の診療科よりも次々と新しい医療機械や診療方法が生み出されている気がします。
特にお隣、韓国のバイタリティは目を見張るものがあります。
ただここで注意しなくてはならないのが、「本当に効くの?」
理論的には効果があるように考えられるものの実際にはそれほどの効果を示さず、それどころか合併症などの危険性を孕んでいる物も少なくありません。
ある治療法が華々しくデビューしたは良いが、1年経ってみると全く噂にも上らない。当時熱心に取り組んでおられた先生にその話を振ってみれば、苦笑いどころか露骨に不機嫌になられる、なんて事が実際にあるのです。
レーザーや光治療の機械なんか1台でベンツやBMWが買えてしまう値段が当たり前。中にはフェラーリやポルシェだって買えちゃう。
思い切って買ったはいいが、原価消却する前に廃れてしまっては泣くに泣けません。
新しい分野に手を出すには、当たれば大きいけど外れる様な事があれば一気に倒産、という事になりかねないだけに相当念入りなリサーチが必要です。
ただ機械屋さんも必死です。
自分の担当している商品をクリニックに購入してもらうために、商品の利点をアピールし、質問にも答えられるよう凄まじいばかりの勉強を強いられます。中には自分の身体で実際に施術を行い、その効果を見せて回る事も必要になる場合があります。(ま、全然勉強しないで調子の良い事しか言わない人もいますが...)
もうお互いに顔は笑っていても、腹の中は
「おら、買わんかい!」
「なに?そう簡単に買わされてたまるかい!」
などと言った熾烈な戦争が繰り広げられるのです。
先日、古くからお付き合いさせて頂いてる東京の機械屋さんのS君から電話を頂きました。
「先生、今度札幌に行くので先日お話した機械のデモやらせてください。」
「え?先日の機械って、あの新しい脂肪吸引のヤツ?」
「そうです、あれです。」
「え~~?!だってあの機械、俺が担当者に突っ込んだ質問したら、彼答えられなかったじゃん。」
「もう大丈夫です!しっかり調べてきました!」
「ホント大丈夫?また意地悪な質問しちゃうよ?」
「ホント大丈夫です。ヤツはその事で韓国に1週間行かせて勉強させましたから。」
「大丈夫、大丈夫って言うけどさ、2年くらい前に『大丈夫、絶対効きます!』って言ってた○○療法さ、なんか今各地で訴訟の嵐って聞いたよ?」
「いやぁ先生、あれは買わなくて正解でしたね。」
「S君が買えって言ってたじゃん(笑)!」
「いや、ホントにあれはもう、うちの会社でも扱うの辞めたんですよ。」
「うわ、買わされた先生方、可哀そう過ぎるわ。」
「今度は大丈夫です!とりあえずデモだけやらせて頂いて、それを見て考えてくれれば良いですから。」
「たぶん買わないけどねぇ...。」
「解ってますよ、先生の性格知ってますから!とりあえずデモだけ。」
例の機械が先ほどクリニックに届きました。
デモは4月10日、午後1時から。
どんな事になりますやら。
レポートは次週。乞うご期待!

例のブツ
ある休日の昼下がり、自宅リビング内での自分と長女キャサリン(10歳、仮名)の会話。
「ねぇ、パパのお仕事って患者さんに手術したり注射したりするんでしょ。」
「うん、そうだね。」
「患者さん、痛がるでしょ。」
「うん、可哀そうだけど仕方ないよね。」
「パパ、患者さんに嫌われてない?」
「どうして?」
「あたしだったら痛いことする人嫌いだな」
「うん、パパも痛いのは嫌いだ。」
「じゃぁ、どおして痛い事するの?」
「必要だから。」
「嫌われても?」
「嫌われても。」
「パパ可哀そうじゃん。」
「何で?」
「あたしは友達から嫌われると悲しい。」
「パパはそんなに嫌われてないと思う。」
「うそ!」
「嘘じゃない、と思う。」
「何で?」
「だって、患者さんは帰る時に『ありがとう』って言ってくれるもん。」
「どうして痛い事されてるのに『ありがとう』って言うの?」
「それが必要な事だからって解ってくれたからじゃないかな。」
「よくわかんない。」
「例えばさ、キャサリンがジャンプする時に高く飛ぶためにはどうする?」
「思いっきりしゃがむ。」
「だよね。より高い所に手を届かせるためには一回低くなるよね。」
「うん。」
「それと同じ。」
「?」
「自分がさ、今よりももっと綺麗になりたいとか、怪我とかして悪くなったところを元に戻そうとするためには一回しゃがむ事が必要なんだよ。それが痛いのを我慢するって言う事。」
「う~ん、解るような、解らないような...。」
「それとね、もうひとつパパには秘密兵器がある。」
「秘密兵器?」
「魔法。」
「魔法なんか無いよ。」
「まぁね、けどチョッとしたことで魔法ってかかっちゃうんだな。」
「何それ?」
「それは、時間をかけて説明するって言う事。」
「魔法じゃないじゃん!」
「魔法さ!」
「ただ喋るだけじゃん!」
「それが一番大切なこと。」
「そんなの治療じゃないよ!」
「キャサリンさ、『メリーポピンズ』って映画覚えてる?」
「うん、あの映画好き。」
「あの映画の中で『スプーン一杯の砂糖』って歌あったの覚えてるかな。」
「あったような気がする。」
The medicine go down medicine go down
Just a spoonful of sugar helps the medicine go down
In a most delightful way
A robin feathering his nest
Has very little time to rest
While gathering his bits of twine and twig
Though quite intent in his pursuit
He has a merry tune to toot
He knows a song will move the job along - for♪
(Disney's 100 year 100 songsより)
「覚えてるよ、お砂糖と一緒なら苦いお薬も飲めるってやつだよね。」
「そうそう、どんなに大変なお仕事でも楽しい事は必ずある。ムクドリもほとんど休まないで巣を作り続けるけど、歌いながらなら辛くない、っていうやつ」
「あの歌、2番目に好き。」
「あの映画はパパの心の応援歌。」
「応援歌?」
「患者さんはさ、パパの病院に来る時はみんな不安なんだよ。
痛い事をされるんじゃないか、
怒られるんじゃないかってね。」
「キャサリンも病院はあんまり好きじゃない。」
「みんなそうさ。
でさ、やっぱり痛い事されちゃうわけだ。
その時にね、優しく、解りやすく、時間をかけて説明してあげる事で
少しはその不安とか怖い気持ちが軽くなると思うんだ。」
「そうかなぁ。」
「パパだったらそう思う。
だから手術とか注射する前に『時間』って言う名前のスプーン一杯のお砂糖を患者さんに分けてあげるの。
そうすれば、痛い注射もへっちゃらになるって言うわけ。」
「結局、パパって何屋さん?」
「ま、言うなれば美容医療業界のお砂糖屋さんってとこかな。」
「カッコつけても意味ないんですけど...。」
「相変わらず厳しいね、キミ。」
「どーもー、こんにちはー、よろしくお願いしますー。」
「ホントにね、100年に一度の大不況って言われてますけど、自分たちみたいな中小企業は気合入れて頑張っていかなあかん、と思ってますけどね」
「おいおい、うちの行政書士事務所を君んトコのクリニックと一緒にしてもろたら困るがな」
「頑張るためには何と言っても健康ですよ、みなさん。」
「なんや、スルーかいな」
「健康の基本と言えば、やっぱり食事ですわ。」
「うん、食事は大事やね。」
「巷じゃイタリアンだのフレンチだのって言われてますけどね、」
「別にええやないかい。」
「自分ら位の年になりますと、やっぱ和食ですわ。」
「和食はええね。」
「先日、インターネットのヤホーで調べたんですけど、」
「今のパクリやね」
「ホカホカご飯に合うおかずランキングって知ってます?」
「何や、教えて。」
「まず1位が納豆ですわ。」
「ええねぇ、辛子とネギ入れたらたまらんね。」
「で、2位が明太子。3位がサケの塩焼きと続きまして、以下ハンバーグ、肉じゃが、鶏のから揚げ、肉野菜炒め、生姜焼き、餃子、麻婆豆腐っていう順番ですわ。」
「どれも王道やね。」
「で、この中には入ってませんけど、自分はシラスおろしが大好きですねん。」
「あ、わしもそれ好きやわ。」
「こう見えても"こだわり"ゆうもんがありましてね、」
「この男、色々とこだわるんですわ。」
「シラスおろしを食べる時、ご飯はホカホカでなくてはいけません。」
「意味解らん。」
「アツアツのご飯はダメやという事ですよ。」
「なんでアカンねん、アツアツ結構やないかい。」
「アツアツだと大根おろしのヒエヒエが壊れてしまうんですよ。」
「なるほど」
「ホカホカのご飯と出会う事で、ヒエヒエが引き立つんですわ。」
「何やよう解らんくなってきたわ。」
「もう、食欲無くてもシラスおろしさえあればガッツリいけますな。」
「ま、そういうもんがあるっていうのはええことやね。」
「先日もな、朝カミサンが『晩御飯何食べたい?』って聞いてきたんですわ。」
「よくある会話やね。」
「普段なら『朝から晩御飯の事考えられるかい!』って怒るんですけどね、」
「男らしいわ。」
「その日はパッと"シラスおろし"が浮かんだんですわ。」
「大好物やもんね。」
「で、その日は頭の中シラスおろしだらけですわ。」
「気持ち悪い頭やったろうね。」
「仕事終わって帰る時もシラスおろしが目の前チラついてますねん。」
「よっぽどやね。」
「シラスおろしに合う酒、言うたら日本酒ですわな。」
「うん、それ以外あらへん。」
「家に帰る途中で酒屋さん寄って、ちょっと良さ気な日本酒を買う訳ですわ。」
「シラスおろしにそこまでするかい。」
「でね、落ちがあるんですわ。」
「どないしてん。」
「うちのマンションにね、近づくにつれてカレーの匂いがするんですわ。」
「そりゃキッツイわ」
「リビングに入ると案の定カレーの匂いが充満してますねん。」
「そりゃ、そうやろうね」
「でね、一言言うわけです。」
「ビシーっと言うてやりや。」
「なんでカレーやねん、シラスおろし食いたいって言うたやないか!」
「カミサンびびるやろ。」
「そしたら『あ、忘れてた。今から作るわ』って、こうですわ。」
「ほー、それでも作ってくれるんかい。」
「そないなこと言うても、カレーの匂いの中でシラスおろし食うてもあの微妙な磯の香りがわかりますか?」
「ま、無理やね。」
「カレーをつまみに日本酒飲めるかい!」
「そや!」
「もう、シラスおろしにセットされた口の中は修正不可能ですわ。」
「わかるわ。」
「だからね、ビシーっと言うてやりましたよ。」
「そや、それでこそ男の中の男や!」
「おかわりって。」
「食うたんかい!」
「ご飯少なめ、ルー多め。」
「もう君とはやってられんわ。」
「ども、失礼しましたー。」
なんや、どないしてん、
今日のクリニック、えらく暇やないかい。
院長、何しとんねん。
ボサーっとパソコン見てはるけど、
何気にHなサイト見てるんと違うか?
何?
コラナビの原稿書いてる?
すまんすまん、続けて。
それにしても午前中はあんなにぎょーさん患者さん居てはったのに
午後になって誰も来いへんがな。
なに?
キャンセル?
さよか、
ま、患者さんにも都合言うもんがあるわな。
体調崩したり、どうしても外せない急用ができる事もあるわ。
で、キャンセルの連絡はいつ頃来てんねん?
は?
連絡来てない?
何やそれ、ドタキャン言うやつやないかい。
どないすんねん。
時間ポーッカリ空いてもうたがな。
電話番号控えてるやろ、
患者さん勘違いしてるかもしれへんから、電話で確認してみ。
何?
繋がれへん?
ウソの番号かいな。
どないなっとんねん。
なぁ、受付の姉ちゃん、
この前やったか、この時間のカウンセリング希望してる電話あったな。
あれ、確か手術入ってるから言うて断ったな。
で、別の日に予約してもろうたんやったな。
そや、どうしても言うから混んでる所にむりくり入れたわ。
あれ、院長、昼飯食う時間あらへんぞ。
この前かて昼飯食わんと手術やらカウセやらやって、
看護婦さんたちも交代で飯食うとった日あったな。
あれは辛いぞ。
40過ぎたら適度に休憩挟まんと体もたへんねん。
あー、こんなんなるて解ってたら受けるんやったなぁ。
で、キャンセル料はどないすんねん。
え!?
取らんの?
そやな。
連絡先わからへんかったら、請求しようないもんな。
せやけど、困るなぁ。
お~い、渡邊君、
この場合、なんて言うんやったっけ?
そやそや、「損害賠償請求」や。
ん?「契約不履行」?
はぁ、なるほどなぁ。
さすが専門家さんは違うわ。
難しい言葉がスラスラ出て来よる。
君、見どころあるわ。
感心してる場合やあらへん。
今時、飛行機かてホテルかてキャンセルはお金かかるがな。
それも当日やったら100%が相場や。
なんで病院はかからへんねん。
そやなぁ、来ない人から貰えへんわなぁ。
またあれやろ、
ドタキャンした患者さんて
若くて常識の無さそうな姉ちゃんやったんかい?
え?
50代?
あぁ、あのおばちゃんかいな!
ええ年した大人がドタキャンかいな!?
憶えとるがな、
オレンジのヒラヒラついた服着とったおばちゃんや!
何となくわしと似とったから憶えてんねん。
帰るときは手術する気満々やったがな。
どないなっとんねん。
せやけどなんで連絡くれへんのやろなぁ...、
このご時世、みんな携帯もっとるし、
メールで連絡する事も出来るやろ。
何もキャンセルしたから言うて怒らへんのになぁ...、
ウチの院長やったら絶対に怒らへんのになぁ...。

と、うちの金魚が申しております。
(僕じゃないよ。)
「あ、編集長、お久しぶりですぅ。」
「なんや、武藤君やないか。この度は大変やったな。」
「ええ、まぁ。
ホントに長い間コラムの方お休みさせてもろて、すんませんでした。」
「気にする事あらへんがな。
先生は先生のペースで書いてくれればええんやから。
で、どないやねん、調子。」
「おかげさまで、家族みんな風邪も引かずに元気にしております。」
「ちゃうがな、病院の方やがな。
理事長おらんようになって、手続きどないしとんねん。」
「ま、そっちは会計事務所の人とかと相談しながらボチボチと。」
「ボチボチじゃあかんがな。チャチャッと済ませんと。」
「大丈夫ですて、いざとなったら編集長にお願いしますさかいに。」
「ぎりぎりになってから言ってこられても困るんやで。」
「へい、肝に銘じておきますわ。」
「で、どないやねん。忙しいんかい。」
「おかげさまで患者さんにはよう来てもろうてます。」
「この不景気の時代にありがたいこっちゃないかい。」
「ほんまですわ。」
「ま、それもお父さんが頑張ってきてくれたお陰やで。」
「そこですわ、親父があってこその今のクリニックと思うてます。」
「あんた、今忙しいからっちゅうて勘違いしたらあかんで。」
「全くですわ。ただですね、去年の暮くらいやったか、自分のお師匠さんの一人である東京の先生とお食事一緒にさせてもろうた際に同じ話したんです。」
「わしと同じこと言うてたやろ」
「いや、それがですね、もうその言葉聞いた瞬間、自分泣きそうになりましたわ。」
「なんて言われてん?」
『違うよ、武藤君。"親の七光"なんてそうそう長く光り続けるものじゃない。今クリニックに患者さんが来てくれるのは武藤君の力だよ。』
「ええこと言う先生やないか。」
「ほんまですわ。ますますその先生のこと尊敬してしまいましたわ。その分野ではメチャメチャ有名な偉い先生なんですよ。自分にとっちゃ雲の上の先生ですよ。そんな偉い先生が隣でジンギスカン食いながら真面目な顔して言ってくれたんですわ。」
「ええ師匠に恵まれたな。」
「まったく、その先生といい、健太郎といい、編集長といい、
自分は師匠に恵まれてます。」
「あほ、褒めても着手料一銭も負けへんからな。」
「あちゃ、ばれてました?」
「わかるわ。ほな仕事あるさかい、これで失礼するわ。」
「お忙しいとこ足止めしてもろて、済んませんでした。」
「ほな、また。」
「へい、また来週(あ、来週て言ってもうた!)。」
平成21年1月16日早朝、父・武藤靖夫が他界いたしました。
今週は、父が去年の夏に某学会誌に投稿したものを掲載させて頂きたく存じます。
長い文章ではありますが、父と美容外科創成期の歴史を酌みとっていただけると幸いです。
昭和20年、太平洋戦争は日本の敗戦で終わりました。
私は当時4年で卒業する昭和医専の2年生でした。
戦争は国民の知らない間にどんどん負けていたわけですが、「日本は勝つ」と信じ込まされていました。マッチ箱くらいの爆弾で広島がやられたとも聞かされていましたが、こんなにひどいものだとは想像もつきませんでした。
入学した頃から軍隊の要請で、軍医が足らないので君たちは卒業が早くなるだろう、と聞かされていました。
確かに我々17期生が入学したときには、4年生は陰が少なかった存在でした。 3年生で卒業してしまったのです。軍医委託生になっていれば半年の連隊での教育をすませると 軍医少尉に任官できるということでした。
「はやく軍医を補給せよ」ということで、我々は1年生のときから内科診断学外科総論などが生理学やドイツ語などの一般科目に並んで教え込まれました。解剖実習は1年2学期からやりました。中学5年生の現役で医学専門学校に入れば、数え20才の若い医者ができあがっていたのです。
B29の爆弾がとなりの戸越銀座駅に落ちて多数の怪我人が運ばれてきて、この人達を次々と4年生達が手術しているのを隣の部屋からのぞき見して尊敬の念を覚えたのを思い出します。
それが突然の終戦です。國の政治とは勝手なもので、今度はアメリカ占領軍命令で「医者を作りすぎた。減らせー!」となりました。結果的にはたいしたこともなく昭和医専はAランクでパスしましたが、医学教育の体制が変わるらしいと言うことで授業は出来ません。
さしあたって休校、となりました。
そして決まったのが、卒業を1年伸ばして、5年卒業。
これに1年間のインターンと国家試験を加える。
現在の卒業生をもって医学専門学校は廃止。
沢山の人の命を預かる我々の仕事は、勉強することにおいてはいくらやっても事欠かないものです。でもその時はチョット損した気分にもなりました
さて、世の中はどうなっていたでしょう。
終戦のどさくさ紛れも少し落ち着いて来た頃、肉質注射と呼称するものが派手な宣伝広告を始めました。注射された薬はそこで炎症を起こして新しい組織が出来上がってくるのだというふれこみで「オルガノーゲン」とよばれていました。
低い鼻筋をすっきりと高く,ペチャパイをグラマーな胸に、やせこけた頬をふくよかに、そして短い陰茎を太く長く、日帰りで注射で治します。
主成分はパラフィンで、その障害については既にGersuny(1900)の報告があったのに無視されていました。1年、2年と経つにつれて皮膚の変性,腫脹がのこり 特にひどかったのは陰茎肥大といって亀頭部に注射された人たちです。陰茎部にごろごろのかたまりが出来て、性交そのものが不可能になってしまったのです。
オルガノーゲンでビルを建てた医者もこれらの人たちを治す術もなく、今度は逆に姿をくらましたのです。この人達は、結局大学病院へ助けをもとめて尋ねて行かざるを得なくなったのです。程経てこの(オ)を作った白井医師は香港で病気になり亡くなったという噂が流れました。
そして、東大で第1回の形成外科学会が開催されるいきさつにつながっていくのです。
その頃、私はまだ東京に住んでいました。この第1回の形成外科学会では「眉、まつげの植毛」という演題で発表しています。私は東京の人でした。
この翌年6月に札幌へ1年の予定で出かけたのが一生住み着くことになりました。
私のルーツは、九州は大分県中津市です。武藤家代々のお寺があります
このころから女性週刊誌への広告原稿が始まっていたと思います。
街を歩いて気づいたことは東京中の電信柱には十仁病院の整形外科の看板が貼り付けられていることでした。
十仁病院は眼科を初めとして、耳鼻科、泌尿器科、精神科を含む総合病院として新橋の駅前にその勇姿を見せていました。そして東に十仁あれば、西に白壁有り。梅沢先生と(先代)白壁先生は関東、関西地区の勇でした。先代がなくなられてから博明、征夫のご兄弟は最高のタッグマッチを見せ日本の美容外科学会のトップを走られました。Mexico のGonzares Ulloa が主管するDarinde schoolの世話役を引き受けて下さったり、大森一派にまけない活躍ぶりを見せていました。その後、1番ビックリしたのは、あの香港のフェリーボートの九龍sideの乗船口一杯に白壁整形の看板が出来ていたことです
こうした一方で大森先生を中心にした東大派の先生方は警察病院を中心に着々と若い形成外科医を養成されていたのです。今でこそ美容外科は形成外科医がするものだという考えが一般化されていますが、当時は形成外科の教授方は美容外科を毛嫌いする方が多かったようで、将来を見通していた大森清一先生は苦労されたようです。
大森先生は日本では天皇陛下みたいに偉い先生でしたが、国際学会などでバスの中などでよく2人きりでしんみりとお話を伺ったりしていました。
十仁病院は美容整形を銘うって居ましたが、形成再建手術もかなり手がけておられました。
後日、私が単身で札幌へ渡ることになるのですが、そこから先800万の人口に形成外科医という医者が1人もいなく、私がただ1人で約20年間さばききった(当時、ヤケドあとが多く、有茎皮弁、全層植皮など毎日のようにあった)その腕は、十仁病院で前立ちしかしていなかった腕なのです。
若い先生が何人も務めていましたし、美容外科医を育成した功績は大と認めます。
関東地区の地方会が東京で大学の回り持ちで開かれて、これには毎回札幌から出席したものです。症例は豊富でしたし、毎年の形成外科総会にはすきな演題をつくっては発表していました。
そのうちに鬼塚先生が昭和大学整形外科に赴任されます。高須先生も時々顔を合わせたりしていました。私は当然のような顔をして勝手に鬼塚先生の部屋に出入りしました。形成外科の部屋が出来て鉄道病院にいた小島先生と2人が医局員でした。続いて赤川先生、近藤先生と続々と医局員は増えました。
非常勤講師の名目を頂き、医局の先生達は交代で美容外科のロテイションに組み込まれました。
いつの間にか駆け足が早すぎて81才を過ぎてしまいました。
札幌中央形成外科は長男の英生がバトンタッチを受けました。
この学会は家族的な学会です。親睦を旨として技術向上に心がけましょう。
長い間、御世話になりました。有り難うございました。
黒ビール50に対しピルスナービールを50加えた、単なるビールというよりむしろカクテルに近い(?)大人の飲み物。
4年前に死んだ爺ちゃんが大好きで、狸小路の「銀座ライオン」に行く度にこれを飲んでいた記憶があります。当時大学生でビールの味もわからずに酔っぱらう事のみを目的に呑んでいた自分には、明治生まれの爺ちゃんがやたらお洒落に見えたものです。
ただ、当時の記憶をたどると爺ちゃんの飲んでいたジョッキの中身の色は黒ビールとピルスナーの中間くらいで、ただ単に混ぜ合わせただけといった感じのものでした。

先日、偶然にWeb上で「Real Half」なるものを発見しました。
GUINNESSとYEBISUのブレンドは通常の物とレシピは変わりませんが、完成品は見慣れた薄茶色の物ではなく、黒色と琥珀色の見事に2層に分かれたお洒落な、まさに「Real」を冠するに相応しいビール。

やるしかない。
準備するのはGUINNESSとYEBISU、そしてスプーン。

まずはグラスの半分まで泡の立たないようにYEBISUを注ぎます。
その上にGUINNESSをスプーンの背を伝わらせてGUINNESSを注いでいくのですが...、
ちょっと勿体ないことをしてしまいましたが、とりあえず結果オーライ(?)

その味は、「銀座ライオン」で飲んだHalf & Halfよりも濃厚で滑らかな絶品でありました。
お試しあれ。
ちなみに上手な作り方は下記のサイトよりご覧いただけます。
http://www.yebisubar.jp/realhalf/realhalf02.html
若かりし頃、まだ月のお給料が手取り10万円を切っていた頃、
もちろん生活なんかできません。
医者になって6カ月が経過すると、ようやくアルバイト解禁となります。
大抵のバイトは企業の健康診断か外病院の当直業務。
健康診断は胸に聴診器をあてて、呼吸音とか心音を聞いて
明らかな異常がなければカルテに「n.p.(no problem)」と書くだけ。
非常にお気楽ではありますが、1日に100人以上の診察となりますと
終わり頃には耳が痛くて聴診器をあてていられなくなります。
次に当直ですが、これが曲者。
初めて当直先に赴くときは不安いっぱい。
「入院中の患者さんが急変したらどうしよう。」
「救急車で重症の患者さんが運び込まれてきたらどうしよう。」
1年目のひよっこ研修医の赴く先は、たいていの場合落ち着いた病院ですから夜間緊急で高度の医療を要求される所になんか行くわけないのですが、カバンの中には「当直医マニュアル」とか「ポケット小児診療マニュアル」「今日の治療指針」といった本を詰め込み、
「なんかあったらすぐ連絡するんで助けてくださいよ~」と先輩医師に声を掛けて、当直先へ向かいます。
病院に着いたら、事務長に挨拶して、ご飯食べて、夜の回診。
各病棟の看護婦さんから容体の急変しそうな人や、何かあった場合の対処法を確認し、あとは当直室で待機です。
とは言っても、入院しているのは痔で手術した人とか、虫垂炎の術後、軽い脱水のために点滴のみを目的に入院している元気そうなおじいちゃん。
ほとんど朝まで起こされることなく当直業務は終了します。
これが2年目、3年目と経験と知識、技術が上がって行くに従い、当直先もsevereな病院へと変化していきます。
「武藤、来週の金曜日、俺の代りに○○病院の当直行ってくれ。」
「え!?先生、あそこってバンバン救急車来るところですよね?」
「大丈夫だって!武藤なら(根拠なし)」
「この前、そこの病院で夜間緊急で開腹手術やったって言っていませんでした?」
「そん時は専門の先生に連絡すりゃいいんだよ。」
「一晩で救急車が6台来たって...、」
「武藤...、」
「はい...、」
「当直代、○○円だぞ...。」
「やらせていただきます。」
忙しい病院ほど、アルバイト代が良いのは当然ですが、
結婚を控えているとはいえ、引き受けてしまう自分が情けない。
X-dayが近付くにつれて、不安は大きくなるばかり。
『俺の医者人生、この日で終わるかも...。』
『離島の診療所で爺婆相手に訪問診療の日々を過ごすのもいいかな...。』
『もうちょっと、大学に居たかったなぁ...。』
どんどん鬱になっていきます。
当直当日、
「お、武藤か、今日の当直よろしくな」
「はい...。」
「なんかあったらさ、」
「すぐに連絡していいんですよね!」
「がんばれよ。」
「はぁ...。」
「言っとくけどぉ、」
「はい、」
「中途半端なまま、こっちに転送するなよ。」
ここまで言われちゃったら、ほとんど脅迫じゃん!
「がんばります...。」
結局は何とか自分の裁量の範囲内で処理する事が出来た訳なのですが、予想通りほとんど寝ることなく、当直の看護婦さんが入れてくれたコーヒーを飲みながら朝を迎える事となりました。
大学に戻り、調子に乗って「大丈夫でした!」なんて言ってはいけません。
次からはレギュラーのローテーションに組み込まれてしまうのです。
今回はたまたま何とかなったけど、次回は解りません。
2004年の医師法改正によって初期研修中の医師は単独での診療行為を禁止されており、バイトを含む当直業務は医師免許取得後2年間はもちろんできなくなりました。経験の浅い研修医による医療ミスを予防する事を目的とした改正ですが、自分的には研修医時代の当直は早い時期から責任感と経験と度胸をつけるのに大変役立ったと思っています。何と言ってもその時は死に物狂いでしたから。
一概に何でも禁止するのではなく、段階に応じて対応を変える柔軟性があってもいいのではないでしょうか。
今年の1月より始めた「使用済みWith Youカード」収集。
元はといえば自分の協賛するNPO団体"Make A Wish of Japan"への寄付が目的で始めたのですが、収集活動を始めて早1年、収集成果をご報告させていただきたく存じます。

そろそろ机の引出しに収めるのが難しくなってきました。

積み上げてみた。
平成20年12月3日現在、5586枚。

ちなみに募金箱はまだこの程度。
募金箱がいっぱいになったら一緒に持って行こうと思っているのですが、この調子では事務所に持ち込むのはまだまだ先の話になりそうです。
収集を始めた当初は、券売機の周りに落ちているウィズユーカードを拾うのにも抵抗を感じておりましたが、今では堂々と回収箱を開けて取り出すことも平気になりました。
我が子も習い事の往復に際し、同様の手段で収集に努めてくれております。
果たしてどれくらいの価値になるのかさっぱり解りませんが、提供する際にはジュラルミンのアタッシュケースに詰め込んで、夜の波止場で車のヘッドライトを背に、
「約束のブツだ。」
なんて言いながら渡してみたいものであります。
「医師には社会的常識の欠如した人間が多い」
先日、某国首相が公式な席で発言されたのは記憶に新しいことと存じます。
うんうん、確かにそうかもね。
時間外手当が出るわけでもないのに遅くまで病院内に留まり、休日出勤手当も出ないのに病院に顔を出し、常に訴訟の問題を気にかけながら診療行為を行い、理不尽なクレームをつけてくる患者に対して常に忍耐を強要され、安いお給料で日々患者さん方の回復に務め、自らのプライベートも時には家庭さえも蔑ろにせざるを得ない環境に自らを置き続ける人間は確かに社会的常識が欠如しているといわれても仕方がないのかも知れません。
ただ、報酬を度外視し働き続けてきた大多数の勤務医や開業医、そして研修医が現在の医療体制を築き上げたと言っても過言ではないのでしょうか。
最近は心臓外科や脳神経外科といった多忙な科や小児科や産婦人科といった訴訟リスクの高い科を希望する人間が減ってきたのは社会的常識に満ちた正常な反応なのでしょう。
う~~ん...、
僕たちは社会的常識をこのまま補充しない方がいいのでしょうか、それとも自らの肉体的かつ精神的健康を重視し、危険な現場から身を遠ざける事を旨とする社会的常識に満ちた行動をとるように心掛けるべきなのか...、
それが問題だ。
ちなみに自慢じゃないけど僕は「頻繁」も「未曽有」も読めます。
病院で当直をする際は大抵の場合、晩御飯がつきます。
それも「検食」と言って入院中の患者さんに出されている物と同じメニューが提供され、食べた後は「見た目」「味」「ご飯の硬さ」「おかずの量」など数項目にチェックを入れなくてはなりません。
患者さんには「しっかり食べないと傷の治りにも影響しますよ。」とか言ってはいますが、正直言って、ご飯の美味しい病院はまだまだ少ないのが現状です。
健康な人間でも食欲をそそられない物が、どうして具合の悪い方たちが食べれるでしょうか。
多くの入院患者さんに提供できるよう、調理師さんや栄養士さんが一生懸命作られているのは十分理解しているつもりですが、やっぱり美味しいに越したことはない。
通常業務を終えて当直先の病院に着いたはいいが、せっかくの晩御飯がこれじゃあ今夜の業務に支障をきたすってもんです。
で、それぞれのお皿にちょっとずつ箸をつけて、検食表にツラツラッて丸つけて、サインしちゃったら、あとは途中で買ってきたケンタッキーを当直室で見つからないようにモソモソ食べる。
まぁ、どこに行ってもそんな感じだったので半ば諦めていたのですが
某ブログにはこんな当直飯が紹介されていました。

メニューは
実はこれ、自分が日ごろ懇意にさせていただいている産婦人科の先生の当直飯なのです。
うん、妊婦さんと産科の先生はこのくらい食べなきゃダメだ。
出産は危険を伴うし、産科の先生のストレスも相当なもの。
どっちも美味しいもの食べて、その時に備えなくっちゃね。
ま、だからと言って他の科の患者さんとDr.がないがしろにされて良いという訳ではないのですが...。
ちなみにこの先生のブログは
http://blogs.yahoo.co.jp/hinataclinic/10724149.html
ちょっと覗いてみてください。
朝会ったら「おはようございます」
昼だったら「こんにちは」
夜は「こんばんは」
別れるときは「さようなら」
感謝の気持ちは「ありがとう」
謝るときは「ごめんなさい」
人間として最も基本的な行為であり、できて当たり前。
ウチの子供がどこかのオバサンから飴もらっているにも関わらず「ありがとう」の一言も出なかった日にゃ、速攻で脳天唐竹割チョップ。
頭おさえながら涙目で「ありがとう」を言わせた事も数知れず。
とっても大事なことですが、時に敢えて挨拶をしない自分がいます。
街中で知っている人と擦れ違う。
向こうもコッチの存在に気が付く。
問題はこの時。
向こうから「先生、こんにちは。」と言ってくれればコッチも「こんにちは」って返せるんですわ。
ただ、向こうが気付いた瞬間に目を逸らしたらコッチも無視しなくてはなりません。
自分的には後ろめたい仕事をしている気持ちはありませんが、何せ肩書きが「美容外科医」なもんだから、余計な詮索をさせてしまうケースもあるのです。
「先生、こんにちは。」
「あ、どーもこんにちは。」
「今度また行きますね。」
「はいはい、待ってますよ。」
「じゃ、さよーならー。」
「はい、どうも。」
「ねぇねぇ、今の人って誰?」
「あたしの行ってるクリニックの先生。」
「何の先生なの?」
「え?び、美容外科...。」
「うそ!○○って整形してるの?」
「してないわよ!ニキビで通ってるの!」
「ふ~ん、ま、別にしててもいいんだけどね。」
「ちょっと!本当に手術とかしてないわよ!誤解しないでよ!」
「そんなに怒ることないじゃない。なんか隠してるんじゃないの?」
「どーゆー事よ!なんか気分悪いわね。」
「こっちこそ気分悪いわ!ちょっと今日はもう帰るね!」
「もう、最低!先生なんかに挨拶しなきゃよかったわ!」
こんな事が有ったか無かったかはわかりませんが、実際問題あってもおかしくないんですね。
考えすぎかもしれませんが、余計な争いを生み出さないためにも、主義に反して無視することもあるのです。時には隠れる事もあるのです。
お願いします。
誤解しないでください。
街中で目を逸らされても不機嫌に思わないでください。確実に患者さんではないとわかっていないと、こちらから挨拶できないんです。
あ、声を掛けてくださるのは全然OKです。むしろ待ってます。
救急の現場から遠ざかり、既に10年の月日が流れました。
そんな人間がこのような事を言うのもおこがましいとは思いますが
敢えて言わせていただきたいのは、現在の救急医療を取り巻く環境があまりにも劣化していると思われて仕方がないのです。
医療技術の発達は日進月歩です。
10年前とは比較にならないくらい診断技術は進歩し、またそれぞれの疾患に対する対処法もより確実に、より迅速に対応できるようになりました。
CT撮影に要する時間は大幅に短縮し、画像の解像度も上がりました。
レントゲンやエコー画像も鮮明に描出され、血液検査を始め各種検査の結果が出る時間も短縮されたのは言うまでもありません。
医者の技術が下がったとも思えません。10年前の医者の方が優れていた訳ではないにも関わらず、なぜ医療事故報道がここまで頻繁に紙面や映像媒体で取り上げられるようになったのでしょう。
突然このような話を始めた訳は、現在紙面やニュース報道で賑わしている「妊婦の受け入れ拒否に伴う死亡事故」があまりにも偏見に満ち溢れている印象が否めないのです。
ニュース報道のトップ見出しは大抵「8件の病院に受け入れを拒否され...、」で始まります。じゃあ、受け入れを拒否した病院が5件とか3件だったら問題はここまで大きくならなかったのでしょうか。
拒否した病院はなぜ拒否しなくてはならなかったのか。スタッフの減少に伴い重症患者に対して密で濃厚な治療を過不足なく提供することが困難となり、それでも骨身を削って奮闘している中で「拒否した」の一言で責められては現場の医者はやり切れません。
救急の看板を下げたくても、都や行政からの依頼で下すことも儘ならず、また身勝手な都合で深夜に受診を希望する患者さん、コンビニ感覚で受診していながらブランドショップ並の質を要求する患者さん、クレームをつける所を探しに来ているとしか思えないような受診動機の不明な患者さんの増加は顕著です。
「待ち時間が長い」とクレームをつけていながら、いざ自分の受診となると病気とは関係ない話を延々と続け診察室から出ようとしない。
「あれだけ待ったんだから、このくらい診察を受けて当然。」との判断のようですが、それがまた他の患者さんのクレームの原因になろうともお構いなし。
鼻血で救急車を要請する人
1週間以上前からの発熱で受診する人
1か月前の小さなやけどで受診する人
円形脱毛症で受診する人
不眠を主訴に深夜に受診する人
全て実際に自分が救急の現場で体験した事実です。
本来の救急医療とかけ離れた部分で労力と時間が消費され、ストレスが蓄積されていくのです。この状況を認識せずして、どうして救急の現場を改善することができましょうか。
先日のニュース番組でキャスターが締めくくりにこのような発言をしていました。
「いったい行政は何をやっているのでしょうか。」
行政だけじゃないんだよ!
都でも厚生労働省でもなく、現場の医療体制だけでなく、医療を受ける人間一人ひとりが本当に救急医療を必要としている患者さんの事を考えて、節度ある受療を心がけるだけでも医療現場は大きく改善されると考えます。
最後に、ご遺族の方のコメントが報道されましたが
「妻の死を無駄にしないでほしい。誰かを責めるとかではなく、妻が死をもって浮き彫りにした問題を、力を合わせて医師、病院、都と国で改善してほしい」と話し、また「当直医を責めないでほしい。医師たちは必死にやってくれた」とも話し、当時の医師らの対応を前向きに評価していることを明らかにしてくれました。
非常にクレバーな方であることに感銘を受けましたが、彼がこのような発言をしたのは、テレビでは放映されていませんが記者席から「訴訟は起こさないんですか?」という質問があった事に起因します。
彼らにとっては訴訟に発展した方がニュースとして盛り上がる、というような思惑があるのでしょうか。訴訟することを前提とした質問に彼らの浅はかさが垣間見えた瞬間でした。
身勝手で無責任なマスコミの姿勢が、今の医療現場の崩壊を招いた一端であるにも関わらず、これを認識せずに医療従事者や行政に責任をなすりつけ、今もなお同じ過ちを繰り返し続けるのは責任能力と学習能力の欠如したプランクトンと同レベルです。
「マスコミ」が「増すゴミ」から脱却することで、救急医療の再生が具体化する可能性が確実に増すと考えます。