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酒の一滴は血の一滴

武藤英生 プロフィール

札幌中央形成外科 院長

40歳、男性。
札幌生まれ、札幌育ち
ブラックジャックに影響を受け医師の道を志す。
関東の大学の医学部を卒業した後、一時は脳神経外科医を目指すが
生まれた娘の可愛さに負けて帰札。
道内の大学で形成外科を学びなおし、4年前から美容外科クリニックの2代目として走行中。

第103回 今日のパソちゃん ~お肉編~

ウチ、"おにく"が大すきです。
よるごはんはまいにち"おにく"にしてほしいのに、
ママは「"やさい"や"おさかな"をたべなさい」っていって、
おねがいをきいてくれません。

あ、でんわがかかってきました。
このじかんは、パパからのでんわだとおもいます。

「はいもしもし、むとうです。」
「あ、パソちゃん?パパだよ。」
「いまどこ?」
「いま駅を出たところだから、もうすぐ着くよ。」
「きょうのごはんは、かれーだよ。」
「カレーか...、ツマミにならんな。なんか買って帰るわ。」
「"あいす"もかってきて。」
「アイスはダメでしょ。ママに何か買う物あるか聞いて。」
「ママー、なんかかうものある?」
「"ぱん"と"ぎゅうにゅう"と"たまご"かってきてって。」
「オッケー。じゃ、あとでね。」

ウチはしってるんです。
パパはおつまみにおいしいものをかってくるんです。
そして、びーるをのみながらひとりでたべるんです。
みじかいはりが8で、ながいのが12をすぎたら、やすくなるって、
まえにいってました。

ピンポーン...

あ、パパがかえってきました。
かいものぶくろのなかには、いろいろはいってます。
え~っと、
"ぎゅうにゅう"でしょ、
"たまご"でしょ、
"ぱん"でしょ...、
あ!"からあげ"がはいってます!
ウチの大こうぶつです。
パパがたべやすいように、びにーるをはがしてあげます。
おはしとこっぷもだしてあげます。
おてつだいしたから、パパはぜったい1こくれるとおもいます。

パパがてをあらって、もどってきました。
「あれ、パソちゃん。準備してくれたんだ。」
「ねぇ、パパ、いいでしょ?」
「何が?」
「おにく...。」
「パパのお小遣いで買ってきたオツマミだよ。」
「ねぇ、1こだけ...。」
「それが目的で準備してくれたんだぁ。」
「1こだけでいいからぁ...。」
「じゃぁ、1個だけな。」

やっぱりパパはやさしいです。
いちばん大きいやつをおさらにとってくれました。
いっただっきま~~~す!

「パソちゃん!歯磨いたでしょ!」

ママにみつかってしまいました。
さっきまでおふろにはいっていたのに。
おかおがあかくて、ゆげがでています。
おこってるのかな。

「寝る前にこんなの食べちゃダメでしょ!」

え~~~~!? たべたい~~~~~!

「もう8時半過ぎてるよ!寝る時間じゃないの?」

あと1ぷんおふろにはいっててくれればよかったのに...。
せっかくパパがくれたのに...。
パパのほうをみたら、かためをつぶってこういいました。

「明日の朝食べなさい。冷蔵庫に入れておくから。」

じゃぁ、がまんしてあげます。
ぜったいパパ、たべないでね。
ウチ、ちゃんとおぼえてるからね。
にぃにぃ(お兄ちゃん)にもひみつだよ。
にぃにぃががっこうにいってからたべるんだから。
じゃ、おやすみなさ~~い p(`ε´q)ブーブー。

あさになって、ママがおこしにきました。
"からあげ"、ちゃんとのこってるかな。
だいどころにいって、れーぞーこのなかをみたいけど、
にぃにぃにばれたら、はんぶんこにされちゃいます。
みじかいはりが8のまえ、ながいのが9になるまでがまんです。
あぁ、にぃにぃにしゃべりたい。

「ほら、いつまで食べてるの!? 遅れるよ!」
「いってきま~~す!」

ふぅ、やっとがっこうにいってくれました。

「ママ、パパ"からあげ"のこしてくれてる?」
「さぁ?自分で見てごらん。」

れーぞーこをあけると、いちばんしたのだんにありました。

「ママ、たべていい?」
「(レンジで)チンする?」
「だいじょうぶ、じぶんでできるから。」

カチャ(レンジの扉をあける音)
トン(小皿を置いた音)
バタン(扉を閉めた音)
ピッ(ボタンを押した音)
ブ~~~~~ン...

にぃにぃとねぇねぇはじゃむをつけたぱんと、
ぶろっこりーと、
めだまやきと、
そーせーじだったけど、
ウチは"からあげ"もたべられるのです。
あさから"からあげ"がたべられるなんて、
きょうはさいこうのひです。
あぁ、まだかなぁ...。

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピ...

できた!
ママが「あついから」ってれんじからだしてくれました。
びにーるをはがすと、ゆげがでてます。
てでつかんだら、あつくておとしてしまいました。

「もう、何やってるの!」
「だいじょうぶ、3びょうたってないから。」

いそいでおさらにもどして、すわりなおしました。

「フォーク?お箸にする?」
「ふぉーく!」

ママ、あっためすぎです。
あつくて、なかなかたべれません。
はしっこからちょっとずつしかたべれません。
けど、
あぁ、
やっぱり"からあげ"はおいしいなぁ。


第102回 手術

外科医たる者、結果が全てです。

どんなに先輩だろうが、
どんなに立派な肩書を持っていようが、
どんなにたくさんの論文を書いていようが、

結果の伴わない手術には何の価値もありません。

言い方を変えると
今まで聞いた事もないようなクリニックで
特に肩書を持っておらず、
若くて、
頼りなさそうに見えても、
手術の上手な先生は、一発で尊敬の対象です。
どんなにいけ好かない人間であっても一目置かずにいられません。

どんなに小さな手術でも、毎回全力投球。
それも、いつも同じ事ばかりやっていては進歩がない。
より速く
より確実に、
より安全に、
より綺麗に。
毎日の勉強と練習は欠かせません。
可能な限り学会や勉強会に参加し、
色々な発表の中から"良いとこ取り"させてもらい、
可能であれば演者の先生に質問させてもらう。
更に可能であれば、その先生のクリニックで見学させてもらう。

「武藤君、いつでもいらっしゃい。」

美容外科という業界において、43歳はまだまだヒヨッコ。
自分が師匠と慕う先生が日本全国に7,8人います。
(弟子とは認識されていないとは思いますが...。)
行けば、その日に合わせて自分の勉強したい患者さんの手術を集め、
たっぷりと、濃厚な、生きた授業を
惜しげもなく披露してくれるのです。

「フフン、小僧にはまだできない芸当だろ。」

なんて思っているかはわかりませんが、
ヒヨッコとしては、これが何にも代え難くありがたい。
札幌に戻り、
シミュレーションを重ね、
いざ本番。
終わってから、また新たな疑問点の出現。

「先生、ここは判るんですが、こーゆー時は...。」
「うん、良く気づいたね。そーゆー時は...。」

文字通り、手とり足とり解説してくれるのです。
これが外国人の先生となると、さらに複雑。
また会いたくても会えるかどうかわからない訳ですから
その瞬間が必死です。
お互いに拙い日本語と英語と、時に韓国語で
箸袋の裏に絵を描きながら、
「あーじゃない、こーじゃない。」
時間の経つのが、あっという間です。

韓国の高先生と居酒屋で
(韓国の高先生と居酒屋で)
箸袋の裏を使って埋没法の検討
(箸袋の裏を使って埋没法の検討)

父が臨床の現場から退いて既に3年。
他界して1年。

訊きたい事、教えてほしい事が今になっていっぱいです。
当時は反発してあえて訊かなかったり
言われても却下したり、

勿体ない事してたなぁ...。

親父との最後の共同手術
(親父との最後の共同手術)

第101回 誰が辞めるって言った?

先週の記事を読み返してみてください。
一言も「最終回」とか「辞める」なんて言ってないですよね。
100回を迎えるにあたって読者の皆様に素直な感謝の気持ちを伝えただけなのですが、
何か?

閑話休題

「布団が吹っ飛んだ」
「電話に出んわ」
「肝臓の状態がイカンぞう」

巷では親父ギャグとも表現されますが、何気ない会話の中に絶妙に潜り込ませるのは鋭い頭の回転とテクニックを要します。またタイミングを間違えたりレベルが低ければ瞬時に軽蔑と嫌悪の視線を全身に浴びる危険があるため、表現する際には鉄の勇気をも必要とします。

この駄洒落、日本古来の正当な文化ですよね。
特にお正月なんかは駄洒落のオンパレードじゃないですか。

鏡餅は「鑑みる」から来ているわけだし、
上に載せている「橙(だいだい)」は「先祖代々」でしょ。
"昆布"は「喜ぶ」、
"鯛"は「めでたい」、
"黒豆"は「まめに暮らせる」
"きんとん"なんか「金団」って書くくらいでモロお金じゃん

そこの若い女子、オジサンのギャグを軽蔑してはいけません。
親父ギャグだって素晴らしい日本文化なのです。
英語の駄洒落って聞いた事ある?
中国や韓国語の駄洒落ってあるの?カタヒラサン!

医者になってすぐの頃、退院する患者さんからハンカチを貰う事が数多くありました。
先輩のDr.から「患者さんからお金を貰っちゃいけません。しかしハンカチだったらちゃんと頂きなさい。」と言われておりました。
その時は「ハンカチくらいだったら安いから良いのかなぁ」などと深く考えることなく過ごしておりましたが、ちゃんと意味があったんです。

ハンカチ = 手を拭く布切れ = 手の切れ = 手切れ

「もう先生のお世話になる事がないよう手切れしましょう」
つまり患者さんからの願いのこもったお礼がハンカチで、「元気になってよかったね。もう入院して来ないでね。」と心の中で思いながら受け取る事で手切れが成立するわけです。

なんと奥ゆかしいではありませんか。
この素晴らしい文化を絶やさないために、今日も夜な夜なオリンピックなんぞを見ながら一人で駄洒落を考え続けるのです。

夜な夜なキムヨナ

第100回 ありがとうございました

さて、今回でとうとうこのコラムも100回となりました。

開始当初は編集長である渡邊先生から「とりあえず3カ月」との依頼で、「じゃ、12,3回で良いのね」なんて気軽に始めたわけですが、まさかここまで続ける事になるとは夢にも思いませんでした。
ただ、いま読み返してみると
「つまんね~~~~~~~!」記事ばかりです。
特に開始当初は美容外科医を意識するあまりに肩肘張りまくってシャレの一つもない記事だったり、読んでも面白みのない記事で、明らかに「ネタ切れ」である事がバレバレ。
一時期は乾いた雑巾を絞るかのごとく原稿を書いておりました。

ここまで続ける事が出来たのは、クリニックに来られる患者さんからの
「いつも読んでますよ。」の一言であったり、
読者の方が書き込んで下さるコメントだったり、
そして何よりも原稿を送った後に返信されてくる編集長の感想でした。
また、以前に書かせて頂いた「お誕生日おめでとう」の時は、健太郎の家族の方がWEBをプリントして入院中のお爺ちゃんに読んでさし上げたところ、お爺ちゃんは涙を流して喜んでくれたそうです。
自分の書いた記事で楽しんだり喜んでくれる人がいる事に、何よりの充実感を味わう事が出来ました。

ひとつのサイトの中に多種多様な人間が、
一切の報酬を期待することなく、
それぞれの得意とする分野を公表する。
今では月に1万件以上のアクセスが続いております。
このユニークな企画に参加させて頂いた事を心から感謝したいと思います。

今までご拝読頂き、誠にありがとうございました。
では皆様、ごきげんよう。

第99回 節分

昨日2月3日は節分でした。
ちなみに鬼を追い払うのに、なぜ「豆」を用いるのか。
ひも解くと「豆」は「魔滅」だそうです。
今ではどのくらいのご家庭で豆撒きをされているのでしょうか。
小さいお子さんのいらっしゃる家庭でしかやられていないのが現状でしょうね。

この日に自分の年より一つ多く豆を食べれば身体が丈夫になり、風邪をひきにくくなると言われておりますが、我が家ではチョット趣が異なります。

① まず豆を蒔く際は、部屋を暗くして窓とドアを開ける。
② 部屋の隅から窓とドアに向かって「鬼は外、福は内」。
③ 豆を蒔き終わった部屋の窓はすぐに閉める。
(追い出した鬼がまた入ってくるからね。)
④ 隅から順番に豆を蒔いていき、最後の部屋まで鬼を追い詰める。
⑤ 家の中で一番大きな窓を開け、最後にもう一度「鬼は外、福は内」。
⑥ 全ての部屋で蒔き終えたら電気を付けて、豆を拾う。
⑦ 集めた豆から自分の年の十の位と一の位を足した数を和紙に包む。
(自分だったら43歳なので4+3で7個)
⑧ 和紙に包んだ豆を背中に通す。
(背中に隠れた鬼を抜きとる)
⑨ 家族全員分の豆をその家の当主と長男が四辻(十字路)に捨てに行く。
(十字路だと鬼がどの方向に行っていいのか分からなくなる)
⑩ 帰る際は決して振り返ってはならない。
(顔を見られたら、また鬼が付いてくるから)
⑪ 蒔いた豆を食べてはいけない。
(鬼が吸いついているから)

さあ、日本全国でこれほど面倒くさい豆蒔きをしている家庭が何軒あるでしょう。
小さい頃、親父と豆を夜の十字路に捨てに行くのが怖くてね。
特に豆を捨てるのは夜で、それもなるべく暗い十字路。
帰るときに後ろを振り返ると付いてくる鬼が見える気がして、足早に帰路についた記憶があります。

昨夜も長男と二人で豆を捨てに行きました。
外の気温はマイナス10℃を切っています。
ガッツリ着込んではいるものの容赦なく体温が奪われます。
家から若干離れた十字路に辿り着き、背中を向けた状態で豆をポイッ!

「さ、帰るぞ!」
「パパ、鬼、付いてきてない?」
「わかんない。」
「付いてきてたらどうしよう...。」
「よし、念のため遠回りして振り切ろう。」
「パパ、後ろ見ちゃだめだよ。」
「お前も振り返るなよ。」
「死んでも振り返らない。」
「(いや、死んだら振り返れないけど...。)」

いつまでこのイベントを続けられるのか。
帰りに見た星空が綺麗だったなぁ。

第98回「神の舞い降りた瞬間」

高齢者共同住宅の訪問診療を初めて2年半になります。
つい最近ではありますが、今まで勤めていたクリニックから違う所に移動しました。
そこでは高齢者共同住宅のみならず、在宅で療養されていらっしゃる方のお宅にも訪問するのです。

訪問診療用の車のトランクには一通りの診療器具が積み込まれ、簡単な処置であればその場で直ぐに対応できます。
予め予定されていたお宅を訪問し、問診・聴診・視診・打診・触診。
状態が思わしくないようであれば採血・点滴。
要請があれば緊急往診に伺う事も珍しくありません。

ピロロロロ...。
「はい、○○クリニック看護師の◎◎です。」
「...。」
「はい、お熱はどうですか?」
「...。」
「お食事はとれてますか?」
「...。」
「どこか痛がったりしていますか?」
「...。」
「判りました、先生に確認するのでチョットお待ちいただけますか?」

「先生、△□才のお祖母ちゃんで、もともと高血圧と糖尿病で診ている方なんですけど、昨夜からお熱が39度代でお食事も摂れてないらしんですよ。」
「血圧は?」
「上が130で下が70くらいだそうです。」
「う~~~ん、大丈夫そうな気もするけど、とりあえず顔見に行くか。」
「じゃ、家族にそう伝えます。」

「もしもし、今先生と相談してこれからお伺いさせて頂く事になりました。30分後くらいには行けると思いますので。」
「...。」

大抵の場合は大丈夫な事が多く、行ったら行ったでピンピンされてらっしゃる事も少なくありません。
ただ不安の中で手を拱くしかない本人や家族にとっては、白衣を着た医者と看護師が荷物を抱えて来てくれるのは非常に有難いものだそうです。

「なぁんだ婆ちゃん、元気そうじゃん。心配しちゃったよ。」
「ありがとねぇ、先生。来てもらっちゃって。」
「うん、いいのいいの。仕事だから。」
「なんか不安でさ。」
「そうだよね。ほら、今インフルエンザも流行っているから。」
「もうちょっと長生きしたいんだけどねぇ。」
「婆ちゃんならあと10年は平気だよ。」
「なんか昨日は夜も寝られなくて...。」
「大丈夫、そのうちずっと寝ていられるようになるから。箱の中で。」
「あはは、嫌だよ先生。」
「そん時は頭に付ける三角の布、プレゼントするから。」
「先生(怒)!!!!!」
「とりあえずお水飲めるかい?」
「トロミ付ければ、なんとかね。」
「じゃさ、ポカリかなんかを一生懸命飲んでね。」

こんな感じで軽く毒を吐きながら診療は終了するのですが、先日は事態が違いました。

「先生、94歳で在宅療養されているお祖母ちゃんなんですが2日前から眠ったまま一切水も食事も摂れなくなっているって、さっき家族の方から連絡来たんですけど。」
「ああ!94歳?!」
「熱は無いらしいんですが。」
「それは熱がないんじゃ無くて出せないんだよ。まずそこ行こう。」
「点滴、何持っていきますか?」
「とりあえず(ソリタ)T1とT3、あとグル(ブドウ糖)も。」

お部屋を訪れると、ベッドの上で動かなくなっているお婆ちゃんがいました。
声かけにも反応なく、肩をゆすっても反応なし。
血圧はいつもと変わりませんが、熱は39度代で心拍100弱。

「うわ、完璧な脱水だよ。点滴いくよ。」
「T1でいいですか?」
「うん、どこから入れよう。」

もともと高齢のために血管が脆く、更には脱水のせいで張りがありません。
まずは看護師がTry。
1本目、失敗。
2本目、失敗。
「よし、俺が変わる。」
3本目、失敗。
「先生、やっぱりあたしがやります。」
4本目、何とか成功!

「とりあえず水分を補給させます。水か足りてきた段階でまず熱が出てくると思いますが正常の反応なので慌てないでください。今繋がっている点滴が終わる頃にまた来ます。」

家族にそのほかの注意事項を伝え、いったん撤収。
他にも待っている患者さんは盛りだくさん。
一通り終わったのは夕方の5時を過ぎていました。

日もとっぷりと暮れ、最初に行ったお宅に再訪問。
チョットは元気になったかと期待していたのですが、予想は見事に外されました。
点滴がほとんど落ちていない。
熱と脈拍はさらに上がり、呼吸も苦しそう。
おいおい、このままじゃヤバいよ。

「点滴取りなおすよ。」
「先生、針があと1本しかありません。」

ここからクリニックまで、片道30分はかかる。
取りに行って戻るのに交通事情を考えると下手したら2時間近く。
この一本で決めるしかない。

やるっきゃない。

左手を手に取り、手背を何度も撫でつけ、血管を浮き立たせる。
針の角度に微調整を加え、一気に刺す!

入った!

「末梢確保OK!ルート頂戴!」
「え!入っちゃったんですか?まだルートできてません!」
「急いでぇ、今回は自信あるから。」
「できました!繋ぎます!」
「OK!漏れなし。落ちてる?」
「バッチリです。」
「このボトルは全開Rapidで、10%グル20ml混ぜちゃおう。」
「次のボトル、どうします?」
「もう一本はT1かな。連結管で繋いじゃおう。」

点滴が500ccも入った頃、お婆ちゃんの熱と脈拍が落ち着き始めました。
これに合わせて体動も出始めます。

「お、元気になってきた。これ以上動くとまた点滴外れちゃうから、軽く両手結わえさせてね。」

とりあえず一安心。
これで朝までに更に1000cc入れば落ち着くでしょう。

「明日の朝の状態も俺に教えてちょうだい。」

翌日は自分の当番日じゃないけど、やっぱり気になるから看護師に指示。
「今夜何かあったら先生に相談してもいいですか?」
「あったりきしゃりき」
「なんすか?それ。」
帰りの車の中は心地よい疲労感に包まれました。

翌朝、看護師からの電話報告。
「昨日のお婆チャン、熱は36℃代で脈拍も60台。呼吸も安定してます。」
「おお、良かった。これなら大丈夫そうだね。」
「あと発語でました。」
「なんて?」
「"痛い"って」
「あはは、それだけ回復してりゃ大丈夫だわ。お疲れさん。」
「はい、先生もありがとうございました。」

昨夜は久々に痺れるような状況でした。
最後の一本で点滴が取れた瞬間は、まさに点滴の神が僕に舞い降りてきた瞬間だったと今思うわけです。

第97回「この時期になると思いだす事」

今年の医師国家試験は第104回だそうです。
日程は2月13日から15日にかけての3日間。
6年間勉強してきた事の集大成が評価される最大のイベント。

この頃の医学部6年生は精神的にかなり擦り減ってます。
電話帳ほどの厚さのある過去問集を4回も5回も繰り返し、
友達同士で問題を出し合い、
苦手分野の教えを請い、
得意分野の憶え方を提供します。

医師国家試験に定員はありません。
合格ラインを通過すれば全員がDr.です。
この段階で友人はライバルではなく、同志です。

ただこの時期、どんなに勉強しても足りなく思えて仕方ありません。
同じ問題で何度も間違える。
引っかけ問題に何度も騙される。
隣で勉強されているテーマが気になって仕方がない。

「あ~、自分も循環器系苦手なのにまだ消化器から抜け出せない!」
「今日のノルマ、このままじゃ終わらないよぉ!」

大抵夜の12時までは大学構内の自習室で仲間と勉強。
帰宅してシャワーを浴び、缶ビールを飲みながらひと時の休息。
時計の針が2時を過ぎ、そろそろ寝なくてはと布団に潜り込むも
「あれ?エバンス症候群って何だっけ?」
一度頭の中に浮かんでしまった疑問は、時間の経過とともに膨れ上がり
もう寝てなんかいられません。
ごそごそと布団から這い出し電気をつけて、教科書を調べ

「あ、そうそう。よし!寝るぞ!」

温まった布団に再度潜り込み、電気を消して眼を閉じる。
「あれ?シャルコマリーって何だっけ?」
再度電気をつけ、教科書を開き確認。

「ふぇ~~ん、このままじゃ寝られないよぉ!」

毎晩がこんな感じ。
この時期に睡眠薬に頼る人間も少なくありません。

年が明け、生活時間帯の修正が始まります。
試験開始は午前9時。
この時間に思考回路が100%回るよう、それまで夜型の生活を朝型に切り替えるのです。
6時半に起床し、朝ご飯を食べ、9時から勉強スタート。
夜は10時に勉強を切り上げ、12時には眠る。
この切り替えがなかなか難しい。
身体がついてこない。
では、何をする?

答え:神様に頼る & 験(ゲン)を担ぐ

何の脈絡もなく
「あの信号が青のうちに渡り切ったら勝ち」とか
「デジタル時計の表示が11:11:11の瞬間を見たら勝ち」とか
"ミサンガ"が流行ったのもこの頃。
それまで立ち寄る事もなかった神社に赴き、何年かぶりの初詣。
学業成就のお守りを購入。
お神酒を持ち帰り、友人らと共に盃を傾けます。

そして1月7日、七草。
勉強部屋にカセットコンロと鍋を持ち込み、スーパーで購入した七草粥セットを広げます。
ここで全員の動きがぴたりと止まる。

「ねえ、お粥ってどうやって作るんだ?」

「知らねぇ、作った事ないもん。」

「ご飯にお湯かけて煮詰めちゃえばいいんじゃね?」

「それじゃ茶漬けじゃん。」

「お粥とオジヤって何が違うの?」

「それって国試出る?」

「たぶん出ない。」

「じゃ、回答は後回し。」

「鍋やった後にご飯入れて食うのって、あれとは違うよな。」

「だからそれはオジヤでしょ。」

「七草オジヤは却下です。ちゃんとお粥にしてください。」

「だったら自分で作れよ!」

「やっぱりお米の状態から作るのかなぁ...。」

今までお粥なんか作った事のない人間が集まったところで正解が得られるわけもなく、業を煮やした一人が強制的に調理に入りました。

「こんなもん、ご飯と葉っぱと水入れて煮込んじゃえばいいんだよ。」

「味付けは?」

「お粥に味付けなんかしたっけ?」

「う~~~~~~~~~ん...。」

「俺、とりあえず梅干し持ってきた。」

「偉い!おまえ国試合格決定!」

勉強の傍ら、全員がチョコチョコと蓋を開けては覗き込み

「そろそろ良いんじゃね?」

紙皿なんかじゃなくて、各自が自前の茶碗と箸を準備。
順番に鍋の中身をよそっていきます。

「ちゃんとお粥っぽくなってるじゃん。」

「お粥って言うか、糊?」

「ちょっと喰ってみ?」

「う~~~~~~ん、かなり微妙。っていうか不味い。」

「確かに、お粥ではないな。」

「どーすんだよ、まだこんなに残ってるぞ。」

「他の部屋の奴らに食わしちゃおうか。」

「それはそれで、ちょっと癪。」

「あ、醤油かけると食えるよ!」

「マジ?ほんとだ!食える!」

「卵かけたらもっと良かったかもね。」

「だからそれはオジヤだって。」

「醤油まだある?俺も欲しい。」

「な、ちょっと言っても良い?」

「なんだよ。」

「お前、泥食ってるみたい。」

「言うなよ!自分でもそんな気がしてたんだから!」

「はぁぁ、正月早々泥食ってる俺達って...。」

「だから言うなって!」

見栄えも悪く、決して世辞にも美味しいと言えるものではありませんでしたが、なぜかこの時期に七草粥を食べる度に、あの泥水のようなお粥を思い出してしまうのです。

第96回 DUTY(義務)

ウチの中は絶えず色々な声が聞こえます。
特に夜9時頃...。

「ママ、明日家庭科でエプロン持っていくの忘れてた!」
「何で今頃!もう9時過ぎてるよ!」
「宿題やったの!?」
「学校からプリント貰ってきてないの!?」
「今日の分のチャレンジやった!?」
「ランドセル片付けなさい!」
「この脱ぎっぱなしの靴下は誰の!?」
「明日の時間割そろえた!?」
「脱いだ服、ちゃんとたたみなさい!」
「歯、磨いたの!?」
Etc.etc.etc.....

子供達の学年が上がるにつれて要求される数とレベルが上がるのはやむを得ない事ではありますが、これがなかなか大変です。
要領良くやれば予定就寝時刻には余裕で間に合いそうなものの、"テレビ"とか"Wii"とか"ネット"とか"マンガ"とか、とかく誘惑が多すぎて抗う事が困難極まりない。
結果として寝る時間はとっくに過ぎているにも関わらず、やらなくてはならない事が山積み状態。必然的に21時の親(おもに母)子バトルの封が切って落とされるのです。

勉強をやらなくていいとは言わない。
自分の身の回りの事はちゃんと自分でやらなくちゃいけない。
当たり前の事を当たり前にこなす。
今この程度で処理能力を超えるようであれば、この先動作を立ち上げる度にフリーズするのは必至。
メモリを上げろ。
いらないファイルは消去して、定期的にデフラグかけろ。
バージョンアップを怠るな。
言いたい事は山ほどあるけど、なかなかどうして。

以前、朝方に子供達がカミサンの逆鱗に触れた時
煙の立ち昇る回路が制御不能に陥った彼女を奥の部屋に退避させ
トースト片手に固まったまま涙を流し続ける子供達に話しました。
静かに、ゆっくりと。

いいか、お前たちがやらなくてはいけない事は4つだけ。
ひとつ、良く寝る事。
ふたつ、良く食べる事。
みっつ、良く遊ぶ事。
よっつ、良く勉強する事。
この4つは車のタイヤみたいなもんだ。
全てのタイヤにちゃんと空気が入って、ちゃんと固定されて、ちゃんと回る事で車は真っ直ぐ進むんだよ。
どれか一個でも回らなければ、車も動かない。
学校の授業やチャレンジだけが勉強じゃない。
遊びの中にも勉強になる事はいっぱいある。
勉強の中にも遊びは隠れてる。
いいか、
嫌だからって逃げるな。
嫌だと思っていたものが実は楽しい物かも知れない。
まずは、やれ。
とりあえず、食え。
そして学校に行って来い。

本当はこの4つの他に
「約束を守る事」と「嘘をつかない事」を入れたかったんだけど
いきなり6つは無理だろうし、
タイヤが6個ある車は無いからね。
ま、昔のF1で「タイレルフォードP34」ってのがあったけど...。


(まだスーパーカーブームの名残が抜けません。)

追伸:
一年間、稚拙な駄文を拝読頂きありがとうございました。
今年は年明け早々に父が他界し、また6月には祖母が他界。
喪中につき新年のご挨拶が儘なりませんが、この場を借りてこの一年の感謝と来年に向けてのご挨拶と代えさせて頂きます事ご了承ください。
では皆様、良いお年をお迎えください。
また来年。

第95回 ご先祖様 その2

「真田幸村」

今、歴女(歴史好きの女性)の中で人気No.1の戦国武将が彼だそうです。
主君(豊臣秀頼)を奉りながらも稚拙な戦略に妥協を許さず独自に出城(通称「真田丸」)を構築。徳川軍を迎え撃ち壊滅的な打撃を与えたばかりでなく、撤退の際に追いかける事さえもしない徳川勢に対し「関東勢百万も候え、男は一人もなく候」と言い放ったのはあまりにもカッコ良すぎる。

両軍入り乱れて戦う最中、際だった力で敵軍をなぎ倒す赤い軍勢があった。
真田幸村旗下三千の赤備えである。
真田隊の通った跡は草木一本残りはしない。
それはまさに真っ赤な溶岩の流れであった。
(「真田十勇士」 岡村賢二/笹沢左保 著 リイド社)

また更に、ゲーム「戦国BASARA」において描かれる幸村が美青年ときた日にゃ歴女ならずとも惚れるってもんです。

先週のコラムで真田幸村を取り上げたのは、何も歴女に人気を博そうと思って書いた訳ではありません。
また、常日頃より先祖を奉り心に留め置き続けているわけでもありません。
とあるきっかけがありました。

先々週のコラム「大人買い」の中で一部訂正と追加がございます。
長男ジェームス(小3)とプラモデルを買うシーンの冒頭ですが、何も彼が最初から真田幸村を知っていたわけではありません。
実はこんなやり取りから始まったのです。

「パパ、この赤いガンダムなに?」
「あは、真田幸村だ。」
「誰?」
「戦国時代の有名な武将。」
「武将って?」
「お侍さんの偉い人。」
「大将ってこと?」
「まさにその通り。ちなみにこの人ウチのご先祖様だよ。」
「本気(マジ)?」
「真剣(マジ)。」
「凄ぇ!オレ、ご先祖様作りたい。」
「幸村はご先祖様だけど、ガンダムは先祖じゃないよ。」
「わかってるよ!」
「じゃあ、幸村だけじゃ寂しいから他のも買うか。」

かくしてガンプラ7個買いに至ったわけであります。
レジに持っていく途中もコラムでは7個と書きましたが、実は6個。

「ご先祖様はオレが持ちたい。」

彼の切なる願いで幸村ガンダムのみ別ルートで運ばれたのです。
それ以来、我が家はチョットした幸村ブーム。
とりあえずは子供がとっつきやすい「真田十勇士」から行きましょう。
最初は"猿飛佐助""霧隠才蔵"あたりのメジャーキャラ。
そのうち"根津甚八""筧十蔵""海野六郎"あたりの渋キャラ。
読み進めていくうちに"徳川家"とか"豊臣家"、そして当時の時代背景の移り変わりなんかに興味を持ってくれればいいんだけど。
ただただ年表覚えるより、ずっと楽しいじゃん。

第94回 ご先祖様

ここに一冊の家系図があります。

家系図

「人皇五十六代 清和天皇」に始まり、「貞保親王」、「善淵王」と続くのですが、七代目から姓が「武藤」に変わります。
途中から「海野」に変わりますが数代でまた「武藤」に戻り、38代目当主の欄に自分の名前があります。
ま、江戸時代には家の格式を上げるために「家系図の偽造」なんて事は日常茶飯事で行われており、この家系図もどこまで本当なのか疑わしい限りです。

ただ、チョット面白いのは26代目に「真田昌幸(真田安房守、後武藤喜兵衛)」、27代目に「真田幸村(真田左衛門佐)」の名前がある事。

家系図

真田幸村は息子の大助と共に慶長20年(1620年)大坂夏の陣において戦死しますが、本来の継承者である兄の信之が家督を継いで血脈を途絶えさせる事を免れたようです。

真田幸村

実際に武藤の家紋は「六連銭」。

六連銭

"六"という数字には死後、生まれ変わる行き先6か所(六道)である「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上」のそれぞれを現すとともに、三途の川の渡し賃として死者の棺に成仏するよう願いを込めて納められた史実もあり、地蔵尊信仰の象徴とされる数字のようです。

小さい頃より父から「ウチは真田幸村の子孫だ」などと吹き込まれていた記憶があります。
子供ゆえに疑う余地のあろう筈がなく言われるが儘に信じ込んでおりましたが、ここ最近になり色々読んだり調べているうちに様々な疑問点が浮上してきました。

先に述べた「家系図の偽造」の他、記載内容に関しても腑に落ちない。

なによりも「幸村」という名前は本来「信繁」だった筈。
この名前は武田信玄の弟である武田信繁から父である昌幸が譲り受けたものであるため、由緒正しき名前を生前に改名する事はまずあり得ない。
現存する直筆の書状の中でも「信繁」の名前を頻用しており、「幸村」と書かれた書状は見つかっていない。
「幸村」の名前は江戸元録期の歴史小説『真田三代記』において初めて使われ始め、後に『真田十勇士』の大ヒットによって定着した名前であると言っても過言ではないはず。
幸村の村の字は、徳川を呪い続けた妖刀「村正」から取られたなんて説もあるほどで、なんか如何にもフィクションぽくない?
であるにもかかわらず、家系図上では「信繁」の名前は端に追いやられ、大きく「幸村」と記載されているのはおかしくないか?

一方で真田は信濃の名族として知られる滋野家の流れをくむ海野家の傍流であり、これらの名前が家系図の中には多く散見されています。
と、言う事は、
歴史上史実と照らし合わせてみても褄の合う部分も少なくない、というよりもむしろ合致する部分がほとんどです。

百歩譲ってこの家系図が本物であるとすれば、江戸時代以降に継承を目的に改定したご先祖様が「真田信繁」と書くべきところを、余計なおせっかいで判りやすくするために「幸村」にしてしまったのでしょうか。

う~ん...、
歴史ミステリーって、面白い。

第93回「大人買い」

ああ、なんて甘美な響き。
小さい頃は買えなかった物が、今では買う事が出来る。
毎月のお小遣いと、お正月のお年玉を見込んで購入計画を立てるものの
大抵の場合、計画は寸前に破綻しているものです。

「おかしい...、」
「計算ではこの時期に○○円貯まっていたはずなのに...、」
「全然足りない...、」

昭和52年頃、巷ではスーパーカーブーム。
ランボルギーニ カウンタック LP500S
フェラーリ512BB(ベルリネッタ ボクサー)
ポルシェ930ターボ
ランチャ ストラトス
マセラティ カムシン
運転席を「コックピット」と呼び、「リアスポイラー」とか「リトラクタブルヘッドライト」、「12気筒」など日常生活に全く関係ない単語を覚え、「サーキットの狼」はバイブル。
テレビでは「マシンハヤブサ」とか「グランプリの鷹」が高視聴率。
ニキ・ラウダ、ジェームス・ハントといった実在のF1ドライバーはまさしく神的な存在。

こういった時代を背景に夢中になる子供達の小遣いを吸い上げる事を目的とするかの如くいきなり市場にデビューした『スーパーカーカード』
ご丁寧に専用アルバムなる物も同時発売。
1枚10円のカードをお小遣いの中から1回に付き1枚、2枚と買い求め
枚数が多くなるほどダブり始めます。
有りもしないハンドパワーでレアカードを選びぬき
何度騙された事か。

「あ~、またカウンタックだぁ...。」
「やりぃ!ポルシェ934ゲットォ!」
「わぁ、それレアじゃん(当時は"レア"なんて言葉なかったけどね)」

そんな会話を尻目に、中学生と思しきお兄さんが未開封の箱ごと取り上げ
レジで1000円札でお支払い。

「馬鹿だなぁ、箱ごと買っちまえばダブらないんだよ。」

わかってますよ。
けど、一回の買い物に1000円札が消えてなくなる事が
小学校中学年にどれだけの度胸を必要とするか。

時は流れて30余年。
潤沢とはいえないも、お小遣いが増えました。
今だったらスーパーカーカードを箱ごと買う事に躊躇はありません。
って言うか、今は欲しくないけど。


話は変わりますが、毎年の大晦日から正月3ヶ日は当家男衆はガンダムのプラモデル(以下ガンプラ)を作るのが恒例行事です。
小学校3年生のジェームスはかなり腕をあげました。
来春小学生のパソちゃんは今年からガンプラデビューです。

先日、家族で某家電量販店に行ってきました。
男衆を引き連れ、向かう先はモチロン「ガンプラコーナー」
この魔境に入り込んだ瞬間、男衆の会話は女人解析不可能となります。

「パパ!HGのユニコーン出た!」
「マジ?どっちのタイプ?」
「デストロイモード!」
「おぉ。ギガかっけぇ!」
「MGのユニコーンもあるじゃん。」
「え~、MGはまだ無理だよ。」
「真田幸村ガンダムもあるよ。」
「直江兼続は?」
「ある!」
「信玄と謙信もあるな、伊達正宗まであるじゃん。」
「どれにしよぉ...。」
「全部作るか?」
「いいの?」
「どうせ作るんだったらコンプリートだろ。」
「やった!」
「半分は自分で(金)出せよ。」
「え~~~~、」
「パパぁ、ウチはこれ作ってみたい。」
「曹操孟徳のガンダムって、君わかってる?」
「けど、角がいっぱいで金色でカッコいいしょ(北海道弁)。」
「確かに...。」
「あと、こっちも...、」
「孔明のリ・ガズィなんかあるんだ...。」
「こっちは武器が飛行機にトランスフォームするんだよ。」
「確かにかっけぇ...。」
「いいしょ?」
「作れるの?」
「にぃにぃ(お兄ちゃん)に教えてもらう。」
「ま、入門編としては適当か、ダブルOK!」
「やったぁ!」

かくして7個のガンプラを抱えてレジへ。
途中で合流したカミサンの目が丸く、瞳孔が収縮しています。
確実に何か言いたげではありますが、無視無視。

「お買い上げ、3270円になります。」
「パパ、お金ある?」
「大丈夫。」
「ポイントはどうなさいますか?」
「あ、そのままで。」

帰りの車中で既に箱を開け、設計図を読み始めるチビ2名。

「パソちゃん、シール滅茶苦茶小さいけど貼れるの?」
「がんばる。」
「部品も小さいよ。」
「がんばる。」

う~ん...、多分パパが頑張る事になるんだろうなぁ...。
自分のガンプラも作らなきゃいけないんだけど...。
それにしても、プラモデル7個を一気買いかぁ...、
小学生にはできない芸当だよなぁ...、
3000円越したかぁ...、
ちょっと予算オーバーしたなぁ...、
ま、いいかぁ...、

やっぱり「大人買い」って、気持ちいい。
大人になって、良かった♡



第92回 誠意

カウンセリングを受けに来られた患者さんからしばしば聞かれるセリフがあります。
「病院がいっぱいあり過ぎて、どこが良いのか分からない。」
「ネットで調べても,雑誌の広告を見ても良い事しか書いていない。」
「あんまり安いとかえって不安。」

全くもって自分もそう思います。
現在札幌市だけで『美容外科』を標榜するクリニックは約20件。
それぞれのクリニックで特異性を出し、切磋琢磨しているのが現状ですが
中には収益を上げる事を目的として、やってはいけない事をやっている所も未だに有るようです。


或る患者さんから聞いた話①

顔にあるホクロの事で某クリニックに相談に行ったそうです。
診察室に入った瞬間、
「これは悪性のホクロです。至急除去しないと命にかかわります。」
と真面目な顔で言われ、動揺もあり切除をお願いしたそうです。
手術はレーザーを用いて5分ほどで終了。
施術料金として請求された金額は、80万円!!!!!
クレームを付けようにも既に手術は終了しており、今さら支払いを拒絶する事も出来ません。泣く泣くローンでの支払い契約を半ば無理やり取らされたそうです。

一般的に皮膚癌など悪性腫瘍に対し、レーザーを用いる事はありません。
目的とする腫瘍から3~5㎜離した処でメスを用いて慎重に切除します。
また、料金に関しましても保険診療の適応となりますので、切除後に皮膚移植や皮弁術を用いたとしても患者さんに請求される金額が10万円を超える事は無いでしょう。


或る患者さんから聞いた話②

眼瞼下垂の相談で、某クリニックに相談に行ったそうです。
テレビや新聞などで保険診療の対応である事を知った上での受診でした。
診察の結果は、当然のごとく「眼瞼下垂」
手術にかかる費用は30万円!!!!!
「保険で手術できると聞いたのですが」
と、伝えたところ
「保険でやったらガタガタにされますよ。」
とのお返事。
やはり女性の心理として『綺麗に仕上げてもらいたい』との気持ちから請求通りの金額を支払われたそうです。

「眼瞼下垂」という診断がついた段階で、治療は保険診療の範疇に含まれます。
両目に対して施術したとしても請求できる金額は5万円程度にとどまります。
この他に検査料や処置料、処方箋発行料などが加算されたとしても倍以上になる事はあり得ません。
また、常識ある外科医であれば保険だからと言って手を抜くような事はしません。
むしろ保険診療の範囲内で最大限の技術を用い、他院と差別化する事の方が何よりも重要なのです。
信用を得るのは非常に大変ですが、失うのは一瞬です。
「あそこの病院に行ったらガタガタにされたよ。」なんて噂が広がろうものなら、尾ヒレ羽ヒレがついて史上最悪のクリニックに仕立て上げられるのは時間の問題です。
保険診療の範囲内か、自費診療に組み込まれるか、
それはマイナスに陥ったものをゼロに戻すか、ゼロからプラスに立ち上げるかの違いとお考えください。
どちらにしろUPさせなくてはならないわけですから、手なんか抜きたくっても抜けません。保険だからと言って雑に済ませる事はあり得ないのです。

自分の技術に自信がないのか、お金儲けが優先なのか
ましてや自らを優位に立たせるために、他院の評判を落とすような事を平気で言ってのける人間の常識が疑われます。
かと思うとこんなケースもありました。


ウチのクリニックに来た患者さん

 「先生、あたし眼瞼下垂なんです。」
「夕方になると瞼が重くて開かなくなるんです」
「頭痛や肩こりがひどいんです。」
「額にしわが寄るんです。」

確かに瞼に力がなく、黒目は半分程度しか見えていません。
眉毛を抑えると更に眼は開かなくなります。

「先生、眼瞼下垂の手術をしたら二重になるんですよね。」
「二重の幅は希望を出せるんですか?」
「どうせならパッチリした二重になりたいんですけど。」

おやおや?
なんか話の方向がおかしくなってきました。
話を聞いているうちに、ある一つの事に気がつきました。
診察室に入った時は半分程度しか開いていなかった瞼が、気がつくと8割方開いています。
それでいて眉毛も上がらなくなってきました。
さすがにピン!と来た。
詐病だ。
喋っているうちに演技する事を忘れてきたんだ。
保険で二重にしてもらうために、眼瞼下垂のフリをしていたわけだ。
インターネットとかで勉強したんだろうなぁ...、
症状を説明するのがやたら上手だったもんなぁ...、
確かに保険だったら、料金は半分以下で済むもんなぁ...、
しか~~~し!
病気でもない物を保険で対応するわけにはいきません。
眼瞼下垂でない人にこの手術をすれば、当然眼は閉じづらくなります。
やんわりとお断りさせていただきました。


どの業界でも共通するとは思いますが、いろんな人がいます。
(ばか)正直な人とずる賢い人
弱い人と強い人
お金のためなら平気で嘘をつける人
騙す事を厭わない人
騙されても文句を言えない人
陰で笑う人がいれば泣く人もいる

もちろん現在に至るまで携わった全ての人に感謝されているという事は無いでしょう。
中には納得がいかず胸の中のモヤモヤを奥にしまい込んでいる人もいるでしょう。
100%患者さんのご期待に応えるのは不可能です。
だからこそ、術前術後のカウンセリングには誠意が必要です。

このクリニックは親父の代から始まってもうすぐ49年になります。
開院当初から誠意をもった診療で対応し続けていたからこそ、この数字を刻む事が出来たのだと自負しております。

昭和38年頃のクリニック

昭和38年頃のクリニック(当時は"札幌中央整形"でした。)

第91回 「ゲーセンにて」

とある週末の夕方、
miniクボ君(別名パソちゃん)の加入している子供会主催のお泊まり会のため
本人とママは外泊。

診療が終了してから長女キャサリン(11)と長男ジェームス(9)合流
当日夕飯のご希望メニューは回転ずし。

「どこ行こうか」

「近いところで良いよ」

「i phoneで調べたら?」

「良い所に気付いたな、そうしよう」

「お、NORBESAのビルの中に回転ずし入ってるわ。」

「ノルベサってどこ?」

「観覧車のあるビル。」

「いいねぇ!そこ行こ!」

「観覧車は乗りませんよ。」

「え~~~~~~~!」

「当たり前です。ご飯を食べるだけです。」

「チョットぐらい良いじゃん。」

「観覧車チョットってモロ1周ジャン。」

「え~~~~、乗ろうよぉ!」

「ちなみにあの観覧車、一人いくらか知ってる?」

「しらな~い...。」

「正解は一人600円です。」
「600円くらいなら良いじゃん」

「マグロ3皿分だよ。お寿司食べなくて良いなら乗るけど。」

「お寿司にします。」

かくしてNORBESA到着。
とは言っても時間はまだ5時過ぎ、夕ご飯にはちょっと早い。
時間を潰したくても観覧車には意地でも乗りません。
同ビル5Fには大きなゲームセンターが入居しておられました。
ここならひとり100円使って2,3回やってもたかが知れてるし、
チョットは時間も潰せそう。

「いいか、1回だけだからな。」

「え~、どれにしよぉ」

「二人のうち、どっちがエアホッケー強いの?」

「俺、強いよ。お祖母ちゃんに勝った事あるもん。」

勝負の対象がお祖母ちゃんですか。
全く自慢になりませんが、既に彼の中で勝利が確信されているようです。

「じゃ、二人でやってごらん。」

100円玉を2枚投入。
滑り出てくるパックと共に、盛大なBGMが鳴り響きます。
昔の温泉宿にあったようなエアホッケーではありません。
鮮やかなネオンが煌めき、鳴り響く効果音にtensionはウナギ登り。
ゲーム開始を告げるアナウンスが流れます。

「Round 1 Ready Go!」

パキュン、パキュン!
ガゴーン!
ピシュルルルル!
ガコン!

「Go---------------------------------------------------al!」

先制点はジェームス。
得意がっております。
鼻の穴が膨らんでます。

「Rpund 2 Ready Go!」

先制点を許したキャサリン。
目の前には鼻の穴おっぴろげて得意がっているジェームス。
調子づかせる訳に行きません。
ここは追いついておきたい所です。

ガン!

強烈なサーブ!

パキュン!
ガン!
ガコン!

なんとリターンエース!

踊ってます。
勝利を確信したのか、ジェームス踊ってます。

しかし、このまま引き下がるキャサリンではなかった。
ゲームは白熱の展開。
2点のビハインドからキャサリンが追い上げる。
同点から徐々にキャサリンがリード。
焦るジェームス。
残り時間が気になり、ゲームに集中できません。
広がる点差。
迫るタイムリミット。

ビッビ~~~~~~!
「Game Over!」

終わってみれば8対5でキャサリンの勝利。
茫然と立ちすくむジェームス。

「負けたか...。」

話しかけた途端に抱きつかれ、マジ泣きされました。

「しょうがないじゃん、ゲームだもん。」
「もう一回やる!」
「ダメ、1回って約束でしょ。」
「あ゛~~~~~~~~!」

たかが、と言っては失礼かもしれないが
エアホッケーに負けて、ここまで悔しがれるというのは
ある意味羨ましくもあります。
視線をずらせば申し訳なさそうに立っているキャサリン。

「OK、もう一勝負だけな。」

ジェームスの選んだのは、彼の最も得意としている「マリオカート」
自宅のWiiでは無敗を誇り、友達間でも上位にランキングしているらしい。
更にはアミューズメントでも既に数回やりこんでおり、キャサリンは初体験。
どう転んでも負ける気はしない。
ジェームスの見えない所で、瞬時にキャサリンと目で会話。

「ジェームスに勝たせてあげましょう。」

これには彼女も同意。
早速ドライビングシートに滑り込み、
シートの位置を合わせ、
100円玉を2枚ずつ投入。

「Ready Go!」

猛烈な勢いでスタートするジェームス。
やや遅れて追いかけるキャサリン。
序盤の段階で彼の圧倒的な勝利とも思われたが、
彼のリズムがいつもと違う。
いつもは易々とゲットできるアイテムが取れない。
スピードコントロールが巧くできずコースアウトを繰り返す。

入れ込み過ぎだ...。

勝負に対する慢心と油断から本調子が出せていない。
徐々に落ちる順位。
後ろから迫りくるキャサリン。
ファイナルラップでとうとう順位逆転。
追い上げるも縮まらない距離。
最終コーナーを抜けても、いまだ順位変わらず。
バックストレートに障害物無し。

やばい。
これでまた負けると、彼は立ち直れない。

ゴールまであとチョット、という距離になった瞬間、
キャサリン急ブレーキ!
ゴールラインギリギリで停止。
その横を猛スピードで抜けていくジェームス。

勝った...。

ジェームスの目の前のモニターに映る「1位」の文字。
表彰台の真ん中で金メダルを身につけ、降りしきる紙吹雪のなか
両手をあげて周囲に手を振る彼の選んだキャラクター。

「俺が負けるわけないじゃん。」

ようやく機嫌が直り、それどころか得意になっているジェームス。
既に心は回転ずしに飛んでいるようです。
その後、お寿司屋さんでの二人の会話。

「ねぇ、何であそこで止まっちゃったの?」

「いっきにゴールしようとしたら、間違えてブレーキ踏んじゃったんだぁ。」

「なぁんだ、馬鹿だなぁ。」

「いやぁ、勝てると思ったんだけどなぁ。」

「ま、俺に勝つには修業が足りないね。」

わざと勝ちを譲ってもらえたとは露知らず、本人は上機嫌。
ま、知らない方が良い事ってあるよね。
その場に居合わせた3人が、それぞれ色んな思いを胸に秘め
楽しく過ごした夜でした。

第90回「シリーズの途中ですが...、」

今回はあくまでも自分自身の極めて個人的な意見である事を前提にお読みください。

10月30日の読売新聞に、以下の記事が掲載されました
厚生労働省は30日の中央社会保険医療協議会(中医協)で、医療経済実態調査の結果を報告した。
6月の時点で、開業医である一般診療所の院長の平均月収は約208万円で、病院勤務医の123万円の1.7倍だった。2008年度の平均年収でも、一般診療所院長は約2522万円で、病院勤務医の1450万円の1.7倍だった。
(2009年10月30日21時35分 読売新聞)

掲載されたのは読売新聞ですが、記事の提供元は共同通信社です。
1945年に創設され、国内はもちろん海外にも支社を持ち、全国の新聞社に記事を提供する日本のメディアの中枢(自称)である報道機関です。

この記事が目に入り、自分の脳裏によぎったのは
「また来たよ。」

毎年のごとく診療報酬改定の時期になると決まって出る話題です。
政権政党が変わっても、やっている事はやっぱり変わりませんでした。
勤務医と開業医を反目・分断させる事で日本医師会の発言力を弱め、医療費削減を妥当化しようとする意図が見え見えです。
更には開業医に対し休日診療および夜間時間外診療の負担を強いる事を正当化したいのでしょうね。

問題とされるのは、この結果を導き出した調査方法です。
対象となった医師の経験年数、診療科目、認定医・専門医資格の有無、役職、勤務時間に関して一切公表されていません。
例えば無床クリニックで、医師一人、看護師一人、事務一人、診療時間が9時から5時までで週の診療は5日間の高齢の先生と19床以下の入院ベッドを有し、何人もの勤務医や看護師を抱え、夜間診療や時間外、救急外来を有している病院の院長とでは同じ診療所でも収入には雲泥の差があります。
また勤務医に関しても、卒後間もない研修医と教授クラスの先生では同じ勤務医でありながら勿論収入は異なります。

更に診療所と病院では、もちろん業務内容にも違いがあります。
一般的に診療所は、発熱や咳などに対して初期治療を提供するものであり、大学病院や公立病院などは高度先進医療を提供するのが役割であり、これがワークシェアリングであると認識します。

こういった業務内容に明らかな違いがあるにもかかわらず、ただ単に収入を平均化する事で比較するのは如何なものか。

色眼鏡ではありませんが、よっぽど高いお給料をもらっている管理者が安いお給料で勤務医を雇っているとしか思えません(それでも平均月収が123万円というのは凄過ぎる気がしますけどね)。なぜなら、病院院長の平均年収は2,639万円で、一般診療所院長の2,522万円を上回っているというデータも実は出ているのです。そして、その部分は文末の目立たない所に記載する。
見えない糸がプンプンと匂うのは自分だけでしょうか?

根本的な問題として、

開業医と勤務医を比較して、

何の意味があるのか。

いいなぁ...、
月に200万円以上の収入があれば、毎年家族でTDRに行けちゃうぜ。

第89回 僕が脳外を辞めたわけ②

1998年4月、シニアレジデント最終年、
この時期に「チーフ」という役職に約4ヵ月間従事するのが恒例です。
自分の担当期間は8月から12月まで。

「チーフ」と呼ばれる人間が何をやるのか。

答えは「全て」です。

病棟の入院患者の把握、ベッド確保、手術スケジュールの管理のほか、救急外来に患者が運び込まれてきた際、その患者さんがくも膜下出血であれば全例チーフ症例として割り当てられます。
この時期に症例を稼いで経験値を一気に引き上げなくてはなりません。
なんせチーフが終わってしまったら、次回から指導に回らなくてはならないのですから。

くも膜下出血の患者さんがいつ運び込まれてくるか、もちろんわかりません。
1日に二人来ることもあれば、1週間来ない事もあります。
来たら来たで時間との戦いになるわけですから、おちおち家になんか帰れません。
いつ運び込まれても真っ先に立ち会えるよう、病院泊まりは必須なのです。

チーフに就く2か月前、6月9日 長女誕生。
予定日より1週間遅れ、出生体重2300g
カミサンが臨月の2か月前まで働いていたせいもあるのか、お腹の中でなかなか大きくならず、エコー検査上の推定体重が2000gを超えるのを待っての出産でした。
勤務先の大学病院内での出産だったので入院中は毎日会いに行けるのですが、退院されてしまうとなかなか会えません。
チーフ前という事もあり、チョコチョコ抜け出して彼女の実家へ顔を出し、愛娘の顔を見がてら晩ご飯をごちそうになり、夜9時までに再出勤という毎日を送っていました。

8月1日、チーフ初日。
入り過ぎていると言っても過言ではない程の気合を胸に出勤。
「ま、2ヶ月くらいは帰れないでしょ!」などと周囲に宣言し、先輩の通った道のりを思い返しながら業務に励みます。
実際、見るのとやるのとでは大違い。
「おいおい、マジでこんな生活4カ月も続けるの?」
たった最初の2週間でいきなり弱気モード突入です。
「別にチーフだからって、帰っても良いんだぞ。」
「気合い入れ過ぎてると身体もたねぇぞ。」
なんて先輩方から優しく声をお掛けいただきますが、
"あんた達だって帰って無かったでしょうが!"
と心の中で反論しながら
「大丈夫っす、全然平気っす!」
と隈の浮き出た顔でニッコリとお応えさせていただくのがマナー。

泊まりこみが続いている間、シャワーは浴びる事が出来るのですが
問題は洗濯物。
医師として「清潔」が最重要課題であるのに襟ぐりの汚れたワイシャツや、微かに匂う下着はかなりヤバい。
結果として週に一度はカミサンが幼子を胸に抱え、1週間分の下着とワイシャツを紙袋に入れて出前してもらう事となりました。
1週間ぶりに再会するわが子。
毎回会うたびに顔が変わっていて、反応も違います。
「え?もう笑うの?」
「あら、首が座ってる!」
「寝返りできるの?コイツ」
もう成長の度合いが階段状。
抱っこして、目ぇ合わせながら「ぱぁ」なんて言われたもんなら、
「うわぁ、帰りてぇ!」
「一緒に風呂入りてぇ!」
「オムツ交換とかやってみてぇ!」
もう、これは、依存性のある危ないお薬みたいな物かも知れない。
一回知ってしまうと、2回目・3回目への要求が強くなり
長期間の離脱により禁断症状さえも現れてしまうのです。
たまにカミサンが一人で洗濯物を持って来ようものなら超不機嫌。
「あれ?姫は?」
「あ、お母さんが預かってくれた。」
「なんだ...、帰っていいよ。ありがと。」
あと3カ月、あと2ヶ月半、と始まったばかりの癖にカウントダウン開始。

病院泊まりが当たり前といわれるチーフ生活の中で、この感情は致命的。
今日は帰れるか、
明日は帰れるか、
何時くらいなら帰れるか、
最も経験を積まなくてはならない時期に、帰る事を望んでしまう。
理性と感情の葛藤。

"たった4カ月、何で我慢できない!"

判っているんだけどねぇ...、
けど、精神的にも肉体的にも極限の状況が続くと、
逃げ道を模索してしまうのだよ...。
弱いなぁ、自分。
こんなへっぴり腰でこの先やって行けるんだろうか...。

そんな揺れ動く感情の中、更なるエピソードが追い打ちをかけてきた。

第88回 僕が脳外を辞めたわけ ①

医師国家試験に合格し、母校の脳神経外科学教室に入局。
最初の2年間はスーパーローテイトとして麻酔科、放射線診療科、救命救急センター、整形外科、小児外科を研修した後に脳神経外科のシニアレジデント(後期研修医)に昇格。これに併せ名札の所属も"研修医"から"脳神経外科"に変わりました。

既に教室としては"お客さん"ではありません。
重要な戦力として扱われ、責任もぐっと重くなります。

通常は3~4人のチームで一人の患者さんを担当するのですが、シニアレジデントはまさに中間管理職。
Topの先生に付いてこちらも勉強しながら後輩を指導しなくてはなりません。
どの先生にも得意分野があるので良い所を盗ませてもらいながら自分なりにアレンジを加え、オリジナルの治療技術を高めるわけです。
これに後輩(時に学生)への指導を並行して行うわけですが、これがまた重要。
指導を怠ると「武藤!あいつに何教えてんだ!」と怒られる羽目になります。

自分の勉強でさえ儘ならない中、後輩の指導が結構負担となるのはある意味事実なのですが、その後輩が成長してくれるとこれもまた戦力になり、自分をサポートしてくれる頼もしき戦友となってくれるので辞めるわけにはいきません。

また逆に後輩から教えてもらえる事も少なくなく、実際に臨床の現場で気管支鏡や腹部エコー、心電図の特殊波形を教えてもらったのは自分より3年も下の後輩でした。
「脳外の医者には必要ない。」などと指導される事を拒否する輩もおりましたが、実際に必要となった時に専門の先生に依頼を出して、機材を調達して、実際に行うとなると相当な手間と時間を要します。
これに対して自分で済ませてしまう事が出来れば、専門の先生の手を煩わせず、更には余計な時間と労力、そして他科受診の際に発生するコストを抑制できるのです。

「See One、Do One、Teach One!」
(1回見たら、2回目は自分でやって、3回目から指導に入れ!)

勉強しなくてはならない事柄が山ほどある中、出来る事が一つ増える度

♪パラパパッパッパ~ン!
武藤はレベルが上がった
HPが5増えた
MPが3増えた
気管支鏡を覚えた

まさにドラゴンクエストでレベルが上がった時のファンファーレが頭の中で鳴り響くのです。

過去のコラムでも何度も触れておりますが、チーフを務めていた最盛期なんかは月に20日は病院泊まり。残り10日も帰宅するのは午前様。
辛かったですよ。
慢性的に眠いし、お腹は減ってるし、ストレスとプレッシャーは重いし。
新人研修医が彼女と別れるのは大抵この時期w
けど、嫌じゃなかった。
「帰りたい」とは考えても「辞めたい」とは思わない
周りのDr.が先輩後輩含めみんな同じ生活をしていたから。
時には教授までもが夜中11頃に病棟に現れちゃう。
「オゥ、武藤、まだ居たのか。」
「あぁ、この患者さんか、5年前に入院した時のCTと比べてみろ。」
「○○さんの今日のCTはどうだった?」
「さっさと帰りなさいよ。」
さんざん課題出しといて、帰れるかっつーの!
けど、このやり取りが楽しくて残ってたりするんだけどね。
学生や後輩を引き連れて真夜中の病棟回診。
当直室でのクイズ大会(もちろん脳外に関する)。
先輩へ担当患者の今後の診療方針に関する相談。
なんか合宿生活みたいな感じ。
夜の9時とか10時に帰ると罪悪感さえ感じます。
そろそろ帰ろうかと通りすがりに救命センターの蘇生室を覗いた瞬間、目に映ったシーンは思いっきり心肺蘇生の真っ最中。
ソロ~っと後ずさりして逃げようとしたものの、看護婦と目が合って手招きされちゃったもんだから、止むを得ずジャケットを脱いで臨時参戦。
「お~、サンキュ!こっちの患者任せていいか?」
いきなり司令塔ですかい?
心マしながら「あ~、また帰れねぇ。」と思いながらもニヤける自分。

そんな自分が何で脳外を辞めたか、

それは次回。

第87回 今日の(偽パン改め)パソちゃん

うち、おこってます。

きのうのよる、おねえちゃんの"は"がぬけました。
おさらにのせて、
"はのようせい"さんにてがみをかいて、
まどのところにおいておいたら、
あさおきたとき、"は"が100えんにかわってました。

ぬけた"は"がむしばになっていなかったので、
"はのようせい"がごほうびに
おこづかいをくれたんだって、ぱぱがいってました。

100えんあったら、
"じゃすこ"にいって、"がんばらいど"が1かいできます。
(ガンバライド:カードを使った仮面ライダーバトルゲーム、一昔前のムシキングみたいなもの)
ちいさな"がちゃがちゃ"も1かいできます。
"きゅうけつきがむ"もいっぱいかえます。
(吸血鬼ガム:噛むと口の中が真っ赤に着色されるガム。1個20円)

うちも、まいにちはみがきして、
むしばなんか、いっこもないのに、
まいにちひっぱっているのに、
まだ、いっこもぬけません。

おねえちゃんは、ずるいです。

うちは、げんかんのくつならべをまいにちやって
(毎日はやっていません)
10えんずつ、ぱぱからもらって
やっと80えんたまったのに
おねえちゃんは、おてつだいしてないのに、100えんです。
"ちゃれんじ"だっていっぱいたまってるのに
ずるいです。

ぜったい、うちはおねえちゃんよりいいこなので
"はのようせい"さんは200えんくれるとおもいます。
200えんもらったら、おにいちゃんにも1かい
"がんばらいど"をおごってあげようとおもいます。

~その1週間後~


ぬけた!

ぬけた!

お手紙

さっそくお手紙。
「はのようせいさんへ はがぬけま(した。丈夫な歯)にしてください。」

※小皿の左側の唐がらしに上にあるドット抜けみたいな点が歯

第86回 救急救命センター

ドップラー効果で近づくけたたましいサイレン、
赤色の回転灯とともに滑り込む救急車、
止まったと同時に車から飛び出してくる救急隊員。

「お願いします!」
「Vitalは?」
「血圧70、レート(脈拍)180です。」
「意識は?」
「JCS200、GCS1-1-3!」
「○○さーん!わかりますかー!病院着きましたよー!」
「ストレッチャー入ります!」
「○○さーん、ベッド移りますよー!」
「1,2,3,よいしょ!」 
「末梢キープして!採血いつものやつ、ER①!」
「レントゲンポータブル来ました。」
「末梢取ってるから、そのまんま行っちゃって下さい!」
「被曝するぞ!」
「ちょっとぐらい浴びたほうが調子いいんです(ニヤリ)」
「撮りまーす。」
ピッ!
「血圧触れません!」
「ああ、先生やばい、心臓止まりそう!」
「背板入れて!心(臓)マ(ッサージ)するよ!」
「末梢だめです。CV(中心静脈)に切り替えます!。」
「(気管内)挿管できるヤツ、やっちゃってぇ!」
「ルート入りました!全開で(点滴を)落とします!」
「挿管OKです!(呼吸音)左右差なし!」
「ボスミン5A入ります、血ガスの結果でたぁ?」
「胸部レントゲンでました!ここに貼ります!」
「DC(カウンターショック)準備しといて!200J!」
「う~、誰か心マ代わってくれぃ、腰痛い。」
「先生、VT(心室細動)出ました!」
「OK!DC行くよぉ!」
「離れて!」
ピピピー、ボン!
「来た!心拍再開!」
「○○さーん、お帰りー!」
「とりあえずCT行こう!頭、胸、腹!」

最近の日本の医療ドラマもレベルが上がりました。
突っ込めるところがなくなってきました。
まさにあんな感じ。

懐かしいです。
はっきり言って血が騒ぎます。
ドラマを見ながらカミサン(元救命救急看護師)に訊いてみました。
「またやりたい?」
「"やりたい"のと"できる"のは別だよ。」
フフン、彼女も血が騒ぐようです。
確かに救急の現場から足を洗って、お互い既に十余年。
頭で考える前に脊髄反射で目まぐるしく変化する状況に対し的確に対応することは、もう不可能でしょう。

救急医療現場の荒廃が取り沙汰されるようになって久しい中、一見華やかにも見え、さらに現場が美化されたような演出は如何なものか。
製作者サイドとしては、現場の惨状や救命救急医の努力を訴えながら安易な救急外来の受診を控えさせようという意図が見え隠れしますが、実際にはあんなもんじゃない。
本当の現場はもっとドロドロして、もっと苦々しくて、もっと厭らしい。
薄っぺらい正義感、
安っぽいhumanity、
憧憬交じりの軽薄な興味、
嫌になれば辞めれば良いというような欠如した責任感、
興味無いけど研修の決まりで仕方なく勤務してるやつ、
こんな気持ちでチームに入られちゃ、患者さんが迷惑です。
順番待ちの家族との折衝やクレーム処理なんかが、通常勤務の中でどれだけのウェイトを占めているか。
あのドラマを見て実際に救命救急医になったら、想像と現実のギャップに悩まされること間違いなし。


更になんて言ったって、

坂口とか、
山Pとか、
ガッキーとか、
江口とか、
松嶋とか、

あんなDr.いませんから~!

ユースケ・サンタマリアくらいだったら普通に居るけど...。

第85回 医者は何のためにあるんだ!

コラムを初めて2年3カ月、84話目にして初めて一般の方からコメントを頂きました。
それも二人、更には将来的に医学への道を検討されていらっしゃるという若い方です。

若干42歳、医者歴16年の若輩者ですが、僭越ながらお答えさせて頂きたいと思います。

コメントを頂いた"医者の卵子"さんは、ブラックジャックのセリフに感銘を受けられたと同時に、医療という仕事に疑問を感じられているとのことでした。

「神様とやら、あんたは残酷だぞ。
 医者は病気を直して命を助ける。
 その結果、世界中に生き物があふれ、
 食糧危機がおき、多くの命が死んでいく。
 そいつがあなたの思し召しか。
 医者はいったい、医者は何のためにあるんだ」

正直に申し上げます。
これは難しい病気やけがを治すことのできるブラックジャックにしか言うことができないセリフです。
自分たちはただの凡人です。
治すことのできる病気や怪我は非常に限られています。
医療技術の進歩が目覚ましいと言われながらも、今もなお難病や怪我、またはその後遺障で苦しんでおられる方が大勢いらっしゃいます。
救命可能な灯が今現在も世界中で失われ続けています。

自分は今もなお、医療に関して疑問を拭い去ることができずにいます。
重症であればある程、後遺症を残さずに退院できる可能性は低くなります。
診察の結果、どう見ても後遺症を残さずに治療することは不可能だろう。
ただ、今やらなくては目の前に横たわる患者さんが亡くなるのは確実。
家族と協議を重ね、手術に踏み切る。
結果として命は長らえたものの、患者さんご本人は重度の後遺症とともに残された人生を歩まざるを得ない。
周りを支える家族の方達にも決して少なくない負担を強いる事に繋がる。
そして一人、また一人と倒れたり、離れたり。
体力面、精神面、経済面で次々に問題が起こり、
家族や親戚関係に亀裂が生じることも珍しい話ではありません。
その原因を作ったのは、他の誰でもなく、自分達"医者"なのです.
命が救われればいいのか。
その後の事が関係無いわけでもあるまいに。

「なんであのまま死なせてくれなかったんだ!」

一生懸命治療にあたった患者さんから言われた事があります。

「あんたのせいで、
あんたのせいで俺はこんな身体で生きていかなきゃならなくなった。
こんな身体で何ができる!
自殺することもできない!
俺が死ねば保険金で女房も娘も楽に暮らせたんだ!
あんたが俺を助けたばっかりに、
今じゃ寝返り一つ、女房に頼まなきゃ出来やしない!
俺が死ぬまでだぞ!
死ぬまで女房に頼み続けるんだ!
わかるか、俺の気持ちが!」

実際にあった会話です。
もう10年以上前の事ですが、はっきり憶えています。
さすがにこたえたね。

ただ、自分達は神ではありません。
人の生き死にを選択する権利はありません。
たとえそれが連続殺人犯であろうと、ホームレスの浮浪者であろうと
目の前で苦しんでいる人には治療を受ける権利があり、
その知識と技術を持っているのが"医者"なんです。
「人口が増え気味だから、今週は10人以上は処置しません。」
なんて事、許されるわけないでしょ?
医者は食糧事情に及ぼす人口の増加傾向なんて気にしちゃいけません。
そんなのは政治家や役人の仕事です。
今、目の前で消えつつある命を助けること、
流れ出る血を止めること、
折れそうな心を支えること、
それが医者の仕事だと思います。

海道尊氏の著書、「ジェネラルルージュの凱旋」はお読みになりましたか?
その中のセリフの一つですが、

「おみそれしました。まさに天上天下、唯我独尊」
「冗談!
オレは全ての患者にかしずく従順な下僕さ。
 息がある人は治療する。
 心臓が止まれば引き戻す。
 戻らなければ死因を追及する。
患者の死に際して何もできない医者なんて
経を読めないぶん、坊主以下だ。

医療とは決して華やかなものではなく、むしろ辛く危険な仕事です。
医者はセレブでもエグゼクティブでもありません。
自分の先輩の言葉を借りるなら
「所詮、人の不幸を飯のタネに生きている下世話な人間」なのです。

"医者の卵子"さんを含め、医学を志されている若い方達
将来の選択肢として参考にしていただければ幸いです。

第84回 サプリ

♪朝焼けの光の中に立つ影は
ミラーマーンー(ミラーマーンー)
鏡の世界を通り抜け♪
「今だ、キックを使え!目だ!」
※1

いきなり目かよ!

明るい光の中でヘッドルーペを用いた細かい手術、
原稿やメールなど長時間に及ぶパソコン作業、
近視と乱視、

ここ最近、非常に眼が疲れます。
クリニックに居る時は、あまり感じる事がないのですが
帰宅途中など一回くらい環境に目が慣れてから
煌々と明かりのともる自宅のリビングに入ろうものなら

ギャ~~!眩しい~~!

以前であれば物の2,3分で順応できていたものの
ここ最近は30分経っても慣れません。
よって、帰宅後は常に眉間にしわが寄ってます。
更に薄目。

「何怒ってるの?」

「いや、怒ってるわけじゃない。眩しいの。」

「眩しい?」

「ちょっとこの電気消して。」

「消したら暗いしょ。(茅ヶ崎出身の妻も流石に北海道弁)」

「だから眩しいの!」

「いやぁ、ビタミンAが足りてないんじゃないの?」

「なにを解ったような口きくさって!(負けじと北海道弁)」

「ブルーベリー食べる?」

「あるの?」

「無い。」

「だったら提案するなよ。」

「ジャムならあるけど。」

「いやぁ、ビールにジャムは合わんでしょ。」

「ビールやめればいいじゃん(なぜか横浜弁)」

「俺に死ねって言う事かい?」

「アル中!」

何故に「カミサン」と呼ばれる種族は仕事で疲れて帰ってきた旦那様に向かって、かくも無情なセリフを吐けるのか。
しかし、彼女の言う事にも一理ある。
目を酷使する仕事柄、それなりの対応策も必要。
加齢に従い、回復力が低下するのも道理。

サプリか...。

巷に出回るあらゆるサプリ、
どれが良いのか、さっぱり解りません。
値段の高いのは効果がありそうだけど、継続するのが大変そう。
安けりゃ安いで効果が心配。
眼科の先生の相談した方が良いのか?

悩みつつ、
買っちゃいましたよ、ビルベリー。
なんだかよく解らんが、
ブルーベリーよりもアントシアニンが豊富なんだって。
(この段階で既に発言が医者じゃない)
あと、なんだっけ...、
そうそう、ミルトアルゴス!
何か名前が格好良いでしょ。
効きそうじゃん。

まだ手元には届いておりませんが、
到着次第、早速始めることいたしましょう。

ま、
最終的に、
なんでこのサプリを選んだかって言うと、

...、

オマケがついていたからさ!

※1:「ミラーマンのテーマ」
                         作詞  東 京一 
                         作曲  冬木 透 
   唄 植木浩史、ハニーナイツ