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図書館司書ケイトのであってしまったんだ備忘録

第2回 かつて、札幌北大通団地が在りました

ご存じでしょうか。
札幌の大通西10丁目には、公団があったことを...。

札幌北大通団地とも、北大通りアパートとも呼ばれた鉄筋コンクリート造の10階建て。(ホクダイではありません。キタオオドオリ)
1階、2階はホテルの客室で3階が従業員休憩室。4階より上の階が、いわゆる公団だったのです。

国勢調査の折りに知った小生の部屋の床面積は9坪。台所、トイレとお風呂、6畳の和室、2畳分のサンルームという間取りでした。
小生、そこに死ぬまで住むつもりで暮らしていました。

台所にはお湯が出なかったり...、卓袱台に座ると窓の向こうの合同庁舎で働く人と目が合ったり...、ビル風に煽られ、ガタガタする窓ガラスが落ちやしないかと心配したり...。
不便はあったけれど、昭和のこの集合住宅は、概ね快適でした。

屋上には物干し場があって、布団も干せました。休みの日、洗濯物が乾くまでのひとときを、よくこの屋上で過ごしたものです。
読みさしの文庫本から目をあげ、ぐるりを見回せば、そこは都会のど真ん中なのです。近くのビルの屋上で産まれたとかいう、カモメも頭上を飛んでいました。
愉快でした。
ここは終の棲みかだと、心に決めていたのですが...。

やあ、叶いませんでした。

平成17年に改正された耐震改修促進法(建築物の耐震改修の促進に関する法律)。
この法律により、愛すべきわが公団は耐震強度不足を指摘されたのですが、改修工事を断念し、賃貸住宅としての用途を廃止したからです。
平成21年の今夏、建物は除却されました。

「対応方針:平成21年度までに耐震改修等を実施すべく、区分所有者と協議をいたします。」
という旨の文書が、都市再生機構から住人に配布された平成18年8月から、3年が経っていました。

エレベーターに乗り合わせると、「どの階に行きますか?」と、いつもボタンを押してくれたバングラデシュ人のちいさな女の子は、どうしているでしょう?

ビアガーデンの賑わいも、雪祭りも、ヨサコイも見た屋上...。
今は無いその中空を見上げようと出かけてみたら、心淋しい秋風が吹きました。
思いの深さに今ごろ気づいても、伝える相手はもういないのです。

札幌は、自分のカオが変えられることに無頓着すぎやしないか?...と小生は思うのですが、どうでしょうか?

立ち退きが決まってから引越しをする当日まで、時おり写真を撮っていました。性能の悪い携帯のカメラで無造作に。
ちゃんと撮ろうとしなかったのは、そんなことをするといよいよ立ち退き感が増すようで苦しかったからです。

なお、密かに同潤会アパート札幌バージョンだ、と小生が吹聴していた北大通団地の跡地には、現在マンションが建設中です。

「区分所有者」であるホテル移転の告知文

「区分所有者」であるホテル移転の告知文。

バングラデシュ人の女の子が押してくれたエレベーターのボタン

バングラデシュ人の女の子が押してくれたエレベーターのボタン。

ローリング・ストーンズの絵葉書

玄関ドアの覗き窓の目隠しにしていたローリング・ストーンズの絵葉書。

玄関ドアの内側

玄関ドアの内側。取り壊しが決まってから、なぜか白く塗られた。

下駄箱

下駄箱。

台所から6畳間を眺める

台所から6畳間を眺める。窓の向こうは道庁第2合同庁舎。

シンプルな洗面台

シンプルな洗面台。

トイレ

トイレ。この床の小さな青いタイルの愛しさよ...。

簡易シャワー

簡易シャワー。

台所

台所。コンロは一口。

窓から合同庁舎の駐車場を見下ろす

冬。窓から合同庁舎の駐車場を見下ろす。

毎朝、カーテンを開けると大通西10丁目の交差点が見えた

毎朝、カーテンを開けると大通西10丁目の交差点が見えた。



(2009年10月08日)

コメント(4)

はじめまして。
CMディレクターの今村です。
よーくわかりますよ、ケイトさんの気持ち。
札幌にも、こんな素敵なマンション(アパート?)
があったのですね。
取り壊しをめぐって、反対運動など起きなかったのですか?
ぼくも同じような思いから、かつて、ここに、
「代官山物語」というのを書きました。
ぼくも、一生、そこに住んでいようと思いました。
過酷な国に暮らしていますね、ぼくたちは。

今村さん、コメントありがとうございます。
「ぼくの代官山物語」拝読いたしました。
同じです。小生も同じような夢をよく見ます。
立ち退き反対運動もありました。が、結局は諦めてしまいました。
今、悔やまれるのは、やはりこのアパートのことを、誰かがきちんと映像にして残しておくべきだった、ということです。
それだけが悔やまれてなりません。

第二合同ではありませんが…。

第一ホテルの建物にはそのような歴史があったのですね。
春からしばらくぶりに札幌に勤務して、どうしてなくなってしまったのかと思っていました。
便がいいので、かつては座敷を宴会に使ったり、時たま地下で昼を食べたりということがありました。懐かしい。
公務員の昼休みが45分になってからは、外で食べることはめっきり少なくなりましたが。
移転先での客足はどうなのでしょうね。先日職場を訪れた営業の人が送迎バス付きの忘年会企画のチラシを配っていました。

お住まいだった方々には我々などには比べられないくらいたくさんの思いがあることと拝察します。

>近くで働く公務員さん

今頃になってようやく、コメントに気がつきました。(苦笑)
すみません。老眼のせいです。

その後、第一ホテルのあの飲食店は順調のようです。
もう公団のあった景色も過去のものですね。

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