前回予告(?)した通り、先週は急遽、佐藤泰志(さとうやすし)原作の
映画『海炭市叙景』(かいたんしじょけい)のロケ現場函館に、実行委員
の一員として行って来ました。
18の短篇からなる原作の中で、何回読んでも小生がいちばん心うたれる
のは、いつも冒頭の一篇「まだ若い廃墟」です。
滞在中は、幾つかのシーンを見学させてもらえたのですが、この印象的な
タイトルの主役を演じる竹原ピストルさんの現場にも、幸運なことに立ち
会うことができました。
むろん小生、映画の現場に足を踏み入れるのは生まれて初めてです。
電車通りのとある交差点のシーンでは、撮影が済むまで通行人に待ったを
かける通称「人止め」なる仕事も手伝わせていただきました。
竹原ピストルさん演じる兄と、妹役の谷村美月さんを撮るこのシーンは、
台本にしてわずか6行(!)。この6行を撮るために何度も何度もまずは
テストを繰り返すのです。
木立に照明を仕込み、カメラの位置を決め、役者の動きを確認し、四方の
歩道を通る人には小生と三人の現地実行委員が頭を下げて待ってもらい、
東京からのスタッフが時には車道へ降りて「車止め」をして、兄妹が道路
をわたりきる場面と、撮影のためにチャーターした市電が走り過ぎる場面
の本番とを見守りました。その間、熊切和嘉(くまきりかずよし)監督と
スタッフは、いったい何度、目の前の坂を上り下りしたことでしょう。
わずか6行、されど6行の映像化を目の当たりにした2時間半でした。
この時期の函館、いや海炭市の風の冷たさは尋常ではありません。毛髪の
中に氷の指を差し込まれ、執拗にかきまぜられたような具合です。という
わけで、底冷えのする野外ロケの撮影がどんなものなのかも、身をもって
知ることとなった、海炭市初日の小生でした。
一日置いて翌朝。通常、関係者以外は立ち入り禁止という函館どっく内で
の撮影と、郊外の倉庫をにわか「海炭ドック」に仕立てたロケ現場に立ち
会うことができました。この日はかつての演劇小僧憧れの状況劇場、新宿
梁山泊の名優、黒沼弘己さんとお話できたことも嬉しかった小生です。
そしてドックの作業員食堂の場面では、映画のニュース等でよく見かける
移動するカメラを初めて見ました。幅広の2本のレールの上にカメラマン
のための足場を作って、ゆっくりと移動させながら撮影して行くのです。
このレールは組立式でした。撮影してはバラし、移動した場所でまた組立
て撮影してはバラして...という、これまた気の遠くなるような繰り返しを
経て、一瞬一瞬の思いを熊切監督はフィルムに焼きつけていきます。
撮影カメラマンは近藤龍人(こんどうりゅうと)氏。
実行委員に漏れ聞いたところによると、おだやかな語り口調とは裏腹に、
要求した「絵」は何としてでも手に入れる近藤氏のことを、東京スタッフ
は「やさしいヤクザ」と呼んでいたそうです。
実は小生も、その一端を垣間見ました。
一段高い足場から造船所の正門にカメラを向けていた近藤氏が、なにやら
ブツブツ呟いたかと思うと―次の瞬間にはもう飛び降りて駆け出して行き
ました。風は心底冷たいものの函館にはあまり積雪がありません。脇の方
にわずか融け残った雪を近藤氏自らがスコップでかき集め始めたのです。
欲しい絵を確実にその網膜に持つ彼が、指示を出すのももどかしく、今、
この光があるうちにと身体が勝手に動いているようにも見えました。
あっという間にスタッフが追随し、汚れた雪はもともとそこにあったかの
ように門扉の辺りに散らばり、要求を満たしたヤクザはまた、もとの柔和
な顔に戻ったのでしたが―。
そう、この映画はデジタルでなく16mmフィルムで撮影されています。
回想シーンは8mmフィルム。ワンシーンを撮り終えるごとに、フィルム
の確認をするカメラマン近藤氏の「OKです! 」という明るい発声を、
どれほど現場のみんなが待ち望んでいたことか―。
撮影の待ち時間に見上げた空に小生は幾度となくヒコーキ雲を見ました。
ヒコーキ雲はどこかへ行き着こうとする機体の軌跡です。白い二本の爪痕
のような線が薄れるまでじっと見ていると、いつのまにか別の爪痕が現れ
て、何だか一生分のヒコーキ雲を見たような気になりました。
また、視界の端にはいつも海か山がありました。ここは半島なのだなぁと
感じ入り、佐藤泰志の描こうとした海炭市を改めて意識した小生です。
実行委員の人達との関わりは、佐藤泰志という文学により結ばれた不思議
な縁です。本当に縁は異なもの。文芸誌に掲載された彼の小説と出あった
20代の頃には、作品の映画化に関わることになろうとは想像だにしませ
んでした。撮影は3月20日までの予定です。終着地点はまだその先―。
11月、映画が完成し公開になったら、小生は現場に敷かれていた2本の
レールとヒコーキ雲と、ヒコーキ雲の下に暮す人々のことを、きっと懐か
しく思い出すでしょう。想像するだけで、今からちょっと泣けてきます。

「海炭ドック株式会社」に挿げ替えられた倉庫の看板。

左の青いヘルメットが熊切監督。右のドカジャンが竹原ピストルさん。
函館どっくの社員食堂にて―。

カメラのレンズを準備する「やさしいヤクザ」こと近藤龍人氏。柔和な
顔が写っていなくて残念...。
※ブログ 映画「海炭市叙景」上映までの足跡
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 第21回 ヒコーキ雲と映画『海炭市叙景』
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://spiritlink.80code.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/2194
コメントする