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図書館司書ケイトのであってしまったんだ備忘録

冬野恵人 プロフィール

札幌郡手稲町字、の時代に生まれた札幌育ち。
小学生の冬は除雪の馬ソリに乗せてもらいたくて早起きした。
春は裏山でエゾサンショウウオの卵を掬ってきては、水槽で孵化させた。
夏はエゾ蝉の幼虫をレースのカーテンにとまらせてはひと晩の脱皮ショーを飽かず眺めた。

秋のお月見のすすきは、いつもその辺で調達した。

そんな昭和の小学生が長じて現在、活字と音楽とビールを愛する非常勤歴29年目の生涯一司書。

第37回 「思い」をたくす。フィギュアアートシアタ!SAPPORO進行中

このコラムの第24回で、沢則行(さわのりゆき)さんの人形演劇について
書きました。たきかわホールで感動した『かぐや』の話です。
人形を操るだけにはとどまらない、新しい人形劇でした。
人形遣いも、衣装も、照明も、影も―。舞台上の総てが呼応しあって生み
出される沢則行のフィギュア・アート・シアターの魅力的な世界に、小生
出会ってしまったのです。

そんな沢さん、ただいま札幌で『注文の多い料理店』の公演準備中です。
演目は、云わずと知れた宮沢賢治の名作童話―。
9月17日(金)、18日(土)両日、札幌市円山動物園の動物科学館にて。
これは札幌市教育文化会館が、人形演劇のプロを養成しようと三年計画で
プロデュース中のワークショップ、フィギュアアートシアタ!SAPPORO
(通称、FAT!S: ファッツ)のプレ公演です。

札幌市内某所でこのメンバーが稽古をしていると聞きつけた小生、ワーク
ショップ二年目の「現場」がどうしても見たくて、お邪魔して来ました。
とはいえ、小生が訪問できたのはほんのつかの間の時間。役者さんたちは
まだそろっておらず、公演で使う道具を担当する方々の作業をすこしだけ
見学させていただきました。
そう、FAT!Sとは、人形の型を作るところから上演まで―、舞台に関わる
表も裏も、すべてまるごと体験できるプロ養成プロジェクトなのです。

それでは早速、小道具を製作中のようすをご紹介―。

これは何?

山猫のかぶりもの

これは劇中、山猫役の方が頭につけるもの...。


どうやって作るのか、興味津々―。

発泡スチロールを削る

素材は発泡スチロールだったり、サンテックフォームだったり...。これ、
カッターで容易に削れるのに強度はあるそうです。足元に散らばっている
のが削った破片。


このままだと水をはじいて着色できないので、ボンドでまず布を貼り付け
ます。この布、ジャージーなど伸縮性のある素材を使うのは、複雑な造型
にもちゃんとフィットさせるため?
その上から刷毛で塗りつけるのが、この白色塗り剤GESSO(ジェッソ)

白色塗り剤ジェッソ

小道具のブラシにジェッソを塗っているところです。

ジェッソを塗っているところ

塗っているのは人形遣いの方。(なんと東京から長期滞在参加です!)


こんな影絵も使われています。黒いのがプラスチック板。これをカッター
でくりぬきます。小さいサイズにびっくりです。

影絵をくりぬく

実際の舞台では、いったいどんなふうに投影されるんでしょう?


黒板にはさまざまな指示が―。

FAT!Sの黒板

そして、総指揮者である沢則行さんが、この型―もとい、この方、です。

沢則行氏

現在、沢さんが拠点とするのはチェコ。かの国の大きな町には公立の人形
劇場があり、そこには工房もあるんだそうです。また、公共図書館には、
劇場がくっついているんだとか(!)
本を読んで抱く「想像」と、「想像」に触発されて試みる「創造」と―。
アタマとカラダが渾然一体となって成長できる仕組みを、国が考えている
のだなぁと、小生、うらやましく感じました。
人形にたくすと、それまでは云えなかったことも云えることがある―。
人形にたくしてちょっと視点を変えてみると、回路が開けて楽になること
もある―。これは以前、沢さんが仰っていたことです。
たくすって何を? 「思い」を、です。
視点を変えてみる―。どこに? たとえば―自分が対する相手の側...に?
小生、あぁと腑に落ちました。つまるところなにかを表現するということ
は、思いをたくし、ゆだねることなんだと―。それはまたなんのために?
誰かとコミュニケートするために―ではないでしょうか?
人形演劇って、ほんと、楽しいけど深い―。

ここ数年で、ようやくわが国でも、子どもたちのコミュニケーション能力
向上のための表現教育が注目され始めています。
<自分の感情や思いを表現できず容易にキレるなどの課題解決>を目指す
ものだと、文部科学省のホームページにも。
フィギュアアートシアタ!SAPPORO、『注文の多い料理店』の公演は、
そんな視点から見ても、小生、なかなか興味深い公演かと考えます。

一方、絵本だけでも新旧とりまぜて十数種類もの『注文の多い料理店』を
所蔵しているという札幌市中央図書館では、開館60周年記念特別講演会、
『沢則行 人形劇の国、チェコを語る』を9月4日(土)に無料開催―。

この二つを合せて体験することの意義を双方の主催は主張したいらしく、
どちらのホームページ上にも相互の案内があるのはうれしいことです。
初秋の両日、アタマとカラダでおおいに楽しんではいかがでしょうか?
さまざまな「思い」をたくす芸術の秋、まもなく到来―。


フィギュアアートシアタ!SAPPORO 公演の詳細

札幌市中央図書館『沢則行 人形劇の国、チェコを語る』講演詳細

文部科学省ホームページ
本文中<>内は「芸術表現を通じたコミュニケーション教育の推進」より引用

第36回 手をさしのべるということ

小学生の頃―、近くのとある会館に毎日通いました。開拓に関わりのある
道具を展示する小さな記念館です。そこの事務室に本棚があったのです。
月に一度、市の移動図書館車が本を運んできて、地域住民が利用できたの
でした。ひとり、二冊まで借りられました。ほかの職務もこなす事務室の
おじさんが貸し出してくれました。学校から帰るとまず二冊借りに行き、
家で貪るように読んで閉館ぎりぎりに返しに行き、また別の二冊を借りて
帰る―。それは当時、ほぼ小生の日課でした。
本棚にあったのは、せいぜい100冊くらいでしょうか。かなり傷んだ本
もありました。でも、あの本棚で出会った物語の何冊かは間違いなく、今
も小生の宝物です。
 
アストリッド・リンドグレーンが書いた物語『やかまし村』のシリーズが
とにかく好きでした。スウェーデンの田舎に並び立つ三軒の農家、それが
やかまし村です。そこに生活する六人の子どもたちを描いた三部作―。
やかまし村では、大事件と呼べるものは何も起こりません。ただこまやか
にていねいに子どもたちの日常を紹介するシリーズなのですが、小生この
リーサという女の子の視線でつづられる「普通の暮し」にもう夢中で―。

森の中に秘密基地を作ったり、仲間うちでしか通用しない「山賊」言葉で
お喋りしたり、それぞれの家の窓から懐中電灯で合図しあったり......。
遠い国の子どもたちがしていた遊びは、小生が友達としていたそれと少し
も変わらないのです。彼らのわくわくする気持を小生も共有できました。
一方では、お誕生日にベッドまで朝食を運んで貰えるという羨ましい慣習
や、「夏至」という見知らぬ祭りにも出会える物語でもある―。
小生が、いま居る場所を離れずして想像の地に居る感覚を味わったのは、
たぶんこのシリーズの第一作『やかまし村の子どもたち』が最初です。

この本と出会った小生は、次に『やかまし村の春・夏・秋・冬』を読みま
した。しかしその次に読みたかった三作目は棚に見当たりません。誰かが
借りているのかどうかは聞けば確かめられるのに、当時の小生は、それが
恥ずかしくてできない子でした。毎日毎日、今日こそは?と棚をチェック
しては嘆息するのみ。そのうちにひと月は過ぎ、本の入れ替え時期が来て
しまったのですが―。

つづきが読めなかったと落胆していた小生、新しいラインナップの本棚に
探していた『やかまし村はいつもにぎやか』を発見したのです!
そればかりではありません。同じ作者の別の作品『長くつ下のピッピ』の
シリーズも並んでいるではありませんか?!
なぜ、そんなしあわせなことが起こったのか?
借りるときに解りました。事務室のおじさんが貸出の手続きをしながら、
ニカッと小生に笑いかけ、うなずいてくれたのです。
彼が、つづきを読みたいのに切り出せない小学生の動向を、ちゃんと見て
いてくれたのでした。そして代わりにリクエストを出してくれたのです。
小生、あっと思い、なんて世の中はすてきなんだろうと思いました......。
そして、自分もこんなふうに本を届ける仕事がしたいと思ったのです。

少しうちとけた小生は以降、自ら要望を伝えられるようになりました。
そのようにして『がんばれヘンリーくん』のシリーズでアメリカを知り、
『モヒカン族の最期』でネイティヴ・アメリカンを知るにいたりました。
いうなればあのおじさんがさしのべてくれた手に小生は導かれたのです。

人が職に就くきっかけは様ざまだと、小生思っています。誰もがのぞんだ
職に就けるとは限らない。期せずして―という人もいるでしょう。だから
職を得ることはゴールではない。きっと出発点です。
このコラムでも云ってきましたが、小生は非常勤です。非常勤であること
が抱える問題すべての原因ではありませんが、一つ二つは問題解決の端緒
にからまっているなと感じ、正直ヤサグレたくなることもあります。
そんなとき、思い出すのが、あのおじさんに手わたされた『やかまし村は
いつもにぎやか』なのです。小生は、「図書館で働く人」になりたいだけ
ではなかったはずでした。「あのおじさんのように人の思いを酌む図書館
の人」になろうと願ったはずなのです。おじさんは、司書ではありません
でしたが、ちゃんと望みの一冊を用意してくれました。
そう、いまだに大切なのはたぶん、どう働くか?なんです。

小生が司書になろうと思ったきっかけの話を書いてみました。
どう手をさしのべてもらったのか?は、どう手をさしのべたいのか?に、
繋がっていくのだと思います。地元では上手稲記念館と呼んでいた札幌市
手稲記念館は今もありますが、もうかつて本を運んでくれた移動図書館車
はありません。図書館のアウトリーチはどう訳されさしのべられるのか?
ここのところ、小生の関心はもっぱらそこへと向かっていきます―。

第35回 『PMF2010』のピクニック・コンサート

「夏はライジング・サン!」という若者もいるでしょう。「いやいや私は
サッポロ・シティ・ジャズ!」という方も。
で、小生は『パシフィック・ミュージック・フェスティバル』なんです。
世界中からプロを夢見て集まってきた若きクラシック音楽家たちのひと夏
の祭典―、それがPMFです。故・レナード・バーンスタインが提唱した
札幌が世界に誇る国際教育音楽祭は、今夏で第21回目―。
約ひと月にわたって演奏されるさまざまなプログラムの中で、小生が毎年
でき得る限り足を運んでいるのが、札幌でのトリを飾るピクニック・コン
サートです。これがもう、イチオシ―。

まず外気が心地好い。場所は札幌芸術の森の野外ステージです。曲の合間
にウグイスが鳴き、木々の緑がそよぎ、ステージの上にはカラスアゲハが
迷い込むロケーションです。見あげれば、空。風もさやかに吹いている―
ってなもんです。薄い雲がたなびいて、刻々と変化していきます。
そこに響く和音―。
ひと夏を音楽に捧げ、懸命に練習に明け暮れたPMFアカデミー生たちの
渾身のハーモニーに、観客は立ち会うのです。
近い将来、プロとして立つ演奏家達の最初の一音に居合わせているのかも
しれないという妄想......。これが小生は、たまらなくうれしい。

で、ピクニック・コンサートは何といっても料金が安い―。
2000円で半日も楽しめるクラシック・コンサートなんて、そうそうは
あるもんじゃありません。貧乏な非常勤の身には、とても嬉しい料金設定
なのですよ。芸術を語るのに安い安い云うなという人もいますが、小生、
料金の設定額は、実は大切な問題だと考えています。
なぜなら料金が安いと何度もコンサートに足を運べるし、何度も足を運ぶ
うちに自然と身体が理解することだってあると思うからです。

たとえば―
交響曲の多くは通常四つの楽章から成り立っていますが、なんの予備知識
もないクラシック・リスナーの初心者は最初、第一楽章の終わりで拍手を
してしまいがちです。それは、四つの楽章によって一曲が構成されている
ことを「体感できないせい」だ、と小生はしみじみ思うのです。
たまにしか出かけないライヴでは、第四楽章が済んだら拍手―、とアタマ
で分かってはいても、その、各楽章の起承転結みたいな音の物語を、身体
で感じとるのは難しいです。あぁこの展開があったのちにクライマックス
なのか......と、身体が自然に反応して拍手をするようになったら素敵なの
ですが、そのためには、何度もライヴの場に身を置く僥倖が必要なんじゃ
ないでしょうか。芸術はアタマで考えるモノじゃないですもん。
「このチケットは高かったんだから、いい音楽であるはず―」と、どこか
構えて聴いてるうちは何でもありがたくって、本来の音楽をたのしめては
いないのかもしれないなぁと思う―。

だから、料金の設定は重要なのです。気軽にコンサートへ出かけることが
可能な環境は、きっとリスナーを育てると思うのです。
演奏する側も、演奏を聴く側も、PMFのピクニック・コンサートは、音楽
を仲立ちとして育ち合える稀有な音楽祭です。はじっこの方で子どもたち
が駆け回っているのも、まぁご愛嬌です。通ううちに彼らだって、身体で
常識を感じ取れるようになるでしょう。現に最近ではトイレに立っても、
楽章の途中で再入場しないという常識などは浸透してきたなと感じます。

あ、ところで2000円というのは芝生席です。椅子席だと4000円で
す。それにしたってお得だけれど小生は断然、芝生席派なのです。
「わたしのまちがいだった わたしのまちがいだった こうして 草にす
われば それがわかる」
と詩ったのは、八木重吉。小生は毎年ピクニック・コンサートの芝生の上
で、この一節をちらと思い浮かべます。何か、仕切りなおせる気持になれ
るのです。

今年はあいにく雨でした。でもボランティア・スタッフがビニール合羽を
配ってくれることを知っていたので、小生も友人もあわてませんでした。
毎年この祭典に参加していると、雨もまたよし、という気持にもなれる。

最後の最後に聴いたのは、ブルックナーの第7番でした。熱心なクラシッ
ク・ファンとはいえない小生にとっては、正直、ブルックナーの交響曲は
長い、という先入観あり...。でも、「実際は」すばらしかった!

若き演奏家達の夢の軌跡を観客が見届け、見届けることで観客もまた育つ
ことができるライヴ―。音楽だけじゃなく、もっともっとさまざま幅広く
......こんな機会に出会える街にしなくてはなぁと願う小生なのでした―。

第34回『高校生はこれを読め!』は、生きのびるための回路

このタイトルを読んで、余計なお世話だと思う向きもあるかもしれない。
それでも小生、敢えてこう題したプロジェクトに現在関わっています。

第1回『本を愛する大人たちのおせっかい 高校生はこれを読め!』
(フルタイトル、ちょっと長い......)
今夏7月23日~8月29日まで開催される、書店・図書館共同ブックフェアの名称です。主催は北海道書店商業組合。協力:北海道立図書館、札幌市中央図書館、北海道高等学校文化連盟図書専門部、北海道読書推進運動協議会―。って、こう並ぶとモノモノしいですが、要は本を愛する者たちがたのしむ祭りです。
ブックフェアのリストは、「高校生に読んでほしい本を教えてください」というアンケートにもとづくものです。今年の4月、全道すべての高校、すべての市町村の図書館に実施されました。集められたアンケートにあった約1000冊をもとに、6月、書店員・公共図書館司書・大学図書館司書及びボランティア学生らによる実行委員会が541冊の推薦本をリスト化したのです。
何を基準に? 愛を基準に―。

だからこのリストはスタンダードな推薦本リストではありません。高校生にあらゆる分野の推薦本を読ませようという目的は、ない。
伝えたいのは、誰かの「思い」なのです。リストにあげられた一冊一冊はどれもこれも、どこかの誰かの「本への愛着」が発端です。
見知らぬ誰かがこの一冊を紹介したいと思い、見知らぬ誰かがいいね、と賛同しました。これって、謂わばコミュニケーションの基本では?
「ここに掲載された本は、どれも最低二名が推薦したことになりますね」とは、書店組合の理事長、くすみ書房の久住さんの弁です。

サラッとした愛も、かなり粘っこい愛もあります。新しい愛も、古くから受け継がれてきた愛も、「おおっ、これに固執するか?!」というマニアックな愛も、「やっぱり、これは愛されるよね」という博愛もあります。
何せ541冊もあるのです。一冊くらいは自分の好みに合うと思います。

久住さんが始めた「本屋のオヤジのおせっかい、中学生はこれを読め!」という中学生向けブックフェアは、今年で7回目を迎えるそうです。
その間に書店業の廃業が相次ぎ、当初60軒あった開催書店は、現在では約半分になってしまったとのこと。本屋さんのない地域が増えているのです。そこで「高校生はこれを読め!」では、図書館が書店と手を結びました。国民読書年でもある今年、町の本の文化を守るためのコラボです。

正直冒頭であげたように、小生も最初は懐疑的でした。自身、「読め!」といわれれば、そっぽを向くタイプの高校生でしたから―。
それがなんだってこんなに熱く語るようになったのかといえば、やっぱり「思い」にヤラレてしまったからです。
今回のリスト、実は9月末に北海道新聞社から刊行されることが決まっています。書籍化にあたり、様々な分野に働く大人達がリストから選んだ本の推薦文を書いてくださいました。小生、この大人達に打たれたのです。

原稿を依頼すると、何名もの方が「あの本はリストにあるかな......」と、
思い入れのあるご自分の一冊を気にされました。ふだんは忘れていても、心の中には「あの本」が眠っている大人たちがこんなにもいる―と、小生嬉しくなりました。それをまた皆さん、ご自分の言葉で語ってくださっている。さまざまな現場の第一線で働く方々の来し方が、推薦文にも透けて
見えてくるのです。「あの本」が、「いまのここ」に、繋がっているのだなぁと、小生、確信し、書店や図書館の存在意義を改めて思いました。
繋がりとは何も直接的な繋がりばかりではありません。司書が司書の出てくる本に感動して司書になった―なんていう単純な物語ではありません。まるで違う職種の方々が、同じ本を、心のより所にあげていたりします。そう、読書は目的ではないということですね。探しているものがみつかるとは限らない。読んだからって、ナニモノかになれるわけでもない。おせっかいな大人たちにできることはただ、ほら、自分はこんな風に生きのびてこれたよ、って示すことだけです。回路は多いほどいいのです。541通りの生きのびるための回路が、『高校生はこれを読め!』なのです。

百聞は一見にしかず、です。ぜひ道内23軒の書店と48の図書館(室)施設へお出かけください。参加書店・図書館はこちらでご確認を―。
http://www.k2.dion.ne.jp/~sa-shibu/koukou/index.html 
たとえばフェアの期間、札幌市中央図書館では「この夏、あの夏、図書館で出会ったこの1冊」というコーナーに、約500冊を並べるそうです。 高校生もかつて高校生だった方も、「あの本」を確かめてみてはいかが? もしもそこにあったなら、あなたには一人、思いの繋がる誰かがいます。

第33回 「フィンランド デイズ!!」に至る道

小生、リズム感がありません。音楽は大好きなのに、人前で拍子をとった
りするのは大の苦手。ましてや踊るなど何をかいわんや...。
この苦手意識はいつ頃めばえたのか?中学1年の頃だったと思います。
覚えたてのギターを爪弾いているのを友達に聞かれて笑われたのです。
「おまえ、リズム感ないなぁ」と―。
以来、小生、ドラムを叩いたり、ベースでリズムを刻むヤカラとステージ
に立つことはあるまいと、勝手にヤサグレテきました。
高校時代には少し演劇部で舞台に立ちましたが、卒業してからはおおむね
観覧する側、拍手をする側の人。ずーっと「客席の人」それが小生です。
「客席の人」としては、お芝居を観る、音楽を聴きに行く、という回数、
結構多い方だと思います。東京からやってくる著名な人、地元を拠点にし
ているまだ無名な人―どちらの舞台も観ます。安月給なので、どうしても
行きたければ―食費を削ります。
なぜそこまでして?と、親兄弟からは呆れられていますが、さて...。

これはもう好きだからとしかいいようがない。何が好き?って、ライヴが
好きなのです。そこに、居合わせなければ吸えない空気を吸いたい。
わくわくしたいのです。ドキドキしたい。手に汗握りたい。高揚したい。
つまり「生きている」と感じたい。Aliveです。スポーツ観戦もそう
ですが、わざわざ出向く行為が「生きている実感」に繋がるのですよ。
それはもう、ごはんを食べるより鮮烈な「実感」です。
そんな思いで長らく客席に坐っていた小生ですが、最近になってようやく
あることに気がつきました。手のひらが腫れるほど拍手をして、何回アン
コールを願っても、「舞台の人」を永久に「ここ」へ呼び戻すことはでき
ないのだと。そう、詰まるところ究極の感動って、「自分もやりたい!」
って思うことではないですか?
では、そういう感動にであってしまった客席の人は、次は...どうなる?
いえ、どうする?もしかしてもしかすると、舞台の人へとシフト...する?

最近、小生がよく考えているのはこのことなのです。
客席の人が、舞台の人にもなれるような、客席と舞台の境界が自由に変化
するような― そんな劇場・機会が街に増えたらいいなぁと思うのです。

実は小生、札幌市生涯学習センターちえりあの【ご近所先生企画講座】を
今月から受講しています。『「伝える」「伝わる」朗読』と題された講座
です。講師は、一条綾香さん。テキストを佐藤泰志の「海炭市叙景」から
採るというので申し込みました。
わが青春の「海炭市叙景」は、これまでは一人黙読により味わいを深めて
きた小説です。しかし、秋には映画の公開も実現する運び。音読すると、
どんな感慨が沸くだろう?という好奇心に兆したマイ・チャレンジです。
いうなればこの朗読講座は、小生の小さな舞台でもあるのでした。

とはいえ、講座は始まったばかり。まだ「海炭市叙景」には辿りついても
いません。しかし初回、小生は「ういろう売り」の音読に高揚しました。
声に出して読むって、なんてたのしいんでしょう! 発声する自分の身体
を強く意識することができました。「体感」―おとなになると頭で考えた
だけですっかり解った気になりがちですが、ついぞ忘れていた感覚です!

この「体感」するたのしさにあふれた企画が、秋にまだあります。
「FINLAND DAYS!!」
10/2(土)~11/9(火)まで。『北方圏の"Alive"音楽』
Vol.4 JPPコンサート&ムーミンの国から『学べるフィンランド』と
いうサブタイトルがついたこの企画、まずはぜひ、盛り沢山の特設ホーム
ページをご覧ください。http://vas.co.jp/finlanddays/ 
今回初めて札幌にやってくる伝説のペリマンニバンド、JPPの予約チケ
ットもこのHPから申し込めます。(ペリマンニとは?バンドの音源など
もここにあります。)
主催はNPO法人コンカリーニョ。共催は、札幌市生涯学習総合センター
ちえりあ。そして協力が、札幌市中央図書館です。
云って見れば、街の人を幸せにする―という志は同じながら、これまでに
この三つの機関がともに一つの取り組みに関わることはなかったと思いま
す。街づくり、街育てという観点からも注目の企画です。

『北方圏の"Alive"音楽』シリーズ、昨年は、LAUというバンド
でした。小生、その怒涛のアンコールの後に思ったのです。こんな感動を
与えられっぱなしでいいのか?と。そろそろ与えられた幸せを、ほかの方
へ与える側に身を置くべきなんじゃないかと。司書に何ができるかと―。

というわけで、小生も少なからず関わっています。「客席の人」が一つ、
境界をまたいだ次第です。おいおい、ご報告していきますね。

第32回 「南極」とわが町を繋ぐ樋口和生さんのこと

前回は思いっきり横道にそれましたが、第52次日本南極地域観測越冬隊
にまたも志願した、樋口和生(ひぐちかずお)さんの話をしましょう。

といっても実は小生が樋口さんを知るようになったのはつい最近のこと。
彼は第50次の観測にも加わって南極にいましたから、家には不在で。
小生、留守宅のご家族とさきに出会いました。で、ちゃっかり奥さんの方
の「樋口さん」に手料理を食べさせていただいたり、読書家である彼女や
お子さんたちと本談義をしていた次第―。
直接に樋口さんを知るきっかけは花見でした。それはまだうすら寒い初春
のある日のこと―。またしても仙人(第31回参照)の紹介でした。
ほんのぽっちりほころびかけた桜の花に憩い、友達の友達は友達なんだな
という面子で一緒に焚き火を囲んだのです。
そう、愛すべきは焚き火!
大方はただウットリと揺らぐ炎を眺めていた小生なのですが、熾火になる
までのゆるやかで豊かなこのひととき、ぽつぽつ差し挟まれる樋口さんと
仲間のお話が、かぐわしい焚き火の匂いとともに、なんだか小生の全身に
じんわり沁み込んでいったのです。
南極や、ネパールや、チベットや、アラスカや、カムチャッカや、パタゴ
ニアや、ニセコでの体験話―。(アラスカへはお子さんも行かれた由)
雪山や湖や植物やオーロラの話―。
新婚旅行はネパールだったという奥さんとの馴れ初めや、ご家族の話―。
(因みに樋口さんのお父さんは海洋学者、お母さんは図書館司書)
植村直己さんの「青春を山に賭けて」や、星野道夫さんの「旅をする木」
や、藤原章生さんの「絵はがきにされた少年」の話―。(この3冊のノン
フィクションには、樋口和生の核を知るヒントがたくさんあります...)
中でも小生が興味深かったのは、フィールド・アシスタントという立場で
越冬された南極でのお話でした。樋口さんが提唱されるまで、昭和基地に
ゴアテックス装備がなかったとは!(この導入秘話だけでもわくわく...)

さて、焚き火の翌日―。
この話を小生一人がおもしろがっているのは、はなはだもったいないこと
だという気持がむくむくとわいてきました。そうなるともういてもたって
も居られないのが小生なのです。すぐさま仙人に電話をして、樋口さんに
繋いでもらい、さて、この縁を誰にどう繋げるべきかを考えました。
それで実現したのが、前回ご案内したカフェ・ハチャムでの講演会だった
というわけです。
6/19(土)のカフェ・ハチャム、44名(!?)入ったと聞いていま
す。老いも若きもですよ。スライドで、南極の写真をふんだんに織り込み
ながらの実に楽しいひとときでした。
山岳ガイドを生業とし、日本雪氷学会の会員でもあり、山岳レスキューで
もある樋口さんが、氷上のルート確保や隊員の安全管理を守るために赴い
た「南極」という極地での暮らしぶり―。
さまざまな分野のために、さまざまなところからあつまってきた専門員の
方々の仕事ぶり―。(彼らに深い敬意を持ちながら、しかし、何でもない
ことのようにたんたんと語る樋口さんの口調にまた打たれます...)
そう、南極観測隊員は研究所や学術団体所属の職員だけではないのです。
民間企業からの参加がたくさんあることを、小生は樋口さんに教わりまし
た。ヤンマー、日立、いすゞ、NEC、KDDI、飛島建設、鹿島道路、
ミサワホームなどなど―。こうして小生うろ憶えの名を挙げただけでも、
南極観測の積み重ねが「いま」に繋がる意義あることなんだと思えます。

ハチャムの打ち上げと称して、あんじ(店主はやはりネパール滞在経験の
ある林さん)で飲んだとき、「ひとりじゃなにもできない」と樋口さんは
繰り返し云いました。彼も携わっているNPO法人ねおすの事業定款には
こうあります。

人と自然、そして人と人との豊かな出会いをつくり、持続可能な地球社会
の推進に寄与することを目的とする。(抜粋)

思えば小生のまわりには「持続可能な地球社会」のいまと行く末を考え、
行動に移している面々がさまざまいるのでした。南極観測も、図書館も、
アートも、食堂も―だから、みんな根っこは同じ。繋がっているのです。
そして、繋げていこうという地道な志に小生は何度でも打たれるのです。

7月には訓練のために、もう道内を離れてしまう樋口さん。彼の講演会を
聴くチャンスがあと一日だけあります。6/28(月)、りんゆうホール
にて「山岳ガイドの見た南極」13:30と18:30の2回講演。
入場無料ですが、予約が必要です。
わが町も、実は南極に繋がる地球社会の舞台であることを―あなたも発見
しにいきませんか?

※ りんゆう観光HPより http://www.rinyu.co.jp/tour/event.html
※ 国立極地研究所の南極観測隊員公募についての要項など
http://www.nipr.ac.jp/info/h22-52-youkou2/index.html
※ 文科省 第52次南極地域観測隊の編成など
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/22/06/1294805.htm

第31回 「南極」を面白がるおとなたちの話

晩春、第50次日本南極地域観測越冬隊、樋口和生(ひぐちかずお)さん
のお話を聞いてきました。ところはこのコラムではお馴染み、仙人の家。
おとな10人、子ども5人が、樋口さんの南極体験譚に耳を傾け、模造紙
に投影された写真を楽しんだのです。
昭和基地、ブリザード、ゴアテックス導入秘話、オーロラ、ペンギン...。
本当に興味深いお話でしたが、今回小生が話題にしたいのは「お話会」に
集ったおとなたちの話でして―。

仙人の居間には実にさまざまなおとなたちがいました。
絵描き、舞台照明家(仙人)、ダンス・セラピスト、心理士、税理士、
大学の先生、主婦、水泳のインストラクターでもある料理人、ハンティン
グが趣味の郵便局員、図書館司書(小生)などなど―。

小生、中学生二人を伴って行ったのですが、彼らは着くなり、樋口さんと
絵描きと舞台照明家に「いじられて」嬉しそうでした。
まず仙人の家の軒にできた「去年のだから大丈夫だ」と説明されたスズメ
蜂の見事な巣に度肝を抜かれ―
玄関脇の皿に入ったひまわりの種が、エゾリスのために用意されたものだ
と知ってわくわく顔になり―
杜の突き当りにあるお不動さんに挨拶して来いと云われて恐る恐る薄闇の
中を詣でに行き―(そして案の定、川に片足はまって靴下を濡らし...)

家の中に入ってからは、玄関に置かれた芳名帳にびっくりし― (家主が
いなくても訪れた客が名前を記す決まり。旅館じゃないのに...)
昭和な揺り椅子、ねじで巻く式の柱時計の音色、窓とベランダに設置され
たバードテーブルにバケツで用意された鳥のエサ、アフリカの太鼓、友人
が置いていったという鉱石、照明や舞台装置やバレエやダンスや演劇関連
の蔵書・DVD、絵描きの筆によるモンゴルのシャーマンのおばあさんを
描いた墨絵(すばらしいです!)、紙巻タバコ、などなど―。
あまり周辺ではみかけない初めての価値観が満載の部屋に圧倒され、魅了
されたのでしょう。彼らはバスを降りて怪しげな獣道(?)を辿った時も
そうでしたが、会がお開きになった後も、乏しいボキャブラリー中の最大
の賛辞(?)であるらしい「スゲー」「スゲー」を連発していました。
「スゲー、スゲーって、いったい何がスゲー?」と聞いてみたところ、
「や、この家が」「ここの人たちが...」という返答。

思うに彼らは―、単純にめずらしかったんだと思います。
そもそもいまは、親でも先生でもないおとなたちと中学生が一緒に何かを
愉しむなんて機会自体、あまりないようです。
隔離されているのですよね、つきあいが。でなければ細分化されている。
子どもは子ども、おとなはおとな。共通の趣味を持つ子どもと子ども、同
じ職に就いているおとなとおとな、というように―。
老いも若きもできるだけアクシデントには遭いたくなくって、認証済みの
交友範囲内でのみコミュニケーションを試みていると感じます。あんまり
そこからはみださないし、あえて許容範囲を拡げもしない。

小生も職場で話をする際には、仕事のことゆえあらましは解っています。
解ったうえでの話の展開です。同じ井戸を掘り下げるような会話―。
なんと云えばいいでしょう...。最近、小生、同じ井戸を掘ることに、少し
食傷するのです。予定調和をつまらないと思う自分を俯瞰でみています。

以前、栗コーダーカルテットについて書きました。老若男女みんなが一堂
に会し、一緒にたのしんだ素敵なライヴです。
小生、同じことを今回、樋口さんの「お話会」でも感じていました。
あの居間には、南極の体験談に興味津々のおとなと子どもがともにいまし
た。価値観の違うお互いをおもしろがって、わいわい楽しげにくつろいで
いました。そんなふうに大いに盛り上がるおとなの姿を、もっと子どもに
見せられる場があればいいのになぁ、と、小生思ったのでした。だって、
おとながたのしく生きているのでなければ、子どもはおとなになんかなり
たくないじゃありませんか。おとなだって、「へ~っ、そんなこと!?」
とおもしろがりたいし、驚いているのです。驚きを胸にたたえてもう一度
しげしげと眺めまわしたなら、この世界はどう変わるでしょう?

樋口さんの南極体験談について書くつもりがすっかり横道にそれました。
でも大丈夫です。6月19日(土)19時より琴似のカフェ・ハチャムで
「南極で過ごした一年」と題した樋口さんのお話を聞くことができます。
次の越冬隊にも加わるという樋口さん。この機を逃すと今度お話が聞ける
のは2年先になってしまいます。だから、おもしろがりの方はぜひ!

※カフェ・ハチャム http://blog.hacham.jp/

第30回 「歯並びのきれいな女の子」2回、観ました

事件だと思います。貧乏司書がひさびさに初日と千秋楽、同じ舞台を観に
行きました。小生が観たのは、5月20日夜と23日夜の舞台。ところは
琴似。コンカリーニョのプロデュース公演「歯並びのきれいな女の子」

演出は、北九州の劇団:飛ぶ劇場を主宰する泊篤志さん。
脚本は、札幌の劇団introのイトウワカナさん。
キャストは出演者オーディションを勝ち抜いた札幌の役者に、飛ぶ劇場の
木村健二さん。そう、この舞台は2008年度に行われたコンカリーニョ
戯曲講座から生まれた、北と南の演劇人のコラボ作品でもあるのです。

亡くなった父の納骨の日、一日を描いた物語です。そんなには儲からない
あめ工場を営んでいた父。そのあめを食べ続けて「ガチャ歯」になってし
まった姉と弟。婚約者、いとこ、工場の人達と母。そして、そんな山中家
に突如あらわれた歯並びのきれいな女の子―。

舞台中央に山中家の居間があります。「囲み舞台」といって、舞台をコの
字型に囲む三方の客席から観るのです。小生、初日に弦巻劇団の弦巻さん
の勧めで上手側の席で観ました。千秋楽は正面から。囲み舞台を観るのは
初めてではありませんが、背中から観ていた役者の動きをもう一度ちがう
角度から確かめたなんて体験は初めてのことでした。
なぜだろう...。二度観たいと思わせる舞台だったのです。

派手なことは何も起こらないのです。舞台変換もありません。会話劇なの
です。でも、この会話がリアルでした。奇をてらっておどかしてやろうな
んていうヘンな色気とは無縁の会話。それぞれの登場人物が皆、等身大の
セリフを言うのです。等身大の人物がそこにいるのです。そして、そんな
姿を三方に晒して立っているのです。

何をあたりまえのことを―と、思われるかもしれませんが、コレけっこう
ないがしろにされている芝居も多いのですよ。
ふつう、人は伝えたいことを大きく云いがちです。飾ったりもする。その
方が簡単に「すごさ」が伝わるからでしょう。結果、何だかよくわかんな
いけどすごいんだ、という納得の仕方をし、それきり忘れるのですが―。

唐突ですが、小生が「歯並びのきれいな女の子」を観ながら思い浮かべて
いたのはお習字の書体です。
むかし、行書体にあこがれていました。くずした文字は、何を書いてある
のか解らなかったけれど、大人っぽくってかっこよかった。

最近、小生が観に行く芝居の多くは、例えるならこの行書体でした。
自己流でくずされた文字の解読に疲弊していたのだなぁと、この舞台を観
て気がついたしだい。
「歯並びのきれいな女の子」は、登場人物のそれぞれが、ていねいな楷書
体で書かれている気がしました。止めるところ、撥ねるところ、筆をため
るところ、勢いよく運ぶところ―。誠実なのです、舞台作りのすべてに。
個性的であるとは、個性をアピールすることではないのかもしれない。
この舞台に関わる人達は、「すごさ」をアピールしていませんでした。
それが、すごい。

う~ん、言葉だけではぜんぜんあの舞台に感じた「気」のようなものが、
伝わらなくて悔しいです。小生、お芝居の余韻に浸りたくて、脚本を書か
れたイトウワカナさんのブログや 演出家の泊さんのブログ(その名もブログトマリ)をみつけ、さかのぼって読んでみたのですが、ここでは泊さんが書かれていた印象的な一行を引用します。

「目に見えない神輿を皆で担ぐ」みたいな芝居だと思うんだこの作品は。

小生はこの神輿を目撃した(いや、ともに担いだ?)しあわせ者ですが、
この舞台、札幌以外の街の方にもぜひお見せしたい。全国さまざまな街に
きっと、山中家の人々のように暮らす、愛すべき観客がいるはずだから。
泊さんの仰る「皆」には、観客も含まれているのだと、小生は思います。
出向かなければ手にはいらない「元気の素」って色々ありますが、劇場に
は間違いなくそれがあります。

というわけで、目下、小生の愛唱する合言葉はこうなっています―。

「図書館へ行こう、劇場へ行こう。」

どちらも幸せになるための館だと、小生信じているのです。


※コンカリーニョのアーカイブはこちら。
http://www.concarino.or.jp/2020/12/hanarabi-2/
※ものすごい盛り上がりを見せたツイッター上の呟きはこちら。http://twitter.com/hanarabiiiiii

第29回 他生の縁@発寒商店街の古本市

先週の土曜日、発寒(はっさむ)商店街の無差別級古本市に出店しました。

急遽決定したゆえに、不忍ブックストリートのような一箱参加ではなく、
無差別級と命名されたプロアマ・拠出量問わずの古本市です。
発寒商店街春まつりの『一日だけ空き店舗のシャッターを開けよう!!!』
企画でもあります。

会場は、元仏具店。

店舗前

入り口で案内するのは今回の仕掛け人、『古本とビール アダノンキ』の
石山さん。

会場看板とアダノンキさん

こちらの屋号は『図書委員』

図書委員看板


ラインナップの一部はこんなふう。

ラインナップ

テーマは決めず、あ、バーキンのCDは色っぽい声が入っているヤツです。(売れました)
おまけには風船、鉛筆、消しゴムなどをご用意しました。
これは不忍の古本市で、小生が店主らと話をする糸口におまけのはたした
役割が大きいと感じたので提案したもの。事実、お子さん連れのお母さん
とお話するきっかけになりました。

そして、売り物とは別に佐藤泰志の資料ファイルを持参。

海炭市叙景ファイル

この『海炭市叙景』ファイルが、実にさまざまな方とのご縁を紡ぎ出してくれました。

まず、プロの出店者である書肆吉成さん―。吉成さんは京都のご友人のブ
ログから、「海炭市叙景」復刊の経緯を聞いていたそうです。小生が映画
化実行委員の一員であると知り、こんなところでとびっくりされていまし
た。

そして、吉成さんのブログの告知を見て来てみたという元書店員Nさん。
この街に越して来たばかりで知り合いもいず、部屋でぽつねんとしていた
のが思い切って出ていらしたと仰る彼女、実はあとでわかったのですが、
一箱古本市の仕掛け人である南陀楼綾繁さん編集の『書評のメルマガ』に
寄稿されていた方だったのでした(!)

それだけでもびっくりなのに、Nさんの元の勤め先ではなんとアダノンキ
の石山さんが修行していたことが判明(!)

だから何?って云われるとそれだけの話ですと応えるしかないのですが、
繋がるんです。こんなふうに人は、読書という個人的な体験からだって、
多くの人の手へ、何某かのバトンをおくることができる。

今回は小生の友人がフィンランドの弦楽器カンテレを持ってやって来て、
弾きながらの応援もしてくれました。(ついでに近くで開催されていた、
ワークショップの紹介もし、コミュニケーションとは持ちつ持たれつ)
すると見ていた吉成さんが口琴を鳴らしてみせてくれ、民俗談義にも花が
さきました。どんどん繋がる、どんどん拡がる好奇心―。

唐突ですが、自分がどうなりたいのか?を自問するとき、小生が思い浮か
べるのは目標ではなく、「夢」です。「夢」を実現させようとする自分に
「縁」は生まれるのだなと感じます。目標のために、人と繋がるわけでは
ない。そう。最近、人との「縁」について、よく考えるのです。以前は、
黙っていても向こうから伸びてくるのが「縁」なのだと思っていました。
いわば偶然の引力?
今は、それは違うな、と思っています。つくづく「縁」とは、こちらから
結びに行くものなのだと思う。そうして一度結ばれた「縁」は、なかった
ことにはできないものなのだとも感じています。

今回、一日限りでしたが、発寒商店街の空き店舗のシャッターが開けられ
ました。だから何?って思う人には「夢」がない。
小生は、空き店舗が営業しているさまを、シャッターが開いたからこそ多
くの方が想像できたのではないかと思っています。
そして、そこに集った人たちには何某か、「夢」の実現に繋がる「縁」が
生まれたと信じたい。

発寒の古本市は今後も開催されるそうです。生まれた「縁」をほかの場所
へも結びに行くつもりで、小生は密かに動きはじめています。

*編集部注
5月20日の更新日に本コラムをUPしておりますが、その後関係者より、著作権の関係上公開することを控えたい部分がある旨の連絡がありましたので、写真と本文の一部を変更削除いたしました。ご了承ください。

第28回 一箱古本市と「海炭市叙景」

5月2日、東京へ行ってきました。
目的は不忍(しのばず)ブックストリートで開催されている一箱古本市を
歩くこと。これ、古本好きなら一度はチェックしたい魅力的な催しです。

古本市MAP

一箱古本市では、販売に軒を貸す人を「大家」、そこで一箱を売る人を、
「店主」と呼びます。2日は10の大家さん(開催スポット)に計55箱が出店していました。
小生、買えば「幸あれ~」と声をかけてくれるのが決まりの『書評王の島
と朝倉かすみ』店に、まずは出向きました。
ここは豊崎由美さんとその書評講座のメンバー、そして作家の朝倉かすみ
さんがお薦めの本を持ち寄った一箱です。見ると、読みどころが記された
手製の帯がかかっていたりします。う~ん、これファン垂涎の直筆では。
店主は古本屋とは限りません。この古本市は業種もプロアマも問わない、
誰でも参加できるイベントなのです。ルールは、一箱に収まる量を並べる
こと。ただし売れたら補充は可。値付けを高めにするも、均一にするも、
店主の自由。各箱さまざまの思惑で売られているのが、なんだか愉快。

箱の中身もまぁいろいろで。ノンジャンルの箱もあり、逆に明確なテーマ
で品揃えした箱もあり―。「昭和」をテーマにした箱、料理本専門に集め
た箱、主催する劇団の印刷物やグッズ、戯曲を揃えた箱、「箱」に関する
本が並ぶ箱―。懐かしい紙風船や、朝顔の種をおまけにつけてくれる店も
ありました。力士の栞をくれたのは屋号『どすこいフェスティバル』。
おまけを貰うと「おっ」と嬉しくなるし、店主と会話する糸口にもなり、
つい話し込んで、一冊のつもりが二冊になったりなんてことにも...。
そう、ここには日本全国から、無類の本好きが集まって来ているのです。
皆、胸に何やら一家言はありそうな輩です。本談義には事欠かない。

途中、谷中銀座で地域雑誌『谷根千』のバックナンバーを求めたり、千駄
木の古本カフェ『結構人ミルクホール』で休憩したりもしつつ...。小生、
5時間歩いて55箱を全て見て歩きました。この散策、スタンプラリーに
なっていて、各開催スポットの押印全てを集めると景品が貰えるのです。
というわけで、小生、しのばずくん(不忍池に棲む紙魚の生まれ変わり)
のマグネットを無事ゲット。上限が500円ほどの仕合せな買い物三昧を
おおいに愉しんだ次第。

古本

しのばずくん

そして仕合せは続くのです。市が終わって総勢100名強の大宴会―。
店主でもなく事前申込みもしていない小生、本来なら参加できない打上げ
でした。そんな小生に、ご自分の席を譲ってくださったのが石井千湖さん
です。石井さんは朝倉かすみさんの文庫「夫婦一年生」の解説を書かれて
いる方で、小生が映画「海炭市叙景」の実行委員であることもご存知でし
た。そこで、せっかくだから宣伝をしてはいかがですか?と申し出てくだ
さったのです。ご好意に甘えた小生と一緒に、朝倉さんが各宴席を廻って
くださいました。それで集まった名刺、17枚―。
そして宴もたけなわ、そっと抜け出ようとした小生に、今度は一箱古本市
の実行委員長を務める南陀楼綾繁(なんだろうあやしげ)さんが、マイク
を持たせるのです。皆さんに向けて、もう一度話しなさいよと―。

小生、いざマイクを受け取ったものの、盛り上がっている会場に声が届く
のかと逡巡し、口ごもってしまいました。すると何名もの方が声をあげ、
「注目!」「注目!」と、ざわめく場をしずめてくれたのです。胸が熱く
なりました。そこでお話しました。
佐藤泰志のこと。彼の絶筆である「海炭市叙景」という小説のこと、映画
のこと。函館市民が映画に注いだ愛情のこと。市民募金でクランクアップ
までなんとか漕ぎつけた資金はもう底をつき、宣伝費用が充分ないこと。
ついては小生の話に少しでも興味を持っていただけたなら、どうか口コミ
で宣伝してほしいということ―。
夢中で話してマイクを返そうとする小生に、古本書評家の岡崎武志さんが
さらに「文庫化のことも!」と仰る。実は、海炭市叙景の東京応援団でも
ある岡崎さんとは、昼間初めてお会いしたのです。古書ほうろうの軒先に
陣取ってらっしゃる男性が、間違いなく『ビッグイシュー』の連載書評、
「ひぐらし本暮らし」のイラスト似顔絵と同じお顔だったので声をかけま
した。岡崎さんは「海炭市叙景」の復刊を本当に喜んでくださり、詩人の
金子彰子さんとのご縁も含め(※第23回、25回参照)、こんな繋がり
があるんですねぇという会話を交わしたばかりでした。
小生からマイクをひきとった岡崎さんは最後、既に唯一人映画のラッシュ
を観た者として、「すばらしい映画だ」「原作小説は一家に一冊置くべき
だ」というだめ押しの言葉を付け加えてくださいました。
なんという人の縁―。

そして、さらにもこの縁は続いているのです。
今週末の土曜日、札幌市西区発寒の商店街で一箱古本市が開催されます。
仕掛け人は不忍にも出店されていた「古本とビール アダノンキ」さん。
小生の本棚にはこれまでに、アダノンキで購入した古本が三冊あります。
これもまた不思議な縁―。

さきのスタンプラリーでは、実は押印一つ一つに一文字が彫られていて、
繋がると文章があらわれる趣向でした。いわく―

「ひとはこのうちゅうへ」

5月15日(土)お時間ありましたら、どうぞ遊びにいらしてください。
宇宙への新たな一歩は案外、発寒商店街から始まるかもしれませんよ。
小生、友人三人とともに、屋号「図書委員」の店主をつとめます。

不忍ブックストリート
古本とビール アダノンキ
「一箱古本市の歩きかた」南陀楼綾繁/著(光文社新書)

第27回 栗コーダーカルテットの魔法

行ってきました。4月25日夜、あけぼのアート&コミュニティセンターへ
栗コーダーカルテットを聴きに―。すばらしかった!!

栗コーダーカルテットは、主にリコーダーを演奏する四人組です。
メンバーはそれぞれ作曲も編曲も手がける多才な演奏家たち。
にも関わらず、彼らは脱力系バンドとしても名をなす確信犯です。

実は笛だけじゃない。ウクレレも、ギターも、ピアニカも、チューバも、
サックスも、ボウランも、口琴までも演奏します。
身近な楽器もマニアックな楽器もクラシカルな楽器も、まるで差別(?)
せずになに食わぬ顔で弾きこなし、モーツァルトとエルビス・プレスリー
と『鉄腕アトム』を【並列】にとりあげてしまうそのセンス!

いまではあまりに有名な、「やる気のないダースベイダーのテーマ」こと
スター・ウォーズ『帝国のマーチ』で大人を沸かせ、NHK教育テレビで
お馴染みの『ピタゴラスイッチ』で子どもたちを釘付けにする彼ら。
もう何百回となく聴いたはずの『カントリー・ロード』や、ビートルズの
『夢の人』が、あらためて美しいメロディであったことに気づかせてくれ
るのも、彼らの笛の和音の魅力です。
笛は、小学生にも吹けるとても身近な楽器です。一度はみんなが手にした
はず。しかし、そのシンプルな音色にとりつかれるのは、どうやら大人の
方なのかもしれません。クィーンの『ボヘミアン・ラプソディ』に笛で挑
もうだなんて!お墓の中のフレディー・マーキュリーも、さぞ驚いたこと
でしょう。真面目なんだか不真面目なんだか。でも、とにかくたのしい!
ライヴ後には、世の中すべてに「YES!」と応えたくなっている小生が
いました。リフレッシュとは、こんな体験のことを云うのかもしれない。
一緒に行った姪(トロンボーン吹き)のほっぺたが、ピンク色に上気して
いました。あぁ、器楽演奏が、こんなにも豊かなものであったとは!

今回会場となったあけぼのアート&コミュニティセンターは、さまざまな
年代の人達が、文化芸術に親しむことによってコミュニケーションを育む
場を提供する―という明確な意図をもって運営されています。
と、こう書くと難しいですね。が、それはつまり、アートを通じて幸せに
なろう!ということではないかと小生、思っています。
栗コーダーカルテットのライヴに【参加】したいま、初めてその意図を、
身体で理解することができた気がしました。ふと見わたせば―、老若男女
すべてがそこにいて、笑い、くつろぎ、さざめきあっていた会場―。

考えてみると、子どもも大人もご高齢の方々も、みんなが一緒に楽しめる
娯楽って今はなかなか思いつきません。
子どもが楽しんでいる姿を見るのはいつだって幸せなものですが、大人が
心底たのしんでいる姿を子どもたちが発見する―。これもまた、【希望】
の絵ではないでしょうか?

アートは人を幸せにする魔法だと信じさせてくれた栗コーダーカルテット
のライヴでした。

実はこの魔法、じわじわとある欲望をも喚起します。
そう、笛が吹きたくなるのです。ウクレレを奏でたくなるのです。
栗コーダーを聴くと楽器が無性に欲しくなります!
小生にとっては中学校を卒業して以来の、ついぞ忘れていた原始的な欲求
です。下手でもいい。かまわない。ただ楽器を演奏して、自分の音を誰か
の音に重ねてみたい。重なり合った音色はどんなふうに響くのでしょう?
和音とは、「誰か」がそこに居ることで何倍にもなる幸せです。
もっと多くの人達が、実際に【ライヴ】の場へと足を運んで、一緒に演奏
したり、歌ったり、踊ったり、演技をしてみたらいいのにと思います。
部屋に居るだけでは、共鳴しない和音があります。

というわけで小生、栗コーダーカルテットの四人組を、これからもずっと
見守って行く所存。
それにつけても、今、欲しくてならないのは黄みどり色のアンデスです!
この鍵盤ハーモニカを所持する友人のなんと多いことよ...。
あけぼのアート&コミュニティセンターの貸出スペースについては、下記
までどうぞお問い合わせください。かく云う小生は二千円で音楽室を借り
ようか思案中...。

※ 栗コーダーカルテット オフィシャルウェブサイト
http://ameblo.jp/kuricorder/entry-10519127330.html
※ あけぼのアート&コミュニティセンター
 http://www.concarino.or.jp/akebono/

第26回 されどライターの重み

甥が二人、姪が二人います。たまに会って彼らと話すと、かつての自分が
そこにいるかのようで、非常に面映い。
先日は甥の一人と骨董市へ行ってきました。小生、古本・古道具が大好き
なのです。ちょっと昔のふつうの人が、ふつうの生活で使っていた道具に
興味があります。よく、誰が使ったのかもわからない品なんて気持が悪い
という人がいますが、小生は平気です。気になるのなら磨けばいい。傷も
汚れも誰かが生きていた証。古道具は暮らしの痕跡がいとおしいのです。

そこで、第4回大生活骨董市です。開催場所は札幌市琴似のその名も生活
支援型文化施設コンカリーニョ。骨董にではなく、生活に「大」を冠する
このセンスが侮れない。小生、三年通っていますが、甥と来たのは今回が
初めてです。いまどきの中学生は、いったい何に興味を示すものやら―。
玩具箱をひっくり返したようでわくわくする会場をまずは一巡し、あとは
てんでに見て歩きました。

見わたせば、小生の部屋にある雑貨を買ったお店も随分出店しています。
東洋陶器のお皿を買った店、琺瑯の飯盒(現レターラックとして使用)を
買った店、プラスチックの水差しを買った店、平たい引きだしの整理棚を
買った店、卓袱台をさがしていた友人に紹介した店―。

前掛け

今回はいつも看板猫のいる店で、藍色の地に「北の誉」と白抜きされた前
掛け(これをエプロンとは呼べない...)を求めました。「マルダイミソ」
とどちらにしようか迷ったのですが、異動する日本酒好きの同僚へ贈ろう
と思い、「北の誉」に決めた次第。
昭和のスーパーマーケットではこんな前掛けを腰に締めたおじさん達が、
威勢のいい声を張りあげていたものでしたっけ...。
店主としばし談笑し、看板猫とも戯れて、そうだ、ヤツはどうしたろうと
探しに行くと―

いました。zippoのライターの前に―。

煙草は吸わない小生ですが、zippo(ジッポ)のライターは美しいと
思います。蓋を開け閉めするときの音も、点る炎の大きさも、シンプルな
ものも細工が施されたものも、それが手の中におさまる「感じ」も―。
煙草に火を点けなくったって、見ているだけでも嬉しくなるのが炎という
ものです。手のうちに点る光が、何ともいえず好ましいのです。
小生も甥のような中学生だった時分には、そう思っていたものでした。
いや、違うな、今だってそうかもしれない。

というわけで―、甥とあれこれ手にとって見ていると、コンカリーニョの
仙人がやってきました。仙人、実は旧友。この骨董市の仕掛け人です。
奇しくも彼は、甥と(小生の独白と)おんなじセリフをいいました。
「こういうのは、見ているだけでも好いんだよ」と―。

小生の部屋には祖父の形見の油絵が掛かっていますが、ただ眺めているだ
けで、仕合わせな気分になれます。眺めるだけで仕合わせだなんて、心が
豊かだとはいえませんか?身近にある物を知らぬ間に愛でている喜び。
手触りを確かめられる物なら、なおのこといとおしいでしょう。
とはいえ今回のモノはライター。中学生が持つには非常に相性のよくない
シロモノです。母の顔がよぎったかどうか...甥は迷った末に買いませんで
した。よからぬことを教えると妹にはあまり評判のよくない小生としても
敢えて薦めはしませんでしたが「あぁ~ただ見ていたいだけなのになぁ」
と、胸には呟いていたふたり―。

ほかにもさしこみ式のカギや(甥、小生)、ゴムで玉を飛ばすパチンコや
(甥)、昭和の給食室にあったような四角いアルミのトレイ(小生)等、
心惹かれるモノをたくさん愛でましたが買うには到らず。会場内でラム肉
のキーマカレーを食し(これがまた美味!)、甥の骨董市初体験は終了。

して、後日―。
仕事で仙人に会った帰りがけ、「あ、彼にこれをあげよう」と手渡された
のが件のzippoのライターでした。どうやら最後に仙人が買い占めた
うちの一つを譲ってくれたもよう。持つべきものは友、あるいは悪友。

大喜びの甥でしたが意外なことには母(小生の妹)も懐かしがったこと。
「百円ライターが出てくるまでは、ライターって、もっと重みがあるもの
だったよねぇ。zippoのライターって憧れだったじゃない?」
あぁ、確かにそうでした。この母は、憧れを解する母であったかと小生も
なにやら嬉しく...。たかがライター、されどライターの重みをあらためて
感じることができた、仕合わせな春の大生活骨董市でした。

zippoのライター

第25回 『海炭市叙景』文庫化、決定!!

その映画化に合わせて、「海炭市叙景」を文庫化したい、という呼びかけをツイッター上で私が見たのは先週土曜日のことでした。その後さまざまな方々と連絡を取り、「海炭市叙景」を小学館文庫に入れさせていただくことが、本日決定しました。10月6日の発売となる予定です。
ツイッターってすごい!

4月1日、木曜日でした。
小学館の編集者、村井康司さんのこのツィート(呟き)を、ツイッターの
タイムライン(いまどうしてるのか、140字以内で記すライン)に確認
した時の小生の興奮! お解りいただけるでしょうか?
20年来ずっと訴えつづけてきた佐藤泰志の作品復刊が、そうそう簡単に
運ぶわけはないさと思っていたのです。でも実現してしまいました。
ツイッターってすごい!

3月20日、土曜日朝以降―。
芥川賞候補作家の遺作が絶版のままだという呟きを、実に多くの方がたが
リツィート(=呟きを繰り返すこと)しました。

通常ツイッターのタイムラインには、自分がフォロー(追跡)している人
の呟きしか現れません。が、時々フォローしていない人の呟きも現れるの
です。これが、リツィートです。
自分がフォローしている誰かが、自分がフォローしていない誰かの呟きを
引用したのです。いわば又聞き。(フォローしている人の場合もあり)
ここで、へぇ~と思う者がさらなるリツィートをしたり、引用元の発言者
をあらたにフォローしたり、発言者に返信したりすると、もとはひとりの
小さな呟きが拡散して、遠くまでこだましていくのです。

小学館の村井さんは、豊崎由美さんのリツィートを読まれたそうです。
映画もクランクアップしたというし、「海炭市叙景」は以前の版元である
集英社が再刊するものだとばかり思っていたところ、不意にそうではない
という情報が舞い込んだのです。あとの村井さんの行動は、素早かった!
実行委員とコンタクトをとり、著作権継承者である佐藤泰志の奥様と連絡
をとり、集英社と話をし...。全ての案件をクリアしての復刊英断です。
村井さんが行動を起こしてから文庫化決定まで、なんと2週間足らず!

いったい何が人を動かすのだろう?と、感嘆します。
素人考えで想像するのみですが、出版会議も、プレゼンも、根回し(?)
も全部すっ飛ばす勢いで、この文庫化は決まった気がします。
詩人の金子彰子さん曰く―シンプルな願いが一番届くのかもしれないと。

小生も同感です。小賢しい物言いより何より、この小説を読んでほしいと
いう愚直な思いに勝るものはない。
そう、シンプルには「愚かな」という意味もあるのです。

思えば市民主導による映画製作の資金集めにも、気持は解るが「無邪気」
すぎるという声があり...。
今こそ原作を復刊させたいだなんてこの不景気に、「純粋な」思いだけで
は、なかなか人は動かせないものなんだよと諭して下さる方もあり...。
撮影に入ってからは人や機材の調達にも、「お人よし」の体で乗り切った
場面少なからずあり...。

耳を傾けながら小生、「そうだなぁ」という気持と「そうかなぁ」という
気持の間にいました。
いまは「そうさなぁ」という気持です。
好きになってしまったら、尤もなことにあんまり意義などありません。
諭されたところで、信ずるものの価値が変わるわけではない。
だからそのまま、思いのままに、愚直に、願いつづければいいのだと思い
ます。いつか何かはこたえが出ます。20年越しの悲願「海炭市叙景」の
文庫化が思いもかけぬ経緯で実現したいま、小生、そう確信しています。

それにつけても畏るべしはTwitter(ツイッター)の縁。こんなサプライズ
があるんですから、人間やはりコミュニケーション諦めちゃいけません。
生きてさえいれば...こんな奇跡に立ち会うことだってあるのですねぇ。

ツイッターによれば村井さん、16日に上京する実行委員と一緒に武道館
のジェームス・テイラーとキャロル・キングのコンサートへ行くそうで。
(いいなぁ、キャロル・キング)
昨夜の呟きは、「縁は異なもの!」と結ばれていましたとさ。

※ http://www.ehako.com/news/news2009a/1012_index_msg.shtml
※ http://twitter.com/
※ http://d.hatena.ne.jp/Kaneco/

海炭市叙景

第24回 沢則行のかなしみを受けとる

滝川で、人形劇を観てきました。フィギュア・シアターとかフィギュア・
アート・シアターと呼ばれる人形演劇です。
作・演出・美術はチェコ在住の人形劇師沢則行(さわ、のりゆき)さん。
出し物は『かぐや』と『小作品集』。
小生、昨年もやまびこ座で観ているのですが、沢則行はブラボーです!!

今回も、小生が感嘆したのはやっぱり『かぐや』。
日本最古の作り話、『竹取物語』をベースに創られたこの物語のあらすじ
は、もはや説明するまでもないでしょう。平安時代からいまに伝わる作者
不詳の物語、通称『かぐや姫』です。

『かぐや』に使われる人形は、かぐや姫一体きりです。
彼女は薄ものの儚げな着物を着ています。動かすのは舞台上にいる沢さん
(黒衣)一人です。文楽の舞台とは違って、人形の足もとを隠す手摺など
はなく、動かすところもぜんぶ見せます。沢さん、時には顔も見せます。
求婚者の仮面(狂言面にも似た...)をかぶることもあります。
台詞はありません。無言劇です。

初めて観たときも今回も、小生はかぐや姫のまとう衣装の美しさにハッと
させられました。美しく、どこかかなしい風合いなのです。
かぐや姫のどんな所作にもこのかなしみがまとわりついてくるようで、袂
や裾の揺れからも目が離せず、食い入るように見ました。
所作は、風情と言い換えてもいいでしょう。
幻想的な明りに照らし出される、かぐや姫と沢さんのかなしい風情―。
かなしいという表記には、「愛しい」という字も当てるんだよなぁなどと
ふと思い、いつしか小生に、沢さんは見えなくなります。
そこに居ますが、居ないのです。
最後はやるかたなく、月に帰るかぐや姫を翁のように見つめていました。
言葉にできない漠とした感情が湧き上がり、胸の裡に、さまざまな波紋が
拡がっていきました。切なかった―。

それが、小生の観た沢則行のフィギュアート・シアター『かぐや』です。

昨年6月、NHKみんなのうたで放映された椎名林檎さんの「二人ぼっち
時間」の人形劇も、この沢さんが担当したものです。

前後して発行された『表現する仕事がしたい!』(岩波ジュニア新書刊)
には、「変わった人形劇,あります」という沢さんの文章も紹介されてい
ます。これがとても、興味深い―。

沢さんは小樽出身の道産子です。20年ほど前、東京でのハード・ワーク
がたたって実家で静養されていた折りには、札幌にあるミッション系の私
立学校で美術の先生をしていたこともあります。同じ頃、系列校で働いて
いた小生も、会議の席では何度か顔を合わせました。
颯爽とバイクに乗って来られて、「人形劇をやっています」と歯切れよく
自己紹介された姿は鮮烈でした。(女子生徒に、モテモテだったと聴いて
います。うらやましい限り!)

また、亡くなられたお母さんは、和服を仕立てるお仕事をされていたそう
です。沢さんが創る人形の多くは、彼女が残した布地から仕立てた着物を
着ているのだとか―。(コラナビインタビューでも紹介されたロケット
姉妹の扇柳トールさんも、音楽の仕事をされた折に、ご本人から直接この
話を聞いたと云います。)

何て美しい供養だろうと思います。沢さん、本にはこう書かれています。

  僕の手元には、彼女が仕立てた和服がごっそり残されました。そして 記憶には、布の色と匂いが染みこんでいます。世界で仕事をすると、 「オマエの持っている<日本>を表現しろ」と、よく言われます。僕 の中に<日本>があるとすれば、たぶんあの色と匂いです。

『竹取物語』では嘆き悲しむおじいさん、おばあさんへ、かぐや姫が着て
いた着物を形見として残します。そして月夜には思い出してほしいと手紙
にしたためます。せめてもと、モノに思いを託すのですね。

今、小生は、沢さんが託したかった着物の色や匂いについて想像していま
す。『かぐや』を子どもだけのものにしておくのはもったいない。
何でもかんでも「かわいい」という一言でかたづけているのは、実は大人
の方かもしれない。言葉で括ろうとすればするほど遠のいてしまう感情の
わけても「かなしみ」を、まだ、小生、静かに味わっています。

http://norisawa.net/

第23回 詩集『二月十四日』と小説『海炭市叙景』

『二月十四日』という詩集を手に入れました。
書店では、売っていません。Amazonでも買えません。石川県金沢市にある
龜鳴屋(かめなくや)という発行もとに申し込んで送ってもらうのです。
届いた詩集の終わりには、83とナンバリングがしてありました。
小生、83番目の購読者というわけです。
作者は金子彰子(かねこ、しょうこ)さん。
表題にもなっている「二月十四日」は、あるチョコレート会社に応募した
懸賞詩で、特別賞を受賞しています。出だしでもうガツンときます。

いわし焼く夕方
「焼き方が足りんぞ」
その一言に堰がきれ
とめどなく嗚咽漏らす

涙の中をいわしが泳ぐ

誰もが覚えある心もとない夕方...。いわしを焼く匂い...。どうでしょう?
ほかならぬ甘いチョコレートを売る会社に、いわし焼くで始まる...それも
「二月十四日」と冠した詩を応募するこの感性―。なんと十五歳の時の詩
なんだそうです(!)少女の胸いっぱいのやるせない思いがあふれた夕餉
に立ち会ってしまったようで、小生、そうっとページを繰りながら、一人
ドキドキしてしまいました。
金子さんはこの詩が認められて、雑誌『鳩よ!』等に作品を発表するよう
になるのですが...龜鳴屋から届いた『二月十四日』のあとがきには、こう
あります。

...学校を卒業してみれば長い長い就職氷河期が待ち受けていた。
それでもなんとか職を得て、世間を泳ぎ渡っていくうち、頭でっかち
で腸の苦い鰯のようなこの身は、糊口を凌ぐことに懸命になるあまりにいつしか詩を忘れて生きてきてしまった。

一度は詩作から遠のいてしまった金子さんが、この詩集を成就するまでの
顛末は、ご自身のブログ「kanecoの日記」で伺い知ることができます。

金子さんには、Twitterで出会いました。
小生が実行委員をしている映画、『海炭市叙景』に関する呟きを彼女が拾
い、再度話題にしてくださったのがご縁です。どんな方かとプロフィール
を見ると詩集を出されたことが解り、ツィートに貼りつけられたリンク先
へうまく飛べなかったことを小生が指摘したところ、携帯からでは不備が
あるので削除しましたと返信をいただき、ならばと小生がリンクを貼りな
おしたのです。ついこの間までは小生もパソコンを所持しておらず、金子
さんと同じ歯痒い思いをしていたので、余計に親近感が湧きました。
その後は、金子さんの呟くことばにどんどん心惹かれていくこととなり、
詩集『二月十四日』を手にするに到ったのです。

実は十五歳の金子さんが応募した「二月十四日」を審査し世に出した詩人
の井坂洋子さんも、「書かないのはもったいない」と再びの詩作を促した
古本書評家の岡崎武志さんも山本善行さんも、映画『海炭市叙景』の実現
のために応援してくださった方々でした。これは偶然?それとも必然?
慌てて岡崎さんのブログ「okatakeの日記」を読み返すと、金子彰子という
稀有な詩人を埋もれさせまいと彼らが支援されてきた足跡がわかり、小生
も何だかその繋がりに加われたようで、勝手に胸が熱くなりました。

そして、Twitterで始まったこの物語には、まだ続きがあります。
先日、映画『海炭市叙景』が無事にクランクアップをし、いよいよ小生は
実行委員になった本来の目的、原作者佐藤泰志の絶版作品の文庫化に動き
出しました。芥川賞候補作が五つ(うち一作は三島由紀夫賞候補にも)と
いう彼の小説が忘れられていく嘆きを金子さんに伝えたところ、自分宛て
でなく、全体に向けて呟くべきだとのアドヴァイスを受けました。
そうして小生が発信しなおしたところ、金子さんはもちろん『本の雑誌』
への寄稿でも知られる東川端参丁目さん、青木るえかさんほか、書評家の
豊崎由美さん、作家の朝倉かすみさんなど大勢の方々がリツィートをして
くださり、佐藤泰志の後輩だという編集者さんにまで繋がったのです!

『二月十四日』のあとがきは、こう結ばれています。

この詩集を応援いただいた皆さんと、全ての働く人に捧げたい。

一度は詩を忘れて生きてきた少女がその手にまた詩を取り戻したように、
いくつもの職業に就きながら小説を書き続けた佐藤泰志のこころざしを、
小生は見知らぬ誰かへと手渡し、もう一度分かち合いたいと願うのです。
というわけで、さまざまな人たちと魅力的に繋がりながら、小説『海炭市
叙景』及び佐藤泰志作品文庫化への道は、まだこれからも続きます。


※金子彰子さんのブログ「kanecoの日記

※岡田武志さんブログ「okatakeの日記

龜鳴屋(かめなくや)HP

第22回 『海炭市叙景』One more

第21回は映画『海炭市叙景』(かいたんしじょけい)のロケ現場リポート
を書きました。実に二十数年ぶりの函館再訪記―。
以前訪れたのも、函館生まれの原作者佐藤泰志(さとうやすし)の小説に
描かれた町を実際に歩こうと思ったからなのですが、このときにはまだ、
『海炭市叙景』は書かれていませんでした。
寝台車に乗るお金はなくて、早朝、函館駅に着く鈍行で行きました。佐藤
泰志の両親も働いたという朝市で朝食をとり、市電の一日乗車券を使って
作家ゆかりの地を見て歩きました。函館西高にも行きました。思えば若く
ミーハーな旅でした。

今回も撮影がなかった日には、小生、同じような場所を巡り歩きました。
違うのは、函館市中央図書館の郷土資料コーナーにも立ち寄ったことでし
ょうか。いまはここで、佐藤泰志に関する貴重な資料をまとめて読むこと
ができるのです。地元ならではの同人誌・雑誌を主に見ましたが、資料と
いうのは、書籍だけではありません。雑誌や新聞の掲載記事の切り抜き、
直筆の文字がわかる一筆箋などを、手づくりのファイルにまとめた一冊が
ありました。魅力的なファイルです。一司書として、図書館のこの仕事は
ちょっと書きとめておきたい。

さて、彼の没後10周年に、函館西高の同期生たちが中心となって編纂した
『佐藤泰志追想集 きみの鳥はうたえる』には、映画の実行委員の名前も
複数みつかりました。
70年代の初頭に、同人誌『黙示』の仲間でもあった西堀滋樹さん(映画化
事務局長)は、佐藤泰志が最終号に記したというこんな言葉を紹介してい
ます。

 「...遊びに来たまえ。私は、とほくまでいかない。私はここにいる。 断固いる!」

西堀さんの解説によればこれは―当時『遠くまでゆくんだ』という政治色
の濃い雑誌に影響を受けていた仲間への決別の辞でもあったそうです。
「結局はケンカ別れしちゃったんだ...。」と、穏やかに語ってくれた西堀
さん。かつては彼も、佐藤泰志と同じく海を渡って早く東京に行きたかっ
た若者でした。安保の時には角材で襲撃されて病院へ運ばれたという記述
もエッセイにあります。その彼が、映画では路面電車の運転手役です。
一度は遠くへ行こうとした若者が、長じてずっとここにいる定年間近い男
を演じたのです。ロケを見守った実行委のメモにはこうあります。
「西堀さんの存在感に驚愕!」

また、中高ともに同窓だった浅野元広弁護士(冤罪とも噂される道庁爆破
事件の大森被告の弁護で知られる)は、二十歳の頃に「泰志」から聞いた
という逸話を追想集に寄せています。東京でタクシーに乗り込んで論争を
始めた二人の学生がしだいに喧嘩口論になるのを、おまえらうるさいから
降りろと運転手が一喝して途中でおろしたという話―。
学生でなく、運転手の側の心情に寄り添う人だったらしい佐藤泰志―。

「背中ばかりなのです」というエッセイにも、印象的な一節があります。

 「...脇目もふらず丹念にタイルを張る職人の背とどこが違うというのだ ろうか。小説家の背中にだけ特権らしきものがあってはたまらない。」

晩年、彼の書く主人公には自分の力をゴリ押しするような人物が見あたり
ません。主人公にあるのはボディビルダーがデザインした筋肉ではなく、
脇目もふらずに働いてきた当然の結果として、否応無くついた筋肉なのだ
と合点がいきました。

翻って、我が身はどうなのか?です。映画『海炭市叙景』のチラシを撒き
始めた頃の小生は、正直なところ職場でまかされたはずのイベント準備が
思うようには進まず、何かで気持を埋め合わせたかったのかもしれない。
それは脇目ではなかったか?と自問したのは、今回の函館で地元実行委員
の映画への献身ぶりを見たからです。彼らは口々に「遠くからご苦労さま
です」と小生を労ってくれました。言われる度に、遠くから来たのだなと
小生は噛み締めました。低予算ギリギリで動いている現場に一人お客様で
いる身を恥じました。来函するよりもっと他に、違う応援の仕方があった
のではないかと―。ヒコーキ雲を見ていたのはきっと小生だけです。

20代で佐藤泰志に出会わなかったなら、もしかすると続けては来れなかっ
たかもしれない図書館司書です。小生は断固としてこの仕事に向き合って
いるだろうか?函館から戻って考えているのはそのことです。

函館文学散歩

※ブログ 映画「海炭市叙景」上映までの足跡

第21回 ヒコーキ雲と映画『海炭市叙景』

前回予告(?)した通り、先週は急遽、佐藤泰志(さとうやすし)原作の
映画『海炭市叙景』(かいたんしじょけい)のロケ現場函館に、実行委員
の一員として行って来ました。
18の短篇からなる原作の中で、何回読んでも小生がいちばん心うたれる
のは、いつも冒頭の一篇「まだ若い廃墟」です。
滞在中は、幾つかのシーンを見学させてもらえたのですが、この印象的な
タイトルの主役を演じる竹原ピストルさんの現場にも、幸運なことに立ち
会うことができました。

むろん小生、映画の現場に足を踏み入れるのは生まれて初めてです。
電車通りのとある交差点のシーンでは、撮影が済むまで通行人に待ったを
かける通称「人止め」なる仕事も手伝わせていただきました。
竹原ピストルさん演じる兄と、妹役の谷村美月さんを撮るこのシーンは、
台本にしてわずか6行(!)。この6行を撮るために何度も何度もまずは
テストを繰り返すのです。
木立に照明を仕込み、カメラの位置を決め、役者の動きを確認し、四方の
歩道を通る人には小生と三人の現地実行委員が頭を下げて待ってもらい、
東京からのスタッフが時には車道へ降りて「車止め」をして、兄妹が道路
をわたりきる場面と、撮影のためにチャーターした市電が走り過ぎる場面
の本番とを見守りました。その間、熊切和嘉(くまきりかずよし)監督と
スタッフは、いったい何度、目の前の坂を上り下りしたことでしょう。
わずか6行、されど6行の映像化を目の当たりにした2時間半でした。
この時期の函館、いや海炭市の風の冷たさは尋常ではありません。毛髪の
中に氷の指を差し込まれ、執拗にかきまぜられたような具合です。という
わけで、底冷えのする野外ロケの撮影がどんなものなのかも、身をもって
知ることとなった、海炭市初日の小生でした。

一日置いて翌朝。通常、関係者以外は立ち入り禁止という函館どっく内で
の撮影と、郊外の倉庫をにわか「海炭ドック」に仕立てたロケ現場に立ち
会うことができました。この日はかつての演劇小僧憧れの状況劇場、新宿
梁山泊の名優、黒沼弘己さんとお話できたことも嬉しかった小生です。
そしてドックの作業員食堂の場面では、映画のニュース等でよく見かける
移動するカメラを初めて見ました。幅広の2本のレールの上にカメラマン
のための足場を作って、ゆっくりと移動させながら撮影して行くのです。
このレールは組立式でした。撮影してはバラし、移動した場所でまた組立
て撮影してはバラして...という、これまた気の遠くなるような繰り返しを
経て、一瞬一瞬の思いを熊切監督はフィルムに焼きつけていきます。
撮影カメラマンは近藤龍人(こんどうりゅうと)氏。
実行委員に漏れ聞いたところによると、おだやかな語り口調とは裏腹に、
要求した「絵」は何としてでも手に入れる近藤氏のことを、東京スタッフ
は「やさしいヤクザ」と呼んでいたそうです。
実は小生も、その一端を垣間見ました。
一段高い足場から造船所の正門にカメラを向けていた近藤氏が、なにやら
ブツブツ呟いたかと思うと―次の瞬間にはもう飛び降りて駆け出して行き
ました。風は心底冷たいものの函館にはあまり積雪がありません。脇の方
にわずか融け残った雪を近藤氏自らがスコップでかき集め始めたのです。
欲しい絵を確実にその網膜に持つ彼が、指示を出すのももどかしく、今、
この光があるうちにと身体が勝手に動いているようにも見えました。
あっという間にスタッフが追随し、汚れた雪はもともとそこにあったかの
ように門扉の辺りに散らばり、要求を満たしたヤクザはまた、もとの柔和
な顔に戻ったのでしたが―。
そう、この映画はデジタルでなく16mmフィルムで撮影されています。
回想シーンは8mmフィルム。ワンシーンを撮り終えるごとに、フィルム
の確認をするカメラマン近藤氏の「OKです! 」という明るい発声を、
どれほど現場のみんなが待ち望んでいたことか―。

撮影の待ち時間に見上げた空に小生は幾度となくヒコーキ雲を見ました。
ヒコーキ雲はどこかへ行き着こうとする機体の軌跡です。白い二本の爪痕
のような線が薄れるまでじっと見ていると、いつのまにか別の爪痕が現れ
て、何だか一生分のヒコーキ雲を見たような気になりました。
また、視界の端にはいつも海か山がありました。ここは半島なのだなぁと
感じ入り、佐藤泰志の描こうとした海炭市を改めて意識した小生です。

実行委員の人達との関わりは、佐藤泰志という文学により結ばれた不思議
な縁です。本当に縁は異なもの。文芸誌に掲載された彼の小説と出あった
20代の頃には、作品の映画化に関わることになろうとは想像だにしませ
んでした。撮影は3月20日までの予定です。終着地点はまだその先―。
11月、映画が完成し公開になったら、小生は現場に敷かれていた2本の
レールとヒコーキ雲と、ヒコーキ雲の下に暮す人々のことを、きっと懐か
しく思い出すでしょう。想像するだけで、今からちょっと泣けてきます。

「海炭ドック株式会社」に挿げ替えられた倉庫の看板

「海炭ドック株式会社」に挿げ替えられた倉庫の看板。

函館どっくの社員食堂にて―

左の青いヘルメットが熊切監督。右のドカジャンが竹原ピストルさん。
 函館どっくの社員食堂にて―。

カメラのレンズを準備する「やさしいヤクザ」こと近藤龍人氏

カメラのレンズを準備する「やさしいヤクザ」こと近藤龍人氏。柔和な
 顔が写っていなくて残念...。

※ブログ 映画「海炭市叙景」上映までの足跡

映画配給「スローラーナー」の公式ホームページ
 

第20回 チームドカジャン

佐藤泰志(さとうやすし)原作の映画『海炭市叙景』(かいたんしじょけ
い)の撮影も、はやいもので残り3週間となりました。
加瀬亮さん、小林薫さん、南果歩さんの撮影シーンは、既に撮り終わった
ようです。あと一人、谷村美月さんは函館入りしたでしょうか―。

昨夜遅くにまわってきた製作実行委員会のメールの件名が、「チームドカ
ジャン」でした。ドカジャンとは、真冬の厳しい現場で働く人たちのため
に開発された防寒着のこと。いわゆるドカタの人たちが着ているからドカ
ジャンです。実行委の何名かが自宅に持ち帰り、日夜「着古し感」をつけ
てきたドカジャンが、いよいよ撮影に使われると、メールの記事は告げて
いました。

この「着古し感」をつけるための地味だけれども大事な作業は、実は小生
にも覚えがあります。高校時代の演劇部では「ヨゴシをかける」と云って
いました。日常生活で実際に使用されているものには、多かれ少なかれ傷
や汚れがあるものです。衣服も着る者の体型に合わせてしだいにカタチが
くずれてくるもの。そんなわけで当時、自分の衣装は持ち帰って着たまま
寝たりしていました。しわや汚れは生活の証しなのです。そうやって衣装
を体になじませると、自然と役柄にも気持ちがこもるようになったことを
小生、久しぶりに思い出していました。

それで元演劇部の血が騒ぎ出したのでしょうか? 撮影も終盤にはいった
いま頃になって、小生は函館に行きたくてしかたがありません。
寺尾実行委員のブログ、『映画「海炭市叙景」上映までの足跡』でも紹介
されていましたが、いよいよ竹原ピストルさんが撮影中ということも大き
な魅力です。

竹原ピストルさんは、熊切和嘉監督映画ではおなじみの俳優さんですが、
実は歌手です。大学にはボクシングで入ったという異色のシンガーソング
ライター。もう解散してしまいましたが、以前は、野狐禅(やこぜん)と
いうバンドで活動されていました。
ソロになった彼の『オールドルーキー』という一曲を聴いて、その歌詞に
ノックアウトされた小生です。
歌っている竹原ピストルを見たくてネットでライヴの映像を探しました。
そしてみつけた映像をみた小生、

「つみあげてきたもので勝負しても、勝てねぇよ」と搾り出すような声で
歌う竹原ピストルこそは、日本一ドカジャンが似合うヴォーカリストだと
勝手に確信してしまいました。
そんな竹原さんの演じる役が、連作短編が織りなす『海炭市叙景』という
物語の中で、小生が最もいとおしく思っている役かもしれないのです。
この機に年休を取らずして、いつ取れというのでしょう?

何ごともうまくいかない時、小生は全部投げ出して一からやりなおしたい
と思ったりします。ダメダメな自分を無かったことにし、そこを乗り越え
たところから、新たに出会いなおしたいものだと―。
しかし、実際はそんな都合よくいきません。「ダメな自分」が、もう一度
立ち上がるしかないのです。佐藤泰志の主人公たちがちょうどそんなふう
にあがくように。

今回、ドカジャンを持ち帰ったメンバーはいったいどんなことを思ったで
しょうか? 自分が袖を通したジャンバーが、海炭市という街の映像の中
に残るのです。低予算の市民参加型映画『海炭市叙景』には、こんなエピ
ソードがさまざまあります。どんな場面にも、きっと誰かの痕跡が伺える
ことでしょう。それは何も目に見えるものばかりとは限りません。映画の
中に動く人、置かれた物を辿れば、かならず誰か身近な一人に繋がるはず
です。
前回、ここで紹介したロケ弁当がいい例でしょうか。この映画を支援する
誰かの畑で丹精された野菜は、誰かの運転する車で運ばれ、食事班の誰か
が調理するロケ弁当になりました。そのお弁当を美味しい美味しいと絶賛
した南果歩さん。彼女の撮影場所まで車を運転した人も、車の手配をした
人も、みんなチームです。そう、チームドカジャンです。
(けっしてチーム「パイロットジャンパ」ーではありません...)


※ 映画「海炭市叙景」上映までの足跡 http://kaitanshi.dreamlog.jp/

※ 竹原ピストルさんのブログ  http://blog.goo.ne.jp/pistol_1976

第19回 映画『海炭市叙景』のロケ弁当

映画『海炭市叙景』の撮影が函館市内で始まりました。実行委員会の発足
から一年余。途中参加の小生も、感無量です。

原作者、佐藤泰志(さとう、やすし)との出会いについては、拙コラムの
第13回に書きました。彼の生み出した主人公達が、帯広出身の熊切和嘉
(くまきり、かずよし)監督のもと、いよいよ海炭市(=函館市)を歩き
出しました。本当にうれしいです。

東京の製作スタッフと共に準備をすすめる実行委員会メンバーの動向は、
函館に居ない小生のもとへも、毎日毎晩、共有メールで送られてきます。
逐一経過が知らされるこの数行のやり取り、何かに似ているなぁとずっと
考えていたのですが、先日ツイッターで会議の実況報告をする津田大介氏
のtsudaる状態に似ているのだとハタと気がつき、一人でニンマリとした
小生です。

クランクイン前日の夜、これまでのメールをざっと読み返してみました。
実にさまざまなやり取りがありました。
実行委員会本部からメールで発信された案件は、実行委員が各自心あたり
を探して返信し、ときには写メして画像で問いかけ、集約した本部が監督
やプロデューサーに打診します。
ロケ地候補の視察、建物所有者との交渉、ロケの食事と調理場所の手配、
機材と人を運ぶ車両の分配に運転手の見当、衣装・小道具の準備、食材等
寄贈のお願い、そして、係るもろもろの道具の管理や保管場所の確保―。
(この間に、一般オーディションもありました!)
一つの案件にGOサインが出ると、今度は誰が動けるのかをまたメールで
図ります。決定した情報は会議で整理され、その議事録もまたメールで配
信されます。気の遠くなるようなたくさんの事項を一つ一つ積み重ねて、
やっと一本の【映画】は完成するのだなぁと、いま、実感しています。

そして、これからの話です。役者も撮影隊も、起きて、服を着て、食べて
(排泄もし)、移動して、撮影をして、服を脱いで、眠ります―。
云うなれば、衣食住。それをスタッフは、ずーっとサポートするのです。
こう考えてみると―、何だか華やかに見えた映画を作ることも、結局は、
生活そのものなんだという気がします。

撮影初日報告のうち、小生がいちばん心惹かれたのは、ロケ弁の写メール
でした。もう実に、実に美味しそうなのです。
食事班からの報告と画像を、小生、文字通り、食い入るようにみつめまし
た。びっくりしたのは、昼食、夕食とも、野菜が豊富に使われていたこと
です。ロケ弁というものは、コンビニ弁当を少し豪華にしたものだという
小生の推測は、完全にくつがえされてしまいました。

ロケ弁当1

観たところ、サラダだけでもレタス・ブロッコリー・ミニトマト・水菜・
れんこん・パプリカが入っています。新漬けには白菜・胡瓜が見てとれま
す。ニンジンとほうれん草のゴマ和えもあったなぁ。
天ぷらのネタもエビ・イカ・サツマイモ・マイタケ・アスパラの5種類。
ミートボールの酢豚、黒豚のシュウマイ、ホタテのマリネ、昆布巻、玉子
焼、鮭、煮物......。御飯にはミネラルを考えてか、雑穀も入っているよう
です。味噌汁の具は、豆腐と揚げ、ワカメとか―。
南果歩さんはとてもきさくな方で、「おいしい、おいしい」と何度も仰っ
ては、スタッフのカメラにおさまってくださったそうです。北海道には、
こんなに美味しい食材がありますよと、小生も誇らしい気持でした。

ロケ弁当2

その一方、小説『海炭市叙景』の冒頭で、六畳ひと間のアパートの部屋中
を捜して、ありったけの小銭をかき集めていた兄と妹の姿を、思い出して
いました。除夜の鐘の音を聴きながら、あの兄妹は何も食べずにアパート
を出たのです。まだ若い20代の若者二人は、その後、どうなったのか?
映画『海炭市叙景』のロケ弁は、見知っただれかのお母さんが心をこめて
作ってくれた、ハレの日のお弁当のようでした。市民の心意気を象徴する
ロケ弁とも云えます。そう、この映画は住民参加による【市民映画】なの
です。このロケ弁当を、あの兄妹にも食べさせてやりたかった―。

映画はクランクインしました。次なる目標はクランクアップです。
撮影はあと一ヶ月続きます。今後はエキストラを交えての撮影も加わると
いうことです。
生きることは食べること―。
懸命に生きようともがいた兄妹の姿をスクリーンに確認したくて、今日も
海炭市の片隅で、食事班はロケ弁当を作り続けています。

※ 映画『海炭市叙景』実行委員会では、ロケで使う食材・寄付金を募っ
ています。お米でも野菜でも、ペットボトルの飲料水でも結構です。
   問い合わせはこちらまで。 nisibori@ms7.ncv.ne.jp

第18回 十七文字のおまじない

前回の拙コラムを読んだという友人に、「俳句はどうなの? 」と、質問
されました。小生、短歌も俳句も好きです。現代短歌との出あいが俵万智
さんだったとすれば、俳句との出あいは黛まどかさんです。1994年、
話題の第一句集『B面の夏』を読みました。
当時、彼女を有名にしたのは、タイトルにもなっているこの句でしょう。

旅終へてよりB面の夏休         (by 黛まどか)

レコードを知らない世代には「B面の感じ」が、もう伝わらないかもしれ
ませんね。
表裏に一曲ずつ収められたシングル・レコードというものは、表(A面)
に収録された曲だけがラジオやテレビに流れ、B面はかえりみられること
のあまりない曲。紙面でいうなら、埋め草のような存在でした。
この句は、泊りがけで海水浴へ出かけたなら、あとはもう、絵日記に描く
こともなくなった小生の夏休みそのものに思えたのです。
とはいえ、これは小生の感慨―。
旅もさまざまです。たとえば次にこんな句が並んでいたなら...旅の印象は
かなり変わってくることでしょう。

会ひたくて逢ひたくて踏む薄氷      (by 黛まどか)

そう―。短歌・川柳と違って、通常、俳句には季語を入れる決まりです。
この句の季語は、「薄氷:うすごおり」。薄い氷を敢えて踏む逢瀬とは、
いかなるものや......。妄想がふくらむ切ない一句です。

加倉井秋をさんにも、こんな句があります。

これ以上行けぬところでさくら見る    (by 加倉井秋を)

なぜ、これ以上は行けないのか? 行けない理由は何なのか? 
あれやこれやと考え、そこに咲いているさくらとはどんなさくらだろう?
 と想像するこの一句......、口にするたび、寂しさを味わう一句です。

一説によると―
俳句人口は、短歌人口の3倍いるんだそうです。
それだけに、さまざまな俳風があります。小生は五七五の音韻が好きなの
ですが、そうとは限らない、自由律俳句というのもあります。
これは、季語にも縛られない句です。自由律と聞いてピンとこないという
方も、山頭火(サントウカ)や放哉(ホウサイ)と聞けば、ああ、アレか
と、思い当たるのではないかと思います。

どうしやうもないわたしが歩いてゐる   (by 種田山頭火)

ああ、何だか切ないだの寂しいだのという句ばかり揚げてしまいました。
もちろん、たのしい俳句もあります。

春の風ルンルンけんけんあんぽんたん   (by 坪内稔典)
 

もう、何が何やらわからない句です。でも、口に出すと笑いたくなる。
作者は文学部教授としてはトシノリ、俳句を作る時にはネンテンを名乗る
人気俳人、坪内稔典さんです。著作には300の季語を解説した岩波新書
『季語集』もあります。

歌壇で若手と謂えばまず20代30代の歌人を指しますが、かなりご高齢
のセンセイ方も多い俳壇では、羨ましいことに40代までは【若き俳人】
などと称されるそうです。俳句は、実に息のながい遊びなのですねぇ。

そういえば、いま話題のツイッターにも尾崎放哉の俳句を呟くアカウント
があり、人気を博しています。小生も覗いてみましたが、ふっと目に入っ
てくる放哉の一句は、なんだかその時々の占いのようでもありました。
堅苦しい教科書ではなく、こんなふうにツイッターで放哉に出あうという
のもおもしろいなぁと、小生は感じています。

日が少し長くなり夕煙あかるく      (by 尾崎放哉)

短歌が祈りになるなら、一息で呟ける俳句には、おまじないの効用がある
かもしれません。口にして淋しさを味わい、口にして淋しさをしずめる。
いつでも、また、どこでだって呟ける、十七文字のおまじないです。