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近いのに、遠い国

カタヒラ カコ プロフィール

幼い頃から日本全国を転々として過ごす。現在は北海道在住。
アジアが大好きで、中国・韓国に留学経験あり。
中国では韓国人と、韓国では中国人と主に生活していた。
輸入代行・通訳・翻訳業務。

第77回 北京レポート⑩ 食生活の変化Ⅰ

今回北京の街を歩いてみて、気づいたことの一つにイタリアンやハンバーガー、バイキングなど洋食のお店や、おしゃれなカフェが以前に比べてずいぶん増えたということがある。中国人の食生活も、西洋化してきたということだ。特に都会の若者の食生活は。

ハルビンに留学中は美味しい洋食を食べたいと思っても、食べる場所がなかった。ピザや、ハンバーグなどが食べられるレストランは市内に数軒で、そこの常連は主に外国人。味は、日本で食べていたものと比べるとかなり落ちる。ある店で外国人用の英語メニューにスパゲティと書いてあったので注文したら、きしめんのようなものが出てきたこともある。

私はコーヒーを飲まないので分からないが、コーヒー党の留学生の話だと、喫茶店(と呼べるような店も数えるくらいしかなかったけれど)コーヒーは、味が違いすぎてコーヒーと呼べるものではなかったらしい。挽いた豆はその辺では買えないので、コーヒーをよく飲む人は日本から送ってもらっていたようだ。

留学中は主に自炊していたが、たまに洋食を作りたくても材料を調達するのが大変だった。スパゲティはハルビンでは売っていなかったし、チーズやバターなどの乳製品もなかなか目にすることはなかった。さすがに北京や上海など大きな都市に出て、外資系の大きな百貨店などに行くといくつか売っていたが、高くて買う気にはなれなかった。

以前中国の友人にチーズを食べさせたことがあるが、一口かじると、「変な臭いと味がする」と言って返してきた。牛乳が原材料だと言うと、驚いたような表情をしたので、
「日本人は牛乳を料理によく使うよ。スープにしたり、ソースにしたり」
と言ったら、彼は
「うぇぇ・・・それ、美味いの?」
と、顔をしかめて言った。当時、中国人は洋食どころか、牛乳自体をあまり飲まなかった。中国は広いし、酪農している農家も少なかったので、新鮮な牛乳は流通しにくかった。ビニールの袋にパッキングされて売られている牛乳の賞味期限は数ヶ月。一体何が入っているんだろう?と飲むのを躊躇してしまう。

韓国にいるとき、中国人留学生とイタリアンレストランで食事したことがある。洋食に慣れていない彼女の変わりに、私が注文したのだが、上述の出来事を思い出し、わざわざ牛乳を使ったクリームソースを避けた。トマトソースなら大丈夫だろうと思ったのだが・・・。
「この真っ赤なソースは何?辛いの?麺にしてはスープが少ないようだけど」
彼女はそのとき、スパゲティというものを初めて見たのだそうで、半分以上残し、次にまた誘ったら、
「あの店はやめよう。私が一番嫌いなのはイタリアの麺(スパゲティ)よ。」
と。その時は、まだまだ中国人は洋食を食べる習慣はないのだと思ったのだけれど。その後数年で、経済成長に伴い中国人の食生活は大きく変化したようだ。

食生活の変化Ⅱに続く。


第76回 北京レポート⑨水を大切に

北京の繁華街を歩いていたら、池のように大きな水溜りを発見。雨でも降ったっけ?と、考えていたら、傍にいたおばさんが
「水道管に問題があって、昨日から水が溢れてんだよ。もったいないねぇ。どれだけの水が無駄になってるんだか・・・」
と呟いた。水がもったいない。言われてはっとした。

北京の知人に、日本では水道水を飲むことができる、と言ったら、
「日本は綺麗な水が豊富にあるのね。ここは、水不足の国よ」
と言われた。中国では、水道水を直接飲むことはできない。充分に沸かして飲む場合もあるが、水道管が古い家だとたまに濁った水が出ることがあるので、たいていの家では、ミネラルウォーターの機械を設置している。

その知人のお宅に泊めていただいたが、そこでは水を本当に大切に使っていた。お湯を出すために給湯器をつけたとき、熱すぎたり冷たすぎたりする水は、流さずにためて使う。手をちょっと洗うときなども洗面器に水をためて洗い、その水は捨てずに、床磨きのモップを洗ったり、トイレを流すのに使ったりする。食器を洗うときも、水を出しっぱなしにはせず、最低限の水で溜め濯ぎする。すべての中国人がこのようにしているかどうかは分からないが、水に対する意識が日本人とは違うように思った。

北京の街中のバス停で、「水を大切に」というポスターを何度も目にした。TVでも水を大切にというCMが流れている。知人の話によると、北京のような都市部はまだましなほうだが、内陸や田舎のほうでは、深刻な水不足の地域があるという。

ハルビン留学中、よく断水があった。中国人の話によると、水不足を防ぐための市による計画断水なのだそうで(計画停電もありました。停電のときも断水になります)。一度断水になると数日間水がこなかったことも。水がないと何もできない。料理も、洗濯も、シャワーも、トイレも、手を洗うことさえも。長く住んでいる留学生はみな、大きなバケツをいくつも買ってきて、水を溜めていた。日本では、工事などで一時的な断水があっても、普通に生活していて何日も水が出ないということはまずないだろう。水は、人が生きていくのにいかに大切なものかということを再認識させられた。

「日本人は毎日お風呂に入って、水がもったいないです。」
ある日本のTV番組で中国人留学生が言った。同じことを今回知人にも言われた。水は大切なものだと身にしみて分かっているからこそ出る一言なのだと思う。私は今回北京に来て、水の使い方を考え直すようになった。水も限りある資源の一つなのだと、当たり前のことを忘れてはいけないと思った。


第75回 北京レポート⑧ 北京から内モンゴルへⅣ

留学中、汽車の中で周りの人といろいろな話をしていて、日本人ということがわかると、話を聞きつけて隣の車両からも「日本人」を見に来る人がいた。珍しいから、一緒に写真を撮ってくれ、と言われることも度々・・・。写真に写ってしまえば、同じ黄色人種だし、中国人も日本人もわからないと思うけど、と思いながら写真撮影した。汽車の中も危ないから気をつけるようにと中国の友達には言われていたが、みんな外国人の私にとても親切で、嫌な思いをしたことはなかった。降りてからも、荷物を持ってくれたり、タクシーにタダで相乗りさせてくれたり、外国人が窓口で買うのはたいへんだろうからと、次に乗る汽車の切符を買いに行ってくれたりもした。しーんと静まり返った「柔臥」の寝台に寝転がると、そのころの汽車の旅がちょっと懐かしかった。

寝る前、洗面所に顔を洗いに行くついでに、隣の車両を覗いてみた。隣は「硬座」だった。人がぎゅうぎゅうに乗っている。乗車率は200%くらいか。立っている人は苦しそう・・・。あの状態で12時間も乗るのか。地べたに座っている人もいる。「柔臥」と比べると、天国と地獄だ。「硬座」から「柔臥」には、しっかり鍵がかかっていて行けないようになっていた。

長時間「硬座」に乗ると、夜は大変なことになる。座っていて、うとうとしていると足に何か乗っている。・・・人の頭だ。「無座」(座席なし)の人たちが床に寝ているのだ。トイレに行こうにも通路にも寝ている人が一杯で足の踏み場がない。デッキにも人があふれている荷物を置く棚に上って眠る人も!これには本当に驚いた・・・。

信じられないが、この状態でも車を押した物売りが来るのだ。地べたに座っている人や寝ている人の足を車で轢きながら。轢かれると痛いのでみんな文句を言う。売り子は全然気にして無かったけど・・・。

汽車は夜の7時に北京を出て、翌朝7時に包頭に到着する。私は良く眠れず、朝4時くらいには起きて、窓から北海道の景色に似たとうもろこし畑を眺めていた。中国北方の田舎の風景は、広大な北海道の大地によく似ている。食堂車に朝ご飯を食べに行こうかと思ったが、カップラーメンを売りに来たので、手っ取り早くそれを買って、朝食を済ませる。まだ乗客が乗っているのに、到着の30分くらい前に乗務員がゴミの回収と簡単な掃除に来る。包頭の駅に到着すると、驚くほど寒かった。9年前に、砂漠と草原を見に内モンゴルに来たことを思い出す。そのときは夏だったが、今回は息が白くなるくらいの気温だった。10月に入ると急に冷え込むのだそうで、冬にはマイナス20度以下になるのだそうだ。ホームには漢字に混じり、モンゴル文字が書かれている。この地域にはモンゴル民族が多いのだ。

久しぶりの汽車の旅は、昔「硬座」に乗った時の面白さはなかったけど、快適でキレイで、また乗ってもいいかな・・・と思えた。(「硬座」に長時間乗ると、しばらく汽車に乗りたくなくなる。とっても疲れるので。)帰りも「柔臥」のチケットを買ったのであった。


第74回 北京レポート⑧ 北京から内モンゴルへⅢ

北京駅で汽車に乗り込む前に、駅構内で眼にした看板。
「『お金を払えば、早めにホームに行かせてやる』と言う人がいても、信じないで下さい。騙されます。」
これを見てふきだしてしまった。日本ではまず見ることができない。人が多い中国では改札で長い長い列に並ばなければならず、しかもすごい荷物だったら、それを持って人ごみの中を移動というのは大変だから、こう言って騙す人がいるんだろうなぁ・・・。

この看板を見て思い出した。留学中、ある日本人留学生の男の子が汽車で旅行に出ようとしたが、何かの事情で発車時間のギリギリに駅に到着してしまった。改札には長蛇の列。
「どうしよう、もう間に合わない・・・」と、おろおろしていると、
若い男性から
「今出る汽車に乗りたいのか?乗りたいなら、50元渡せ。そしたら、お前をその汽車に乗せてやる」
と言われた。その人を信じるかどうか迷ったが、彼は賭けに出た。50元を渡すと、男性は「付いて来い」と言って走り出した。逃げられるのでは!?と思って懸命に走って付いていくと、狭い従業員通路のようなところを通り、すぐにホームに出た。乗るべき汽車は目の前だった。男性は、彼のリュックをバシバシ叩き
「快跑!快跑!(走れ!走れ!)」
と叫んだ。彼は力いっぱい走って、なんとか汽車に乗ることができた。
「あの人のお陰で、あの汽車に乗ることができたんだよね。だけど、50元って高すぎだよな~」
と彼は今でも笑って話す。「お金を払えば早めにホームにいかせてくれる」というのもウソではないのかも・・・。

話を元に戻す。包頭行きの汽車に乗り込み、寝台に座っていると、すぐに乗務員の女性が切符の確認に来た。切符を渡したら、寝台の番号が記されたプラスチックの四角い札を渡される。これは目的の駅に到着する前に、また切符と交換してもらう。今回は、身分証のチェックもあった。外国人はパスポートでOK。

同行の友人と日本語で話していると、上の寝台からの視線が刺さるが、話しかけてはこない。上の寝台には私と同じくらいの男性と、若い女の子がいた。友人曰く、
「昔は、こんなに若い人が『柔臥』に乗れることってあまりなかったんだよ。今は経済成長の恩恵を若い世代も受けてるんだよね」
と言った。友人は
「ニーハオ。どこまで行くの?」
などと二人に話しかけていたが、二人は二言、三言話しただけで、口をつぐんでしまった。
「今の若者って、人とコミュニュケーションとるの苦手な人が多いんだよ。日本の若者と同じ。」
と、友人が、二人に分からないように日本語で言ったのが印象的だった。昔、汽車に乗ると、中国人は周りの席の知らない人とでも、よく話すように思ったんだけど・・・8年の間に中国も変わったのかな。

Ⅳに続く。


第73回 北京レポート⑧ 北京から内モンゴルへⅡ

今回は「硬臥」を買おうと思ったが、ちょうど中国の建国記念日である国慶節の連休前で、売り切れだったので仕方なく「柔臥」で行った。切符は一日前ならまず手に入らない。乗車日の5日前から売ってもらえるが、せめて3日前には買いに行ったほうがいい。どうしても一日前に買わなくてはいけないときは、駅でキャンセル待ちをするか、ダフ屋から買うしかない。(昔は大きな都市の駅にはダフ屋がたくさんいた。)

留学していたころ、外国人駅で切符を買うのは大変だった。売り場ではみな並ばない。並んでいたら、突き飛ばされ、横入りされる。なんとか窓口までたどり着いて、「○○まで!一枚!」と片言で頼んだら「没有!(メイヨウ/ないよ!)」のひとことで片付けられる。外国人だと分かったら、高い「柔臥」を売りつけられることも。外国人の多い北京駅には、外国人窓口があったが、田舎では中国人と戦いながら切符を手にいれるしかない。それを考えると、今はとてもよくなったように思う。横入りする人もあまりいないみたいだし、高い切符を売りつけられるもこともない。8年で変わるもんだなぁ。臨戦態勢で駅の売り場に来たのに、ちょっと拍子抜け・・・。

中国人に言わせると、駅の治安は最悪。スリが多いのだそうだ。駅に行くと行ったら、気をつけなさいよ、と必ず言われる。実際に駅で留学生が、スーツケースを取られたという話も聞いたことがある。昔は、物乞い(子供も含む)がたくさんいた場所でもあった。今回は、北京パラリンピック期間だったからか、一度しか眼にしなかった。

北京駅は普段でも人でごった返している。旧正月前は、人が駅の構内に入りきらないらしい。とくに待合室の混み具合はひどい・・・。座席は一杯で、みな床にすわっている。引越しか、夜逃げか!?と思うくらいの荷物の人もいる。長距離を移動するときの中国人の荷物といったらとんでもない量。空港でもカウンターでもめているのを眼にしたことがある。

待合室に向かおうとしたら、同行の友人が、そっちじゃないよ、と言うのを聞いて思い出した。「柔臥」の乗客には待合室が別にあるのだ。「柔臥」の待合室は、きれいで人も少なかった。汽車によってはその待合室内にある改札で切符を切ってもらい、「硬座」「硬臥」の乗客の改札(こちらは長蛇の列!)には並ばずに、違う通路からホームまですぐにいける場合もある。私が乗る汽車は、待合室からは乗れなかったけど、やはり「硬座」「硬臥」とは別の直接ホームに降りられる改札から入れて、すぐに汽車に乗り込めた。「柔臥」は高いだけあって、快適だなぁ・・・。留学中は、ほとんど「硬」いほうに乗っていたので、縁がなかったのだけれど。

Ⅲに続く。


第72回 北京レポート⑧ 北京から内モンゴルへⅠ

北京から内モンゴル第二の都市、包頭(バオトウ)へ汽車で行くことになった。北京から包頭までは汽車で12時間。汽車で12時間というと、日本人にはかなり長い距離に感じられるが、中国人に言わせると、
「まぁ、近いほうだね。一晩寝れば着くよ」
これを聞くと中国は大きいなぁと実感する。飛行機より運賃の安い汽車は、広い中国の主要な移動手段だ。(その他長距離バスもあるが)汽車の中で一泊~二泊して中国大陸を縦横断することは、普通のことなのだ。私も以前38時間汽車に乗って、敦煌まで行ったことがある。

中国の汽車は、座席は「硬座」と「柔座」、寝台は「硬臥」と「柔臥」という4つの等級に分かれている。「硬座」は普通席。字の通り座席が硬く、長時間座っていると腰が痛くなってくる。「柔座」は一等車両で、「硬座」より座り心地がよく、座席も広い。「硬臥」は上段、中段、下段の3段の寝台。一番下だと上の人たちに座られる運命になる。一番上は上がるのが大変・・・。お年寄り向きではない。「柔臥」は二段の寝台なので広く、四つずつで仕切られていて、中から鍵かかけられる。新しい車両だと、上にTVがついている。当然「柔臥」が一番運賃が高く、「硬座」の数倍する。「硬臥」も「柔臥」も上段より下段のほうが高い。

この他に、「無座」という切符もある。これは、「硬座」の車両に乗せられるのだが、座席が無い。運良く途中で下車する人がいれば座れるが、いなければずっと立ってなければならない。信じられないかもしれないが、「無座」で20時間くらい乗るツワモノもいる。特に、旧正月や、国慶節などの長期の休みの帰省ラッシュには座席を買えなかった人が大勢、この「無座」で乗り込んでくるので、300%くらいの乗車率になる・・・。(私も移動したかったときにどうしても切符が買えず、7時間くらいまでなら「無座」で行ったことがあるが。)「硬座」の座席指定の切符を持っていても、先に「無座」の人に座られている場合もある。この場合は、はっきりどけてくれるように言わないといけない。

留学中は、よく汽車に乗って旅行したものだが、「柔臥」に乗ったのは一度しかない。長距離(10時間以上)を移動するときはたいてい「硬臥」。買えなければ「硬座」。今思うと、「硬座」に乗るのは体力的にきつかったが、一番面白かった。「硬座」には、富裕層やスマートなビジネスマンはまず乗ってこない。真っ黒に日焼けした肉体労働派のオジサンや、野菜を担いだ農家の人たちなど・・・、みんなとっても気さくで、長時間旅をするうちにすっかり仲良くなる。
「あんたどこまで行くの?どこの人?」
などと話しかけてきて、食べ物や飲み物をくれたりする。(今は人からもらったものを食べないというのが普通だが・・・。)
今でもよく覚えているが、西安で農家のオジサンが、ニワトリ2羽を両手に抱えて乗ってきた。ニワトリがコケコケ鳴いて、ばさばさ羽ばたいたので、床も座席も羽だらけに。でも、みんな怒るふうでもなく笑っていた。

もう一つ記憶しているのは、いつも「硬座」の床はヒマワリの種だらけだったということだ。中国人が数時間で食べるヒマワリの種はとんでもない量になる。汽車の中って特にすることないからかも・・・。乗務員が定期的に清掃にこないと、床一面ヒマワリの種になる。

留学中は旅行から帰ってくると、「無座」や「硬座」で何十時間乗ったとか、これだけ安く行けたとか日本人留学生同士で競うように話をしていて、今考えると、つくづくよくやったな~と思う。今はもうムリ。体力がない。年だし。できれば「柔臥」に乗りたいです。

Ⅱへ続く。


北京レポート⑦ 服装城

大紅門というところの服装城へ行ってみた。服装城というのは、洋服の卸売市場のこと。北京市には大きな洋服の市場が二つあり、そのうちの一つがこの市場なのだが、北京市内はもちろん、近隣の都市や国外からも買い付けにくるのだそうだ。大きな袋をいくつも抱えたロシア人を何人も目にした。運ぶとき持ちきれないので、階段から蹴り落としている人も。中身は洋服なので傷まないとは思うけど・・・。

この市場に行く前にハプニングが。バスに乗っていたら急にガガガとおかしな音を立てて急停車。運転手がエンジンをかけようとするが、かからない。15分ほど頑張っていたが、
「このバス壊れたっ、次のバスに乗って!」
と言ったので、皆仕方なく降りて次のバスへ乗車。次のバスにもかなり人が乗っていたので、乗車率200%くらいの状態で市場へ・・・。
留学時代、乗っていたバスが壊れるということはよくあった。壊れたら、ほとんどの場合その場で直す。ボンネットを開けてガチャガチャとやると、すぐに直ってしまうので驚きだった。当時は今にも廃車になりそうなバスもたくさんあったので、急に止まるというのもわかるのだが、バスが壊れるってこと今でもあるんだ・・・。

服装城の面積はとても広い。建物がいくつもあり、それぞれ子供服、紳士服、婦人服、アクセサリーなどを売る階に分かれている。一日ではとても回りきれない。商品の価格は街中のショップに比べると2~3割安い。西単や王府井(北京の繁華街)などのお店も買い付けにくるそうで、同じものでもこちらならかなり安く手に入る。

かわいい鞄を見つけたので値段を聞いてみる。160元だという。「高いね~」と言って、店を出るフリをしたら、一気に80元まで下がった。もう一声いけるかな、と思い45元と言ってみる。そりゃ無理だ、という反応だったので、そうだよな~・・・でもそこまでほしいわけじゃないし・・・やっぱいらないわ、と店を出ると、お店のオバサンが追いかけてきた。
「お姉さん、ちょっと待って!!45元で売ったげるわ!」
言ってみるもんだ。中国では値切って買うのが普通。言い値で買ってはいけません。このやりとりが疲れるときもあるけど・・・。

楽しく買い物をしていると、周りの店がばたばたと片付け始めた。もしや、と思って聞いてみるとやっぱり。この市場は午前六時から午後四時半までなのだそうだ。中国の市場は朝早く始まり、夕方にはもう終わってしまうというのをすっかり忘れていた。四時半の退勤時刻と同時に、市場で働く数千人が一斉に帰宅する。バス停の周りは、人、人、人・・・。車道にまで人があふれている。またしても私は、乗車率200%以上の状態で帰ったのであった...。

服装城

北京レポート⑥ 休日の出来事

ある休日の出来事。
朝食事をしながらTVをつけると、例の粉ミルク事件とスペースシャトル打ち上げの報道が繰り返し流れていた。粉ミルク事件では、被害にあった子供は数万人にのぼるそうで、中国ではこういった食品関係の事件はよくあるのだけど(報道されないものもある)、被害があまりにも大規模だったので、政府も動かざるを得なかったようだ。国民の食の安全への関心も以前に比べると高まっている。

スペースシャトル打ち上げは、オリンピックと並び国家の大イベント。中国の経済力と技術力を国内外に示す絶好の機会だ。もはや中国は以前の中国ではない、とアピールしているような印象を受けた。打ち上げを祝う幹部のコメントや、中国各地で人々が打ち上げを祝っている様子が何度も流される。インタビューを受けた人は、中国はアメリカに並んだ、と誇らしげに言っていた。

チャンネルを変えると、第二次世界大戦を舞台にしたドラマが。中国人演ずる日本兵は悪役そのもの。残忍で狡猾。中国人の日本兵に対するイメージがよくわかる。でも日本語をもうちょっとなんとかしてほしい・・・。
「ヨーシ、ソカ、オマエ、チュゴクジンキチニイテキタカ」
「ハイッ!ソデス」
(「よーし」は、中国人によく知られている日本語。昔の日本映画の影響か。)
中国のドラマに出てくる日本の兵隊は、なぜか丸めがねとちょびひげがトレードマーク。中国人の友達が、鼻の下にペンで落書きして「見て見て!日本人みたいでしょ」というのは、どうやらドラマの影響らしい。

お昼から、バスに乗って近くのスーパーへ。バスの中で立っていた若いカップルが口喧嘩を始めた。彼氏が何か一言言った瞬間、彼女の顔色が変わる。ギロリと彼氏をにらみつけると、大声でなにか叫び始めた。標準語ではないので、何を話しているか全くわからない。乗客は遠慮なく二人に好奇の視線を送る。そのうちバシッと大きな音が響く。彼女がわめきながら、彼氏の顔を平手打ちしていた。降りてからも言い争いをしている二人を残して、バスは遠ざかる。道ばたで喧嘩している人を見かけることはよくあるので、それほど驚かない。

スーパーで買い物を済ませ、人と会う約束があったので、タクシーに乗り込む。タクシーの運転手さんは話し好きで、日本人だと言うと、
「あんた何歳?結婚してんの?日本では給料いくら?お父さんは何の仕事してんの?」
などと聞いてくる。初対面で年齢や給料を聞くのは普通のことだ。
「日本はクリーンな国だって聞いてるよ。中国は汚職まみれでさ~」
などとも言う。
「日本も汚職ありますよ、数は少ないかもしれないですけど・・・。」
というと
「あはは、そう?どこも同じだね~。俺たち一般市民には関係ないけどね~」
と、陽気なおじさんであった。

信号待ちをしていると二人の男性が、止まっている車の間を縫って歩いているのが見えた。一人は地図を片手に持っている。北京の地図を売っているのだ。もう一人は、大きなかごを背負っていて、なにやら片手に動く緑の丸いものを持っている。亀だ!その男性は、私の乗っているタクシーの運転席の窓をコンコンとたたいて、窓を開けさせると、
「亀いらない?安くするよ。お嬢さんも、どう、この亀かわいいでしょ?噛まないよ。」
と言った。車道での物売りはたくさんいるが、亀を売る人がいるとは・・・。いらないと言うと、男性は後ろの車へ移動した。タクシーの運転手さんも
「亀を売るってのは初めてだな~」
と笑った。

中国ではちょっと外に出るだけでも、おもしろいものを見ることができる。休日は出かけるに限る。中国の人にとっては、ありふれた日常の風景だろうけど。


第69回 北京レポート⑤ 北京のスーパー

中国の大きな都市には、外資系の大型スーパーがいくつも進出している。日本のスーパーでは、ジャスコやイトーヨーカドー等を見ることができる。(ジャスコは「吉之島」、イトーヨーカドーは「華堂商場」という。)

豊台区というところのフランス系スーパーに行ってみた。スーパーの入り口は最上階にあるので、入ってすぐのエレベーターで最上階へ。中国の大型スーパーは、入り口が一番上の階にあり、各階にレジはなく、順番に降りてきて一番下の階でまとめて会計というパターンが多い。カートで上の階から下の階まで移動するので、エスカレーターは、日本のような階段式のではなく、緩やかな坂状のものになっている。

カートは日本のスーパーにあるものより一回りほど大きいもので、誰もかごは使わず、直接品物を入れている。これがまた、空でも大きすぎて重く動かしにくい。子供を座らせる部分はついていなくて、商品を入れる部分に、商品と一緒に子供を乗せている人も多い。(大きいので、三歳~四歳くらいの子供でも入る。)

それにしても平日にして、この人出!?と思うくらいの人混み。この前病院に行ったときにも思ったけど、なにかイベントでもあるのかと思うくらい。やはり中国の人口はすごい。週末ならとんでもないことになりそうだ。

このスーパーでは、食器、洋服、日用雑貨、おもちゃ、電化製品、本など、何でもそろうので、家族で来ても子供も退屈しないだろう。本を売るコーナーでは、大人も子供も床に座り込んでじっくり立ち読み(座り読み?)している。(これは書店でもよく見られる風景だが・・・。)

食品売り場ではマントウや肉まん、餡まんなど、中国人がよく食べる軽食を量り売りしているのだが、驚くのはその品数の充実ぶりだ。肉まん等以外に、桃まん、小籠包(ショーロンポー)やマーラーカオ、トウモロコシをひいて作ったパン、ネギと肉の入ったお好み焼きのようなものなどなど・・・。麺も何種類もある。

そのほか、調理済みの豚の足や鳥の足(両方とも原型をとどめている。鳥の足は爪もついた状態)等も並び、売り場には八角や花椒などの臭いが漂っている。鳥の内臓を取ってそのまま干した、頭もついた状態のちょっとグロテスクな肉なんかもぶら下げられて売っているので、初めて見た人はびっくりするかも・・・。

野菜は基本的に量り売り。ほしい分だけビニール袋に入れて、店員に重さと値段のシールを貼ってもらう。こちらに来て驚いたが、最近は有機野菜、精品野菜(農薬の使用少なめ)、普通野菜のコーナーに分かれているのだ。有機野菜、精品野菜はパッキングされていて、有機野菜の値段が一番高く、普通野菜の数倍する。こちらは富裕層が買い込んでいくようだ。

最近では肉もパッキングされて売られている。よく見ないとラップが破れているのもあるが・・・。これを見ると、留学時代に市場でほしい場所を指さして切ってもらい、ビニールに入れてもらっていたのが懐かしい。

あと日本のスーパーと違うことといえば、中華料理に使われるナツメやクコの実、八角、桂皮などの量り売りコーナーが売り場の中央に位置していることだ。日本では見たことのない調味料もたくさんある。外国のスーパー、特に食品売り場は、その国の生活が見えて歩いているだけで楽しくなる。

最後に、レジ袋は有料。中国ではかなり前から、スーパーや百貨店でレジ袋有料制を導入している。韓国も同じく。その点では、日本は遅れをとった形だ。

北京のスーパー

第68回 北京レポート④ 花園物語

北京の知人宅を訪問しました。知人は、北京の中心部から少し離れたある「花園」に住んでいます。中国で「花園」とは、日本語の花園の意味とは違い、団地のことです。「団地」とは言っても、さすが中国。規模が違います。30階建て以上のマンションがいくつも立ち並ぶ巨大団地です。

まず驚いたのは、この花園では、セキュリティがかなりしっかりしていることでした。住民の車、タクシー、業者の車等、花園の中に入る全ての車は、入り口で管理されます。入り口で警備員に青い紙を渡され、出るときにその紙を渡さないと出られません。スーツを着た警備の強そうなお兄さんたちが、歩きや自転車に乗って、花園の中を24時間巡回しています。彼らは無線で連絡を取り合って、危険なことはないか、不審者がいないかを常に確認しています。その他に、頼めばタクシーを呼んでくれたり、家の電気などに不具合があったときに、どこに連絡すればいいかなどを尋ねれば教えてくれます。

花園の中をゴルフカートの2倍くらいの大きさの乗り物が走っていて、手を挙げると止まって乗せてくれ、降りたい場所で降ろしてくれます。(もちろん無料です。)花園の中はとても広いので、これはお年寄りや小さな子供を連れているお母さんには喜ばれているようです。
このカートに乗ってちょっとびっくりしたことがあります。私はその日日傘を持っていて、日傘を閉じながら座ろうとしたのですが、運転手が、私が日傘を閉じてきちんと腰掛けるのを後ろを向いて確認してから発車したことです。日本では当たり前のことかもしれませんが、中国のバスやタクシーなどの乗り物に乗っていて、いままでこのような気配りを見たことがなかったからです。セキュリティの充実といい、中国のサービスも変わりつつあるのだと感じました。

花園の敷地の中には幼稚園から中学校までがあり、みなオレンジ色の同じ制服を着ています。子供がいる方の話だと、かなり学力の高い学校なのだそうです。全国から能力の高い教員を集めていて、教員は敷地内の教員住宅マンションに住んでいます。
中国の治安から考えて、他の場所ならありえないのですが、ここはセキュリティがしっかりしているからなのか、小学校低学年くらいの子供が夜の8時過ぎに一人で外で遊んでいるのを見ます。

花園の中には小さなスーパーや、薬局、洋服、雑貨、文房具屋等があり、ちょっとした買い物ならそこでできるようになっています。その他、小さな病院、プールや高齢者のサークル会館、音楽教室等もあります。花園の中央には池があり、噴水が勢いよく吹き出ていました。花や木もきれいに手入れされていて、車道や歩道ににごみは落ちていません。北京のちょっと細い路地に入ったらごみの山だったり、道がガタガタで穴ぼこだらけで、ガラスが落ちていたりする場所もあるのですが、そんなところとは別世界のようです。

この花園の生活を見ていると、日本以上のサービスのように思える部分もありましたが、これだけのサービスを受けるには、やはりそれ相応の管理費を払わないといけないようです。管理費や保安費で一ヶ月に日本円で2万円程度とられるのだそうです。中国は事業をやっている人も多く、非常に平均月収を出しにくい国ではあるのですが、普通のサラリーマンの平均月収が2~4万円だということを考えると、(役職のある人を除く)大きな金額です。これを毎月払えるということは、経済的に余裕のある人が確実に増えているということだと思います。

このような花園が、北京の市内にたくさんあるのだそうです。以前中国に留学していたときは、正直ここまで中国が変わるとは想像もしていませんでした。
本当に中国の経済成長は目覚しく、中国人の生活は様変わりしたのだとこの花園を訪れて改めて思いました。


第67回 北京レポート③ 北京の病院で

北京に滞在して数日が過ぎたある朝、目覚めると強烈な頭痛とめまいが。吐き気もひどいので、近くの総合病院に行くことにしました。ここはもともとは軍の病院ですが、現在では、お金を払えば一般の人でもかかれます。北京には人民解放軍のための大きな病院がいくつかあるのです。

病院は入り口から人で溢れていて、中に入ると更にものすごい人、人、人。まるでここでなにかの催しでもあるのか?と思うくらい。受付のある広いロビーでは、みな雑誌や座布団を地べたに敷いて座り、診察の順番待ちをしています。長蛇の列...。もう座る隙間もないくらい。それを見た瞬間に更に激しい頭痛が。「こんな風に順番待ちをしていたら、明日になっても診てもらえないんじゃない!?」と気が遠くなりかけました。

ところが私は、急患の方にかかることができました。中国の大きな病院では、私のように急な病気・怪我や、容態の悪い患者を診る「急診」という窓口が別にあるのです。「急診」の方は、先ほど目にしたあの状態よりはかなり空いていました。軍の病院だということもあり、解放軍の制服を着た男性が担架で運ばれて来たり、軍の関係者が多いようでした。

中国の病院は基本的に先払いなので、まず受け付けでお金を払って、カルテ(ノートのようなもの)をもらいます。このカルテは持ち帰ることになります。そして診察室へ。いくつかある診察室の仕切りは低く、入り口はカーテンがかかっていて、隣の診察室の声が丸聞こえになりそうでしたが、人が多いので騒がしく、あまり気になりません。

私が診察中なのに、ひっきりなしに他の患者が入ってきて、先生に話しかけます。
みんな早く診てほしいのです。先生は気にするふうでもなく、彼らに適当に返事をしながら、私の診察をてきぱきとすすめていきます。私は、診察台の上に寝転がって、彼らを眺め、先ほどのロビーを思い出しながら、人口に対して病院の数も医師の数も絶対的に足りないのだと思いました。日本のように患者を病院の方で管理して、順番に診察してくれるわけではなく、自分から積極的に行かないといつまでたっても診て貰えないのです。

「一応CTスキャンを撮っておこうか」
先生の一声で、記念すべき初めてのCTスキャンを中国で撮る事になりました。私が外国人だと分かると、技師が何やら英語で話しかけてきましたが、さっぱり分からず。撮り終わると、写真を病院名の書かれたビニールの手提げに入れて渡されるので、それを自分で診察室まで持って行きます。(写真はそのまま持って帰れます。)診察室には相変わらず人がどんどん入って来るので、付き添ってくれた中国の方が、
「この子は伝染性の病気でね。入ってこないほうがいいですよ」
と言ったら、あっというまに誰もいなくなりました。これには先生も苦笑い。

先生は、太陽の光に写真をかざして、しばらく眺めると
「うん、大丈夫ですね」
とおっしゃいました。疲労と緊張のための頭痛で、十分に休息をとるように。薬は特に飲まなくていいということでした。中国に来てからは、移動ばかりで疲れがたまっていたし、外国に来ているので、知らない間に神経が緊張していたのかもしれません。

人でごった返す病院から出ると、白タクが何台も止まっていて、客引きをしていました。白タクは基本的に法律で禁止されていて、空港や駅のタクシー乗り場では見なくなっていたのですが、こういうところにはまだまだかなりいるんですね。最近は白タクも外車が増えたようです。

先生に異常がないと言われたら、こころなしか楽になったような気がしました。大きなCTスキャンの写真を片手に、タクシーに乗り込みました。(白タクではありません)


第66回 北京レポート② 北京のバス

こちらに来て、移動に利用するのは主にバスや地下鉄です。地下鉄は現在は中心部のみですが、バスは市内全域を網羅していて、長い距離を走るものは40駅ほど走り、少し外れにある観光名所やショッピングモールにも行くことができます。その上、交通費も1元~2元(15円~30円)程度と安く、バス停の名前さえしっかり確認できれば、大変便利な交通機関だといえます。バス停の名前はバスの一番前にある電光掲示板に表示されます。(たまに壊れていますが...そのときは、つっけんどんな回答をするバスの切符売りのオバちゃんに聞くか、バス停に止まる度に身を乗り出してバス停の名前を確認しなければなりません。それでも、日本人は漢字が分かるのであまり困らないかもしれませんね)

北京は特に人口が多い都市だということもあるのでしょうが、バスに乗ったら空いていたためしがありません。運悪く出勤、退社時刻にぶつかってしまうと、バスに乗る時点で既にもみくちゃにされ(並びませんので)、乗ったら掴るところを探して、しっかり自分の場所を確保しないと、中国のバスは概して運転が荒いので、ふっとばされてしまいます。

先日、街中に行くためバスに乗りましたが、急に雲行きが怪しくなり、あっという間に土砂降りに。雨にあたらなくてよかったと思っていたら、何か首のあたりが冷たい...見上げると、バスの天井からシャワーのような勢いで水が落ちてきていました。ちょうどその真下に座っている人はずぶ濡れです。

10年前、「バス」と呼ばれるのは、明日にでも廃車になりそうなぼろぼろのトローリーバスと、普通のワゴン車をバスとして使用したものでした。ワゴン車バスでは、座席がいっぱいのときは、座席の間に銭湯で使うような小さな椅子を並べて座らせ、更に乗客がいるときはそのぎゅうぎゅう詰め状態の中に立って乗らせていました。それから比べると今のバスは見た目も新しく、空調も完備、音声アナウンスもあり、液晶TVもついている...と、格段によくなっていたので、雨漏りはちょっと意外でした。

以前は、バスに乗ると、係のオバちゃんが運賃を集めに来るので、行き先を告げてお金を払い、切符(と呼べるのか分かりませんが、破けそうな薄い紙)をもらっていました。今でも思い出すと感心するのですが、このオバちゃん達は、大きなトローリーバスに数十人乗っていようと、誰からお金をもらっていて、誰からまだもらっていないのか正確に覚えていて、払っていない人の所にやってくるのです。

今回北京に来て、この運賃の支払いが以前に比べてとても楽になったことに驚きました。まだ上海や北京の都市部だけのようですが、今は日本のスイカのような交通カードが普及していて、バスのドア付近の機械にかざせば料金が自動的に引き落とされるようになりました。このカードは地下鉄の駅で料金を補充でき、地下鉄でも使えます。カードのない人にはやはりオバちゃんが料金を取りに来るのですが、ほとんどがカードを使う人なので、彼女たちの仕事も以前に比べて楽になったのではないかと思います。

北京のバス

第65回 北京レポート①

北京に滞在しています。北京に来るのは実に8年ぶり。北京空港は新しくなっていて、去年できたばかりの建物もあるそうで、壁や床はぴかぴかに光っていて、天井はドームのように高く、広大な敷地の中をモノレールが走り、以前の面影は全くありませんでした。
パラリンピック期間中だからなのか、イミグレーションでは、審査官が「ニイハオ」というとにっこり笑って答えてくれ、空港内の職員の方たちのサービスや勤務態度も以前に比べるとずっとよく、ものを尋ねても丁寧に答えてくれました。(エレベーターガールがいるのに驚きました。ガールというか、中年の女性でしたが...)

タクシー乗り場に向かうと、長蛇の列。中国の駅やバス停でのあの秩序のなさ(駅の切符売り場やバス停では並びません。横入りも普通です。)をよく目にしていたので、中国の人もきちんと並ぶようになったんだなぁ・・・と思っていたら、するするっと人の間を通り抜けて、一番前に行こうとする輩が。
すぐに怒号が飛びます。
「お前なにやってんだ!みんな並んでんだぞっ。ふざけるな※▲◇☆#※▲◇☆#!」
「しょーがねぇだろう、急いでんだっ、※▲◇☆!」
瞬間、あぁ、中国に来たんだなぁと実感しました。

昔は空港には白タクがたくさんいて、客引きをしていましたが、今はそんなことはありません。メーターのついた(昔はメーターをいじっている車もありましたが・・・)、運転手の顔と名前をきちんと助手席に貼っている正規のタクシーばかりです。

行き先を伝えると運転手は、
「その場所はよくわからんなぁ。俺の携帯で待ってる人に電話して、ナビしてもらおう」
と。近くになったら再度説明してもらうために、運転手は自分の携帯番号を相手に伝えておくように言いました。日本ではちょっと考えられないことですが、中国では普通のことです。

高速道路はきれいに整備されていて、道路の中央には花が植えられており、走っていたら日本にいるような錯覚に陥りました。8年の間に、北京は大きく様変わりしたようです。中国の発展は驚くほど早く、都市部では、一年の間に新しいビルがいくつも建ち、高速道路が蜘蛛の巣のように作られていきます。地下鉄の路線は更に増え、すでにある路線も延長される計画があるそうです。

今後は何回かに分けて、北京の様子をレポートしていきます。


第64回 男尊女卑の国?

「びっくりしちゃった。やっぱり日本はまだ男尊女卑の考えが残っているのね」
来日したばかりの中国人留学生があきれたように言った。

彼女は先日、お世話になっている人の家にお邪魔したようなのだが、そのお世話になっている人が、奥さんを
「うちの家内です。」
と、紹介したからだそうだ。

「『家内』って、家の中っていう意味じゃない?女性は家の中にいるべきだっていう考えからきているんじゃないの?それに、『奥さん』とか『妻』だってさぁ・・・」
その呼び方に疑問というか、興味を持った彼女は自分でいろいろ調べてみたらしい。『奥さん』も家内と同じで家の奥の意味。『妻』は刺身のツマと同じで、添え物、夫を引き立てるという意味・・・。

「夫のことは『ご主人』とか『旦那さん』とか言うんでしょ。これって立派な男尊女卑だと思うんだけど。夫が『主人』て、じゃあ妻は使用人か何かみたいだよね。『家内』なんて呼ばれて、日本の女性は怒らないの?中国ならちょっとあり得ないよ。」
これを聞いてなるほど、と思った。確かにこれらの言葉の由来は、彼女の言う意味から来ているのであるが、習慣的に使っている言葉なので、そこまで深く意味を考えたことがなかった。男女平等の先進国であるといわれる中国人ならではの視点から客観的に見ると、女性に対する差別用語と映ってもしかたないなと思う。(彼女が特にそれにこだわる人だということもあるが)

もう定着している呼び方で、今は由来まで考えて使っている人はいないと説明したら、一応納得したようだったが、あまり日本を知らない中国人には、未だに日本は女性の地位が低く、男性に虐げられている国というイメージがあるのだということを再認識した。

「このまま中国で暮らしなよ、日本は女性の地位が低いんでしょう?結婚後は外で働けないって聞いたよ。」
中国にいるとき、幾度となく言われたことがある。私の母は専業主婦だと言ったら、中国人はみな「やっぱりね」という顔をする。「日本女性は、結婚後は専業主婦になって、夫にひたすら尽くす」。中国では昔の日本映画の影響もあってか、そのイメージが強い。(そういうイメージが強いからか、日本人女性と結婚したいので、紹介してほしいといわれたこともある・・・。)

中国人女性は専業主婦になることを断固として嫌がる人が多い。専業主婦は、お金を生み出さない、非生産的な能力のない人と見られるからだ。特に、学歴が高ければ高いほど、専業主婦を嫌う傾向にある。大学院を出た友達は、
「絶対につまらない専業主婦にだけはならない。今まで勉強してきたものが無駄になるし、夫に養ってもらうなんて対等じゃないでしょ。それにもし、離婚することになった場合、仕事がなかったら、どうやって生きていくの?」
離婚したときのことも考えている徹底ぶりだ。このように、専業主婦に対する考え方が日本と中国では違い、中国人は、日本女性を「家から出て働けないかわいそうな境遇にいる」と思っている場合がある。

でも時代は大きく変化した。中国までとはいかないけれど、日本では共働きが増えているし、逆に経済成長著しい中国では、専業主婦が増えているそうだ。女性が働くことへの考え方も、それに伴い変わっていくのではないかと思う。

アモイ市場

第63回 男女平等の先進国

「中国は男女平等の先進国だ」中国に行く前からそう聞いていたし、実際に住んでみても、そのとおりだと感じることが多かった。専業主婦はまずいない。ほとんどの女性は既婚未婚を問わず、みな仕事を持っている。会社や国の組織の女性幹部が、日本より圧倒的に多く、目覚しい社会進出を遂げている印象を受ける。

中国の女性は、仕事でもプライベートでも、男性と対等にものを言う。不満があると、文句も要求もガンガン言うので、会話を聞いていると、男性がタジタジになっているのがわかる。日本では、今でこそそういう女性もいるかもしれないが、一昔前くらいまでは、女性が公の場で、男性に向かって、または男性をさしおいて堂々と自分の意見を主張すると、眉をひそめられることが多かった。女性には、一歩下がった「控えめ」な態度が要求された。

中国人が日本の会社を訪問したとき、女性がお茶汲みをしているのに驚くという話を聞いたことがある。中国の会社では女性にお茶汲みはさせない。(日本の会社でも自分のお茶は自分で入れるというところもあるが、未だに習慣的(伝統的?)にお茶汲みは女性と決まっている職場も少なくない。)中国では、男性と女性の仕事を基本的に分けないし、女性も「女だから」という甘えた考えを持っていない。結婚し、子供を生んだ後も一般的には数ヶ月で仕事に復帰。定年まで働き続ける人が多い。

そういう背景を知っているので、中国では能力さえあれば、女性が昇進するのは難しいことではないだろうと思っていたのだが・・・、
友人に、ある中国大手企業の女性幹部がいる。彼女は、並み居る男性幹部たちを抑えて、新規事業の総責任者に抜擢された。英語も話せて、話術も巧みで、非常に営業力のある優秀な彼女が、一緒にお酒を飲んだときにこんなことをこぼした。
「私は、男性の何倍も努力してきた。仕事に全てをささげてきたのよ。時には家族を犠牲にしなければならなかった。女性が昇進するには、男性と同じことをしていてはだめなのよ。運と根性と努力、この3つが必要ね。」
それを聞いて、どこの国でも、女性が認められるのは容易なことではないのだと悟った。特に、たくさんの優秀な男性ライバルがいる環境の中から、女性がリーダーに抜擢されるというのは並大抵のことじゃないのは、中国も同じだった。

数ヶ月前に、中国では女性の自殺率が男性の自殺率を上回っているという報道があった。「男女平等の先進国」とはいうものの、社会での葛藤や苦悩もその分多いのかもしれないと思った。


第62回 キッチン独立型希望

先日、中国の友達の家探しに付き合った。不動産をいくつか回ったが、彼女の希望する条件にあてはまる家はなかなか見つからない。彼女の希望する条件とは、「キッチンと部屋がきちんと分かれている物件」だった。

どういうことかというと、料理をするときキッチンのドアを閉めて部屋のほうに臭いや油がいかないようにできる、つまりキッチンが一つの部屋のようになる家ということなのだ。以前(第21回・油と味精)に述べたことがあるが、中国人が食べる「中華料理」は、日本料理と違い相当量の油を使う。それが毎日三食となると、気をつけていても、どうしても油や臭いが部屋の家具や壁、床についてしまうのだ。この条件にこだわるのは彼女だけではない。他の中国人の引越しの手伝いに行った時も、「本当はキッチン独立型の家に引っ越したかったんだけど、見つからなかった」と言われた。

日本の家は、キッチンと居間にしきりのないつくりになっている場合が多い。お客さんや家族の顔を見ながら料理できる対面式のキッチンを好む人もいるくらいだし・・・。中国の家は、たいていキッチン(厨房)が独立しているので、日本の部屋は使いにくいと思えるのだろう。

韓国にいたころを思い出した。韓国の家は日本と似たつくりになっている。キッチンは独立していない場合が多い。中国人の家探しを手伝うことがあったが、やはり希望のキッチン独立型はなかなかなかった。韓国料理も油をたくさん使うわけではないので、キッチンを隔離させる必要はないのだろう。この件を通して、食文化の違いで住まいのつくりも変わってくるのだということを知ることができた。

韓国で中国人と同居していて気づいたが、やはりキッチンの周りはどんなに手入れしても油だらけになる。毎日油を大量に使うわけだし、気づかないようなところにも油が飛び散ってしまうのだ。床は、いくら拭いてもべたべたしていた。ある韓国の男性が、
「中国人とは絶対に住めない。ゴキブリが出るから」
と言った。それは偏見じゃないだろうか?と最初は思っていたが、一緒に暮らしてみると、確かに出るのだ。同じソウルで、韓国人と暮らしていたときは、ゴキブリを見ることは1,2回くらいで、出たら大騒ぎになっていたが、中国人数人と暮らしていたときは、出るわ出るわ、小さいのも入れたらほぼ毎日見ていたような気がする。

一緒に住んでいた福建の女の子たちは、ゴキブリを見てぎゃあぎゃあわめく私に
「大丈夫、あれは噛まない虫よ。」
と言って、すぐにとってくれたが・・・。私は気づいた。ゴキブリが出るのは、不衛生だからじゃない。油が原因だと。もうどうしようもないのだ。油と切れない限り、ゴキブリとも切れない。夏は特にひどい。あの蒸し暑さと油のベタベタでゴキブリが大量発生するのだ。

最初はゴキブリを見たらぶるぶる震えていたが、数ヶ月したら箒を片手にゴキブリを追い掛け回す勇敢な私がいた。何にでも慣れというのはあるものなのだ。


第61回 私のルームメイトを紹介します 中国編②

中国の女の子たちは強い。玲燕も例外ではない。
私が玲燕含める中国福建の3人の女の子と暮らす家には、玲燕の同郷の男の子たちがよく遊びに来ていた。彼らはやってくると、すぐにタバコを取り出し吸おうとするが、すぐに玲燕に怒鳴られる。
「吸うなら外行けっ!!!!タバコ臭くなる!」
私なら言いにくいことをズバッと言って、灰皿代わりの空き缶を持たせて追い出す。

みんなでTVを見ているときのこと、ある男の子がチャンネルを変えてTVゲームの対戦の中継放送にしてしまった。すかさず彼女にぴしゃりと言われる。
「あんた何してんのよ。あたしたちにもこのくだらない番組を見せようってわけじゃないわよね?」
たとえその男の子と親しくても、私はこんなふうには絶対に言えない。中国人同士なら仲がよければ遠慮はしないので、多少言い方がストレートだ、ということがあるけれど・・・。

彼らはいつも福建方言で会話する。私には一言もわからない。日本の方言のようにアクセントや語尾、言い回しが違うというレベルではなく、中国の方言は外国語と言ってしまってもいいほど標準語(北京語)とは異なる。会話のキャッチボールに参加できない私に気を使って、玲燕はいつもそばで福建語を標準語に訳してくれた。そのうちに彼女から福建語を習うようになり、簡単な会話と罵り言葉くらいは聞き取れるようになった。福建語(福清地方方言)で、日本のことは日本語と同じ発音で「ニッポン」という。あと、1から4までの数え方も日本語の発音と酷似している。これにはお互いに驚いた。

日本独特の習慣や考え方を説明すると、「え~、全然違うね。そんな習慣には慣れないと思う」と嫌がる友達もいたが、玲燕は彼女なりに私の習慣を尊重してくれた。何かしてもらったらいちいち「ありがとう」と感謝の意を示す私を、他のルームメイトは面倒くさがったが、彼女は私が何か手伝うと「ありがとう」と言い、「カコの国の習慣に倣ったのよ」と笑った。

日本語の習慣が抜けなくてはっきり物事を言えない私をフォローしてくれたこともあった。あるとき、他のルームメイトが大量のパクチーをもらってきて、私にパクチーを好きか尋ねた。私は、
「あんまり・・・」
と応えたが、玲燕は、
「カコが『あまり好きじゃない』というときは、大嫌いくらいに考えたほうがいいよ。料理には入れないであげて」
と言ってくれた。
「私も好きじゃないしね。福建ではあまり食べないからね。」
私は彼女の機転に感謝した。

私と玲燕はよく一緒に歩いていると「姉妹ですか?」と聞かれることが多かった。自分たちは特にそうは思わなかったが、とにかく他人からはよく似ていると言われた。国が違っても似ているということがあるのかと不思議に思うが、今考えたら縁のようなものを感じる。

私が韓国を離れる日、彼女は私をぎゅうっと抱きしめて、こう言った。
「最初はあなたと仲良くなれないと思っていたのよ。カコが・・・日本人だから。でも、一緒に過ごしてみて、日本人も私たちと何も変わらないってわかったんだ。あなたのことが大好きよ」
私は彼女が以前、おばあさんから日本人は恐ろしい鬼だと聞かされたと言っていたことを思い出した。私と過ごしたことで、彼女の日本人への概念が変わったのだとしたら・・・それはとても嬉しいことだ。私も彼女からたくさんのものを貰った。中国人の習慣や考え方を教えてくれたのは彼女だった。留学までしていたのに、それまで私は「中国人」をあまりよく理解していなかったように思う。彼女のお陰で、誤解や偏見から開放されることができた。そして、習慣や考え方の多少の違いはあるが、人としての基本的な感情や、友達を思いやったり家族を大切にしたり、そういう人間の本質って、彼女の言うように中国人も日本人も関係なく、どの国の人も同じだと今は思える。

彼女は今では2児の母。キレイ好きで、元気なお母さんをやっていることだろう。彼女は、自分の子供たちに、「あんたたちには日本のお母さんがいるよ。私にとても似ているの」と話しているそうだ。

福建省アモイ

第60回 私のルームメイトを紹介します 中国編①

韓国滞在中、中国人のルームメイトはたくさんいたのだが、その中でも一番長く一緒に住んだのが、玲燕(リンイエン)だ。彼女は韓国語の初級クラスのクラスメイトで、黒髪で髪を長くしている中国人留学生が多い中で、一人だけ耳までのボブで茶色に染めていた。服装も原色を好む他の中国人とは違って、地味な色を着ていることが多かったので、話をするまでは日本人だと思っていた。

彼女のちょっとハスキーで高く柔らかい声は人を魅了する。彼女の声のその愛らしさに私もすっかり引き付けられ、よく話をするようになり、そのうちに彼女の家にしょっちゅう遊びに行くように・・・、そして、気づいたら一緒に住むことになっていた。と、いうか私が彼女の家に住み着いてしまったのだった。

どこの国にもキレイ好きな人というのはいるものだ。彼女は大変な潔癖症。髪の毛一本でも床に落ちているのを嫌がる。毎晩、彼女の号令で他のルームメイトも掃除に参加させられる。彼女のお陰で、台所も部屋もトイレ&風呂場(韓国は基本的にユニットバス形式)もピカピカだった。
「日本はとても清潔な国だって聞いているわ。一度行ってみたいなぁ」
と、彼女は他の人とはちょっと違う理由で日本にあこがれていた。

私は中国の水餃子が大好きだ。今まで出会った中国人の友達はみな作れたので、もちろん玲燕もできるだろうと思っておねだりしてみたが・・・
「私は作れないよ」
という答えが。
「私は福建省出身で、餃子はほとんど食べないの。餃子をよく作って食べるのはカコが留学してた中国の東北地方だよ。」
中国人でも餃子を作れない人がいる、というのは本当に意外だった。ほとんど食べないというのにも驚いた。ハルビンの街には水餃子の店がひしめいていたのだが・・・。

その代わりに、彼女は福建式の海鮮をたっぷり入れた炒米粉(チャオミーフォン/ビーフン炒め)や、水溶き小麦粉の中に牡蠣や野菜を入れて揚げた海蛎饼(ハイリービン)をよく食べさせてくれた。彼女の故郷は海沿いにあり、海の幸をふんだんに使った料理が多いのだ。あと、彼女と一緒にいてよく食卓にあがったのが、サツマイモ入りのお粥。福建の彼女の村では地瓜(ディーグワ/サツマイモ)が特産で、地瓜なしの生活は考えられないと言った。日本では、お粥は病気の時に食べることが多いと言ったら、
「お粥は消化がいいから、中国では朝や夜に食べることが多いよ」
と教えてくれて、このサツマイモ入りのお粥の日には
「カコ、ごめんね。今日はお粥なの。病気じゃないのにね」
と、笑った。
彼女が食卓に上げる料理は、中国留学中食べたものは全く違うものだった。留学先のハルビンでは、海の幸類は口にすることが少なかったし・・・。

同居を始めた最初のころは、食事の度に「中国は広い」、そう思うことが多かった。

②に続く。

福建省アモイ

第59回 甘~い日本のお菓子

中国にいるとき、日本のお菓子が恋しくてしょうがなかった。韓国や中国にもチョコレートやクッキーなど、日本と同じような種類のお菓子が売ってはいるのだけど、ちょっと味が薄いというか・・・、何を食べてもその見た目から想像される味と違うのだ。

私は甘党で、日本に居るときからよくチョコレートや飴なんかを食べていた。中国のお菓子もいくつか買ってきては見るのだが、口にしても食べた気にならず、日本のお菓子への思いは募るばかり。とうとう禁断症状が出て、日本から大量に送ってもうことになった。

日本から送られてきた貴重なチョコレートやパイ、クッキー、マショマロ・・・。折角だから遊びに中国人の友達にも食べてもらおう、日本を代表する有名メーカーのお菓子だから、どんな反応をするか楽しみだと、意気揚々とふるまったが・・・(当時の中国にはないようなものもたくさんあった。)

「わ~、何これっ、甘すぎるね」
友達の反応は予想外のものだった。美味しいという言葉はなく、すすめても1個で十分だと断られた。それで、気が付いた。日本のお菓子と中国のお菓子の違いは甘さだったんだ。日本のお菓子には大量の砂糖が使われているので、食べなれていない人はくどく感じてしまう。韓国人に日本のお菓子を勧めても同じ反応だった。

考えてみたら日本人は甘党な人が多いのかも。日本料理には、砂糖やみりんがたっぷり使われているし・・・。(以前に述べたが、中華料理には砂糖はあまり使わない。砂糖が家にない、という家庭もある。)韓国の伝統的なお餅やおこしなどのお菓子や、中国の点心、小吃(軽食)類なども、ほんのり甘いくらいで、お茶が欲しくなるような日本の饅頭や団子ほどの甘さはない。

年が自分と同じくらいの中国の友達は、チョコレートやクッキー、ケーキなどの甘いものを食べる習慣のある友達があまりいない。特に食べたいと思わないのだという。その理由をある友達がこう言った。
「小さいときこういう西洋菓子って、まだほとんど売ってなかったんだ。小さいときから食べていたものじゃないから、食べる習慣が特にないんだと思う。今食べてもあまり美味しいと思わないしね。ドライフルーツとか、ヒマワリの種なら昔から食べてたから、そっちのほうが好きかな」
なるほど・・・。日本では私の子供の頃には、お店で洋菓子は普通に売っていたし、人からもらったりすることも多かった。環境によって、口に入るものも変わるし、その後の食習慣も決まってくるものなんだ・・・。当たり前のことだけど、そんなことを再認識した。

日本のお菓子について思ったのは、中国韓国と比べて、お菓子の種類が多いこと。そして、消費者をあきさせないように、シーズンごとにめまぐるしく新製品が登場すること。パッケージのデザインにも気が配られているし・・・。あるチョコレートのパッケージがおしゃれで、デザインを専攻している韓国人の女の子に見せたら、欲しいと言われたことも。

どこにいても、日本のお菓子を食べたくなってしまう私。長期の海外出張のときには、遠足みたいに買い込んで行くことにしている。日本のお菓子バンザイ!!


第58回 韓国の親子関係

最近ある韓国ドラマを毎週見ているが、ドラマの中に出てくる姉弟(20~30代くらい)が、母親をとても大切にしているのが印象的だ。外に出るときは、寒くないかと母親に自分の上着を脱いで着せてあげたり。荷物が少ないときでも、持ってあげたり。母親と手を繋いだり、抱きしめたり。一緒に寝たり・・・。(注:20~30代の子供たちです)日本では、成人男性が母親と手を繋いで歩いていたら、「マザコン」と言われかねないかもしれないが・・・。

日本人が見たら、違和感を覚えるかもしれないが、このような家族間のスキンシップは韓国ではごく普通の風景だ。CMでも男性が「オモニ~!(お母さん)」とか言って、母親に抱きついたりするものがあったりする。人と人との距離が近いと以前他の回に述べたことがあるが、家族や親戚関係はより親密になる。
(※親戚づきあいの範囲も広く、「いとこの子供」だとか、「おじいちゃんの弟」だと、日本だと遠い親戚になるが、韓国ではかなり近い親戚だ。おじいちゃんの兄弟は「小さいおじいちゃん」「大きいおじいちゃん」などと呼ばれる。)

儒教精神も大きく影響しているが、韓国では、子供が両親に敬語を使ってしゃべる家庭が少なくない。人前で、両親、特に父親にタメ口をきくと、しつけが悪いと言われることもある。韓国は以前、絶対的な家父長制社会だった。今はそれほどでもないにせよ、家庭内で父親の権力が強く、尊敬すべき対象だという考えは変わらない。このドラマでも、父親は浮気相手がいて、そちらに入り浸りなのだが、そんな父親にも子供たちはきちんと敬語を使っている。

面白いと思ったのが、家に両親宛ての電話がかかってきたら、「お父様(お母様)は、只今いらっしゃいません」と言わなければならないことだ。身内を「下げ」て言う日本とは逆で、目上の人はすべて自分より「上げ」て話す。(※会社にかかってきた電話も、「社長様(部長様、課長様)は、只今いらっしゃいません」と答える。)人前で両親について話すときも「お父様がそうおっしゃいました」「お母様が、召し上がりました」などと言う。外国人で、これをスムーズに区別して話せる人は、韓国語上級者だ。何せ尊敬語の数が多いのだから・・・。(謙譲語はあまりない)

このドラマを見るたびに、なんと親孝行な子供たちであることかと思う。そして、自分も両親を大切にしなければ・・・と思うのであった。