北海道のみなさん、こんにちは。
わが家のキッチンには、食器棚の端っこに、
料理本コーナーがあります。
いつの間にか、かなりのスペースを取るように
なってしまったので、最近、整理しました。
気がついたら、料理本が増えに増えていたわけですが、
かつて大活躍して、最近ではまったく開かなくなった
本も、たくさんあります。
いまでも時々手に取る本、残したい本、処分していい本・・・
と選り分けていて、思いました。
日本の料理本、ずいぶんがんばってきたんだなぁ、と。
この本あたりが、きっかけになったのかな?と思いました。
『ごちそうさまが、ききたくて。』
栗原はるみさんが1992年に出した、初めての本。
素人目線の家庭料理の本ということ自体が、
当時はまだ新鮮でした。
そして、趣味のいい、食べることに目がない家庭に
ありそうな器、スタジオではなく、家のダイニングで、
時にはテーブルを外に持ち出して、
自然な光で撮った写真に、新しさを感じました。
最初に本屋で見た時、
「ああ、これで日本の料理本の流れが変わるかもしれない」
と思ったものです。
その後、ご存知のように、
大勢の「素人料理研究家」がデビューしました。
何人かのスターも生まれ、
ついには国会議員になる人まで現れて、
カリスマ主婦ブームを引き起こしましたね。
こうなると、お金の匂いがプンプンする、
ビジネスの世界のできごとです。
イタリアンや和食の世界から、プロならではの
「極意本」も数えきれないくらい登場しました。
テレビ番組「料理の鉄人」の影響もあったでしょう。
スター料理人が、大勢誕生しました。
(もちろん、CMにも引っ張りダコでした。)
本屋の料理本コーナーは、
隅っこにある実用本コーナーを離れて、
どんどんレジに近づいてきました。
目立つ場所に置かれた新刊で、いつもにぎわっています。
振り返ってみると、ぼくの若い頃、
「日本にはいい料理本がない」というのが定説でした。
専門書的、教科書的すぎて、つまらない、というわけです。
雑誌の料理特集などでも、海外の雑誌で見るような、
ウキウキする感じや華やかさがない、と言われていました。
とりわけ、写真が見劣りする。
外国の本や雑誌にあるような、おいしいものの表情を
つかまえようとする迫力に欠けることは、
素人目にもよくわかりました。
「日本には、いい料理写真家がいないからな」
という先輩の発言を、よく聞いたものです。
カメラマンのみならず、
テーブル・トップをコーディネートする、
フード・スタイリストなどの専門家が、
まったく育っていなかったのだと思います。
そして、コマーシャルでも、
海外のCMに見られるような、おいしさの表現が、足りない。
誰もがそう言い、ぼくもそう思っていました。
業界用語で、シズル感、と言います。
たとえば・・・
ビールを注ぐ、グラスから泡がこぼれる。
ビール瓶の上を、水滴がすべり落ちる。
クーラーボックスから、ビールのボトルや缶を
取り出すときの、しずく。
飛び散る氷。
フライパンの上で踊るハンバーグ。
跳ねる、オイル。
焼き上がったハンバーグの上に落ちて行く、
チーズやレタスの「表情」。
チキンとチキンをぶつけて、そこから舞い上がる粉。
静かにオイルの海に沈められるときに起る、泡や蒸気。
超スローモーション撮影で、
シリアルに注がれるミルクさえ、ドラマチックに。
特にアメリカのテレビには、
そんなシズル感たっぷりのコマーシャルがあふれていました。
それに比べると、日本のコマーシャルの「おいしさ表現」は、
実におとなしく感じられたものです。
クライアントも、どちらかと言えば、
タレントがおいしそうに食べてくれることに期待して、
いわゆるシズルカットは、お約束で
CMに入っていればいいものでした。
「日本人に、シズルは向いていないんだよ」とさえ、
堂々と言われていましたっけ。
本や雑誌の料理写真のつまらなさ、
広告写真やコマーシャルでも見劣りするおいしさ表現。
「これはもう、民族性の違いだよ。」
そう言われて、素直に、ぼくもうなずいていました。
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 第82回 おいしいを、CMで。①
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