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第71回 ぼくの、代官山物語 ⑧

北海道のみなさん、こんにちは。

代官山東急アパートメントの建替え、立ち退きをめぐって、
ぼくは生まれて初めての法廷を経験することになりました。

前例や経緯から考えて、ぼくが「負ける」ことは、
あり得ないと言う自信はありましたが、
事務所にしていたとは言え、
毎日使っている居住スペースでのもめ事は、嫌なものです。
神経がすり減る思いでした。

「反対の会」の会合も、しばしば開かれるようになりました。
最初の弁護士が、駐車場にあった植え込み(築30年以上
たっているのですから、大木です)の伐採を許してしまう
という失態を演じたため、新たに、大物弁護士が起用されました。
弁護士の「格」というものは、もう、
事務所に行くだけでわかるものなんですね。
有楽町の雑居ビルにあった雑然とした前任者のオフィスに比べ、
後任者のそれは、政治家の事務所が集まっている紀尾井町の、
それこそ政治家の色紙がかかっていて、
高価な壷が置いてある広々としたオフィスでした。

弁護士が交代して、裁判の流れも、明らかに、変化しました。
弁護士は、そもそも都や区の建築許可に問題があることを指摘し、
行政にも働きかけたため、
新聞記事の地方欄に大きく取り上げられもしました。
大企業というのは、新聞沙汰になると、あわてるのですね。
急に事態の収束を急ぐようになった施主(東急不動産)の
態度が変わり、裁判は結審を待たずに、和解の日を迎えました。
ぼくも、親しいアパートの住人たちに見守れながら、
一度だけ証言台に立ちましたが、
裁判は、もうひとつ緊張感に欠けるものでした。
明らかに、施主側の弁護士より住民側の弁護士の方に風格があり、
裁判長は「取るに足らない懸案」という態度を見せ始めました。
おそらく、当時は、そんな不動産物件をめぐる裁判が
頻発していて、和解の条件と時期の見切りをつけるのは、
そんなに難しいことではなかったのだと思います。

それでも、2年間。
それなりに長い裁判を経て、「反対の会」は、
施主から大幅な譲歩を引き出しました。
総額にしてかなりの和解金が支払われ、建て直し後に、
新しい東急アパートメントに引っ越すことを選択する住民には、
長期の家賃据え置きなどの条件が提示されました。

あれほど取り壊しそのものに反対していた住民の多くは、
さっさと示談金を手にして引っ越しを決めていきました。
代官山は、もう、かつての代官山ではない。
すでに、近くの同潤会アパート(原宿と並んで、
記念碑的な日本初の近代的集合住宅)の取り壊しも、
着々と準備されていはじめていました。
代官山に代わるところなどあるのだろうか?
と愚痴をこぼしながらも、すでに家を建てたり、
マンションを買ったり、引っ越しを決めたりしていた人も多く、
大枚の「立ち退き料」を手にして、正直、みんな、
「にんまりしている」空気でした。

それでも、代官山と代官山東急アパートメントに
こだわる住民はいたのです。
ぼくも、そのひとりでした。
いっそマンションを買おうかと思って、いくつか物件を見てみても、
バブル絶頂期、代官山に比べたらはるかに利便性の低いエリアで
50平米のマンションが1億もしたのです。
ぼくは、マンションを買うのは止めて、
すでに、郊外に別荘を持つという選択をしていました。

早々に、東急アパートから引っ越して、
自宅を新築した知人の家に遊びに行きました。
そうは言いませんでしたが、
立退料のおかげか、ずいぶん豪勢な内装でした。
さっさと事務所を引き払ったカメラマンは、
後日、いかにも新車の、紫のポルシェ・カブリオレで、
さっそうと代官山を走り抜けて行きました。
おそらく億に近い、手数料を手にしたであろう大物弁護士は、
その後1年足らずで日本新党から参院選挙に立候補し、
残念ながら落選。
次の選挙では、見事、当選を果たしました。

長い工事が終わって、新しい東急アパートに引っ越しする日が来ました。
外人向けに建てられた堅牢な作りから、
何もかも、「高級で、ありふれた」マンションの仕様に変わって、
相当がっかりはしましたが、
管理やサービスは相変わらず満足の行くものでした。
向かいのマンションに、ぼくのマジェージャーだった女性が
独立して、自分の事務所を構え、
ぼくは、再び代官山東急アパートメントの住人になっていました。
「ぼくらは、一生、ここでいいよね。」
同じ独身者だった、某雑誌編集者とぼくは、そう語り合っていました。


(2009年02月26日)

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