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第70回 ぼくの、代官山物語 ⑦

北海道のみなさん、こんにちは。

代官山東急アパートメントが建て壊しになる、
という噂は本当でした。
オーナーである東急不動産から、建物はそのままにして、
駐車場部分に新しいマンションを建て、そこに、住民は移る。
その後、古い東急アパートを解体して、
そこに店舗とオフィスからなるビルを建てて、
複合ビルとするというプランが発表されました。
それも、ある日、いきなり書面が送りつけられる、
という強引なやりかたで。

昨日まで、のんびりとして、友好的な雰囲気だった
管理事務所の空気も、一変しました。
会社から派遣された、柔道選手OBのような、
強面の「地上げ要員」たちが入り、
立ち退きや移転に同意を迫る、静かな圧力が
感じられるようになりました。

住民側には、自然と、3つの流れができていました。

会社の求めに応じて、新しいマンションへの転居を決めるか、
いくばくかの立退料をもらい、すみやかに立ち退きを決めた、住民。
転居を前提に、個別に、弁護士を立て、条件を折衝する住民。
そして、プランそのものに反対して、
あくまでも東急アパートメントに住み続けたい、と主張する住民。
もちろんぼくは、3つ目のグループでした。

こんな時、さっと動き、住民の結束を促すような人というのが、
現れるものなんですね。
ある人が中心になって、あっという間に、
「取り壊しに反対する住民の会」が結成されました。
ぼくの仕事上の知り合いや、親しい付き合いのあった住民も、
ほとんどが、そのグループに入りました。
ぼくらの主張は、こうでした。
ぼくらは、この、古き良き時代に建てられたアパートが好きで
住んでいるのであって、新しい建築計画など少しも魅力的ではない。
管理会社が取り壊しの理由に挙げる、老朽化には、
そもそも疑問があり、改善は十分に可能である。
そして、「今後、商業地区として発展していく」という
代官山の青写真は、不動産会社のエゴでしかない。
もっとも、当時の世の中の流れから言って、
いったん、巨大デベロッパーが決めた建築計画が、
白紙撤回されることなど、起こりえないだろう、
という諦めムードが、ぼくらにも、暗黙のうちにありました。
そして、どうせそうなるなら、少しでもいい条件で、ここを出たい。
そんな気持ちがあったことは、否めません。

いざ、「反対の会」の住民が集まってみると、
そこには、さまざまな人がいて、さまざまな思惑がありました。
なんとかこのまま、ここで静かに暮らし続けたいと願う、
海外生活が長かった老夫婦。
このアパートで、子どもが生まれ、成人し、
ここ以外に、住むところなど考えられないと言う人。
どうせ出るなら、少しでもいい条件で、と思う働き盛りの人。
すでに、他に住むところがあって、別宅として維持していただけの人。
ぼくのように、元住居を、いまは事務所として使っている人。
とにかく、不動産会社の強引なやり方が許せないという
憤りがモチベーションになっている人。
でも、事情や思惑がどうであれ、
この、古き良き時代に建てられた、
レトロでモダンな外人向けアパートそのものが、好き。
代官山という、街が好き。
その思いだけは、ぼくらに共通していました。

「反対の会」の結成の動きと前後して、
ぼくのところに、ある日、裁判所から一通の書面が届きました。
管理会社が、契約違反による立ち退きを求めて、
ぼくを提訴した書面でした。
契約には、確かに、「住居として使う」旨の一文がありましたが、
そこを事務所として使っている多くの人の存在は、既成事実でした。
それに、そもそも、管理事務所に挨拶をしたうえで、
ぼくは事務所として使いはじめていました。
居住年数がもっとも少なく、
いちばん最後に、そこを事務所にした住民であるぼくが、
「反対の会」の切り崩しのために標的にされたことは、明らかでした。

それから約2年、
立ち退きをめぐって、長く憂鬱な日々が続きました。
でも、そんなこととは関係なく、
ぼくは、人生でもっとも多忙な時期を迎えていました。
相変わらず、代官山は、
ぼくにとって大切な、仕事と暮らしの「基地」でした。


(2009年02月19日)

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