第68回 ぼくの、代官山物語 ⑤
北海道のみなさん、こんにちは。
代官山という街には、大人が住んでいた。
それも、ぼくの仕事や、価値観、ライフスタイルに近い、尊敬できる大人が、たくさん住んでいた。いま振り返ると、そんな気がします。
当時、ぼくが勤めていた会社の大先輩から、「いいところに引っ越したな。君、そこはいいよ。亀ちゃんや、公ちゃんがいるしな」と言われたことは、すでに書きました。「きっと、影響を受けるよ」、言外には、そんな意味があった気がします。
CMディレクターで、アーチストでもある亀井武彦さん。カメラマンで、デザインやイラストレーションも得意な、やはりアーチスト肌の大西公平さん。おふたりの、住まいや事務所に遊びに行くと、どこか、似た匂いがありました。整理の行き届いた空間に、モダンなインテリア。とりわけ、当時、東京の趣味のいい「業界の」大人たちの家に、決まってあったのは、ル・コルビジェのソファ。亀井さんと大西さんのお宅にも、黒の革張りの、LC2と呼ばれるふたり掛けのソファがありました。それに、北欧やイタリアのモダンな家具や照明、アールデコや、イギリスアンティークの調度品が、それぞれの趣味で配置されている。30歳になったばかりのぼくが初めてみる「大人の空間」が、そこにありました。
おふたりに、共通しているのは、海外で暮らした経験があること。そのライフスタイルには、どこか「外国の匂い」があった気がします。そして、元々、日本に住む外国人向けに建てられた代官山東急アパートメントには、そんなライフスタイルが好きな人や、長く海外で暮らした人が、多く住んでいました。
初めて、東急アパートのすぐ近くにある、大西さんのご自宅に遊びに行ったときの「ショック」を、ぼくは、いまでもはっきり思い出すことができます。
バランスよく配置された趣味のいい家具に、まず釘付けになり、その日のために飾られた花や、おびただしい数のアートや写真の本、うずたかく積まれた外国の雑誌、イギリスやアメリカ、いろんな旅行先からやってきたであろうアンティークの小物たち。「大人の会話」に、精一杯ついていきながら、ぼくはきょろきょろと、あたりを見渡していたはずです。そして、自ら振る舞う料理のおいしさと心配り。初めて出会う、「趣味のいい、大人の暮らしぶり」がそこにありました。
まだ、そんなものには、無縁だったぼく。
何も勉強しないうちに、すべての家具を作ってしまったぼく。
家具、料理、アート、ファッション・・・
具体的に、何を、ということではないのですが、大西さんや亀井さんをはじめ、代官山に住む大人たちが発する空気から、ぼくは深呼吸をするように、多くのことを学び、吸収していった気がします。そして、代官山は、そんな大人たちが住む街だった。
おそらく東京で唯一のアールデコの店KIYA GALLERYや、イギリスアンティークのLLOIDがあり、こどもは近づけない高級洋食の小川軒、老舗のイタリア料理店アントニオ、ひとつひとつ違うカップで、おいしい深煎りのコーヒーが飲める喫茶店フォリオ、朝から焼きたてのパンが買えるシェ・リュイ、世界一高くておいしいTOM'S SANDWICH、亀井さんの色紙もあるとんかつのげん田。なくなった店も、いまも健在な店も、あります。でも、顔なじみの代官山の住人が、ぶらりと立ち寄る雰囲気の店は、もう、ひとつも残っていません。
代官山に住む大人たちは、散り散りになり、それに代わる「大人の住む街」はどこにあるのか、ぼくには思い当たりません。
あの、代官山東急アパートメントさえ残っていたら。
ぼくは、いまでも、時々、そんなことを考えます。
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 第68回 ぼくの、代官山物語 ⑤
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://spiritlink.80code.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1544
コメントする