北海道のみなさん、こんにちは。
先週の宮崎、鹿児島でのロケを終えて、今度は東京周辺で撮影し、そして昨日、サンフランシスコに入りました。
着くなり、ロケハンとオーディション(現地のこどもたち)をして、明日、ロケハンで決めたお宅をお借りして撮影します。
これ、全部、ひとつのCM(それもたった30秒の)のためのもの。
なんと延べ2週間かけて、10数人の人たちを撮影しました。
ぼくの長いディレクター生活のなかでも、一本のCMに費やした時間としては新記録かもしれません。
それにしても、久しぶりのサンフランシスコ。
こうして海外ロケが続くのも、久しぶりのことです。
80年代から90年代にかけて、日本のCM業界が海外ロケを頻繁にしていた頃、アメリカでは、ロス・アンゼルズが、撮影隊の一大拠点でした。
日本からの撮影隊をアテンドする、いわゆるコーディネーターの、大小さまざまな会社が、ロスにはひしめいていました。(いまではほんの数社を残すのみ。)
スタッフに人気の和食屋に行けば、たいてい、他の撮影隊に出くわし、お互いに近況報告や情報交換などしあったものです。
なにしろ、2~30人規模の撮影隊が、何班もロスに入っている時代があったのですから、いまとは隔世の感があります。
こうして、頻繁に海外ロケを経験してきた日本のCM業界。
その話だけ聞けば、まさにグローバル。世界を股にかけてきたのですが、実際には、日本のCM業界は、日本のさまざまな産業のなかでは、完全にグローバル化に失敗した一例だと思っています。
車や家電製品を筆頭に、世界(とりわけアメリカ)で華々しい業績を上げた80年代から90年代にかけての日本の産業。確かに、その時期、ぼくらも海外ロケに頻繁に行っていたのですが、それは日本の国内向けのCM。海外進出した日本の企業は、日本の広告代理店とではなく、現地の広告代理店にCMを作らせてきたのです。あの、世界最大手と言われる電通が、トヨタやソニーと組んで、海外進出を果たし、広告で販売促進に貢献したという話は、ほとんど聞いたことがありません。
片や、同じ時期に、日本に進出し始めていたアメリカの家庭用品(P&Gやユニリバーなど)や、生命保険、損害保険の会社などは、アメリカ本国の広告代理店と共に、日本上陸を果たし、良くも悪くも、アメリカ国内と同じやりかたで広告を展開してきました。
その結果、いまではアメリカ資本の広告代理店がしっかり日本に根付いています。
そして、ぼくら映像産業の方に目を向けても、アメリカやヨーロッパに多くの撮影隊が押し寄せていた時代に、現地に住む日本人コーディネーターに頼りっきりで、その国の映像産業から多くを学んできたとは言いがたいのです。
今のように、現地の撮影スタッフと組んで、もっとそのノーハウを学んでいたら。あるいは、現地の制作プロダクションに仕事を依頼して、もっと合理的な撮影をしていれば。逆に、優れた日本のCMディレクターやカメラマンが海外進出を果たすチャンスになったかもしれません。
制作費が潤沢にあり、海外に大勢の撮影隊がおしかけていた、あの時代。
もしかしたら、ぼくらはとんでもない損失をしていたのかもしれない。
最近では、そう思えて仕方がありません。
日本の広告・CM業界は、実のところ、けっこう内弁慶なんだと思います。
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 第35回 日本のCMは、グローバルか?
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