北海道のみなさん、こんにちは。
前回の、武藤英生先生に続いて、
ぼくのコラムも、
今日で100回を迎えることができました。
それにしても、週刊コラナビ北海道という名の
このサイトに、どうして、北海道在住でも、出身でもない、
このぼくがコラムを持っているのか?と、
不思議に思われる方も多いでしょう。
その理由は、正直言って、ぼくにもよくわかりません。(笑)
編集長の渡邊光一さんとは、数年前に、確か、
60年代から70年代はじめにかけて活躍した、
CMディレクターの故・杉山登志のことを、
ぼくがブログに書き、それがきっかけで知り合いました。
でも、たった、それだけの縁。
何度か、メールの行き来があり、どういうわけか、
週刊コラナビがスタートする際に、
コラムの担当を依頼されたのでした。
(確か、外からの風が欲しい、というようなことを、
おっしゃっていたと思います。)
編集長の渡邊さんご自身は、
以前、広告代理店で営業をしていらしたという
経歴の持ち主ですが、
ぼくの仕事である広告に、縁もゆかりもない、
それも北海道という特定の場所で暮らす人たちに、
さて、ぼくは何をお話しできるだろう?
撮影という仕事を通して、北海道について感じてきたこと。
広告の世界で、日々起っていることや、ぼくの問題意識。
バブルや、その後の「失われた10年」を経てきた、
広告マンの端くれとしての、ぼくの昔話。
いつの間にか100回を数えたコラムには、
この場がなかったら、書かなかったこと、
振り返らなかったことばかり。
退屈な話が多かったことと思いますが、これはこれなりに、
ぼくの、ちょっとした財産になったかもしれません。
それにしても、不思議な縁。
もし、これが週刊コラナビ埼玉とか、
大阪とか、九州とかだったら、どうだっただろう?
と考えます。
まず、その方面の人からは、頼まれなかったと思うし、
頼まれても、気乗りがしなかっただろうとも思うんです。
北海道だったから、できた。
なぜなら、そこには、「軽さ」があるから。
そこには、「自由」があるから。
そしてそこには、人と人を結ぶ、
自然という財産があるから。
「軽さ」と言っても、
もちろん軽薄という意味で言っているのではありません。
とらわれることのない感じ、とでも言えばいいか。
自分の出身地にも、いま住んでいる場所にも、
どこか根を張る感じが持てない、ぼくの軽さ。
あるいは、広告の世界に長くいる人間に染み付いた、
時勢と共に移ろう軽さ。
それって、もしかすると、北海道の人たちにも
通じるものがあるんじゃないか?
世界規模で言うなら、アメリカやオーストラリアのように、
外から入ってくる人や文化にオープンな、
北海道の人たちの、開かれた、自由を愛する気質抜きに、
こんな小さな縁もまた、生まれなかったような気がします。
そして、このコラムを書きはじめた頃に比べると、
ぼく自身、地域のブランドやコミュニケーションの活性化
というテーマに、強く関心を持ちはじめています。
メジャーな全国ブランドの、何億もの予算をかけて
展開される広告ばかりを、手がけてきたぼく。
企業や広告の、スケールが大きければ大きいほど、
仕事がおもしろく、達成感がある時代が長く続きました。
いや、それこそが、「広告」だったのです。
しかし、むしろこれからは、スケールが小さくて、
全国と言うよりは、地域に根ざした企業やブランドの
広告の方が、「おもしろく、達成感がある」ように
なっていくのではないか。
「広く告げる」から、「狭く、深く伝える」へ。
そんな時代の変化を感じています。
武藤先生の背中を見ながら、
(先生、よそ者に抜かれないようにがんばって!)
ぼちぼち、ぼく自身と広告の、次のステージに向かって、
投稿を続けていきたいと思っています。
北海道のみなさん、これからもよろしくお願いします。
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 第100回 次のステージへ。
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://spiritlink.80code.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/2172
連載100回達成、おめでとうございます。
今村さんという目標があったからこそ、自分も続けてこれたという一面があります。
数字の上では先に100回を迎えさせていただきましたが、渡邊編集長のコメントが物語るようにクォリティに関して言えば、実質30回目くらいなのかもしれません。
特に50~60回くらいの間は自分としては削除してほしいようなコラムが羅列されている次第です。
これからどのくらい続けていけるかわかりませんが、第2ステージは「質」重視で頑張っていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。